カミラ:お姉さんとしての誓い
私はカミラ、カミラ・ゼークトという。
王都『アルトヒューゲル』を拠点としている冒険者のひとり。
もう一人の冒険者アメリアと一緒にパーティーを組んでる。
これでも一応Bランクの冒険者。
私の趣味は可愛いもの集め。だから、当然好きなものは可愛いもの。もちろん、好きな人は可愛い人。
冒険者の持ち物は可愛いものが少なくて困る。
特に装備品は武器にしても、防具にしても、可愛いものが少ない。今装備しているのは、たまたま試着したときにアメリアが「可愛い」って言ってくれたから使ってるだけ。もっと可愛い装備があれば試してみたい。そんな感じでいつも武具を取り扱うお店に顔を出しては可愛い装備を探している。
でも、私にとってはアメリアのほうがもっと素敵で可愛いと思う。
アメリアは、私と違って凄く社交的だし、表情も豊か。
喜んだり、楽しそうにしているところは本当に可愛い。
そんな、可愛いもの好きとして一家言を持つ私の目の前に、究極と言って良いほどに可愛い生き物が、眼を輝かせて馬車の外に広がる何でもない長閑な牧草地帯に眼を向けながら、私に話し掛けてくる。
「あれって何ですか?」
「あれは牧羊。夏になるともこもこの毛を刈る」
「えぇっ、あれが羊!? 象より大きいんですけど……」
「野生のは大きな角があるけど、あれは牧羊だから折ってある」
「大きな角を、なるほど……。あっ、あれは何ですか?」
誰もが知っていると思う牧羊について聞いたと思ったら、一人で納得して、また別のことを聞いてくる 。
そんな何気ない会話の中に違和感を感じたせいか、ふと、ハルトは、別の世界から迷い込んだ旅人かも知れない。何故かそんな風に感じた。
牧羊なんて、王都アルトヒューゲル近郊に住んでいる者なら、凡そ十歳になる頃には親の手伝いなどで、一度は目にしているはずの生き物。
でも、エルフ族という伝説や伝承でしか伝えられていない種族からしてみれば、人間族のありふれた日常の景色も珍しく感じるのかもしれない。
「あれは風車。地下から水を汲み上げている」
「やはり風車でしたか。地下からというと、地下水脈でもあるのかなぁ」
「私は分からない。でも、王都も含めてこの辺りは井戸から水を汲んで使っている」
「なるほど。なかなか大変そうですね」
「そうでもない。昔は大変だったけど、今は魔導具のお陰で簡単に水を汲み上げている」
「魔導具かぁ。それも早めに調べたいなぁ」
「エルフ族は魔導具に詳しいという伝承がある。ハルトはどう?」
「いえ、どんな物かが分かれば創れるかもしれませんが、今はちょっと難しいですね」
「それなら、王都の図書館に行くといい。あそこには伝説や伝承の類いだけでなく、魔導具や魔法についても色々資料がある」
ハルトの知的探求心は非常に高いレベル。
私も魔法使いとして知識欲は高い方、だと思う。だからこそ、知りたい情報はどうやって得るのか教えてあげたいと思った。
「ありがとうございます。カミラさんは優しいですね」
「そ、そんなことない。普通」
突然何を言うのか、と不意を突かれて思わず驚きながら答える。
それにしても、と自分でも驚く。
あまり人付き合いが得意ではない私だけれど、この少年とは不思議と何の抵抗もなく話すことができる。私にとっては凄く嬉しい存在だ。
私は別に人と話すことが嫌いじゃない。でも、素直に私の気持ちを伝えられる人となければ身構えてしまい、結果、不仲とまではいわないけど、親しい関係になれないことが多かった。数少ない友人のアメリアだって、最初はぎこちなく接していたから。
だからか、余計に少年が問い掛ける幾つもの質問に答えることに対して、寧ろ私は楽しく思っていた。
「でも、いろいろ教えて下さるので本当に助かります!」
キラキラとした表情で私を見つめるハルトに、思わず照れてしまい、顔を馬車の外に向けてしまう。まだ日が沈むには時間があるみたいだけど、気が付けば大分王都の近くまで戻ってくることができたみたい。
ふとハルトの顔を窺うと、表情が優れない。
「何を考えてるの?」
「いえ、王都についた後のことを少し。そういえばここから王都までは遠いんですか?」
「少し遠い。でも、今から戻るなら門が閉まる前には着く」
そう答えると、安心するかと思えば急に不安そうな表情で思考を巡らせているようだった。
「どうしたの?」
「いえ、実は今お金がないんです。このままだと王都に行っても宿には泊まれそうにないし、顔も目立つから隠すためのローブも必要なんですが、それを買うお金もないのでどうしようかと……」
そういえば、ハルトは何故か森の中をひとり彷徨っていた。装備や持ち物も冒険者というよりは、まるで街の中でお遣いに行くような装いで。
もしかしたら、何か特別な事情があるのかもしれない。
でも、ハルトはフリーダを助けるために貴重な回復薬を差し出してくれた。仲間の命を救ってくれたハルトが困っているなら、今度は私がハルトを助ける番!
「だったら、私達が泊まっている宿に泊めてあげる。子供一人増えたところで宿代もそれほど掛からない」
「カミラの言う通りさ、同じ部屋なら何かあっても助けて上げられるしね! そうそう、フードの付いたローブも買ってあげるよ。フリーダを助けてくれたお礼さ」
ハルトの力になりたい。そんな気持ちが高まり思わず言ってしまったけど、アメリアも私の気持ちを汲んでくれたのか同意してくれた。
でも、ハルトは私達に遠慮するように断ろうとした。だから、アメリアと私は遠慮するなと言った。子供なんだから遠慮なんかせずに大人に、私にもっと頼っていい。
『ハルトに頼られたい』
何故かそんな気持ちになってしまう。この気持ちは一体何? 何だかわからないけど、心が温かくなる、そんな気持ち。
ハルトを見ていると何だか自分の顔が熱くなっていくのに気付き、顔を逸らす。
すると、先ほどまで気を失っていたはずのフリーダと目が合った。いつの間にか気がついていたみたい。
それは良かったけど、私には嫌な予感しかしない。こういう時のフリーダは妙に勘が鋭く、私を弄ってくる。
ニコニコと笑顔でこちらを見つめるフリーダに、私は半ば諦めた表情になって話し掛けた。
「いつから気づいてたの?」
「『だったら、私達が泊まっている宿に泊めてあげる。』って辺りから。カミラちゃんもお姉さんになったのねぇ?」
「うぅっ!?」
本当にフリーダは変なところで間が良いんだから。顔が益々熱くなっていくのを感じた。
それにしても、『お姉さん』か。
私には兄弟がいない。所謂一人娘だ。だから、フリーダが言う『お姉さん』がどんな存在かは分からない。
ただ、聞いた話だとお姉さんというのは、弟妹の世話をしたり、お手本になったりというように、年下の家族を育てるために助ける役回りだったはず。
そう考えると、確かにこの世界の一般常識に疎いと思われるハルトの質問に答える姿は、他の人から見るとお姉さんのように見えるのかも知れない。
「(ふふっ。私がハルトのお姉さん)」
そんなことを思いながら、お姉さんとして 『弟のハルト』の今後のことまで考えてしまう。
王都でハルトが暮らすために必要なこととか、私がしてあげられることとか。
そんな風に誰かのために身を尽くすことを考えるなんてこれまでなかったことだ。フリーダの言う通り、ハルトに出会ってお姉さんとしての意識が芽生えたのかもしれない。
それに、もう一つ気づかされたことがある。
パーティーを組んでいるアメリアは、どちらかというと、お互いに守り守られる、対等な関係。
でも、基本的に戦闘において魔法使いは後衛となることから、駆け出しの頃は仲間に守られることが多かった。
Bランク冒険者になった今でも、その頃を知る先輩冒険者と一緒に依頼をすると、守られる側になることもしばしばある。
でも、ハルトはそんな私にとって、初めて『私が守る側になった存在』。だから、こんな気持ちになるのかも知れない。
「(ハルトを守ってあげたい。助けてあげたい)」
そのためにも。
「(私がお姉さんとして、ハルトを支えてあげる!)」
そんな決意を胸の中で強く誓った。
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