戒告処分と世界神のお願い
「実は、人事部からこのような書面を頂いてしまったのです……」
「拝見させて頂いても?」
世界神はスクロールに掛かった紐を解いて俺に手渡してきた。するすると用紙を広げて書類の内容に目を通す。すると、とんでもない内容が記載されていた。
「戒告書。えっ……? えぇっ!?」
「はい……。人事部から届いたばかりの通知です……」
そこには下記のように書かれていた。
『朝比奈 晴人 殿
神界代表 創造神
戒告書
貴殿に対し以下の懲戒処分を行いますので通知します。
すみやかに改善し、業務に精励してください。
記
1、懲戒処分の種類
戒告処分
2、処分事由
(1)貴殿は世界神の昇神試験において、眷族自らの能力を行使することで試練のクリアまたは回避を行いました。
(2)貴殿の行為は、就業規則第六十六条一項二号の懲戒処分の事由「正当な理由なく、眷族自らの能力の行使による試練への関与」に該当するため貴殿を戒告処分にすることにします。
3、再発防止策の提出
就業規則第六十五条一項一号に従い、本書受領後一週間以内に担当する世界神による注意処分を受けた後、再発防止策を速やかに提出してください。』
なんと、世界神から手渡された書類には『戒告書』と書かれていたのだ。
戒告とは、過失や非行などを戒め、注意することである。つまり、俺が就業規則に違反するようなことを行ったので、それに対する通知と指導について記載された書類だったのだ。
正直、こんな書類を渡されるようなことなんて生前のサラリーマン人生では全くなかったので、物凄くショックを受けている。だが、それ以上に、このような処分を受けることも不本意であり、全くもって納得できるものではなかった。
「そ、そんな馬鹿な!? 世界神様、これ、おかしいですよ! 就業規則違反だなんて……。そもそも俺、世界神様の眷族になった時から就業規則なんて一度も提示されてないじゃないですか!?」
そう。そうなのだ。就業規則、ナニソレ? オイシイノ?
大体、そんなもの転生時にも、転生してからも世界神たちから提示されてもいなければ、受け取ってもいないのだ。そもそも、就業規則があるのなら、それよりも先に雇用契約書のほうを先に提示するべきだろう。
俺も転生するに際して、そこまで前世と同様に契約や規則に縛られることになるとは思わず、何の気なく世界神や、機会神と輪廻神の言うがままに転生を希望してしまったのだが、今になってこのような処分を受けることになるとは。
あれ、そういえば、俺って配属先すらつい最近まで知らされていなかったんだっけ? そんなことを思い出しながら、俺はこの事態に憤りを覚えていた。これって、俺の感覚がおかしいのだろうか……?
「うむ。それについては、完全にこちら側に落ち度がある。本来ならば転生前に、そのあたりの規則についても含めてしっかりと説明をすることになるのだが、世界神の初めての眷族候補ということもあってな……。創造神の鶴の一声で、朝比奈君の眷族採用の際には諸々の手続きが大きく省略されて、すぐに現地に送ることになったのだ……。本当に申し訳ない」
「私からも謝罪を。朝比奈さん、本当に申し訳ありません。我々も試練神からの試練開始までもう少し余裕があると思っていたところもありまして、諸々の説明は試練開始までに行えればと、先送りにしていたのです」
「……はい。ハルト様と最初にお約束した、『四種族の仲間を集める』という目標が達成された際に改めてお話ができればと思っていたのですが、私たちの想像以上にハルト様にご活躍頂いたせいか、試練神からの試練が当初の予定よりも早く実施されることになってしまい……。そのことについてご説明する機会と、出張所の開設のタイミングが重なってしまったのです。そして、その直前に……」
「その直前に、俺がやらかしてしまった、ということですか……。でも、俺自身の能力の行使ではないはずですよ。第二の試練となるはずだった、巨大な隕石を破壊したのはスキズブラズニルの主砲発射によるものですし……」
「「「スキズブラズニル?」」」
アメリアとカミラ、ヘルミーナの三人がスキズブラズニルが何か分からないので教えなさい、という目線を送ってきた。そういえば、三人にはまだ紹介していなかったのをすっかり忘れていた。
「ニル、出てきてくれ」
「アイアイサー! であります!」
俺が胸元の精霊晶に声を掛けると、すぐにニルが飛び出てきてくれた。
「皆さんに紹介するタイミングが遅くなりましたが、精霊のスキズブラズニルです。ニル、アメリアさんとカミラさん、それにヘルミーナさんだよ」
「これは皆さま、お噂はかねがねマスターやセラフィ殿から伺っているであります。まずは、お初にお目にかかります! マスターの所有する魔動戦艦スキズブラズニルの管理者で、スキズブラズニル、通称ニルと申します精霊であります! よろしくお願いするであります!」
いつも通り、挙手の敬礼での挨拶を行うと、俺の肩の上に乗った。
「ふむ。ニルか。私はアメリアだ。よろしく頼む」
「私はカミラ。よろしく」
「ヘルミーナよ。ところで、さっきニルが言ってた、『魔導戦艦』? って、何のことかしら?」
「はい、であります! 魔導戦艦スキズブラズニルはマスターにより創造された、魔力により動作する巨大戦艦であります! 主砲となる超高出力魔導砲を連装六基備えるだけでなく、自動追尾魔導砲を大小百門も備えた、世界最強の戦艦なのであります!」
「ふぅん、世界最強の戦艦ねぇ……。ハルト、ちょっとお姉さんに詳しいお話を聞かせてもらえるかなぁ?」
「それに、ニルのことも聞きたいな。どうしてニルはハルトのことを『マスター』なんて呼んでるんだ? ゲルヒルデやブリュンヒルデもハルトのことは『ハルト』と呼んでいたし、まるでハルトがニルの主人のようじゃないか」
「私も聞きたい。巨大戦艦、どうしてそんなものを創ったのかな? それに、マスターってハルトのこと? ハルトとセラフィからどんな噂を聞いてるの?」
「アハハハハハ。皆さん、ニルが困っているじゃないですか。その辺の話はまた今度にでも……」
「「「ハルト?」」」
「す、すみません! 皆さんと一緒に獣王国へ向かう際の乗り物として、快適な旅にしたくって、つい出来心でニルと魔導戦艦を創ってしまいました!」
「「「はぁ。全くハルトは……」」」
俺はアメリアたちに平身低頭で謝った。
いや、別に彼女たちに謝ることなどないはずなんだが、身体が不思議と反応してしまったのだった。そんな俺たちの様子を見ていた世界神が口を開く。
「ふふふ、ハルト様とアメリアさんたちは本当に仲がよろしいですね。さて、ハルト様。先ほど、アメリアさんからもお話にありましたが、そちらの精霊ニルについてです。ニル、つまりスキズブラズニルは精霊ではありますが、ハルト様の創造によって生みだされた存在。そして、魔導戦艦スキズブラズニルは、ハルト様からのニルに指示を出さなければ操作することができない、謂わばハルト様だけの装備品と言えましょう。恐らく、それを人事部はハルト様の眷族としての能力行使にあたると、そう判断されたのでしょう」
「なるほど……。でも、私の創造により生み出した存在なら、セラフィはどうなるんです? セラフィも基本的には私の指示や命令で動いてくれますが……?」
「そうですね。確かにセラフィはハルト様の指示や命令を受けて行動しておりますが、ハルト様が命令や指示を出さなければ行動できないわけではありませんね? それに、彼女は自身の意思によって、ハルト様の指示や命令だけでなく、アメリアさんやカミラさん、ヘルミーナさんたちとも行動をともにされています。ですから、人事部も第一の試練でセラフィが試練となるはずだった魔物を討伐した際には、特に何も言ってこなかったのだと思います」
ふむ。そういうことか。
俺が創造により生み出した存在であっても、俺自身の指示や命令によってその能力を行使した場合は、俺自身が能力を行使したことと同じとみなされるのか。そして、自身の意思で判断し、行動しているセラフィは、それに該当しない、ということらしい。
何というか、納得できるような、そうでないような……。ともかく、今後は直接ニルに指示を出して魔導戦艦スキズブラズニルを使うことは控えることにしよう。何が試練と関係しているか分からないしな。
「なるほど、理解できました。試練神からの試練に対して、ニルに指示して魔導戦艦スキズブラズニルの兵装を使用すると、私自身が眷族としての能力を直接行使したことになってしまう、ということですね」
「はい、ハルト様。そのご認識で問題ありません。そして、私も世界神として、眷族であるハルト様にお願いをしなければなりません……。ハルト様の創られた魔導戦艦スキズブラズニルの兵装については、基本的に私の許可なく使用しない、そうお約束して頂けませんか?」
世界神の言うお願い、それはつまり再発防止策ということだった。
正直、今回の処分については納得がいっているわけではない。偶然にも、魔導戦艦スキズブラズニルの主砲試射実験が第二の試練をクリアしてしまうことになったのだが、別にこれは俺が意図した結果ではなかった。
だが、それでも世界神の眷族である俺が直接試練をクリアするということが良くないということは理解しているので、世界神の言うお願い『魔導戦艦スキズブラズニルの兵装を世界神の許可なく使用しない』ということについて了承することにした。
「分かりました。世界神様の許可なく魔導戦艦スキズブラズニルの兵装を使用しないことをお約束致します」
「良かった……。それではよろしくお願い致しますね、ハルト様」
こうして、世界神からの『良いニュースと悪いニュース』に纏わる一連の話が、ようやくひと段落したのだった。
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