神々の呼び名
輪廻神から受け取った辞令を丁重にアイテムボックスの中に仕舞うと、今日これからのことを世界神たちに確認することにした。
というか、俺たちからしてみれば、世界神たちは突然やって来た客人だ。今後の予定を聞いておかないと、俺たちというよりも、ラルフたちの業務にも差し支えが出るかもしれない。
「それで、世界神様たちはいつ頃まで滞在されるつもりですか?」
「うむ、それほど長居をするつもりはない。あまり神界を留守にするわけにもいかないのでな」
「えぇ、ですから出張申請する際も本来の業務に支障が出ない期間に定めて創造神に申請したんですよ」
「と言うことで、この世界の単位で説明しますと、一週間程度の短い期間ではありますが、こちらの出張所に滞在させて頂きますね」
「なるほど、承知致しました」
更に詳しい話を聞くと、神様たちの出張というのは大抵の場合こちらの時間で一月単位で滞在することが多いらしい。
生前の世界では一か月間の出張など、長期出張と言っても差し支えなかった。だが、世界神たちにとってはそれほど長い期間という認識はなさそうだった。寿命という時間制限がない神様と俺たち人間では流れる時間の速さが違うらしい。
因みに、今回滞在期間が短い理由としては、出張所となった神域、つまりうちの屋敷の安全性の調査と言う理由であり、お試し降臨という扱いだからのようだ。
「まぁ、そういうわけで、次回来るときはもう少し長く滞在することになるだろう。朝比奈君には申し訳ないが、許可してもらえると助かる」
「そういう理由でしたら無理は言えませんね。皆さんの状況については理解しました。ただ、次回来られる際には前もって、来られる時期と期間をご連絡頂ければと。こちらも皆さんを御迎えする準備が必要となりますので」
「あぁ、分かっている。その点については世界神から事前に連絡を入れるようにしよう」
「はい、任せてください!」
大きく実った果実を揺らしながら元気に答える世界神に、俺は一つ釘を刺す。というのも、また今回のように突然降臨されても対応しきれない可能性があったからだ。特に次回以降は長期滞在となるらしいし、ラルフたちとも相談しておかなければならないことが多くあったからだ。
「因みに前日とかの連絡は止めてくださいね。少なくとも二週間前にはご連絡頂かないと準備が間に合いませんので。よろしくお願い致します」
「はい、もちろんです! ハルト様にご迷惑をお掛けするわけには参りませんし、当然です!」
「……本当に大丈夫ですか? 今日のように突然ご連絡を頂くようでは困ります。もし、私たちが外出していたらどうするつもりだったんですか。来月には獣王国へ赴くため、暫く屋敷を留守にすることになりますし、出張の日程については事前に共有頂くようお願い致します」
「うぅ、今日のハルト様は何だか厳しいです……」
「いえ、これは業務を円滑に進めるための進言と受け取って頂ければと」
「むぅ……」
直前に言われても対応できることは限られている。
特に、業務においては何かの作業を他者に依頼する場合、ある程度余裕を持ったスケジュールで相談するべきだろう。相手も当然やらなければならない業務を抱えているのだ。そして、相手はそれを自分の中で引いたスケジュールを元に作業を行っている。そこに突発的な業務を割り込ませるというのは、その人の業務における品質を下げかねない。
そして、今回のように、上司(世界神)から部下(俺)に対してそういうことを行うというのは、状況によっては一種のパワハラとして受け取られかねないのだ。
もちろん、上司と部下との関係が良好であれば、そのように捉えられることはないだろうが、それでも、そういう『お願い』が多く続くようになると関係も悪化するだろう。ハラスメントになるかどうかは、結局のところ相手の受け取り方次第である。
そんなわけで、一応こういうことが続かないようにと世界神に対して進言したのだが、あまり状況を理解できていなかったらしい。少しむくれている世界神だったが、輪廻神と機会神からもフォローされてようやく理解してくれたようだ。
さて、業務のことについてはもういいだろう。
そろそろ世界神たちにこのあとの予定について確認しなければならない。先ほどの話では、うちの屋敷の敷地内を確認するということだったが、それよりも前に世界神たちと俺とで、すり合わせておかなければならない情報がある。
つまり、世界神が俺の『母親』として皆には周知されているという点だろう。
俺の姿は十歳のエルフだが、世界神の容姿は女子高生くらいにしか見えないし、そもそもエルフのように特徴的な尖った耳でもない。髪の色だってゆるふわピンクヘアーなのだ。親子というのは無理があるように見える。
「……というわけで、一応この前神界でお会いした際に、世界神様からそういうお話を頂いたので、皆にもそのように伝えたのですが、やはり無理がありますよね……?」
「面白いですね! 私は、そうですね。世界神の兄、つまり、朝比奈さんの伯父ということにしましょう!」
「ふむ、では私は朝比奈君の父方の叔父といったところか。流石に私が朝比奈君の父、世界神の夫というのは、どうもな?」
「はい! そして、私はハルト様の母親で決まりですね!」
「あの、皆さん私の話を聞いてましたか?」
「あぁ、もちろん聞いていたさ。だが、この世界のエルフというのは基本的に老いて死ぬ間際まで姿形が一定の年齢で止まっていると聞く。我々の容姿についても特に問題ないだろう」
「それに、このままの姿でお会いするのは流石に不味いでしょうしね。この世界の魔法で私たちの姿を朝比奈さんと同じエルフに変化させてしまえば問題ないでしょう」
「そういうことです! ハルト様、何も問題ないですよ」
「そうかなぁ……?」
「「「問題ない(です)!!!」」」
「はぁ、それではその設定で皆には紹介することにしましょうか……」
こうして、世界神は当初の話通り俺の母親、輪廻神が父方の叔父、機会神が世界神の兄で、母方の伯父、ということに決まった。
「それで、皆さんのことはどのようにお呼びすれば良いでしょうか?」
「うむ、私のことはヘルモーズと呼んでくれ」
「私はフォルセティでお願いします」
「私はスルーズです。『スルーズお母様』って呼んでください!」
世界神がスルーズと言う名前なのは、以前カミラからマギシュエルデで信仰されている神の名前として聞いてはいたが、輪廻神はヘルモーズ、機会神はフォルセティという名前なのか。ということは、おっさん、もとい創造神や、まだ会ったことがない試練神にも名前があるのだろうか。
「それでは、輪廻神様はヘルモーズ叔父上、機会神様はフォルセティ伯父上と呼ばせて頂きますね。それから、世界神様は『母上』と呼ばせて頂きます」
「うむ、問題ない」
「私も問題ありません。少し照れますが」
「うぅ。ハルト様には是非『スルーズお母様』と呼んでもらいたかったのですが……」
「ありがとうございます、ヘルモーズ叔父上、フォルセティ叔父上。『母上』もそこまでになさってください。皆の前で、そのように呼ぶのは少々憚られますので」
「むぅ、仕方がないですね。分かりました。それでは、人目のない所では『スルーズお母様』と呼んでくださいね!」
「いえ、結構です」
「うぅ、何だかハルト様が冷たいですぅ!」
世界神がうるうると瞳に涙を浮かべながら訴えてきた。うーん、少し言い過ぎたかなぁ……。でもなぁ。
見た目は十歳の子供だが、中身がアラフォーのおっさんなので、女子高生にしか見えない世界神に「お母様」なんて気恥ずかしくて言えないんだが……。
「……はぁ、分かりました。機会があれば、そう呼ばせて頂きます」
「はい! ハルト様、絶対ですよ!?」
まぁ、仕方がないか。そんな機会があるかどうかは分からないが、ひとまず皆の呼び名も決まったので、そろそろこの時間の止まった世界を元に戻すことにしよう。
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