乗り物を創ろう
さて、紋章についてラルフから話を聞いた俺は、今の紋章に一つだけ意匠を描き加えられないかとラルフに相談していた。
確かに俺は王国の貴族となったが、俺は所属はあくまでも神界であり、上司は世界神なのだ。
世界神には思うところがないわけではなかったが、それでも、なんだかんだ言っても俺の世界神に対する忠誠心は高かった。
そこで、俺は今の紋章に、この世界の神『スルーズ神』のレリーフを加えられないかと相談したのだ。
ラルフも今の紋章を全く違うデザインに変更するのではなく、意匠の追加であれば王国に対しても説明もしやすいし、承認されるだろうと言っていた。というか、やはり承認を受けないとダメだったんだ、と俺は一人納得した。
早速ラルフには紋章の変更手続きを進めてもらうことにして、俺はヴァイスを連れて屋敷の執務室にやってきた。獣王国へ向かう際の乗り物を創る前に、一つ試しておきたいことがあったのだ。
「さて、と。まずは創造『扉』!」
俺は木製の扉を創造した。別に、行きたいところにどこでも繋がるど◯で◯ドア、というわけでもなく、この世界の建物によくある木製の扉だった。
ふふふ、この扉に対して新しく得た『空間操作』を付与するとどうなるか……?
そう、俺は一つの可能性について実験しようとしていた。それはつまり、先日手に入れた新たな能力『空間操作』の実験だ。この扉の向こうに無限に広がるような空間を生み出せば、扉を介して新たに生み出した空間へと移動できるのではないかと思ったのだ。
「さて、では早速試してみますか。『空間操作』!」
木製の扉が淡い光に包まれる。恐らくは問題なく空間操作による効果が付与されたはずだ。
「それでは、上手く行ったか確認しましょうかね」
「キュン!」
俺は木製の扉のノブに手を掛けると、扉を開いた。
すると、扉の向こう側には、まるで神界のような、真っ白な空間が広がっていた。
「よっしゃ、実験成功!」
そう、俺は『空間操作』により新たな空間を生み出して、それをこの木製の扉と繋いだのだ。
もし空間操作で新たな空間を生み出すことができるのだとすれば、その出入り口を任意の場所に設けることもできるのではないかと考えたのだ。そして、その実験は見事に成功した。それはつまり、馬車のような狭い空間でも内部空間を拡張できる可能性があることを意味していた。
俺はヴァイスを連れて扉を抜けると、新たに生み出した真っ白な広場に降り立った。
周りを見渡しても端が見えない。まるで、昔読んだ漫画に出てくる『精◯と◯の部屋』のような、広大な空間が広がっていた。ここならば、俺たちの乗り物を存分に創り出せるし、保管やメンテナンスもしやすいだろう。
「さて。では、実験が成功したところで、どんな乗り物を創るかだが……」
俺はファンタジーの世界は大好きだ。それにラノベも、漫画も、アニメにゲームも。そして、それらの登場する乗り物も大好きだ。だが、その中でも特に好きな乗り物があった。
「やっぱり、アレだよな!」
そう、俺が一番好きな乗り物だ。
それは馬車や魔法の絨毯でもないし、巨大な神鳥やドラゴンでもない。
そう、つまりド◯クエではなくフ◯イナルフ◯ン◯ジーの世界観に登場する飛空艇だ。
だが、その一方で、とあるアニメに登場した空中戦艦という手もアリではないかという意見が脳内を駆ける。そう、謎の青い石を首から下げた少女と発明好きの少年による冒険物語に登場する、渋い船長が乗っているような空中戦艦だ。
ただ、実際にはあれは宇宙戦艦だったので、飛空艇というには無理がありそうだが。それに、あれはオーバーテクノロジーの塊だし、この剣と魔法の世界には似合わないというのが正直な感想だ。
でも、あれはカッコいいからなぁ。そんなことを思い浮かべていたのだが、とりあえず俺の考えはまとまった。あとは創り上げるだけだ!
「よし、やるぞ。創造『飛空艇』!」
「キュン!」
何もない真っ白な空間に突如として淡い光の柱が立ち上がる。すると、目の前には想像していた通り、いや、想像もしていなかった船、というか『乗り物』が姿を現した。
「こ、これは……!?」
正直、俺は自分の欲に勝てなかったことを嘆き、そして悔いた……。
これは果たして『飛空艇』と呼んで良いものなのだろうか。いや、呼べるようなものではない。
この乗り物には船体を浮き上げる為の気球もなければ、巨大なプロペラも付いていない。おおよそ、所謂ファンタジーな要素が全くなかったのだ。
そう、俺が創り出したのは、剣と魔法のこのファンタジーな世界には似つかわしくない、まさに、あのアニメの世界に出くる空中戦艦そのものだった。ただし、サイズ感は多少控え目なようだが……。
あああああ! 俺のバカッ! こんなの、誰にも見せられないよ……!?
「キャンキャン!」
突然現れた飛空艇と呼ぶには似つかわしい空中戦艦にヴァイスは驚いているのか、それとも喜んでいるのか。
せめて木製の船体に気球やプロペラが付いたものであれば、まだこの世界にも溶け込むこむことができたかもしれないが、俺はカッコよさを優先してイメージしてしまったせいか、漆黒の万能戦艦を創り上げてしまったようだ。
名前だけなら某フ◯イナルフ◯ン◯ジーにも同名の飛空艇が登場するということを思い出していたのだが、よくよく考えてみれば、どちらもモチーフが同じ物語に登場する潜水艦だから、同じ名前であるのは当然のことだった。
さて、気を取り直して、この空中戦艦、ではなく飛空艇をどうするべきか。アイテムボックスの中に仕舞い込んで死蔵するというのは簡単なのだが、どうにも心の中でそれを惜しむ自分がいた。誰だって男なら、この戦艦のカッコよさに魅かれるものだろ?
「やっぱり仕舞っておいた方が無難なんだろうなぁ。でもなぁ……。せっかく創ったのにアイテムボックスの中に死蔵するというのも、何だかもったいないよなぁ。でもなぁ……。他の人には見せられないしなぁ。どうしたもんかなぁ……」
そう呟いた瞬間! 俺の頭の中に稲妻が走る!
他の人から見られて拙いのなら、見られないようにすればいいじゃないか!
「闇魔法『認識阻害』!」
そう、俺の顔を目立たなくするために使用していた闇魔法『認識阻害』。これを船体全体に掛ければ何の問題もないはずだ。
それに、そもそも空中に浮かぶ船を見せれば、アメリアたちだけでなく王都中の皆が大騒ぎするのではないかと、今になって思い至った。
つまり、俺が創り出した乗り物が、例え当初想定していたような『飛空艇』だったとしても、何らかの隠蔽工作は必要だった可能性が高い。
となれば、見た目が戦艦でもいいじゃないか! いいや、むしろ、カッコいいから、こっちで正解だったんじゃないか! いつの間にかそんな考えになった俺は、この戦艦を獣王国までの移動手段にすることに決めたのだった。
「とはいえ、いきなり当日使うわけにもいかないよな! ちゃんと事前に試運転してみないとな、うん!」
善は急げと、でき上がった戦艦をアイテムボックスに仕舞い込んで、ラルフに出掛ける旨を告げると、俺はそそくさと屋敷の外へと向かう。
今回のお供として、戦艦を創造するところを一緒に見ていたヴァイスと、アイテムボックスの中で休んでいたセラフィを連れ出した。
因みに、アメリアとカミラには世界神たちを迎える準備を進めてもらっていて手が空いておらず、ヘルミーナも魔導具店の方に顔を出していて不在だった。
もちろん、彼女らに声を掛ければ付いてきてくれるとは思ったのだが、このことは皆には秘密にしておいて、あとで驚かせるのも面白いかもしれないと考えたのだ。
さて、セラフィに馬車の手綱を任せて俺たちは王都の郊外、魔物の森の辺りまでやってきた。因みに、ヴァイスは馬車の中で俺の膝の上でモフモフ担当として大いに役立ってくれた。
「うん、この辺りでいいか。セラフィ、ここらで停まってもらえるかな」
「承知致しました、主様!」
セラフィが馬車を停めると、俺はヴァイスとともに荷台からおりて適当な空地を探すことにした。
まだ魔物の森の手前ということもあって、木は疎らにしか生えていないので例え巨大な戦艦でも、アイテムボックスから出せる程度の空地くらいならすぐに見つかるだろう。そう確信していた俺は早速『空間探索』ですぐに適当な空地を見つけて向かうと、その場に向かって手の平を翳した。
「さて、それじゃ早速行きますか! いでよ、『飛空艇』!」
すると、空地をその巨体で埋め尽くすように、漆黒の巨大な空中戦艦がその姿を現した。
船体には風魔法が付与されており、更には俺の魔力によってその巨体が制御されているため、空中に浮いている。以前、アイテムボックスから化け物の胴体を取り出したときのように、地面に巨体をぶつけて振動が起こったり、土煙が舞い上がったりするようなことは起こっていない。
「おぉ!? 主様、この大きな物体は一体何なのですか!?」
「キュオンッ! キュオンッ!」
突然現れた漆黒の巨大戦艦に驚くセラフィとヴァイスに対して、俺はこの巨大な物体が俺が創り出した新たな『乗り物』であることを説明した。
「ほほぉ、なるほど、なるほど……。主様が創り出された乗り物、ですか。こんなに大きな乗り物は初めて見たので驚きしましたが、流石は主様ですね!」
「キュン! キュオンッ!」
「ふふん、そうだろう、そうだろう!」
驚きながらも、褒めてくれたセラフィと、恐らくセラフィと同じく俺のことを称賛してくれたヴァイスに対して、思わず俺は自慢気に戦艦について説明することとなった。
まぁ、新しい玩具を手にした男子というのは、それを自慢したくなるものなので、申し訳ないが少しだけ付き合ってもらえるとありがたい。
そうして、巨大な空中戦艦について説明をしながら俺たちは戦艦の真下までやってきた。すると、俺の魔力を感知した戦艦によって内部へと移動する為の魔法陣が展開される。
戦艦内部に俺たち二人と一匹で降り立つと、そこは艦橋にほど近い、通路の開けた場所だった。内部はやはり近代的、というよりは、むしろ近未来的な設計になっており、異世界の世界観に慣れ親しんだ身には非常に新鮮に映る。
「さて、早速だけど艦橋に行こうか。早くこの戦艦を動かしたい!」
「あぁっ! お待ちください、主様!」
「キャウッ! キャウッ!」
物珍しさもあってか、きょろきょろと周囲を見回していたセラフィとヴァイスを差し置いて、ひとり先に艦橋を目指す。
通路と区画は全て扉で仕切られていたのだが、俺が目の前に立つと、人感センサーがそれを感知して『プシューッ』と自動的に扉が開く。セラフィとヴァイスはそれに驚いていたが、この程度で驚いていては先が思いやられる。
俺は一人、近未来的な戦艦のことを知ったかぶりしていたのだが、実際に艦橋に入ってみると、俺がどれだけこの戦艦について知ったかぶりをしていたのか、それを理解させられるには十分な出来事が待ち受けていた。
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