アサヒナ家の紋章
諸々の事情を共有した後、屋敷のリビングに戻った俺たちはソファに座って寛いでいた。
俺の出自について全て伝え、そしてそのことを受け入れてくれた皆だったが、それでも、やはり衝撃的だったのか今も皆の口から感想が漏れていた。
「それにしても、ハルトがまさか私よりも年上だったなんてなぁ。可愛い年下の男の子だと思っていたのに、人は見かけによらないって言うけれど、本当だな!」
「スルーズ神様が本当におられた。そして、ハルトはスルーズ神様が遣わされた眷族……。これからはハルト様って呼ぶべき?」
「本当よね。でも、これでようやくハルトの常識外れの能力について納得がいったわ。普通の人間、それが例え妖精族のエルフだったとしても、ここまでぶっとんだ能力を持っているわけがないものね……」
朗らかに笑いながら話すアメリアと、少し深刻そうな顔で呟くカミラ、それに呆れた表情で俺とセラフィを見るヘルミーナと、その様子は三者三様だった。
「いやぁ、あははは……。アメリアさん、これまで通り年下の男の子として接してもらって構いませんよ。カミラさんも、これまで通りハルトとお呼びください。ヘルミーナさんは……。なんか、すみません」
アメリアとカミラは微笑んで頷いてくれたが、何故かヘルミーナからはジト目で返された。何でだろう?
「それで、『ハルト様』はこれからどうするつもり?」
ヘルミーナが悪戯っぽくわざわざ様付けで今後について聞いてきたのだが、そのことについてはスルーしておこう。
それよりも、一点だけ皆に伝えなかったことがある。
それは、そもそも何故この世界に試練が存在するのか、つまり世界神の『昇神試験』の存在についてだった。また、俺の母親と言うべき存在である世界神がもうすぐうちの屋敷にやってくるとは伝えていたのだが、何故うちの屋敷にやってくるのか、その理由についても話していなかった。
理由は単純だ。『実は神様の昇神試験のために、この世界に住む人々に困難が降り掛かるんです』などと、この世界の住人である彼女たちが聞かされて、いい気分でいられるはずがない。そして、その試験を受ける張本人が俺の母親で、もうすぐ屋敷にやってくるなどという情報を聞かされて、快く世界神を迎え入れてはもらえないだろうと思ったからだ。
さて、それを踏まえてヘルミーナからの質問について、である。
とりあえず、最優先は『世界神の降臨』だろう。ただ、これはうちの屋敷が『世界管理支援室』の出張所になるわけで、その際に世界神がやってくる、と言うことを意味しているのだが、上述の通り、そのことについてはアメリアたちには説明していない。ただ単に、世界神、つまり『俺の母親』がうちの屋敷にやってくる、というだけなのだ。
「そうですね。まずは、私の母親である世界神様がうちの屋敷に来られるので、その為の準備を進めましょうか。と言っても、私たちにできることは国王陛下との晩餐会や、陞爵パーティーの時とあまり変わらないでしょうが……」
「まぁ、確かにそうね。それはそうと、その神様が屋敷に来られたとき、私たちはどうすればいい?」
「と、言いますと?」
「いや、だって。相手は神様なのよ!? ハルトは眷族だからいいかもしれないけれど、私たちみたいな人間なんかがお目にかかるわけにはいかないんじゃないの?」
「あぁ、そう言われてみればそうなるのかなぁ?」
「残念、私もハルトのお母さんに会ってみたかった……」
ヘルミーナの言葉にアメリアとカミラが肩を落とす。
なるほど、改めてそう言われると、そういう考え方もあるのかと気付かされた。
俺は前世でもそこまで信心深いわけではなかった。一応、実家が仏教でも割とメジャーな宗派だったが、家族の法事や葬式などの仏事があれば参加はしたものの、詳しい手続きなどは両親に任せていた。
それに、イースターやハロウィン、クリスマスといった他宗教の行事は普通にイベントとして楽しんだり、正月は神社に参って新年を祝うという、神仏については(恐らく)一般的なかかわり方しかしてこなかった。
正直、神様について信じたのも俺が転生してから、というありさまだ。だが、この世界では神様の信仰が強く、神様に対する考え方や接し方も違うようだ。
「ふむ。ヘルミーナさんの仰ることも良く分かるのですが、御心配には及びません。実は、世界神様はヘルミーナさんたちとお話しすることを楽しみにされているのです。それに使用人たちと接することも問題ないとのことでしたし……」
「「おおっ!」」
「……そういうことなら問題ない、のかしら?」
「まぁ、大丈夫でしょう。さて、世界神様が来られるまでの間に、獣王国へ行く際の準備も進めないといけません。先日ユリアン様とランベルト様から聞いた話ですと、獣王国へ向かう際には王国から馬車をお借りできるとのことでしたが、多くの貴族はより快適な旅とするために自分たちで馬車や船を用意しているそうなんです。ですから、私も自分で『乗り物』を用意しようと考えているんです」
「そういえば、貴族のほとんどは自分たちの紋章を入れた馬車に乗っているなぁ」
「うん、確かシュプリンガー伯爵も紋章が入った馬車に乗っていた」
「そういえば、ハルト。アサヒナ家の紋章って、まだ決めていないの?」
「……紋章?」
「「「はぁ……」」」
いや、皆呆れたように俺の顔を見てくるけどさ、紋章なんて初めて聞いたんですけど……。
貴族の証として男爵章や子爵章があるのは理解していたが、貴族家としての紋章については全く気が付かなかった。
そういえば、以前王城へ向かった際にローデリヒの手綱でユリアンの馬車に乗せてもらったが、確かに紋章のようなものが馬車に描かれていたような気がする。ただ、紋章なんてどうやって決めればいいのか分からないし、それに勝手に決めても『これがうちの紋章だ!』と言い出しても誰も認めてくれないのではないだろうか。
つまり、王国など公的な第三者に認めてもらわないと使用することができないのではないだろうか。生前だって役所で実印を登録して印鑑登録証明書を発行してもらっていたのだ。そういう手続きがこの世界にもあるかもしれない。
なるほど、紋章か……。ひとまず、分からないことはラルフに相談だな……。
皆から今更ながらに紋章について指摘を受けて、ラルフに確認することにした。というか、男爵になった時点で教えて欲しかったものだ。
まだ迎賓館にいるであろうラルフを探しに屋敷から出た俺は、中庭で寝転がっているヴァイスを見つけるとたまらずモフり始めた。
「あぁ、癒されるぅ……。お前は俺の癒しだよぅ……」
「キャゥン……」
しこたまヴァイスをモフッた俺は迎賓館でラルフをつかまえて早速我が家の紋章について確認する。
「……と言うわけで、うちの紋章ってどうなってるんだっけ?」
「アサヒナ家の紋章は既に王家のほうからご提案がありまして、そちらを使用しております。旦那様は貴族となりましたが、それによって冒険者や錬金術師としての活動が煩わされるようなことがないようにとの王国からの配慮として、貴族として必要な手続きのほとんどが免除されておりますから。その一環として、紋章を考案する手間を省く意味で王国側から提案された、こちらの紋章を使用しております」
ラルフはそう言いながら懐から紋章が刻まれた印璽を取り出して手渡してきた。
ふむ、何かの植物の枝葉と、これは妖精かな? そして中央には三つ首の猛禽類と思わしき鳥のデザインか……。
「これって変更することは可能なの?」
「そうですね、変更は可能です。ただ……」
「ただ?」
「いえ、王国からご提案頂いたとはいえ、王家と同じ『三頭鷲』のデザインを賜っておりますので、それを変更するということは王家に対して良い印象を与えないのではないでしょうか」
「うぇっ!? 王家と同じ……!?」
「はい、この『三頭鷲』王家と血縁のある貴族や、王家から特別に認められた貴族にのみ使用することを許された特別なデザインなのです。旦那様はリーンハルト殿下やパトリック殿下、それにフリーダ王女の御用錬金術師でもありますし、王家と繋がりが深く、そして王家から認められた貴族と言えますからね。それに……」
「それに?」
「我々、アサヒナ家の使用人としても、それほどまでに王家から信頼されている旦那様にお仕えできることを誇りに思っていますし、この紋章はその証でもあるので、できればこの紋章を使い続けたいという気持ちもあります」
ふむ。なるほど、そういうことなら今のデザインから違うデザインに変更することは止めよう。
しかし、それにしても王国は俺に対して気を使い過ぎではないだろうか。貴族として必要な手続きのほとんどが免除されているということだけど、もしかして他にも俺が知らないけど貴族として本当はやらないといけないことがたくさんあるのではないだろうか……?
とはいえ、それらを全て俺が対応できる自信もなかったので、このことは忘れることにした。
それよりも、紋章については確認ができたので、さっさと俺たちの『乗り物』の製作に取り掛かろう!
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