ハルトの出自と説明
俺が世界神と神話通信をしている間に、朝食会は無事に終わっていた。
そのことをラルフから伝え聞いた俺は屋敷の前でリーンハルトやパトリック、それにウォーレンたちといった迎賓館の宿泊客たちの見送りを行うと、ようやく遅い朝食にありつけたのだった。
朝食を終えた俺はアルマに淹れてもらったお茶をすすりながら、今回のパーティーと宿泊客の対応についてラルフたちを労った。
「皆さん、本当に良くやってくれました。急な宿泊客ではあったけれど、リーンハルト様やパトリック様、それにウォーレン様たちも大変満足そうにされていました。本当にありがとうございます!」
「いえ、普段通りのことを行ったまでです。それに、これはアサヒナ子爵家を王家や王国に売り込む絶好の機会でしたから。使用人全員で張り切って対応させて頂きました」
特別なことはしていないと言いつつも、やはり皆いつも以上に頑張ってくれていたようだ。
ラルフの話を聞く限りではかなりきめ細やかなサービスを行っていたらしい。うむ、そういう話を聞くと、ボーナスを弾んであげたほうが良いだろう。
そもそも、彼らの給金は王国から出ているのだ。つまり、アサヒナ子爵家に対して恩を売ったところでメリットなどないに等しい。それにもかかわらず、ここまでやってくれたのだから、ボーナスくらい出さないとバチが当たるというものだ。
そう思って俺は対応に当たってくれた使用人の皆に一律で金貨三枚を支給した。それくらいの価値があるサービスをしてくれたと思う。そのことを皆に伝えると大変喜んでくれた。
「「「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」」」
「こちらこそ、ありがとうございます。近い内にもう一度、最上級の賓客を迎えることになると思うから、そのときもよろしくお願いしますね!」
「最上級の賓客、ですか? それはまた国王陛下でしょうか?」
恐る恐るといった感じでラルフが聞いてきたのだが、ゴットフリートとは比べ物にならないほどの賓客だろう。何せ次におもてなしするのは世界神たちになるのだから……。だが、そんなことを皆には言えず……。
「うむ、国王陛下、いや、それ以上の賓客を迎えることになるでしょう……」
「国王陛下以上の賓客、ですか……?」
そう話すと、ラルフは思案するように首を傾げる。
他の皆も見当が付かない様子で互いに顔を見合わせていた。まぁ、そういう反応になるか。アメリアとカミラ、それにヘルミーナの三人も要領を得ないという感じだった。それも仕方がない。
ただ、この中で一人、俺以外に誰を賓客として迎えるのか察することができた者がいた。そう、セラフィだ。
彼女は俺と一緒に神界に行ったことがあり、且つ世界神たちとのやり取りを知っている。
つまり、誰がやってくるのかを知る唯一の存在だった。そのセラフィが俺に目配らせしてきた。どうやら、セラフィが皆に説明してくれる、らしい。少し不安ではあったが、娘の成長を願う俺としてはセラフィには様々な経験をして欲しいと思う。そういう意味では、皆の前で話をするというのも立派な経験になるだろう。
前世では、毎週月曜日には勤めていた会社での全体朝礼で気になったニュースや出来事を持ち回りで発表する機会があった。賛否はあったが、それでも多くの人の前で話をすることに慣れるという意味では良い経験になっていたのではないかと思う。おっと、少し思考が横道に逸れた。
俺はセラフィの目配らせに対して一つ頷き返した。つまり、説明をセラフィに任せるという意思表示だ。それを受けてセラフィも一つ頷くと、皆の前に出て話し始めた。
「先ほど、主様からお話があった賓客についてだが……。賓客というのは……。つまり、その……。そう、『主様の母上』のことである! 主様の母上は大変若く美しい方であり、その、主様の母上には見えないかも知れないが、気を付けて対応して頂きたい」
「ちょっ!?」
「「「ハルトの母上!?」」」
「「「「「「「「旦那様の母上!?」」」」」」」」
セラフィの説明の仕方が気になったのだが、まぁ、世界神本人が俺の母親を自称しているし、問題ないだろうとそのこと自体はスルーすることにした。
あんまり突っ込みが過ぎると俺のほうも疲れるのだから仕方がない。
そうしている間にアメリアとカミラ、それにヘルミーナの三人が俺とセラフィを交互に見てきた。何を言いたいのか、その表情から何となく分かる。というか、この場から逃げ出したくなってきたのだが、アメリアとカミラに肩を掴まれており逃げ出そうとしても逃げることはできない……。
「何処へ行こうと言うのかな?」
「ハルトの母親が来ることを、何故、セラフィが知ってる?」
「私も聞かせてもらいたいわねぇ。どうしてセラフィがハルトの母上のことを知っているのかしら?」
うぅ、ラルフたちはさて置き、アメリアとカミラにヘルミーナの三人はセラフィが生まれた時から知っている。
つまり、セラフィが俺の母親(世界神)のことをいつ知ったのか、疑問に思うのは不思議ではなかった。ただ、ラルフたちがいる前で全てを話すわけにもいかない。
「あ、あのっ。そういう話はちょっとプライベートなこともありますので、その、俺の部屋で説明しますから!」
「「「ほら、行くわよ!」」」
「うぇっ!?」
突然アメリアに小脇に担がれると、そのまま屋敷の俺の部屋まで担がれていくことになった。
それに続いてカミラとヘルミーナ、それに少し申し訳なさそうなセラフィも続く。ラルフたちは流石に遠慮してか、ついてはこなかったが。
「それで、どういうことなのかな?」
「ハルトに母親がいた。それは良い。どうして、セラフィが知っているの?」
「そこよ、そこ! セラフィには教えて、仲間の私たちに秘密にしているのはどういうことなのかしら?」
アメリアたちに詰問されたが、正直どの辺りまで話すべきか悩む。だが、中途半端に伏せて話をしても、どこかで話に破綻が生じて結局全てを説明することになるだろう。それならば、最初から全てを皆に話しておいたほうが良いと思う。
少しばかり瞑目して改めて考えてはみたが、やはり、皆には俺の話を聞いてもらったほうがいいだろう。そう、俺がどうしてこの世界にやって来たのかを。
「分かりました……。私も覚悟ができました。私も皆さんに、私自身のことを何一つ伝えていなかったので心苦しく思っておりましたから……。これからお話することは大変突拍子もないことですから、簡単には信じられないと思います。それでも、皆さんには信じてもらいたいと思います。実は私、いや、俺は……」
皆に俺が別の世界から来た転生者であることを伝えた。そして、転生することになった経緯や、俺に負わされた使命についても……。
それらを俺が口にするだけでは信じてもらえないだろうと思い、記憶していたことを光魔法の一種『投影』により、まるで無声映画のような動画を創り出し、俺の部屋の壁に投影したのだった。そうして壁に映し出された映像を元に説明することになったのだが、やはり俺がいた世界のことが気になるのか、映像の中に出てきた車や信号に、ビルといったものについて色々質問攻めとなった……。
まぁ、この世界とは随分違う風景が映っているんだから仕方がないか。
・
・
・
「ハルトってこの世界にくる前も格好良かったんだな! それに私たちよりも随分年上じゃないか! どうりで年の割に落ち着いているわけだな!」
「こんなに多くの人が道を歩いてるなんて、何かのお祭り!? それにあんなに高い建物が幾つも……。あぁ、ハルト上を見て、避けて!」
「なるほど、この世界神という神様がハルトの母親なのね!」
アメリア、カミラ、そしてヘルミーナが映像を見ながら思い思いに感想を口にする。
これで少しは、俺が異世界からの転生者であると言うことを理解してもらえただろうか。でも、それはつまり、俺はこの世界の人間ではないということと、俺がこんな形をしているが、中身はおっさんだということを理解したということと同義だった。
そして、それはつまり、俺に対して違和感や嫌悪感を抱くのに十分な情報だと言えるだろう……。もし、皆に仲間から抜けると言われたら、俺にはそれを引き留めることはできないだろう。でも、それでも俺は皆と一緒にいたい! その思いが、気がつけばいつの間にか口から出ていた。
「皆さん、私は……。いや、俺は、今見てもらった通り、中身はオッサンだし、ドジを踏んで死んでしまって、たまたま世界神様に拾われた、ただ、それだけの男なんです。そんな俺がこの世界に転生することになって、そしてアメリアとカミラ、それにヘルミーナとも出会ったり、セラフィが生まれたり……」
そこで少し言葉が詰まった。この世界に転生してから、本当に多くのことがあったからだ。
「本当に色んなことがありました。そして、その度に皆に助けられた、俺はそう思っています。だから……。だから、その、もし皆さえ良ければ、これからも……。俺の仲間でいて欲しい、です! ……お願いします!」
俺は自分の気持ちに嘘が付けず、俺が今思っている気持ちの全てを皆にぶちまけた。最悪の場合、皆と別れることになるかもしれないと、そんなことを考えながら。
「おいおい、ハルトは一体何を言ってるんだ?」
「私たちはずっとハルトの仲間。何も変わることなんてない!」
「はぁ……。全く今更何を言ってるのよ!? ハルトが例え異世界からの転生者でも、何でも。私たちはハルトの仲間になるって心に決めたから、皆アンタと一緒にいるのよ。もう少し、私たちのことも信頼して欲しいものね!」
アメリアもカミラも、ヘルミーナの言葉は全て、俺を受け入れてくれるという、そういう言葉だった。
そうか、この俺を受け入れてくれるのか。
そう心の中で反芻すると、自然と両の瞳から熱いものが溢れ出るのを感じた。
「うぅ、すみません……。ありがとうございます、アメリアさん、カミラさん、ヘルミーナさん……。俺は、皆さんに出会えて本当に幸せです!」
「主様、本当に良かった……」
「セラフィも、いつもありがとうな。本当にありがとう……」
こうして、世界神たちがマギシュエルデに降臨する前に、俺の出自について仲間の皆に伝えることとなった。そして、皆もこんな俺のことを受け入れてくれた。本当に素晴らしい仲間に出会えたものだ。
本当に、ありがとう。皆、ありがとう……。
因みに、何故セラフィが俺の事情を知っていたのか、ということについて、セラフィが皆から質問攻めにされていたのだが、セラフィは『俺の娘だから』と最初は誤魔化していたものの、結局は神殿での出来事を皆にも話すことになったのだった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます!




