スルーズ:憂鬱と希望
私はスルーズと申します。
一つの世界を見守る世界神です。
創造神の孫だからといって色眼鏡で見られることが多いですが、神界で働く一柱として、しっかりと世界を見守る(管理する)ことができると周りの神々に認めてもらえるように努めて参りました。
世界神なんて大袈裟な名前に聞こえますが、実際には数多ある世界に派遣されたただの下級神の一柱です。神としての権能も私たちが見守る世界に対して奇跡と呼ばれる何らかの事象を起こすぐらいのことしかできません。
それでも、私が見守る世界『マギシュエルデ』に住まう人々からは敬われてますし、私も彼らのことを大切に思っています。
何年も世界を見守っていると愛着だって湧くものです。
そんな『マギシュエルデ』ですが、もうすぐ『神の試練』がやってくるのです……。
私たち神々は、試練を与える神、試練神から、様々な試練を与えられ、それを乗り越えることで、神としての格を上げることができます。
神の格が上がることで、下級神から中級神、そして何れ上級神へと昇神することになり、中級神になると複数の世界を管理したり、他の世界神の指導をしたり、適性を見出された場合には他の部門に異動することもあることから、多くの下級神が中級神を目指して働いています。
ですが、試練を乗り越えることは容易ではありません!
何故なら、私たち世界神自身に試練が与えられるのではなく、管理する世界に試練が与えられるのです。
つまり、世界に住まう人々を試練に打ち勝てるように導き、救うことがミッションとなるわけですが、この試練を私たち一柱だけで乗り越えるのは非常に難しいのです。
その要因は様々なのですが、最も大きな要因の一つとして私たち神の意思が人々に正確に伝わらない、ということです。人々を導くために私たちの意思、つまり神託を人々に与えるのですが、どうにも抽象的なイメージでしか伝わらないらしく、私たちの思うように人々は動いてくれないのです……。
しかし、それを解決する方法があります!
それは、世界神をサポートしてくれる『眷族』の存在です。
眷族とは神の使いといえる存在であり、その働きによっては神の家族として迎えられることもある重要な存在です。
神はその眷族に直接意思を伝えることができ、逆に眷族も神とお話ができます。
その為、ほとんどの世界神は管理する世界に眷族を送り込み、神の使者として、人々との連絡役を担ってもらいながら試練を乗り越えるのです。
では、眷族をどうやって送り込むのかというと、大概は死者の魂から適性を見て、これはという方を管理する世界に『転生』させる形で眷族にすることが多いのです。
もちろん、管理している世界の人々から眷族となる人の候補を探すこともできますが、正直に言ってお勧めはできません。何故なら、その世界の人々はその世界の理を超える力を得ることができないからなのです。
試練神の試練を乗り越える為、人々を導く為には人知を超えた力が必要なのです。そして、転生者であれば、転生させる際に私たち神の力の一部を与えることができるのです。
ですから、もちろん、私も転生者を探して眷族とし、『マギシュエルデ』に送るつもりです!
先ほどもお話しした通り、私の管理する『マギシュエルデ』にも近々試練が与えられるというお話を試練神から頂いてしまいました……。
実は私が世界神となってから、初めてのことです。私が管理する世界『マギシュエルデ』は以前は他の世界神が管理していた世界だったのですが、私が世界神になった際に創造神であるお祖父様から任されました。
ある程度成熟した世界のほうが管理しやすいだろうというお祖父様なりの心遣いだったのだと思うのですが、逆に最初から管理していた世界ではないので、分からないことも多いし、何より成熟した世界ということで、試練神からの試練も難易度が高くなる可能性が高いというのです。正直不安しかありません。
しかも、お祖父様からは気楽な雰囲気で『孫娘の活躍を楽しみにしておるぞ』なんてプレッシャーにしかならない励ましを頂いてしまいましたが、他の世界神たちの間では『フラグ』が立ったなんて言われてしまいました。どういうことか聞いたところ、お祖父様から期待の言葉を掛けられた世界神は試練に失敗することが多いそうで、ある種のジンクスになっているのだそうです。
全くお祖父様は何てことを言ってくれるんですか!?
とにかく、眷族となる人材を見つけないといけません!
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「どうしてなの!?」
何故か、私の元にはいつまで経っても眷族の候補者の資料『履歴書』と『職務経歴書』が届きませんでした。
今も何時試練が始まるのかと戦々恐々としている身としては、眷族の候補すら『輪廻本部』から上がってこないことに憤りを感じます!
『輪廻本部』は生有る者の死とその再生を司る、神界の一部門です。
ここから眷族の候補を頂かなければ、世界神といえど、何もできないのです。私も流石にこの状況は文句を言いたくなったので、コネを使って元上司に相談です。
「ご無沙汰しております、輪廻神。この度はお忙しい中お時間を頂き申し訳ありません」
「いや、気にしなくて良い。創造神様からも頼まれているのでな」
「そうですか。それで早速なのですが……」
「ああ、聞いているさ。眷族のことだったな」
このグレーのスーツに七三分けの堅苦しそうなオジサンが、私が研修していた時にメンターとして面倒を見てくれた先輩で、輪廻本部の輪廻担当部長の輪廻神です。
彼はパラパラとめくっていた資料をデスクの上に置いて一つ溜息をつくと、口を開きました。
「スルーズ、この際はっきりと言わせてもらう。お前が管理している世界は最近の転生者候補から圧倒的に不人気なのだ……。それ故、転生者がいつまでも集まらず、眷族の候補が全く出てこな状況ないのだ」
「なんでですかっ!?」
私は思わず両手を強く握り、机の上に振り下ろしました。『バンッ!』という乾いた音が響く中、私は輪廻神に反論します。
「それが理解できないと言うのです! 私が運営する世界『マギシュエルデ』は、剣と魔法と冒険に心ときめくファンタジーの世界! 様々な種族が仲良く暮らす、そんな楽しい世界なのに、何故不人気になるんですか!? お祖父様の部屋の本棚にあった由緒正しい歴史書にも、そのような世界が最も人気なのだと解説されていたのですよ!?」
「あぁ、私もその話は聞いたことがある。だが、それはかなり古い話だ。最近のトレンドは、元居た世界と同じ文明レベルの世界への転生、そしてなるべく平穏に暮らせる世界なのだ。それ故に、お前の管理している世界への転生希望者だが、ほとんどいないのが現実だ」
「そ、そんなぁ!?」
思わず声を上げてしまった。
お祖父様の書斎にあった本の情報がそんなに古いものだったなんて……。
しかし、これで眷族となってくれる人材が見つからない理由が分かりました。理由は分かりましたが、これは困りました……。今更、管理する世界を変えることなんてできません。
輪廻神から聞いたところ、『マギシュエルデ』への転生を希望しなかった候補者は既に百人にも上るそうです。このままでは、眷族を見つけることなんてできないかも知れません……。
仕方なく、輪廻本部から帰ろうとしたとき、久しぶりに機会神と再会しました。彼は私の同期で気安く話しができる数少ない存在です。
「やぁ、スルーズ。こっちに来てるなんて珍しいじゃないか。今日はどうしたんだい?」
「機会神、お久しぶりです。私、本当にどうしたら良いのか、分からなくて……」
「何か困っているんだね。僕で良ければ相談に乗るよ」
「うぅ、ありがとう……」
少し涙声になってしまいました。
いつも優しい機会神は何かあったら助けてくれますし、頼りになります。ですから、私の眷族候補が見つからないことについて相談しました。
「なるほどね。転生希望者が希望する転生先の世界には、確かにトレンドはあるし、それに趣味嗜好は人それぞれだから難しいところはあるよね」
「えぇ、そうみたいで……」
「僕のほうでも君の世界に合う候補者がいないか探してみるよ。といっても、『輪廻本部』ほど数を出せないけどね」
「ほ、本当ですか!? ありがとう、よろしくお願いします」
「これでも、機会神だしね。同期が困ってるんだ。眷族候補と出会う機会くらいは用意して見せるさ」
そんなことを話した翌日、早速彼から連絡を受けました。
「候補者が見つかったよ。これから面談するけど、一緒にどうだい? 君の世界をアピールするチャンスだよ?」
「行きます! すぐに行きます!」
「分かった、待っているよ。それと、輪廻神にも同席してもらうつもりだ。君の世界に転生を希望された場合、すぐに対応するためにね」
「分かりました!」
急ぎ指定された会議室へ向かいます。
上手く『マギシュエルデ』をアピールして、何としてでも眷族になってもらわないと!
面談のために用意された会議室の前まで進むと、そこには輪廻神が私を待ってくださっていました。どうやら、既に転生希望者は会議室の中で機会神と共に私たちの到着を待っているようです。
うぅ、何だか緊張してきました。
心の準備ができたことを輪廻神に合図すると、輪廻神が扉を開き私に先に入るよう促します。ここは第一印象を良くするためにも元気よく挨拶しないと。
「失礼します!」
「失礼する……」
転職希望者の方は、立ち上がってぎこちない笑顔を向けてきました。どうやら向こうも緊張されているようです。あぁ、この人が私の眷族になるかもしれないと思うと、私のほうまでドキドキしてきます。
機会神の隣まで移動すると、私の逆隣に輪廻神が立ちます。すると、候補者の方と目が合いました。が、すぐに目をそらされてしまいました。何ということでしょう、もしかして、私何か気に障ることをしてしまったでしょうか……?
そんなことを考えていると、何やら転生希望者の思考がこちらに漏れ伝わってきました。……どうやら、この方は私の、その、胸が気になっている、と……。
そんなことを直接を聞かされた直後に目が合ってしまいました。思わず、恥ずかしくて顔から火が噴き出るような気分になって目を逸らしてしまいました……。確かに私のお胸は神界でも平均以上の大きさかも知れませんが……。しかも可愛いだなんて、ずっと見ていたいだなんて、この方はなんて恥ずかしいことを仰るのでしょうか……。
「……朝比奈さん、朝比奈さん!」
「は、はい!」
「……皆、聞こえてますから、注意してくださいね……?」
「……っ!?」
機会神が声を掛けてくれたおかげ、ようやく思考が途切れたようです。はぁ、今もドキドキが止まりません。
互いに軽く挨拶を交わした後、席に座って機会神から資料を受け取ります。そう、所謂履歴書兼職務経歴書ですが、転生希望者の魂から写し取ったもので、編集もコピーもできない一点物です。
機会神から今回の転生について説明が始まりました。私はその隙に資料に目を通します。過去の賞罰はなく、性格も問題ないように見えました。お仕事の面では単純な作業だけでなくクリエイティブなお仕事もされていますね。それにマネジメントについても少しはご経験があるようです。
それから、ちょっぴりエッチな一面もあるようですが……。これは男性ならそれは当然なのでしょう。
決めました!
特に問題は無さそうですし、この転生希望者『朝比奈晴人』様に眷族になってもらいましょう。なんといっても、この日のために特典を三つも用意したのですから!
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。




