魔物検分と皮革採取
一本目の首を披露した際には『ただのドラゴンではないか』などという意見が出ていたのだが、八本目まで首を出した頃には既にそのような意見は出て来なかった。
というよりも、そもそも誰の声もしない状況となっていた。
二本目に水属性のブレスを吐く首を、三本目に風属性のブレスを吐く首を、四本目に土属性のブレスを吐く首を出したのだが、二本目まではまだ『双頭竜の類だろう』などという意見が出ていた。だが、三本目の首を出した辺りから観客席からの言葉が途端に少なくなり、四本目を出した頃に至っては、会場となった訓練場は静けさに包まれていた。
これは貴族たちだけでなく、ゴットフリートたちやドミニク、ウォーレンも同様だった。
五本目に爆炎のブレスを吐く首を出し、六本目には稲妻のブレスを吐く首を出した。そして、最後に猛毒のブレスを吐いた首と回復役となっていた光属性のブレスを吐く首を出したのだった。
「国王陛下、ウォーレン様。こちらが八つの首になります。続いて、八つの翼と八つの尾を持つ胴体を出しますが、よろしいでしょうか?」
「「…………」」
「あ、あの、国王陛下、ウォーレン様?」
「う、お、おお……。ハルト、どうした?」
フリーズしていたゴットフリートが再起動したが、やはり先ほど話し掛けた内容は聞いていなかったようだ。改めて、用件を伝える。
「国王陛下、首については全て並べましたので、続いて魔物の胴体のほうを取り出しても良いでしょうか?」
「お、おう。私は問題ない。ウォーレン、ドミニク。問題ないな?」
「「はっ、問題ございません」」
「う、うむ。では、ハルトよ。早速やってくれ……」
「承知致しました」
ゴットフリートとウォーレンにドミニクの三人から許可を得たので、早速アイテムバッグを広げる素振りを見せる。すると、何故か訓練場の中はこれまで以上の緊張感に包まれた。そこら中から生唾を飲み込むような『ゴクリ』という音が聞こえてくるが、俺はそんなことを気にせず訓練場に出すことにした。
「では、出します!」
アイテムボックスから残った化け物の胴体を取り出す。
アイテムボックスから取り出すと、手の平の上に出てくるのだが、今回のような大きなものだと片手で持ち上げられるようなものではないため、取り出したい場所、つまり今回だと訓練場の広場に向けて手を翳す必要がある。
だが、今回はあくまでアイテムバッグから取り出している風に見せる必要があったため、アイテムバッグを訓練場に向けて広げたように見せかけながら、バッグの下から手を伸ばしてアイテムボックスから取り出すことにした。
すると、化け物の胴体がアイテムボックスから広場の中空に姿を現すと、観覧席にいた貴族たちから今日一番のどよめきが起こる。それから瞬く間も無く、訓練場の広場にその巨体が横たわった。
『ズズゥン……』という、化け物の首とは比較にならないほどの振動が訓練場全体を揺るがし、また土煙も視界を覆うように広がる。
そのせいか、観覧席にいた貴族たちのどよめきはいつしか悲鳴に変わっていた。
貴族たちが悲鳴を上げて驚き戸惑っている中、ゴットフリートたち王家の者はどうなっていたかというと、側に付いていた近衛騎士たちに守られているようで、他の貴族たちよりは落ち着いて状況を見守っているようだった。
俺の側にいたウォーレンやドミニクも同様だ。まぁ、彼らはどちらかというと、何が起こっているのか目の前で見ていたから、冷静でいたのかもしれないが……。
さて、訓練場の揺れが落ち着いて来た頃、舞い上がっていた土煙もようやく収まりを見せていた。つまり、それは俺がアイテムボックスから出した化け物の胴体の姿が視認できるようになったことを意味していた。
先ほどまでのどよめきや悲鳴とはまた違う性質の、恐怖や不安を含んだような声が上がった。
「国王陛下、ウォーレン様。こちらが、本日検分頂く魔物の胴体です。お伝えした通り、巨体に翼が八つ、尾が八つもある、まさに化け物といってもよい魔物です。どうか、存分に検分して頂ければと思います!」
そう伝えたのと同時に、バランスを崩した化け物の胴体がぐらりと訓練場の観客席側に傾くと、一部が観客席のせり出た部分へと倒れ込んだ。当然、化け物の巨体に寄り掛かられた観客席は無事ではなく、ガラガラと崩れる。
それを見て、慌ててゴットフリートが指示を出した。
「皆の者、良く聞け! ハルトたちが討伐した魔物が、どれだけ巨大な化け物であったか皆も良く分かっただろう! 故に、この巨大な化け物は一旦ハルトのほうで預かってもらうことにする! ハルトよ、この化け物をアイテムバッグの中に早急に仕舞ってくれ! 早くしないと訓練場への被害が広がる可能性があるっ!」
「分かりました!」
そこまで言われれば仕方がない。出したばかりだったが、化け物の巨大な胴体を再び俺のアイテムボックスに仕舞うことにした。
化け物をアイテムボックスから取り出した時とは逆に、アイテムバッグを開けて入れ口を巨大な胴体に押し付けた。それと同時に、手の平も巨大な胴体に当てると、アイテムボックスに仕舞うことに成功した。
訓練場に寄り掛かっていた巨大な化け物の胴体が無くなったことで、ひとまずは訓練場へこれ以上の被害が発生することはないだろう。
「ハルト! いや、アサヒナ男爵よ。この度の魔物の巨大さは先ほど見せてもらった通り、化け物と言える存在であったことは良く分かった。だが、どれほどの脅威であったかをさらに調べる必要がある。其方が持っておる首を一本、王国がもらい受けたい! 首全てが難しいなら、皮革の一部でも良い。どうだろうか?」
ゴットフリートからそんな提案が出た。ふむ。首一本丸ごと、というのは少し抵抗があるな。
せっかく俺たちが手に入れたのだから、肉は俺たちで食べたいし、皮革や骨の類は俺たちの装備や何かに使用したいと考えていたからだ。
先日も肉を切り分けるために化け物を全て解体しようとしたが、アメリアたちでは皮を切ったり剥いだりすることができず、やむなくセラフィに手伝ってもらい、バーベキュー用とゴットフリートたちとの晩餐会用の肉だけを切り出していたほどだ。皮の使い道など少し考えただけでも色々出てくる。
となれば、ゴットフリートの言う通り、皮の一部を切り分けて渡すというのが良いだろうか。いや、もちろん王国貴族としてはゴットフリートに首一本を献上する方が良いのだろうが……。申し訳ないが、俺はまだそこまでの忠誠心を王家や王国に対して誓っているわけではないので、仕方がない。
「承知致しました。ただ、献上させて頂くものは、こちらの首全てではなく一部の皮革とさせて頂けますでしょうか?」
「うむ、それで構わぬ!」
「それでは、騎士団の方で腕に自信があり、魔物の解体が得意な方がおられましたら、皮の剥ぎ取りにご協力頂きたいのですが……。国王陛下、構いませんでしょうか?」
「うむ、その程度問題ない。では、ドミニクよ。誰か適任者を選出し、アサヒナ男爵の指示に従って、その首から急ぎ皮を剥ぎ取ってくれ」
「はっ! それでは、愚息ではありますが、騎士団の中で最も腕の立つイザークに任せようと思います。イザーク、すぐに準備を始めろ!」
「はっ! 承知致しました!」
俺は化け物の首から皮を採取するのを王国の騎士団に手伝ってもらえないかゴットフリートに相談した。
というのも、俺の後ろに控えているアメリアやカミラの解体技術では歯が立たなかったのだ。さらに言うと、アメリアが渾身の力で長剣を振るっても傷一つ付かなかったほどだ。そこで、セラフィに手伝ってもらったのだが、セラフィにしても、それは解体というよりは長剣によりズパズパと切り裂いた、と言ったほうが表現としては正しかった。
そんなことを思い出しているうちに、イザークが魔物解体用のナイフを片手に俺の元へとやってきた。どうやら準備はできているらしい。
「では、この首の付け根辺りからここまでの高さまでぐるりと一周分切り取って頂けますか。国王陛下にはある程度大き目の皮革を献上しようと考えておりますので」
「ふむ、アサヒナ殿は懐が深いですね。それほどの大きさでしたら、一通りの防具を誂えられそうですよ」
俺が指定したのは首の付け根から高さ二、三メートルほどの所までの皮を全て献上する、と言いう物だった。この首一つの付け根の回りの太さ、つまり直径は約八十センチメートルから百センチメートル程度。ということは、大体五平方メートルから九平方メートル程度、畳二畳分よりもゆうに広い面積の皮が取れることになる。献上する量としては十分過ぎるだろう。
「では、参ります! やぁっ!」
ピキンッ!
「っ!?」
イザークがナイフを首に突き立てるつもりで、勢い良く化け物に向かって振り下ろしたのだが、皮の防御力に屈したナイフは刃の先が見事に砕けて、破片が明後日の方向へと飛んで行ってしまった。
「……イザークさん、その、大丈夫ですか?」
「は、はい! アサヒナ様、ご心配をお掛けして申し訳ございません。どうやら、ナイフに不備があったようです。すぐに新しいナイフに取り換えてきますので、少々お待ち下さい!」
そう言って、イザークは仲間の近衛騎士の元へ駆け寄ると代わりとなるナイフを借りることにしたらしい。言葉通りすぐに戻ってくると、皮の採取に再び挑戦するらしい。
「失礼致しました! それでは改めて参ります! はぁっ!」
パキッ!
「うぅっ!?」
イザークの二度目の挑戦も空しく、化け物の首は傷一つつかない状態で残ったまま、手にしたナイフのみが折れるという、先ほどと同じ結果となってしまった。これを見ていたドミニクも流石に二度も失敗した息子に対して檄を飛ばす。
「何をやっとる! さっさと終わらせんかっ!」
「ち、父上!? この魔物が硬すぎるのですっ! 父上も試してみれば分かります!」
「馬鹿者が! 家ではともかく王城では騎士団長と呼ばんかっ! ふん、こんな魔物の皮程度切れなくてどうする!」
ドミニクがそんなことを言いながら、腰元に下げていた短剣を鞘から抜き出すと、『ふんぬっ!』と勢い良く化け物の首を切り付けた。ドミニクのそれは、もはや採取というよりは切り付けるそれに等しかった。
だが……。
ピンッ!
「「なっ!?」」
やはり、というべきか。ドミニクの振るった短剣による一撃でも化け物の首は無傷だった。
それどころか、首の皮に弾かれた短剣は根本から折れてしまい、その刀身がクルクルと宙で回転しながら弧を描くと、勢いよく訓練場の地面に突き刺さった。この結果にドミニクだけでなくイザークも驚きを隠せないようだった。
また、その様子を先ほどから見守っていたゴットフリートを始めとした貴族たちが次第にざわつき始める。当然だ。騎士団長という強者であるドミニクの、短剣とはいえ、その一撃が全く通らないほどの強度と硬度を誇る皮膚を持った魔物など、王都や王国にとって脅威以外の何物でもなかったからだ。
何となく、想像していたが……。やはり、こうなったか……。
ゴットフリートに相談し、騎士団から腕の良い者に採取を手伝ってもらいたいと相談したのだが、ドミニク曰く、騎士団の中で最も腕の立つイザークが失敗し、ドミニク自身までも傷一つつけることができなかった。
二人の様子を見ていた俺も何となく理解した。やはり、あの化け物は、姿や形だけでなく、その能力も『化け物』級だったのだろう、ということを。こんなことなら鑑定でもしておけば良かった。
そして、もう一つ。やはり、うちの娘が最強だった、ということも。流石、SSランクの能力は伊達じゃない。
結局、セラフィに切り取ってもらうしかないな……。
「はぁ……」
ため息を一つついたあと、自分で言い出したことではあるが、騎士団による手伝いを断って、セラフィに採取をお願いすることに決めた俺は、ゴットフリートに改めて話し掛けた。
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