歓談、魔導具店の経営と今後について
ザシャたちがまさに今夜の晩餐会に向けてメインディッシュと言える料理の準備を進めている頃、俺はアメリアとカミラの二人に屋敷のキッチンの様子を確認してくるように言って遣わせたのだが、その間俺はゴットフリートとウォーレンからアサヒナ魔導具店の経営状況について質問を受けていた。
まぁ、何というか、うちの課長がよくテレビ会議や本社へ出向いて参加していた経営会議のようなもので、状況と今後の見通し、それに問題点などの共有を行ったのだが、まぁ、やはり、毎日のように白金板に近い売上を上げているということが、王都でもそれなりに大きな問題になっているらしい。
「何となく、ある程度は、このようになるだろうと未来を予測はしていたのですが、ハルト殿の魔導具の凄さを少々見誤っておりました……。しかし、このままでは王国内に流通している通貨のほとんどがハルト殿の魔導具店に集まることになりますぞ……!?」
ウォーレンがお茶を手にしながら、少し大袈裟にそう話すとゴットフリートも少し心配そうに話す。
「うむ、噂には聞いておったが、ハルトの店で扱う回復薬は少々値が張るものの、その効果は間違いなく王都随一。少々高かろうが買い求めて損は無し、と言われているらしいからな。冒険者や辺境地への行商などが仕入れても、彼らも損はしないと評判だと聞いておる」
「ハルトが作った回復薬なら、効果が高い事など当然だろう。何せ、私とパトリックの御用錬金術師なのだからな!」
「その通りです! それに回復薬だけではありません! ハルト殿が発明された魔導カード『神の試練』は、魔動人形よりも求めやすく、庶民にも広まっておりますし、騎士団の戦術や戦略の講義にも採用され始めていると聞きますし、ハルト殿の王国への影響は日に日に大きくなっております!」
ウォーレンの心配を他所に、俺の評判や功績(?)をゴットフリートとリーンハルトやパトリックが褒めてくれているようなのだが、それにしても、本当に騎士団の講義に採用されているのか? だったら、騎士団から直接購入の相談があっても良いはずだが……。
いや、それよりもウォーレンの心配のほうが王国として重大な問題だろう。何故かって言うと……。
「ウォーレン様の仰る通り、このままうちの店が一方的に稼ぎ続けますと、王都、いえ王国内で流通する貨幣が不足することになるかもしれません……。うちの店の商品はあまり材料費が掛かりませんので、売上のほとんどがそのまま利益になっていますからね」
「「「「う、売上のほとんどが利益に!?」」」」
まぁ、そう驚かれるのも仕方が無い。だが、俺の言ったことは全て真実だ。何故なら、売上の大半を占める『魔導カード』関連の商品は俺が創造により創り出している為、材料費が掛からない。強いて言えば、俺の神力と労働時間が掛かっているだけだ。
さらに、うちの回復薬はそのほとんどが、魔物の森から自分たちで採取してきたハイレン草から作られているし、入れ物の小瓶も俺が創造して作ったものがほとんどだ。即ち、経費のほとんどは従業員の賃金くらいだったのだ。
「そ、それで利益率はいかほどなのですかな?」
ウォーレンが恐る恐るといった感じで俺に聞いてきた。まぁ、他所の魔導具店に話さなければ、という条件で伝えることにしたのだが……。
「ここ最近の状況までは追えていないのですが、ざっくりと計算すると大体利益率は八割から九割近いかと……」
「「「「き、九割!?」」」」
俺がそう伝えるとウォーレンを含めた四人が卒倒するかのように座っていたソファーに力無くへたり込んだ。
まぁ、そういう反応をされても不思議ではない。何故なら、うちの魔道具店は商品が売れれば売れるだけ利益が出て、支出がほとんどなかったからだ。そんなことは前世の世界でも、この世界でも、まず有り得ないことだった。
「つまり、ハルトの魔導具店はこの王都で最も儲けているわけか……」
「それだけでは無い。この国の経済に最も影響しているのだ……」
「もはや、それを止める術もないということですね、ウォーレン……」
「はい。今の王国法では、取り締まるべき法がございません……」
リーンハルトの見解にゴットフリートが更に情報を追加すると、パトリックがウォーレンに相談したのだが、それに対してウォーレンも無慈悲な回答をした。
つまり、今の俺たちの経済活動を止める術が法律を含めてこのアルターヴァルト王国にはない、ということだった。だいたい、急に魔導具店を閉めろと言われても困る。
ただ、そういう意見が出てきても、それは仕方がないことともいえる。本来、魔導具は高価なものなのだ。材料費もさることながら、制作にかかる時間や錬金術師に求められる力量など、価格が高くなる要素を上げだすと枚挙にいとまがない。
だが、うちの魔導具店で販売している魔導カード『神の試練』関連の魔導具についてはすべて俺が創造により創り出したものだ。原価が掛かっていないし、手間暇もそれほど掛かっていない。だからこそ、低価格で販売することができるわけだが、そのことに文句を言われても困る。
その一方で、王国の貴族として王国全体のことを考えた際に、そのような魔導具店に王国全体の貨幣が集まるようなことは、許容しがたい事態といえる。だが、先ほどウォーレンが言った通り、正当な方法で得た利益をどうこうするような法律はこの王国にはなかったのだ。
せめて、法人税のようなものがあれば、王国のほうにもお金が落ちるのだが……。
だが、この国の主な税収は人頭税といった王国に所属する者に対しての年間で支払う住民税のようなもの、それに王都や市町村に出入りする為の通行税など細々とした税金の制度はあるものの、それらは全て個人に対して一律に発生するものがほとんどだった。
そう考えると、もう少し取れるところからお金を取る政策を導入するべきではと思うのだが、どうやらそう簡単な話でもないらしい。というのも、お金を取れるところ≒お金が集まるところ≒貴族という方程式にもならないような式が成り立つことが多いせいだ。貴族に税金を課す法律は過去にも話は出てきたことがあるそうだが、これまでに法律として制定されたことは一度もない。
そんなわけで、王国財政の健全化には今暫らく時間が掛かりそうだ。おっと、話が逸れた。
ともかく、規模の大小に関わらず、儲けに対して一律に税を掛けるという必要があるだろう。ただ、これも一筋縄で法律を制定できるとは思わないが……。
「ふむ、確かにハルトの店とその収益、それに王国の経済への影響についての大変重要な問題だ……。だが、今日はハルトの陞爵や屋敷の完成を祝い、そしてハルトの屋敷の料理人の得意料理を味わう場であったはずだ。それ故に、今宵はハルトの料理人の得意料理を楽しむこととし、ハルトの店の問題については後日王城で話し合うこととしよう……」
その言葉にウォーレンやリーンハルトとパトリックの三人は素直に頷いていたのだが、ゴットフリートの言っていることは、詰まる所の、問題の先送り以外の何ものでもなかった……。
まぁ、別に俺としては問題無いのだけれど。因みに、ウォーレンに確認したところ、主な税収の体系は何もアルターヴァルト王国だけの話では無く、この世界ではメジャーなものなのだそうだ。
とはいえ、このままだと確実に問題になりそうだなぁ……。うちの店だけで解決するなら、生産数を絞るとか、方法がないわけではないけれど、それも健全とは言えないし、かと言って王国の税収を増やす案を俺が提案するのも何だかなぁ……。ゴットフリートの言うように、後日相談で今のところはやり過ごすか……。
今一つ良いアイデアが思い浮かばなかった俺は、今回の件についてはゴットフリートと同じく保留ということにした。
応接室の壁に掛けられた時計を見ると、そろそろ今夜の晩餐会の料理が運ばれて来ても不思議ではない頃合いとなっていることに気付いた。
ウォーレンやゴットフリート、それにリーンハルトやパトリックたちも時計の存在を確認しており、この迎賓館の充実した設備には感嘆していた。
ヴィクトーリアやフリーダも、照明やエアコン、トイレの設備に感激しているようで、二人とも声を揃えて王城も同じように改装したいと言い出したのだが、今の所はこれらの設備を売り出すつもりがないことを伝えると、ヴィクトーリアとフリーダは頬を膨らませていた。
というか、一国の王妃と王女がする表情とは思えないのだが……。ゴットフリートやウォーレンは二人のその反応を華麗にスルーしていたのだが、いつの間にか怒りの矛先がゴットフリートとウォーレンに移ったせいで、二人から俺に助けを求める視線を受けることとなった。
恐らく、近い内に王城の設備変更の依頼が俺のところに来るのだろう……。
ほぼ確定した近い未来のことを思い、小さくため息をついた頃、屋敷のキッチンへ状況の確認をするようにお願いしていたアメリアとカミラが俺の元に戻ってきた。話を聞くと、ザシャたちはもうすぐ料理を出せる状況にあるらしい。
「皆様、そろそろ晩餐会を始めたいと思います! これより、この迎賓館の大ホールに移動致しますので、私に続いて移動頂ければと思います!」
こうして、俺たちはゴットフリートたちを引き連れて応接室から大ホールに向かうことにした。さて、これからが晩餐会の本番だ!
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