初めての異世界料理
フリーダと別れた後、俺たち三人はアメリアたちが借りているという宿屋に歩いて向かった。
そうそう、俺と出会った森から王都まで乗ってきた馬車は冒険者ギルドで借りたものらしく、先ほどアメリアが返却の手続きを行っていた。なるほど、馬車のような冒険に必要な道具やサービスも冒険者ギルドで受けられるそうだ。もっとも、有料ということだが。
ギルドから出ると、既に日が沈み始めていた。
大通りには様々な屋台が立ち並んでおり、簡単な夕食で済まそうとする人たちが集まっているようで、中々の賑わいを見せている。何かの肉を串に刺したものの香ばしい香りが食欲をそそり、思わずお腹の虫がかわいい声で鳴いた。
「そろそろ飯時だな。なに、宿に着いたら旨い飯が待ってるさ」
「そう。『金色の小麦亭』は御飯に期待できるっ!」
なにやら二人とも宿の夕飯に期待しているみたいだ。そんなことを聞くと俺も期待が膨らむというもので余計にお腹が鳴る。
それから暫くアメリアとカミラにこれから向かう宿のことを聞きながら歩いていると、目的の宿屋に着いた。ここが『金色の小麦亭』のようだ。
「「ただいまーっ!」」
アメリアとカミラが声を掛けると妙齢の女性がカウンターの奥から姿を現した。
「おかえり、仕事は上手くいったかい?」
「あぁ、なかなか実入りも良かったよ」
「それに可愛い仲間が増えた」
そういってカミラが俺を紹介してくれた。
「あの。ハルト・アサヒナと申します。アメリアさんとカミラさんにここまで連れて来て頂きました。よろしくお願い致します」
「あたしはこの宿屋『金色の小麦亭』のマルティナだよ。小さいのにしっかりしてるねぇ。それで、この子の部屋はどうするんだい?」
「「私たちの部屋に泊める (さ)!」」
アメリアとカミラの提案はひとりの男として魅力的だったが、流石に女性の部屋に泊まるのは何かとまずくないか? それに何だか申し訳ないし、外にあった馬小屋にでも泊めて貰えるだけでも十分助かる。
「あの、泊めて頂けるのはありがたいのですが、そこの馬小屋とか、ご迷惑にならないところで結構ですので……」
「「ダメ(だ)ッ!」」
二人に即答されてしまった。
「あいにく、うちも人を泊める為に馬小屋は貸していなくてね」
そして、マルティナの言葉が止めとなり、結局アメリアとカミラの二人の世話になることになった。
正直、森の中で夜を過ごさなくて良いだけで凄く助かってるし、これ以上何も求めてはいないのだけど、なにかと世話を焼いてくれるから、ありがたい気持ちと申し訳ない気持ちで一杯だ。
「まぁ、二人の部屋なら子供一人くらい増えてもそれほど問題ないだろうさ。それより夕食は食べるんだろう? すぐに準備するから待ってな」
そう言うと、マルティナは奥の厨房へと入っていった。
何か美味しそうなにおいが宿の入り口まで漂っているせいか、またまたお腹が鳴ってしまい、ちょっと恥ずかしくなる。
「さて、荷物を部屋に置いたら食事にしようぜ!」
「賛成!」
二人の部屋は二階にあるらしく、宿のカウンターの右手にあった木製の階段を上り廊下を進む。
どうやら一番奥の部屋が二人の部屋らしい。部屋の前まで着くと二人に押し込まれるように中に入れられた。
「し、失礼します……!」
「ここが私たち『蒼紅の魔剣』の拠点さ!」
「ゆっくりすると良い」
二人は装備をしていた剣や杖をベッドの側の壁際に立て掛け、鎧やローブを脱いで軽装になりベッドに座って寛いでいた。
手持ち無沙汰な俺は部屋の中を見渡す。
少し大きめのダブルベッド一つと、簡素な木製の机と椅子、それにソファーが一つ、クローゼット、それから、簡素ながら風呂場とトイレがあった。この手の異世界で風呂があるとは驚きだ。それにトイレも。
「どうした?」
「これ、お風呂ですよね?」
「ああ、珍しいだろう?」
「はい、宿屋の個室にお風呂やトイレがないところも多いと(前世のファンタジー世界の知識で)聞いていたので驚きました!」
「確かにほとんどの宿屋は湯桶位しかないし、トイレは共同のものしかないな。だが、ここ『金色の小麦亭』は王都では唯一、全ての部屋に風呂とトイレが付いているんだ!」
「だから、『金色の小麦亭』は女性の冒険者に特に人気がある。既に半年先まで予約が埋まっている」
「なるほど、すごく人気のある宿屋なんですね!」
やはり他の宿屋は想像通りで、ここ『金色の小麦亭』だけが特殊なようだ。
とはいえ、初めての異世界生活でいきなり湯桶に布を浸したもので体を拭う生活というのは現代人だった身としては正直辛い。何度か病気で風呂に入れず、身体を拭うだけの生活をしたことがあるが、風呂に浸かれることの良さを改めて理解したほどだ。
そういう意味で、ここに泊めてもらえることは凄くありがたい。
「「後で一緒に入ろう(な)!」」
「ふぇっ!?」
「さぁ、そろそろ夕飯食べに行こう」
「ハルト、行こ」
二人が俺の肩をポンと叩いて部屋を出るよう促す。
さっきとんでもないことを言われたような気がしたんだが……。まぁ、いいか。
一階に降りると、カウンターの左手にはダイニングスペースがあり、四人掛けのテーブル席が四つとカウンター席が設けられている。カウンター席の奥にある厨房では忙しそうにマルティナのご主人と思われる男性が料理の腕を振るっている。
マルティナも料理が盛り付けられた皿を持って各テーブルを回っているようだ。テーブル席に着いた俺たちの前に早速マルティナが料理を届けにやって来た。
「お待ちどおさま、さぁ『金色の小麦亭』自慢の料理だよ! たんとおあがり!」
料理を三人の前に置いたマルティナが俺に一つウインクしてテーブルから離れていった。
「それじゃ食べようか」
「「「いただきます!」」」
マルティナから出された料理は、何かの肉をトロトロになるまで煮込んだシチューと、これまた何かの肉を塩とハーブのようなものを付けてローストしたスペアリブのようなもの、それから薄いグリーンのポタージュスープだった。
バゲットをスライスしたようなパンが盛り付けられた籠がテーブルの中央に置かれている。
まずはこのポタージュからだ。
木のスプーンで掬い口元に運ぶと、爽やかな香りと濃厚な味わいが口に広がる。どうやら豆のスープのようだ。丁寧に裏ごしされているのか、口当たりも滑らかだ。次々に口に運んでしまう。
バゲットを手に取り一口食べて、次はシチュー。
ブラウンのシチューに沈む肉塊にスプーンを入れる。なんの抵抗もなくホロリと崩れた欠片を掬うとシチューの香りが食欲をそそる。口のなかに入れた途端その肉は解け、旨味が口の中一杯に広がる。
「うまい! これ、めっちゃうまいです!」
何か素が出てしまった。
「だろ? ここの料理の中でもオークのシチューは鉄板なんだ!」
「これを食べたら他の宿には泊まれなくなる」
「確かに、そういわれるのも納得です!」
「あはっ、さっきみたいにもっとくだけてもいいのに」
「本当。すごく可愛かった」
「あははは……」
ちょっと恥ずかしい。
再びシチューを食べる。トロトロとした脂身はコッテリしているのにくどくない。これがオークの肉なのか……。まだ出会ったことがないけれど、化け物というより食糧として見てしまいそうだ。
再びバゲットに手を伸ばしシチューと一緒に食べると、これはもう最高だ。というか、バゲットもそれ単品で美味しい。外側はしっかりした歯応えだが、内側はしっとり柔らか。シチューを付けて食べたくなるほどだ。
最後にスペアリブに取り掛かる。
まだ熱々の肉にフォークを刺すと肉汁が溢れ出す。取り皿にまで運んだら両手で骨の端を掴んでかぶり付く。すると訪れる肉の弾力、溢れる肉汁。だが、ハーブが脂っぽさを消してくれるのか決してくどくはない。むしろ旨味を存分に引き立てている。
あっという間に骨だけになったスペアリブの残骸を皿にカランと残し、もう一本取り皿に入れると、グラスに注がれた水を飲み干した。
「はぁ……。本当に美味しい」
「なかなかの食べっぷりだね。見ていて私も嬉しいよ」
空になったグラスに水を注ぎながら、マルティナからそんなことを言われる。食事に夢中の姿を見られるとか、改めて考えるとそれも何だか恥ずかしいな。
「いえ、本当に美味しいです。この料理を作られた方の、料理に込められた気持ちが伝わってきます」
「そこまで言ってくれると嬉しいな」
急に男性の声が聞こえてきた。
マルティナとのやり取りを聞いていた厨房にいた男性がテーブルまでやって来たのだ。
「素晴らしいご馳走をありがとうございます。失礼ながら、これほどの料理を食べられるなんて思っていなかったです」
「そりゃ良かった。お前さん初めて見る顔だな」
「はい、今日王都に来ました。私はハルト・アサヒナと申します。アメリアさんとカミラさんのご厚意で本日こちらの『金色の小麦亭』に宿泊させて頂いております」
「堅苦しい挨拶は抜きだ。俺はこの宿で雇われている料理人のルッツってんだ。よろしくな!」
なんと、ルッツはマルティナのご主人ではなかったようだ。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
そういうとルッツはまた厨房に戻り、注文された料理に取り掛かる。
アメリアとカミラのほうを見ると、一通り食べ終えたのか満足そうに寛いでいるようだった。
「ハルト、お腹いっぱいになった?」
「どうだ、美味かったろう?」
「はい、とっても美味しかったです! ごちそうさまでした!」
初めての異世界料理は凄く美味しかった。
正直この世界の料理のレベルがどんなものかなんて転生するときには何も考えていなかったが、これからこの世界で生きていく身としては大変嬉しい。他にも美味しいものを見つけてみたいと思う。
「それじゃ、そろそろ部屋に戻ろうか」
「そうですね」
「「お風呂に入ろう!」」
まだまだ夜は始まったばかりである。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
 




