初日の売上報告会
閉店に向けて準備をしているベンノたちに王城からの帰宅を告げると、皆安堵した表情で出迎えてくれた。どうやら、彼らも心配していたようだ。
「お帰りなさいませ、アサヒナ男爵様」
「「「お帰りなさいませ!」」」
「ただいま戻りました。すみません、開店初日からお店のことを全てお任せしてしまって、本当に申し訳ないです」
「いえいえ、問題ありません。それに、騎士団からの王城への呼び出しとあらば、無視するようなわけにも行きませんでしょうから……。それで、騎士団からはなんと?」
ベンノたちとの挨拶もそこそこに、今日の顛末を共有することにした。カードパックを買った騎士が強盗にあったこと、強盗は無事捕らえられたこと、騎士団からアサヒナ魔導具店側での対策を要請されたこと、そして馬車の中で相談して決めた、アサヒナ魔導具店の対策と方針についてだ。
「ふむ、なるほど。注意書きの張り紙と店側の方針については今日中に用意して店内の目立つところに掲示しておきましょう」
「えぇ、よろしくお願いします」
「うふふっ。アサヒナ男爵様の仰る通り、魔導カードを安全に保管できるバインダーは、魔導カードを継続して蒐集をしてくれそうな貴族や富豪なら、少しくらい高くても買ってくれそうよね! それに、魔導カード自体の魔力認証まで行うなんて恐れ入ったわ。これ、絶対にレアな魔導カードを手に入れたお客様なら対処したい問題だもの。目の付け所が本当に素敵だわ! 流石はアサヒナ男爵様と言ったところかしら?」
ティニが新たに追加することになる商品とサービスを聞いてその感想を聞かせてくれた。うちの従業員にもバインダーと魔力認証対応は好評なようで、今後の店舗運営の参考になるかも知れない。ただ、一点訂正しておこうと思い、ティニたちに伝える。
「バインダーは私の案ですが、店側の方針とバインダーや魔力認証の価格設定についてはヘルミーナさんのご提案ですし、魔力認証はカミラさんのアイデアなんですよ。お二人からご提案頂き本当に助かりました!」
「あら、あのお店の方針はヘルミーナ店長の提案だったのね! 流石、アサヒナ魔導具店の店長よね! それに、魔力認証のアイデア、カミラさんも素晴らしいわ!」
「ふむ、騎士団から尋問されたその帰りの道中に、そこまでのことを考えられるとは……。流石は、若くしてアサヒナ男爵様に店長を任せられるだけのことはありますね……。私ももっと精進しなければ!」
「「ヘルミーナ店長もカミラさんも凄いです!」」
今回の件については、ヘルミーナとカミラの提案であったことをティニを含めた従業員全員に伝えたのだが、結果としてどうやらヘルミーナは店長としての評価を上げたようだ。
そういえば、俺の仲間であり、錬金術師だからと店長に指名したものの、彼女はまだ十七歳だ。
ティニとは一つ違い、ビアンカとカイとは二つしか違わない。同年代の女の子が上司というのもどこかで腑に落ちないところがあったかもしれない。それに、ベンノにとっては四十も離れているわけで、自分の子供とも言っても差し支えないほど歳が離れている。そんな子供が上司というのも納得行かない部分がないとは言えないだろう。
それに、もう一つアサヒナ魔導具店のことで少し思い直さなければならない点に気がついた。ヘルミーナを店長にしたものの、直接俺がベンノたちに指示を出すことが多くあったせいか、どちらかというと、うちの店の方針や指示について、店長のヘルミーナではなく俺のほうに確認することが多かった。そういうことがあるとヘルミーナが店長として中々認められないのは当然だろう。
そして、これはヘルミーナやベンノたちの問題と言うよりも、俺が指示系統を明確にしてこなかったせいでもある。今後はベンノたちに直接指示を出すのではなく、ヘルミーナを介して指示を出すようにしなければ……。
そういう意味では、今回の件で少しでも店長として認められたのであれば良かったと思う。そんなことを考えていたのだが、ビアンカとカイの二人が今もヘルミーナを讃えている。
「騎士団からの要請とお店の売り上げの両方を解決するなんて、ヘルミーナ店長、流石です!」
「ヘルミーナ店長、流石ですね!」
「な、何を言ってるのよ……。貴方たちもこれくらいの提案がいつでもできるように、普段から色んなことに目を配らせておくのよ?」
「「はい!」」
ようやく、こちらの報告が一段落したので、アサヒナ魔導具店開店初日の報告を受けることにした。俺たちも面倒事ではあったが、彼らの大変さはまた性質の違うものだったはずだ。
「さて、落ち着いたところで……。皆さん、今日は一日お疲れさまでした! それと、あまりお店のほうを手伝えてなくて申し訳ありません!」
開店初日というのに一日中店内での手伝いができず、開店の挨拶すら抜きにして倉庫に籠もってひたすらカードパックと回復薬の製作と、量産化に向けた準備、そして騎士団からの呼び出し対応と、店内に入ることすらできなかったのだ。
「いえ、流石に店主のアサヒナ男爵様に手伝って頂くわけには参りませんよ。しかし、開店初日ということでどれくらいの客がくるのかと心配していたのですが、これほどまでに賑わうとは思いませんでした!」
「そうよ! 今日だけで五百二十六人も来るなんて、これは凄いことよ!? それに売上だって凄いんだから! ちょっと待って……。取りまとめた紙が……。あった! さぁ、皆。心の準備は良い?」
ベンノとティニにとっても今日の開店初日の客足としては驚くほどの客足だったらしい。それに、ティニがもったいぶる店の売上が気になって仕方が無い……。これからのアサヒナ魔導具店の行く末を占う貴重な情報だ。あぁ、何だかドキドキしてきた。
「では、発表しますっ! 今日の売上は、なんとっ!
『金板が百五十枚、金貨が千八十八枚、大銀貨が二万三千百四十六枚、銀貨が二万四千九百八十二枚、そして大銅貨が九十枚』よ!?
一日の売上として、これは王国中の、どの魔導具店でもありえない、最高記録じゃないの!? アサヒナ男爵様の作った魔導カードの素晴らしさ、そして、カードパックという売り方が見事にはまったのよ! 本当に凄すぎるわ! 私、本当にこのお店に来て良かったわ〜。だって、これは面白過ぎるでしょ!?」
ティニが発表した金額がいまいちどれほどのものなのか、俺も含めて皆ピンときていないようだった。ただ、金板が百五十枚というのは聞こえていたので、それだけで白金板一枚と白金貨五枚と気づき、そのことを皆に伝えると驚愕した。
さらに精査していくと、白金板三枚、金板六枚、金貨九枚、大銀貨三枚、銀貨七枚分の売上ということが分かった。つまりたった一日で白金板三枚分を売り上げたのだ。
「「「「「「……凄い……」」」」」」
「確かに、これは、とんでもない売上ですね……。一体何がどれだけ売れたんです?」
「そう来ると思って、既に纏めておいたわよ!」
今日の売上を纏めた商品目録をティニから見せてもらったのだが……。
『・カードパック(銀貨一枚):六千二百七十二個
・初心者セット(銀貨五枚):五百十四個
・遊技用マット(金貨三枚):百十六枚
・遊技台使用料(大銅貨一枚):九十枚
・初級回復薬(大銀貨七枚と銀貨五枚):三千二百二十八個
・中級回復薬(金貨四枚と大銀貨五枚):百十個
・上級回復薬(金板三枚と金貨六枚):五十個』
カードパックが六千個!? 初級回復薬も三千個も売れているし、一体何が起きたんだよ!?
まさに、理解が追い付かないとはこのことだ。
放心している俺が持つ紙を不思議そうに覗き込んだヘルミーナは天を仰ぎ、アメリアは開いた口が塞がらず、カミラは逆に口元を手で押さえる。共通しているのは誰も一言も発せられないという状態だけだった。
ただ、商品目録を手渡してきたティニは自慢するかのように誇らしそうにしているし、ベンノやビアンカ、カイの三人もやり遂げたという表情だったので、彼らとしても今回の結果については大変満足しているようだった。
もう少し、ティニやベンノには詳しく話を聞かないと、どうなったらこういう結果になるのか全く分らないな。
あまりに桁違いの売上金額を聞いて、何処か彼方に飛んで行っていた意識がようやく戻ってきたので、今日のこのとんでもない売上金額を上げるまでの顛末を改めて確認することにした。
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