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ドルオタが直面する悲劇のプロローグ

 真っ青な空の下には、青々とした葉を茂らせた茶畑が段々に連なり、白い防霜ファンが点在していた。

 ギーコ、ギーコ、とここ数日で怪音を立てるようになった自転車に、「まだぶっ壊れないでくれ」と祈りながら、白いセーラー服に汗をにじませた私が、なだらかな登り道を行く。


 高校三年生の夏。七月の終業式を終えた私は、最後の夏休みを迎えようとしている。

 高校球児の最後の夏ほどの重みはないかもしれないが、受験生にはなっている。進路に悩みつつも、自分の志望する大学に行けるよう、夏休みは勉強する予定だ。

 だが、それは明日からだ。

 実力テストでよい点数が取れたので、今日はこれからご褒美の時間だ。録画していたテレビ番組をしこたま見てやる。

 そう、私の大好きなアイドルグループ「フォノン」のレギュラー番組、『フォノンとしませんか?』をこころゆくまで見てやる!

 自転車の怪音? そんなもの知ったもんか。後にしてくれ。

 ペダルを踏みしめ、早く早くと家路を急ぐ。頭はエアコンの効いた室内で麦茶とアイスをお供にテレビにかじりつくことでいっぱいだ。

 一本道はやがて下り坂に。ここには『坂道下』と書かれた塗装のはがれかけたバス停がある。茶畑の中にぽつんとあって、案の定、利用客はごく少数。降りる客など、雨の日の私ぐらいのもの。

 このバス停を通り過ぎれば私の家はほんの二、三分先の住宅街にある。

 『さあさあ、急げ。未来へ走るんだ!』

 「フォノン」の神曲『坂道バタフライ』を口ずさみ、全力で自転車を漕いだ。

 その先に待ち受けている【悲劇】を何一つ知らないで。

 


 シャワーで汗を流した後、母の作った昼食を平らげた。アイス片手にリビングの大型テレビのスイッチをつけ、ソファーに座る。正午過ぎの時間帯は情報番組ばかりでつまらない。

 そうそうに録画した番組を見ようとしたところ、テレビの画面に『速報』の文字が表示される。


『アイドルグループ『フォノン』が解散を発表』

「嘘でしょ!?」


 ソファーから飛び起きると、すぐさまスマホを見る。すると、『フォノン』のファンクラブからもメッセージの受信が。

 開けてみると「解散」の文字が躍る。頭が真っ白になる。


「うそ、うそ、うそ、うそ……」


 なんで、どうして。


「おおおおおおお母さん! ちょっと、ちょっと来てー!」

「どうしたの、凛。そんな大声で呼ばなくても聞こえるわよ」


 お母さんがリビングに顔を出し、滂沱の涙を流す私に気付く。


「『フォノン』がぁ~『フォノン』がお亡くなりになっちゃったの~!」

「あらそうなの」

「そうなの! あの国民的アイドルグループの『フォノン』だよ! お母さんは悲しくないわけ!?」


 オタあるある。家族に事の重大さが伝わらない。


「そうだ、凛。隣の山田さんにトマトのおすそ分けに行ってくれない? お母さん、これから出かけなくちゃいけなくて」

「今、それどころじゃないのー!」

「凛」


 たった一言の母の言葉が、怖い。

 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、よろよろと隣の家に行く。

 隣の家との距離、約百メートル。畑と田んぼが広がっている。


「山田さん。こんにちはー。駿河ですが、トマト置いておきますよー」

「おお、ありがとう、凛ちゃん! そこに置いといてくれや」


 農作業中だった山田のおじいちゃんが麦わら帽子を上げて、こちらに手を振る。


「うん、そうする。じゃあね!」

「おう、ちょっと待った! うちからもサニーレタスが余っとるもんで持っていけや。玄関にあるからさあ」

「わかった。ありがとう!」


 田舎あるある。防犯意識がゆるゆる。

 隣の家の玄関の鍵は開いている。ガラガラと引き戸を開いて、レタスの詰まったスーパーのレジ袋を手に取った。

 ああ、泣けてくる。

 誰も悲しみに浸らせてくれない。

 ……そういや、何でフォノンは解散するんだっけ?



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