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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

日差し力 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うん、やっぱり雨上がりの晴れ模様は、気分の晴れ具合も格別ね!

 人間、雨ばっかりも駄目だけど、晴ればっかりでも駄目になると思うのよ。同じことの繰り返しで飽き飽きしちゃう。あんたの好きなゲームだって、しばらくは積んであるものを崩すことをするでしょうけど、やり終えたら、何かまた新しいゲームに手を出すでしょう?

 それどころか、クリアしないうちから、詰まった時には他のものに目移りしてのめり込んでしまう……ってこと、ない?

 マンネリ打破は、生きる上で大事な課題のひとつ。日常に刺激と潤いを……だから、みんな妄想の世界へと旅立つんでしょ。

 そこは果てしなく、広がっていくように見えるから。果てがある自分の命だって、ないかのように思ってしまうから。

 そして、広がる世界に楽しみを持っているのは、どうやら私たちばかりじゃないらしいわよ。それに関する昔話、聞いてみる気はないかしら?

 

 私のおじさんの話になるんだけどね、おじさんのいる地域では雨が多くて、合計すると半年近く、雲が空を席巻したことがあるんですって。

 お天気日よりは、とっても大切。おじさんもそんな日には、外へ遊びに出かけることが多かったみたいね。休みだったりすると、朝から晩まで外を駆け回りっぱなし。昼ご飯も抜きで夢中になることもあって、その分、夕飯をぱくつくことも多かったんですって。

「あなただけで、5人前くらいは食べているわねえ」と母親にあたるおばあちゃんがつぶやきます。このところ、おかずたちが値上がりしていることをぼやいていたけど、それでも夕飯の量が減らされたことは、なかったとか。


「何度も言うようだけど、外へ出る時はちゃんと帽子かぶって、水もしっかり摂るのよ」


「わかった、わかった」と、いつもの注意におじさんは生返事をしていたそうです。

 そんなおじさんが、休みの日にちょっと遠出した時のこと。

 

 この頃のおじさんは、蝶を捕まえることにはまっていたみたい。

 開いた花の花弁に足をひっかけて、中の蜜をストローのような口吻を伸ばし、ちろちろと飲んでいるところ。そこに音もなく後ろから近づき、ふよりふよりと動く羽を、えいっと指で掴む。

 虫取り網は無粋だというおじさん。余計なものに被害を与える恐れがあるし、何より広範囲の無差別捕獲網というのが、見た目にもかっこ悪いと感じたとか。

 限られた指。限られた面積。これらをたくみに操り、相手を捉える。そこにプロフェッショナルな魅力、こだわりを感じていたと話していたわ。

 案外、蝶というのは視野が広いようで、近づく前から逃げられてしまうこともしばしば。それでもコツを掴み始めて、勝率が割り出せるようになると、宝くじが当たったみたいで意欲が湧いてきたんですって。

 そして今日も、モンシロチョウの背後からそろそろと近づいていくおじさん。

 ちょうど日がかげっている時間帯のためか、蝶は羽を軽く閉じたり広げたりを繰り返し、気を抜いているように見えた。おじさんも帽子を外して、長ズボン後ろのベルト通しの上に挟んでいたみたいだけど。

 そして再び日が差し、花と蝶が光の下にさらけ出された時にはすでに、おじさんの指が羽の上、数センチにまで迫っていたの。

 

 ――もらった。

 

 すっと指を下げつつ、その先をすぼませるおじさん。けれど、完璧だったはずのフィニッシュブローは、空振りしてしまう。

 蝶はおじさんの指が触れる直前、自分の身体をぐらつかせて、地面へまっさかさまに落ちていってしまったの。確かに触っておらず、風に吹き飛ばされた感じもなかったのに。

 落ちてしまった蝶に、意味はない。あくまで花に止まって蜜を吸う、その活動の隙を突くスリルがあるから面白いのに、こんな文字通りのおこぼれに預かるのは、狙いと違う。

 興ざめしたおじさんが、きびすを返した時。


「ピュイッ!」と、すぐ背後で小鳥が鳴くような声がしたの。

 なんだ? と振り返ってみたおじさん。目の前には先ほどと同じ、日に照らされるようになった花たちと、砂利の少ない地面がむき出しになっているだけ……?


 ――あれ? 落ちた蝶はどこへ消えたんだ?


 確かに先ほど、ほぼ花の真下へ落ちた蝶。その姿が見えないの。

 落下地点と思しき場所には、わずかなシミが残っているだけ。飛び去ったのかもしれないけど、おじさんがそっぽを向いていたのは、ほんのわずかな時間。また向くまでの間で、去りゆく姿さえも見せないなんて、そんな早業ができるだろうか。

 おじさんは蝶が落ちていた辺りをなでてみる。辺りの地面に比べると、気持ちざらついているような感じがしたみたい。


 それからも変わらず、おじさんの蝶捕獲ゲームは続いていた。

 楽しみなのはもちろんだけど、今は加えて、他の理由がある。あの蝶の消失事件が気にかかっていたの。

 何かと自分の力量に、内心では自信にあふれていたおじさん。それがわずかに目を離しただけで蝶を見失ってしまうなど信じがたかったし、受け入れがたい汚点だったとのこと。


 ――あの謎にもう一度立ち会い、すっきりしておきたい。


 けれど、そんなおじさんの思いとは裏腹に、蝶たちはおじさんの指先からは逃れても、あの時のように地面へ落ちはせず、こつぜんと消えてしまうこともしなかったの。

 その日も午前中は出会うことができず、最近は母親が持たせてくれるようになったお弁当を食べ歩きしながら、別の場所へ移ろうと河原の土手を歩いていた、おじさんの足下で。


「わんわん!」と、強く吠えかける声。

 びくりと肩をすくめるおじさん。見ると首輪をつけた子犬が、おじさんに向かって吠え立てていたの。

 首輪をしている。どこかの家の飼い犬らしいけど、リードまではついておらず、飼い主の姿までは見えない。ひょっこりと外へ抜け出してしまったのかもしれない。

 ぐっとにらみつけてやると、犬はやがて吠えるのをやめて、走り去っていくような素振りを見せたの。そう、素振りは。


 今、おじさんと一匹がいるのは、雲が作った影の中。その外の日向へ犬が逃げ出そうとした。はからずも、あの時の蝶に似た状況。

 日なたへ駆け出て、わずか数歩。元気そうな走りを見せていた犬が、ぱたりと倒れてしまう。横倒しになり、ピクリとも動かなくなってしまう唐突さに、おじさんも目を見張ってしまったわ。


 ――もしかして、あの時の正体が。


 日陰がどんどん光に押しのけられていく中、おじさんはもっと近くでよく見ようと、影の外へ出かけて、一歩目で悲鳴を上げました。


 熱いんです、地面が。

 靴をしっかり履いているというのに、真夏の炎天下にさらされ続けた砂浜へ、無防備に降り立ったかのよう。おじさんは踏み出した足を引っ込めましたが、すぐにもう片方の足も同じ目に遭います。すでに日陰は、おじさんの背後へと逃げてしまっていました。


 ――太陽? それとも照り返し? とにかく、影の中にいないと駄目だ!


 引き返し出すおじさんは、あの倒れた犬の身体から白い煙が上がり出すのを目にします。ほどなく、その身体からは火が噴き出して、姿を完全に覆い隠してしまったんです。


――このままじゃ、自分まで火だるまに!


 おじさんは必死に走り出したけど、わずか数メートルの距離が遠すぎる。

 つま先が触れただけでも、地面が牙を生やして食い込ませてくるかのように、やけつく痛みが襲いかかってきたの。痛みにひるんでいるうちに、どんどん影は動き、おじさんから遠のいていく。

 半ば飛び跳ねながら進むおじさんだけど、もうつま先の感覚はない。バランスを崩しかける一歩手前。かといって、しっかり足をつけたりしたら、今や灼熱と化した地面の牙が、深々とその全体に食い込むことになる。


 ――影だ。せめて影を……。


 辺りを見回すけれど、あいにく自分が目指している影よりも近い場所に、避難場所はない。

 気のせいか、髪の毛までチリチリと痛みが増してくる。あの犬もこんな風に上下から焼かれたのか……。


 上? おじさんはとっさにひらめいたわ。

 母親からつけるように言われている帽子。最近はズボンのお尻の上に差しっぱなしだったけれど、もしかして。

 おじさんはさっと帽子を被る。すると、頭のチリチリが取れると同時に、足下の熱さが急激に逃げていったの。

 助かった、というにはあまりに急すぎて、実感が湧かない。でも、改めて振り返った時、件の犬が炎に包まれてしまった場所は、あの時の蝶のように、わずかなシミが地面に残るだけだったそうよ。


 気味悪さを覚えながら、おじさんは遊ぶのを切り上げて家へ。

 十数分後に着いた家では、まだおやつ時だというのに、台所から油仕事をしている音が。

「ただいまあ」と声を掛けると、火の音が止むやバタバタと駆け寄ってくる母親。


「ああ、何ともない? 大丈夫?」


 自分が風邪を引いた時だって、このような心配の仕方はされない、うろたえようだった。

 しかも、自分に何かあったことを知っているかのような口ぶり。ここは素直に話していいものか、どうか。


「大丈夫だよ。なんともない」


 帽子を外し、指に引っかけてくるくると回す。あたかも、何も知らないよという具合に。

「良かった……」と、安堵のため息をつく母親の姿を背に、おじさんは自分の部屋へと戻っていく。

 その日の夕飯は、久しぶりのステーキだったけど、牛とも豚ともつかない不思議な味がしたみたい。それに最後の一口には、妙なかみ応えがあったの。

 肉とは違うその食感。ティッシュを口にあてて出してみると、緑色のゴムのかけらだったわ。それはちょうど、昼間に見かけたあの犬がしていた首輪と、同じ色をしているものだったとか。



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