〈メインクエスト〉漆黒と鮮紅の稲妻
現在のステージ〈フィールド:ガトー・オ・フロマージュの豊かな地〉
・絵に描いたような、大自然。現在地は、平原。他、波打つ断崖の丘。魔力が含まれた青空の天井。流れ往く雲の群。眩しい太陽。天高く飛ぶ、鳥、モンスター、竜、そして……メカニックな飛行船。
・奥には、漠々たる山脈。所々に空洞。上から落ちてくる滝。崖際の巨大な城。浮遊する岩石を周囲に漂わせ、熱風、山の尖端に雷。
・丘の高台の下には、平原や森林。平原には、序盤のモンスターが徘徊している。森林は、深い緑で覆われている。又、竜が住んでいそうな、果てしない湖。おんぼろの館。魂のようなものが徘徊し、森から巨大生物が顔を出している。
メインクエストへと導く赤い矢印を追い、しばらくと平原を歩き進めていた。
景色は、さほど変わらない。――とはいえ、その光景は、ファンタジーに満ちた魔力溢れる大自然。今も背景として映る山脈の、そのてっぺんには、冒険が始まって以来とずっと雷が降り注いでいたりと、目にする一つ一つの景色や領域からそれぞれの魅力や可能性が溢れ出してきて、それらを目にする度に募るワクワクの感情が、この勇敢なる魂を刺激するのだ。
「おぉ!! あんな不安定な足場に、どうしてあんな大きな岩があるんだ!? あれを、あの先へと押して崖から落とすと……どうなるんだろう……!! ッーあ!!! ミント!!! 今の見たか!? なんか、でかいドラゴンみたいな何かが山から顔を出したぞ!!!」
あっちに行きたい。こっちにも行ってみたい!! 忙しなく目移りするこの視点は、とても目まぐるしかった。
自由奔放な旅に引っ張られるミント。その度に、「主人公様。メインクエストの発生場所を示す矢印から逸れてしまっております」と指摘する。それが、主人公アレウスの冒険の定番となりつつもあった。
……しかし、次にも出くわすとあるイベントを介することによって。それをキッカケに、停滞していたメインクエストがようやくと動き出す――
〈フィールド:ガトー・オ・フロマージュの豊かな地〉
赤い矢印が続くその先には、平原に点々と生えた申し分程度の林が展開されていた。
主人公アレウスは、警戒をした。先にも進入を保留した〈森林エリア〉のこともあり、少しだけ慎重になっていたりする。
それらは、奥へ続くに従って、その本数を段々と増やしていた。それでいて、内部は小暗くて絶妙にうかがえない。――だが、〈森林エリア〉の時のようなおどろおどろしい雰囲気は無く、それよりかは無害に見えてくる不思議。
……メインクエストを示す赤い矢印が続いているし、ここなら入ってみてもいいだろうか……?
ちょっとだけ様子をうかがってみて、だが、そんな慎重さをすぐにも忘れたかのように主人公アレウスは一歩踏み出してみた――――
――暗転する世界――
場面は、主人公アレウスがその林へと向かう場面。
周囲を見渡しながら、歩き進めていく主人公。と、その時だった。
ガサッ、ガサッ。林からの物音に、主人公アレウスは警戒をする。
装備をしていた、『木の棒』を構えた。緊迫としたシーンで、真剣な表情を見せながら取り出したその細い枝に、せっかくの緊張感が台無しである。
ガサッ、ガサッ、とする物音。それは次第にも、林の陰から現れた三体のゴブリンとなって発現した。
主人公アレウスは、『木の棒』を構えながらそれぞれを確認する。
皆、黒色の体色で、おそらくあのLv1の個体だ。……だが、三対一という不利の状況に、主人公アレウスはにじりにじりと退くことしかできない。
――次の時にも、ゴブリン達は棍棒を取り出して、主人公アレウスへと一斉に襲い掛かってきた。
視界を覆い尽くす三つの脅威。集団で襲い掛かられることで、主人公アレウスはその場で防御の構えを取った。
と、その瞬間だった。
黒く煌く一筋が空間に走る。それとほぼ同時にして、全身に掛かった衝撃。
大地が揺さぶられ、視界が歪む。目の前には、一瞬と迸った、赤くて、黒い、何か。
膨大なエネルギーの爆発とも言えるだろう豪快な音が轟くと、視界には、大気を引き裂く漆黒と鮮紅の稲妻が周囲に降り注ぎ、ゴブリン達を一掃してしまったのだ。
一瞬の出来事だった。唯一と直撃を免れた主人公アレウスは、黒い煙に包まれて咳き込む。
足元の落雷によって、赤い光を放つ黒焦げが地面に刻み込まれている。空間には、電撃が走る黒い靄。
……一体、何なんだ? 眼前へと視線を向けると、それが徐々に晴れていく光景と共に、ある存在を目撃することとなった。
――そこには、気迫を纏う漆黒の魔獣が、静かに立っていた。
高さは、二メートルを超えている。体長も、四、五メートルはあるかもしれない。
地獄の番犬のような頭部。逆立ちする首回りの体毛。四足の体勢と、放たれる王者の貫禄。尻尾が、意思を持つようにうねっていて、漆黒をベースとした巨体には、鮮紅の紅い線を迸らせている。
頭部の、悪魔のような二本の角。それらを統合すると、逆立つたてがみのライオンと、筋骨隆々な巨体の熊を合わせたような悪魔的生命体。とでも言えるか。
――初っ端にも出くわしてしまった、悪魔の如き魔獣。
地獄の門から召喚されたのだろうか。遭遇した悪魔を前にして、主人公アレウスはただ茫然と佇んだ。
……魔獣の紅い眼光に、黒色の線が過ぎる。
暫しと、その状況が続いた。戦うのか、戦わないのか。魔獣の動向をうかがう主人公アレウスの呼吸が、ゆっくり、ゆっくりと行われる。
停滞する場面。――だが、次の時にも、魔獣は威圧を纏うその存在感のまま、踵を返して林へと歩き去ったのだ。
――暗転する場面――
「主人公様。メインクエストが進行しました」
勇敢なる魂から飛び出してきた、球形の妖精姿のミント。ふわふわっと現れると、同時にして、メインクエストを示す赤い矢印が、あの魔獣が向かった林の中へと伸びていく。
「……マジ?」
イベントを終え、再開されたオープンワールドの世界で、それを呟いた。
あの魔獣、見るからに殺戮を知り尽くしている。
装備する『木の棒』が目についた。――いや、無理だろ…………。
「――なんだか」
滲む殺意の化身とも呼べるだろう、漆黒と鮮紅の魔獣。それを目撃してからというもの、この胸が……とても、熱く感じ始めているのだ――
「――なんだか……」
高揚する気持ちのままに、この足を歩き進めていた。伸び往く赤い矢印にめり込む姿を晒しながら――
「――なんだか……それっぽくなってきた!! ッなぁ、ミント!!」
主人公アレウスは、その目を光らせながら、ぐるっ、とミントのもとへ振り向いた。赤い矢印にめり込んだまま。
「……相変わらずでございますね」そう言い、ミントは人間の女の子の姿となって降り立つ。
「だって!! だって!! あんなヤツを見ちゃったら――あの実態をこの目で確認しに行くしかないだろっ!!?」
正直な話、先の魔獣に圧倒的なレベルの格差を思い知らされ、恐怖で縮み上がった。――だが、その反面、恐怖を遥かに凌ぐ高揚感が巡ったことで、この電脳世界における物語の生活により充実感を得ることができてしまえたのだ。
ミントは真顔で、「困難と遭遇すると、途端に俄然とやる気を見せ始めますね」と言う。
それを受けても、尚、主人公アレウスは「あんなのを見て、感動しない主人公なんていないだろっ!!?」と言うなり、彼は「うおぉー!!!」と昂る感情のままに林へと駆け出して、そのまま姿を消してしまった。……『木の棒』を握り締めながら。
――無謀極まる主人公の背へと、ナビゲーターの少女は冷ややかな視線を送っていた。
一方として、少女は主人公に振り回されっぱなしでありながらも、一切もの不満を見せることは決してなかった。むしろ、
「――さすがですね。その意気でございます」
真顔のままそれを呟くと、少女は球形の妖精姿となって主人公を追い掛けた。
・メインクエスト:〈フィールド:ガトー・オ・フロマージュの豊かな地〉の〈花畑エリア〉へと向かい、とあるNPCと出会う。