〈フィールド:ガトー・オ・フロマージュの豊かな地〉
現在のステージ〈フィールド:ガトー・オ・フロマージュの豊かな地〉
・絵に描いたような、大自然。現在地は、丘の高台。他、魔力が含まれた青空の天井。流れ往く雲の群。眩しい太陽。天高く飛ぶ、鳥、モンスター、竜、そして……メカニックな飛行船。
・奥には、漠々たる山脈。所々に空洞。上から落ちてくる滝。崖際の巨大な城。浮遊する岩石を周囲に漂わせ、熱風、山の尖端に雷。
・丘の高台の下には、平原や森林。平原には、序盤のモンスターが徘徊している。森林は、深い緑で覆われている。又、竜が住んでいそうな、果てしない湖。おんぼろの館。魂のようなものが徘徊し、森から巨大生物が顔を出している。
暗転から開けた視界。
そこに映った、〈フィールド:ガトー・オ・フロマージュの豊かな地〉のテキスト。
――主人公アレウス・ブレイヴァリーは、最初に降り立ったその地点で立ち尽くしていた。
…………。
つい先程にも、落下によってゲームオーバーとなった。それは、主人公アレウスは死んでしまったということを意味していた。
……しかし今はこうして、まるで何事も無かったかのように平然と佇んでいる。その間に一体何が起こったというのか。不可思議な現象に最初こそは戸惑ったが、その原理は何となくと分かっていたものだ。
胸の勇敢なる魂から飛び出してくる妖精。それが光を放つと、人間の女の子の姿となって降り立つ。
続けて、
「残念なことに、主人公様はゲームオーバーを迎えられました。それは所謂、主人公の死亡を意味しており、先にも主人公様は、無惨にもそのお命を落としてしまわれたのです」と言って、ミント・ティーは自身の両手を持ち上げる。
少女の掌から現れた、二つのホログラム。それぞれには、セーブ、と、ロード、の文字が浮き上がっている。
「主人公様がゲームオーバーを迎えられた際には、そこからの復活に伴い、最後に自動セーブされた場面へと巻き戻されます。自動セーブ、となるシステムは馴染み深いものであるために、理解が及ぶでしょう。そして、その際に生じる、セーブされたデータを読み込む機能が、ロード、でございます」
「――よって、最後に自動セーブされた場面が、主人公様がこの電脳世界へと降り立ったその瞬間であったために、今現在は、その冒険が始まった、その瞬間からゲームが再開されました」
それを伝えて、ミントは手元のホログラムをポッと消した。
……その内容こそは、とても複雑に聞こえてくるかもしれない。尤も、ゲームに馴染みがある人であれば、その説明が無くともそれら用語のみで理解できるかもしれないが。
要は、先にも主人公アレウスが死んでしまったため、この特異的な存在を蘇らせるためにも、それが生きていた時間まで、時が遡った、ということだった。
つまり……主人公アレウスの冒険は、たった今始まったばかり、とも言える……!!!!!
「……オーケー、よく分かった。何が分かったか、って。刷り込まれた思い込みは破滅の元となる、ということを!! それを、このゲームオーバーでよーく思い知らされた」
「つまり、このゲームオーバーによって、俺はまた一つ賢くなったというワケだな!!」
と言い切って、主人公アレウスは胸を張りながら、ふんすっ、とした。
……無言で見遣るミント。口を噤んで、ただそこで律儀に佇んでいた。
イベントが終わると、ミントは再びこの勇敢なる魂へと戻っていった。
完全な仕切り直しである。
出鼻を挫いたことで、初っ端から痛い目に遭ってしまった。
……だが、この失敗は、これで最後にしてみせる。
落下による即死を経験した。
それを受けて、主人公アレウスは大人しく、この丘に続いていた坂道を下っていく。
ただ下っていくその道のりは、とても順調だった。何せ、下っていくだけだったから。
ただ下っていくその道のりは、とても単調だった。何せ、下っていくだけだったから。
……それにしても、これじゃあ刺激が無いな。
「……せっかくだから、もっと、こう……何かしながら下りていきたいな……」
胸の勇敢なる魂が光り出す。続いて、
「先のゲームオーバーで学びしその教訓を、既にお忘れですか?」と、律儀なナビゲーターから鋭いセリフが投げ掛けられた。
……本来であれば、試しとして崖を伝いながらこの丘を下りてみたいものではあったが……。ここは大人しく、普通に下りて行くとしよう。
周囲には、大自然の風景。先にも描写をした地形の他にも、この坂の先には大きな湖が見えてくる。
それは、即死も免れない崖の下にあった。
この下り坂の途中。この道に立体感を与えるように、左右に広がっている。
目の前は、一本道。ちょっと細くて、しかもちょっと入り組んでいる。……油断をしたら、崖から落ちてしまうかもしれない。
しかし、俺は成長したのだ!!
その経験を活かすことで、今回はこの足元に注意しながら、入り組んだ道のりを辿り始めていく。
……だが、そんな主人公アレウスに、第二の試練が待ち構えていたのだ……。
「主人公様、目の前を注目してください」
ミントのセリフで、目の前を見遣った。
――そこには、モンスターが存在していたのだ。
所謂、ゴブリンとでも言えるだろうか。その体色は黒色で、ブタのような顔、人間のような身体という奇怪な外見で、鼻をフゴフゴ鳴らしながらこちらへと向いてくる。
その手には、木の棒。……棍棒? どちらにせよ、何やらおっかない武器を手に持っている。
両者、すぐに身構えた。ゴブリンに関しては、すかさずこちらへと接近を図ってくる。
……それにしても、なんて位置に敵が配置されているんだ。こんな細い道に、こんなギミックを仕込むだなんて……!!
だが、ここで退いては主人公が廃る。そろそろと主人公アレウスの勇ましき活躍をお披露目するためにも、ここらで一度、初の戦闘で名誉挽回といこうじゃないか――
「ミント!! 仕方が無い、戦おう!!」
「生憎ではございますが、現在の主人公様にそれは不可能です」
「えっ」
勇敢なる魂から出てきた妖精。ふわふわと飛びながら、
「主人公様は現在、武器を所持しておりません。その、武器、となるアイテムを入手し、装備をしていなければ、攻撃というコマンドを実行することも敵わないのです」と、淡々とアドバイスを行ってきた。
……武器。そう言えば、メニューで装備の欄を覗いた時にも、そこには空っぽの空間のみが虚しく広がっていた。
「武器、……武器、って――。何処ォ!!?」
迫り来るゴブリンに焦り出した主人公アレウス。それの頭上に表示された、Lv1、に多少もの冷静さを保つことができたものだが……いや、そもそもとして、こちらは戦う以前の状態であるために、今が窮地であることに何ら変わりない。
続いて、ミント、
「先にも、道中に生えていた木の陰に、古びたソード、という武器が落ちております」と言って、案内の矢印まで設定してくれた。
なんて有能なナビゲーターなんだ。でも、できればそれをもっと早い段階で教えて欲しかったなッッ!!
「とにかく、この状況はまずいな。急いでそれを取りに行こう……!!」
今も迫り来るゴブリンに焦りながら、主人公アレウスは駆け出した。視点を、迫るゴブリンに向けたまま。
――ずるッ。
踏み外す足。側面に掛かる足。
この細い道は、入り組んでいた。そう言えば、まず真っ直ぐは歩けないような地形になっていた。
落下。
この全身が投げ出されると、主人公アレウスは綺麗に真っ逆さまと落下を始めた。
絶望的だった。何もかもが終わった。
学んだ、とは一体何だったのか。それを受けて、泣きそうになる。……だが、そんな主人公アレウスには、無意識と安堵の念が過ぎっていたものだ。
落ちたその先には、湖があった。
この手のゲームであれば、いくらどれほどの高度であろうとも、水へと落ちてしまえば無傷で助かってしまえる。これまでと経験してきたその事例を考慮すると、今の落下はそれほどと由々しき事態ではなかったのだ。
むしろ、ゴブリンから逃げることができた。
ふぅっ。安心する主人公アレウス。続いて、プランを立て始めた。ひとまずは湖を泳ぎ、地上を目指す。そして、それから武器になるものを探そう。
落ちながら、そのような予定を立てていき。そして、この身は真っ直ぐと湖への落下を果たした。
――ドシャッ。水とは思えない、鈍い音。それが響くと、残りのHPが瞬時に消滅する。
カンストした大ダメージを受けて、そのままぶくぶくと沈んでいったこの身体。泡が少なくなる中、一向に身体が浮き上がってこないこの場面は、次第とフェードアウトしていった――――
〈ゲームオーバー〉
〈リトライしますか? →はい〉