夏を知らない君へ
夏を知らない君へ
藍川秀一
蝉の声を聞く度、ひまわりが空へと向かう度、何かを思い出さなければならないような気がした。
どんな景色を見たとしても、一度は見たことあるような、そんな気持ちになる。
この感情は、一体どこから来るものなのだろう?
私はカメラのシャッターを切りながら、一つ一つの景色を切り取っていく。後ろから、名前を呼ばれている気がした。私はとっさに振り返る。そこには誰もいなかった。
夏が来ると、訳もなく孤独を感じることがある。いつも誰かが隣にいたような、そんな幻影に私はとらわれる。確かに掴んでいたものが、泡沫のように溶けて消え、指の隙間から水のようにこぼれ落ちていく。何か離れていくような感覚が消えてくれない。
学校からの帰り道、少し肌寒さを感じる。太陽は照りつけ、肌を焼いているはずなのに、右手はどうしてか、温もりを求めていた。そこにあったはずの暖かさを私は探している。互いの体温を感じながら、歩幅を合わせ、ゆっくりと前へと進む。そんな情景が頭の中に浮かんだ。
私は誰と一緒にいたのだろう。
誰かといたような感覚は残っている。けれど、記憶には何一つ残っていない。ただ隣に、誰かいたと私が思うだけで、実際のところは確証のない幻想を追いかけていた。
手の届かない、遠く離れてしまったもの。私はそれがなんなのか知りたかった。
一つ一つの情景をみのがさないように、私はカメラを持ち歩いている。何かいいものを撮りたいという気持ちよりも、今あるこの景色を少しでも残しておきたい感情の方が大きかった。
私は後何年、夏を迎えることができるだろうか? どうしてかそんなことを考えてしまう。
今、私が見ている景色はいずれ失われてしまい、跡形もなく消えてしまう。目に映っているものは、今しか存在しない。これから成長していくに連れ、視線も、視点も、すべて変わってしまう。それでは、手遅れになってしまうような気が、どうしてかした。
なにげなくシャッターを切った時、一瞬ではあるが、おかしなものが映った気がした。学生服を着ていて、背が高く、ただ呆然と空を見上げている男性だった。
私はその人を、知っている。どうしてかそう感じた。
その姿は私に懐かしさのような暖かさを感じさせる。
彼の幻影を求めて、写真を取り続けた。目にうつるものはすべて、大切なもののように見えた。
青く、どこまでも広がっていく空、木々に止まっている蝉、どれも貴重で、大事にしていかなければならないもののように、私には思えた。
数えきれないほどの、写真を撮った。今この街にある夏の景色は、すべてと言っていいほど私のカメラに収まっている。そのどれもが私の青春そのものだった。
一つ、写真集を作った。バイトをしながらお金を稼ぎ、私だけのアルバムを作ってみる。全ての写真をのせたい気持ちはあったが、流石に入りきらないため、私が気に入っているものをいくつか入れておく。作者名は恥ずかしくてつけることができなかった。
タイトルは決まっている。
「夏を知らない君へ」
記憶の奥に確かに存在していた、誰かに向ける手紙として、私はその本を作った。
〈了〉