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096 アルカ山麓の戦い④ 双竜

 巨竜の吐き出した火炎弾を、テンブは再び盾で受け止めた。

 火球二発分のエネルギーを吸収し、その体に漲る絶大な力を、左手の大槍に込めて突進を仕掛ける。


電光瞬迅槍ブリッツ・ストライク


 人間はおろか巨竜でさえも反応出来ない速度で、黄色い閃光が飛翔する竜の右翼膜を貫いた。

 飛行バランスを崩し、ヴェルム・ド・ロードは墜落を始める。

 着地と同時にテンブは振り返り、弟子に向かって叫んだ。


「今だ、ルード!」

「言われずとも分かっている」


 ルードの握った剣の刀身が、冷気を纏って大気中の水分を凝結させ、氷に包まれていく。


「エンチャント、アイスブレード」


 極限まで硬く凍りついた氷は鋭く尖り、研ぎ澄まされた刃となった。

 その切れ味は、ミスリルの剣にすら匹敵する。


「癪な話だが、僕に黒竜の防御を突破する力は無い。だが——」


 左手をかざし、彼は溜めこんだ魔力を巨竜の右翼の付け根、その一点に集中させた。


「コンデンスフリーズ」


 冷気をぶつける範囲を絞ることで、より強力な凍結を可能とする上位の氷魔法が放たれ、細まった翼の付け根が、体の内部から凍りつく。

 火炎を操る巨竜の極めて体温と、灼熱のマグマにも例えられる血の巡りによって、この程度の凍結はすぐにでも溶かされるだろう。

 しかし、溶ける前に斬ってしまえば関係無い。

 ルードは落下を続ける巨竜に対し、地を蹴って高く飛んだ。


「だが、凍らせてしまえば脆いものだ」


 狙いはもちろん、凍りついた翼の付け根。

 テンブの一撃によって大きく体勢を崩したドラゴンに、この攻撃を避ける術はない。


氷牙断フロストバイト


 ルードの振り下ろした凍てつく刃は、氷結した翼の付け根を両断し、竜の巨大な片翼が千切れ飛んだ。

 絶叫を響かせながら墜落したヴェルム・ド・ロードは、残った左の翼をいたずらにバタつかせて地にもがく。


「やったな、ルード」

「ふん、あっちよりも速かったな。今回の勝負は僕の勝ちだ、ローザ」

「おいおい、私のアシストあってこそだろう……」


 未だ健在なローザ側の巨竜を見て勝ち誇るルードに、思わずテンブは苦言を呈した。


「それに、トドメがまだ済んでいない……ぞッ!!」


 苦し紛れに首を持ち上げ、ルードに向けて火炎弾を吐き出す巨竜。

 射線上に飛び出したテンブの大盾がそれを受け止め、体内に力として吸収する。

 自棄になった竜は、次々と火球を吐き出しテンブにぶつけ続ける。

 


 一方、ローザとタイガの二人は、低空を飛行する竜の、鋭くしなる鞭のような尻尾に苦しめられていた。

 凄まじいパワーとスピードで振り回される尻尾の先端は、音速をも超える速度。

 当たれば一撃で体が千切れ飛びかねない、極めて危険な攻撃だ。


「だがしかし、当たらなければどうということはない。そのような攻撃、到底タイガには当たらず」


 いくら速度があろうとも、所詮はモンスターの単調な攻撃。

 パターンを読み、攻撃速度に目が馴れたタイガには掠りもしない。


「ここから反撃。ローザ、タイガの後に続いて決めるがいい」

「任せた、頼りにしてるからな、相棒」

「むふーっ」


 ローザの一言にやる気を漲らせて、タイガは一気に間合いを詰めにかかる。

 彼女を迎え撃つは、乱れ飛ぶ尻尾の乱舞。

 凄まじい速度で繰り出される攻撃を、タイガは最小限の跳躍で、あるいは体を大きく逸らして、姿勢を低く転がって、頭を軽く傾けて、全て回避していく。

 業を煮やした巨竜が力任せに大振りの攻撃を繰り出した瞬間、タイガはその隙を逃さず、一瞬で敵との距離をゼロにした。


「その甲殻、確かに硬い。タイガの力では砕けない。だが力を必要としない技もある」


 指を揃えて突き出した平手を、敵の胴体にそっと宛がう。


「壊星掌」


 掌から送り込んだオーラが敵の体内で弾け、内臓に直接ダメージを与える。

 力で砕けない敵に繰り出す、内部破壊技。

 体の内部を直接殴られたような痛みに、絶叫を響かせる巨竜。


「がっつり入った。ローザ、あとは任せる」

「あぁ、任された!」


 タイガの攻撃によって生じた隙に、ローザは一気に斬り込んだ。

 高く高く飛び上がり、苦悶の様相を呈す竜の王の喉元の高さまで到達。

 闘気大収束オーラチャージ・アゲインを発動し、彼女の剣は巨大な闘気の大剣に変わる。

 同時に闘気収束・参式オーラチャージ・ブースターも併用、自身の体にも闘気を漲らせた。

 一瞬に全てを込め、世界最強の剣士は、最大威力の一撃を解き放つ。


集気大剣斬オーラ・ザンバーッ!」


 振り抜かれた必殺の一閃。

 確実に巨竜の喉元を捉えたその斬撃は——。


「な、なんだと……!?」


 突如現れた黒いフードの人物により、片手で受け止められた。

 その存在は猛スピードで巨竜の肩まで駆け上がり、ローザの渾身の一撃を軽々と受け止めて見せたのだ。


「この一撃を簡単に止めるだと……。まさか、貴様がナイトメア・ホース……! 自ら出て来たというのか!?」

「やあやあ、英雄のみなさん。お初にお目にかかります。僕のことを知っててくれるなんて、光栄だよ」


 慇懃無礼にお辞儀して見せるホース。

 オーラの剣を消して拘束を脱したローザは、着地するとすぐさまタイガの首根っこを掴んで飛び離れ、参式ブースターを解除する。


「くっ……、みんな、気を付けろ! コイツ、やはり只者じゃない!」


 圧倒的な力を感じ、ローザの背中に汗が流れ落ちる。

 やはりセリムの見立て通り、自分に敵う相手ではない。

 実物を目の前にして、改めて実感させられる。


「ば、バカな……。ローザの全力の一撃を、片手で受け止めた……?」


 その光景に誰よりもショックを受けたのはルードだった。

 越えられない壁として、ずっと追い続けてきたローザという存在。

 いくら努力しても越えられない、高い高い壁。

 そんな彼女でも足下にも及ばない存在が、この世界に実在している。

 何度話に聞かされるよりも、こうして実際に目にした方が何倍もショックは大きかった。


「ルード、戦闘中だぞ! ボーっとするな!」


 次々と叩きつけられる火球のつぶてを盾で受け止めながら、テンブは叫ぶ。

 火球を吐き出し続けた竜の大口は、火傷の再生が追いつかずに黒く焼け爛れ、喉元の袋から生成される着火剤も底を尽きようとしていた。

 一方、テンブの体内に溜め込んだ力も、臨界を越えようとしている。


「……ブリザード」


 大口を開いたままのドラゴンに、ルードは魔力で生み出した猛吹雪を浴びせる。

 巨大な頭部が凍りつき、一時的に攻撃が停止。

 先ほどと同じくすぐに復帰するだろうが、最後の一撃を叩き込むには十分過ぎる隙が生まれた。


「これでいいんだろう。トドメは譲ってやる、さっさと決めろ」

「いいのか? お前がトドメを刺すんじゃなかったのか」

「そんなドラゴンなんかよりも、ずっと厄介なヤツが出てきてしまったのでな……!」


 未だ悶絶するもう一匹の巨竜の肩の上、こちらを見下ろす敵を忌々しげに見やり、ルードは歯噛みする。

 サイリンからの情報によれば、ホースの目的はルキウスの目的とは異なっているはず。

 一体ヤツは何を目的に、ここへ出て来たのか。

 四人全員で束になってかかっても何秒持つかという圧倒的な力の差。

 もし戦いに来たのならば、考えうる限り最悪のケースだ。


「……そうだな。では早々に決めるとする。電光瞬迅槍ブリッツ・ストライク


 溜めに溜めた力を槍を握る左腕に回し、テンブは必殺の突撃を放った。

 その一撃の速度は、彼が繰り出してきた数々の電光瞬迅槍ブリッツ・ストライクのどれよりも速い。

 最強の竜が放つ火球約十発分の爆発的なエネルギー。

 ローザですら目で追うことも出来ない速度の一撃は、文字通り一瞬で竜の前に現れたホースに軽々と、片手で止められる。


「あり、えない……!」

「はっやいねー。ちょっとだけびっくりした」


 大槍を軽く押し返しただけで、テンブの大柄な体は後方に大きく吹き飛んだ。


「テンブ!」

「テンブさん!」


 ルードとローザが二人がかりで受け止め、何とかダメージは免れる。


「ぐっ……! 済まない、二人とも……」

「怪我はありませんか、テンブさん。……ナイトメア・ホース! 貴様、一体なにが目的だ!」


 ホースはこちらへの攻撃は行わず、ただヴェルム・ド・ロードへのトドメの一撃のみを阻止している。

 その意図が掴めず、ローザは大声で問いかけた。


「目的ね、ぶっちゃけ時間稼ぎ。って言うか暇つぶし? どっちにしろさ、こんな簡単に突破されたらつまんないじゃん。もっとドラマがないと」

「ドラマ……だと?」

「ご存じだと思うけど、ルキウスの目的自体には僕はなんの興味もない。だから僕は戦わない。でも協力するって建前だからさ、邪魔はさせて貰うよ。一応ね」


 いまいち要領を得ない。

 怪訝な顔で見守る四人の前で、ホースは倒れ伏す巨竜の角をおもむろに掴んだ。

 そして、四十メートルの巨体を片手で持ち上げ、悶絶するもう一匹の巨竜へと叩きつける。


「な、何をして……!」

「なにって、下準備」


 折り重なって倒れる二体の黒竜の前に瞬時に移動すると、両手をかざして魔力を送り込む。

 二体のモンスターは光に包まれ、そのシルエットは混じり合って一つになっていく。


「まさかこれが話に聞いていた、モンスターを融合させるという、あれか!」

「そう、その通り。よく予習してきてるね! さあ行くよ」


 ひときわ眩い発光と共に、ホースは高らかにその魔法を唱えた。


融合術フュージョナイズ!」


 光が弾け、姿を現したのは五十メートル級の黒竜。

 黒い鱗と甲殻に身を包み、二つの長い尾と、二対四つの翼を持っている。

 そして何よりも異様なのが、その頭部。

 首の付け根から二又に別れた二つの首、それぞれの先にヴェルム・ド・ロードの首が一つずつ付いている。

 その姿は、トライドラゴニスなどの多頭竜系モンスターを彷彿とさせた。


「かんせーい! 名付けて、デュアルヘッド・ロード! 危険度レベルは脅威の73、これはちょっと骨が折れるんじゃない?」


 ホースの上げた歓声と共に、二つの首で咆哮を上げる二頭の黒竜。

 最強を誇る竜の王が融合され、更にその強さを増してしまった。

 その上、先ほどまでの戦いで与えたダメージは全快しており、敵の体には傷一つついていない。

 ホースは大満足といった様子でうんうんと頷くと、四人に対し別れの挨拶を告げる。


「僕の役目はここまで。あとは好きにしていいよ、もうトドメを邪魔しには来ないから。……トドメを刺せるなら、だけど。そいじゃあねー」


 最後に手を振ると、ホースはまたも消えたと錯覚するほどの速度で立ち去っていった。

 残されたのは、このアーカリア大陸において規格外の危険度レベルを誇る怪物。

 この未曽有の相手を前に、ローザは思わず笑ってしまう。


「……ふふっ、ふふふ、あはははっ!」

「ど、どうしたローザ。気でも触れたのか。だったらタイガがなでなでして……」

「ふふっ、大丈夫。私は正気さ。少々不謹慎なのだが、ワクワクしてしまってな」


 胸に満ちるのはあの時、ヴェルム連峰の奥深くで見たこともない巨竜と対峙した時の感動、興奮。


「ヴェルム・ド・ロードと始めて出くわした時、あの時の気持ちを再び味わえるなんて、これだから冒険者はやめられない」

「……ふふっ、そうだなローザ。これはとびっきりの冒険が突然やって来たようなものだ」


 四人の前に出たテンブが、右手の大盾を構える。


「果たしてこの私の防御が通用するのか、ワクワクしてくるよ」


 二人の様子に、ルードはため息混じりで剣を構えつつ、左手に氷の魔力をチャージしていく。


「まったく、揃いもそろって冒険バカどもが。ま、コイツを倒せばまた一歩最強に近づくんだ。僕も付き合ってやる」

「そう言うお前も、顔が少しほころんでいるのではないか?」

「バカを言え。僕はお前たちとは違う。あるのは強さへの探求、それだけだ」


 憎まれ口を叩きつつも、彼も目の前の強敵を打ち倒す喜びを隠し切れていなかった。

 そんな彼らとは違い、小柄な少女はローザの隣で、彼女の顔を不安げに見上げる。


「どうした、タイガ。そんな顔して」

「ローザ、正直なところタイガは怖い」

「なんだ、お前でも怖いと思うのか? 今までだって強敵とは何度も戦ってきたじゃないか」

「そうではない。タイガが怖いのは——」

「二人とも、話はそこまでだ! 来るぞ!」


 テンブの言葉に二人が顔を上げると、二つ頭の黒竜がそれぞれ大口を開け、火炎弾の照準をローザたちに合わせていた。

 撃ち出された火球は螺旋を描いて絡み合い、威力を増大しながら飛び来る。

 大盾を構えたテンブが射線上に飛び出し、攻撃の吸収を試みた。


衝力吸護楯イージス・インパルス! ぐうぅぅぅうぅぅッ!!」


 凄まじい威力に歯を食いしばりながらも、なんとか全ての衝撃の吸収に成功。

 しかし、たった一撃で彼の吸収許容量の限界値を迎えてしまった。


「……はぁっ、はぁっ! 不甲斐ない話だが、もう吸収は不可能だ……!」

「つまり今の螺旋軌道の火球の威力は、ヴェルム・ド・ロードの火球十発分以上の威力ってことか。笑えないな」


 冷静に分析しつつも、ルードの頬には汗が流れる。

 巨竜は四つの翼を大きく広げ、空へ飛び立とうとしていた。




 ○○○




「たっだいまー」


 ルキウスが待つモンスターの群れの中心部に、ホースは帰還する。

 ルキウスは興味無さげにホースを一瞥すると、そのまま視線を中央の戦線に戻した。


「つれないなー。もっと愛想良くしないと、嫌われちゃうぞ」

「…………」

「ま、いっか。さて、僕は一旦お城に戻るとするよ。城門を見張らせていた魔物が、セリムの姿をキャッチしたからね」

「……そうか」


 仲間と視覚を共有する能力を持ったモンスター、危険度レベル8、リンクバード。

 その能力を使用・・し、ホースは城門を見張らせているリンクバードと視覚を同期させていた。

 魔力を溜めて黒い穴を生み出し、城の地下へと続くワープポイントへと繋げる。


「お供が一緒だからプランBだね。ブロッケンは地下、お供は地上でハンス君と。……もう一回聞くけどさ、忠臣くん、死んじゃってもいいんだね」

「構わん。それが我が目的に必要とあらば」

「……おっけー。そいじゃ、行ってくるねー」


 ワープゲートをくぐり、ホースは忽然とその場から姿を消す。

 戦闘開始から四十分、未だ戦局は拮抗したまま。

 ルキウスはただ静かに、戦いの趨勢すうせいを見守っていた。

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