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095 アルカ山麓の戦い③ 開戦

 クリスティアナは事前に打ち合わせた作戦を頭の中に思い返す。

 敵のモンスターは大部分がレベル15から30。

 対して兵士や冒険者は、レベル10から20までの間の者が大部分を占めている。

 数の上ではこちらが有利、この状況を活かして隊列を崩さず、可能な限り多対一の状況を作り、囲んで叩く、これが基本戦術だ。


 戦略としては、敵の右翼と左翼を切り崩し、数の利を活かして左右から包囲。

 優勢になったところで戦線を膠着させ、セリムの到着を待つ。

 敵の城に到着した彼女は、異変を察知して必ず王都へ戻ってくるはずだ。

 一気に決着をつけない理由は、もちろんナイトメア・ホースにある。

 もしも追い詰められたホースが自ら戦い始めれば、一瞬でこちら側は壊滅するだろう。


 敵もこちらが両翼を切り崩すことは読んでいたのか、冒険者たちが対峙する敵右翼側にヴェルム・ド・ロードを二体配置している。

 こちらの右翼、シャイトスとリースたち姫騎士団が対峙する左翼側にも、おそらく強力な魔物が配置されているだろう。

 ローザをはじめとする一騎当千の実力者たちを両翼に配したのはそのためだ。

 腰に差した剣を抜き、ティアナは頭上高く掲げる。

 そして、切っ先を敵に向けて振り下ろし、高らかに叫んだ。


「全軍、攻撃開始!」


 彼女の号令を受け、鬨の声と共にアーカリア軍は一斉に攻めかかる。

 中央部隊の先陣を切るのは王城騎士団。

 ティアナを先頭に、約百人の騎士が果敢に突撃をかける。

 王城騎士団の平均レベルは30、ティアナのレベルはその中でもトップの39。

 レベルだけではなく練度においても、正規軍中最強の集団だ。

 先頭を駆けたティアナは、真っ先に敵の先駆けと接触。

 その剣で魔物の首を瞬時に刈り取り、勇猛果敢に攻め立てる。


 左翼側、冒険者連合も交戦状態に入った。

 彼らの要であるローザたち四人の役目は、一般の兵や冒険者では手に負えない高レベルモンスターを始末して回ること。

 当然ながら最も厄介な敵は、危険度レベル66を誇る巨竜、ヴェルム・ド・ロード。

 悠然と宙を舞う二体の巨竜を睨み、ローザは仲間たちに声をかける。


「みんな、まずはあのデカブツ共を片付けよう! アレが暴れだしたりすれば、あっという間に大勢の犠牲者が出る!」

「それが妥当だろうな。しかし私たちも強くなったとはいえ、今度は二匹同時か。気が重くなるな」


 冒険者たちの先陣を切り、魔物の大群の中を斬り進みながら、テンブはうんざりした口調で返した。


「怖気づいたのか、テンブ。王都に戻って引退式でも執り行うか?」

「ハハハ、手厳しいな、ルード」

「アイツと戦いたくないのなら、後ろに下がって見ていればいい。あの程度、僕一人で十分だ」

「まだ老け込むような歳じゃないさ。万全を期して二人ずつで当たろう。ローザ、片方は私とルードに任せてくれ」


 二匹の巨竜は一か所に固まり、踊るように宙を旋回し続けている。

 二体一を二つ作り出し、数的優位に立って立ち回るべきだとテンブは判断を下した。


「了解しました! 片割れは私とタイガに任せてください!」

「任せとけ。タイガの拳が唸りを上げるぞ」

「唸るのか」

「叫んだりもする」

「賑やかな拳だな。ま、頼りにしてるぞ」

「とことん頼るがいい」


 テンブとルードの師弟、ローザとタイガの幼馴染の二組に分かれ、英雄たちは敵を蹴散らしながら突き進む。

 その存在感に目を留めた二体の巨竜が、咆哮を上げながら上空より飛来。

 双方同時に、特大の火炎弾をそれぞれ吐きかけた。


「早速来たな。ルード、ここは私に任せておけ」

「ふん、僕の氷魔法でも十分だが、譲ってやる」

「もう一方は私が迎え撃つ! タイガも下がっていろ!」

「……た、頼るのではないのか、ローザ」


 自分の前に飛び出したローザに、若干のショックを受けるタイガ。


「行くぞ、闘気収束・参式オーラチャージ・ブースター


 ローザは火球目がけて跳躍しつつ、生成した闘気を自らの体内に留め、身体能力を爆発的に増大させる。

 圧倒的な力と速度で繰り出される一閃は、巨竜の火球を見事に両断せしめた。

 着地と同時に彼女は身体能力の強化を解除。

 この技能は発動し続けているとすぐに息切れしてしまう。

 必要な時にのみ最大限の力を発揮させる、それが参式ブースターの正しい扱い方だ。


「ローザ、お見事。でも、もうちょっとタイガを頼って欲しかった」

「頼りにしてるって言ってるだろ。私の相棒はお前なんだからさ」

「……っ! 相棒……。では今度こそ、頼り甲斐のあるところを見せるとする」


 互いに頷くと、ローザとタイガは揃って巨竜へと立ち向かっていく。


 一方、ルードの前に出たテンブは、迫り来る火球に向けて右手の大盾を構える。


衝力吸護楯イージス・インパルス


 大盾に激突した特大の火球は消え失せ、そのエネルギーは全てテンブの体内に吸収される。

 爆発的なエネルギーを体内に溜め込みながらも、未だ彼のチャージ上限には程遠い。


「……ふぅ。前に戦った時は一発分のチャージが限界だったが、まだまだ余裕はあるな」

「あれから二年だ、僕たちも成長してるのさ。テンブ、僕がトドメを刺す。サポートは任せたぞ」

「任された。どのような攻撃も受け止めて見せよう」


 大盾を構え、上空を旋回する巨竜に睨みを利かせるテンブ。

 彼の背後で剣を抜き、氷の魔力をチャージしていくルード。

 彼らに対し、巨竜は大口を開け、上空から躍りかかった。



 右翼側、歴戦の将シャイトスが率いる部隊は、敵の先鋒を務める魔物の軍団を相手に見事な戦いを繰り広げていた。

 シャイトス自身の強さもさることながら、目を見張るのはその用兵術。

 後方に配置した魔術師系クラスの兵に魔法攻撃を撃たせ、激昂した魔物が飛び出してくるや散開。

 三百六十度を包囲して全方位からの攻撃で撃滅。

 すぐさま隊列を組み直し、前衛クラスの兵を率いて敵陣に突撃。

 散々に暴れ回りつつ引き返し、釣りだされた敵をまた包囲して叩く。

 彼の振る采配に、理性を持たない魔物たちは完全に手玉に取られていた。

 手足のように兵を操る老将の姿に、リースは感服する。


「……姫殿下。我らにもご指示を」


 思わず見入ってしまっていた。

 ブリジットの声に、我に返ったリースはすぐさま指示を出す。


「え、ええ。全員、私に続きなさい!」


 剣を振りかざし、馬に鞭を入れ、リースは敵陣目がけて突き進む。

 目の前の群れは、危険度レベル19、ネイキッドゴブリン。

 今のリースにとって、ものの数ではない。

 自分も武功を上げて、名を轟かせる第一歩としなければ。

 逸る気持ちの中、揺れる馬上で左手をかざし、立ちはだかる魔物の群れを目がけて光の魔法を放つ。


「フォトンシューターっ!」


 左手から放たれた光線が小鬼の群れに着弾し、大爆発を起こす。

 五匹程度の魔物が跡形もなく爆散したが、爆発に驚いた馬が立ち上がり、リースを振り落としてしまった。


「きゃっ!」


 落馬したリースは草地の上に投げ出され、隙だらけの彼女に対し魔物が殺到する。

 恐慌状態に陥った馬は王都の方へと走り去ってしまった。


「姫様ッ!!」


 先走って先陣を切った彼女ははるか先、馬を飛ばしても追いつけない。

 ブリジットが叫ぶ中、クロエは冷静にドリルランスのスイッチをオンにした。

 挿入されていた雷のカートリッジから供給された電力がシャフトを回し、先端のドリルを回転させる。

 スラスターに火が点り、次の瞬間には炎を噴いて猛スピードで突進していく。


「リースから、離れろぉぉぉぉッ!!!」


 毛の抜けた猿のようなゴブリンの大群に突っ込んだクロエは、スラスターの勢いに振り回されながらも旋回し、リースに近寄る敵を次々と細切れに変えていく。

 リースが立ち上がり、彼女の周りに騎士団の面々が集まったところで、スラスターを切って突進を停止。

 クロエも彼女に駆け寄る中、ドリルランスの排熱機巧が蒸気を吐き出した。


「リース、怪我はない!?」

「大丈夫よ、あのくらい! あなたに助けられなくても、私一人でどうとでもなったわ!」

「そっか、良かった。だけど……」


 パンパン、とお尻の土を払うリース。

 ブリジットはそんな彼女に苦言を呈す。


「姫殿下、お一人で先走らないで頂きたい。あなたは一人で戦っているわけではないのです」

「そ、そうですよ! 私たち、姫様に命を捧げたんです! その姫様が真っ先にやられてしまったら、私たちのいる意味ってなんなんですか!」


 ブリジットとエミーゼの言葉に、団員たちも次々に頷いた。

 バツが悪そうな表情のリースに、クロエは雷のカートリッジを交換しながら語りかける。


「ここにいるみんな、リースのことが大好きなんだよ。もちろんボクも含めてね。もっと頼ってもいいんじゃないかな」


 彼女たちの言葉で、ようやく頭が冷えた。

 情けない姿を見せまいと気を張って、かえって情けない姿を晒してしまったようだ。


「……悪かったわ、反省してる。少し気持ちが先走っていたみたい」


 反省の言葉を告げると、次の瞬間には勝気で堂々とした第三王女の姿が戻ってきた。


「改めて命令を下すわ。姫騎士団総員、私の後ろに続きなさい!」

『オーッ!!!!!』


 リースの掲げた剣の切っ先は、真っ直ぐに敵の群れを指し示す。


「今度は遅れないこと。行くわよ!」


 切っ先に光の魔力が集中し、光球が生み出される。

 巨大に育った光の球を、彼女は敵に向かって発射した。


「フォトンバレット」


 剣の先から撃ち出された巨大な光球は、目標まで半分の距離まで飛ぶと無数に分裂。

 大量に散らばった光の弾丸が、猛スピードでゴブリンたちの体を貫いていく。


「今よ、突撃!」


 同時に下された突撃命令。

 敵に走り込むリースに続いて、姫騎士団の総員は斬り込んでいく。

 リースの魔法で敵が弾け飛び、ブリジットとエミーゼの連携によって敵は次々とその数を減らしていく。

 団員たちも思い思いに活躍し、先鋒部隊であるネイキッドゴブリン総数40匹は瞬く間に駆逐された。


「やった! リース、凄いや!」

「まあね、私に——私たちにかかればこんなものよ」


 自らの騎士団の面々を見回し、リースは得意げに胸を張る。

 勝鬨でも上げたい気分だが、まだ敵の先陣を切り崩しただけ。

 むしろ勝負はこれからだ。


「でも、問題はここからよ」

「ですね、姫様。敵左翼側の主力、ここまでの戦力だとは……」


 ブリジットの頬から汗が一滴、流れ落ちる。

 リースが立ち直った頃には、シャイトスの部隊は既に敵の先陣の片割れを殲滅し、敵主力との交戦を開始していた。

 その戦果は、未だゼロ。

 見事な采配によって被害を抑え込んではいるが、十五匹ものレボルキマイラに苦戦を強いられている。


「あれはレボルキマイラ、危険度レベルは60。正直なところ、我々ではどうしようもありません……」

「そうね、でも役目はあるわよ。あなたたちは守りを固め、この場に押し寄せる雑魚を蹴散らしなさい。私たちが思う存分戦えるようにね」


 私たち。

 クロエを見ながら口にしたその単語に、思わず自分を指さして問い返す。


「私たちって、ボクも?」

「当然じゃない。クロエ、一緒に戦いなさい。それとも、私一人であんな化け物たちと戦わせるつもり?」

「いや、そうじゃないけどさ……。ボクのレベルってせいぜい30くらいだよ? あんなんに近寄っただけで消し炭だよ?」

「私だって40後半くらいよ。あの事件から計ってないから正確には分からないけど」

「……勝算、あるんだね。わかった、ついていくよ」


 レベル差は絶望的。

 だがリースの目は勝気なお姫様のまま、自信に満ち溢れている。


「ええ、一応はね。そこに隠れている援軍さんの力を借りれば、もっと確実なのだけれど」

「へ?」


 チラリと背後に視線を向け、ウインクをして見せるリース。

 その視線を追って振り返ってみるが、誰もいない。

 ただアルカ山麓の起伏に富んだ地形と、蹴散らしたネイキッドゴブリンの死骸が転がっているだけだ。


「援軍って誰のこと? 誰かいるの? まさかセリムじゃないよね」

「違うわね。英雄サマの気配は欠片も感じない。だけど、二人ほどこっそりついて来ているみたい」

「んん?」


 首をかしげるクロエ。

 自分には感じ取れない気配が、リースには見えているのだろうか。


「……まあいいや。行こう、リース。キミはボクが、絶対に守るから」

「あら、そんな歯の浮くようなセリフ、自分よりも弱い相手に使うものじゃないかしら」


 不敵に笑みを浮かべると、もう一度視線を岩陰に送って、リースは合成獣の群れ目掛けて駆けこんでいく。

 一歩遅れてクロエも、ドリルランスを手に、遥か格上の敵に突っ込んでいった。


 そして、リースが視線を送った岩の後ろから、彼女たちはひょっこりと顔を出す。


「な、なあ、アウスよ。思いっきりバレておるぞ。しかも戦力としてアテにされておるし」

「みたいですわね、どうしましょう。出ていったら怒られてしまいますのに」

「楽しそうに言うのだな……」


 遠くから戦場を見るだけ、そのつもりでこっそり王城を抜けだしてきたマリエールとアウス。

 だが目的のルキウスの姿は見つからず、もの凄い数のモンスターがひしめき合う中では彼の気配すら探れない。

 その上、リースにここに来ていることがバレてしまったらしい。


「確かに怒られるであろうが、アウスよ。お主も強い力を持った貴重な戦力なのだ」

「お褒めに預かり、恐悦至極に存じますわ」

「で、あるからして、お主もアーカリア側の勝利に不可欠な戦力だろう」

「そうでございましょうね」


 暖簾に腕押し、のらりくらりとした態度でかわすメイドに、マリエールは段々業を煮やしてきた。


「あのレボルキマイラ、お主は一度苦汁を飲まされた相手であろう? リベンジマッチだ、ほれ、行かんか」

「別にわたくしは気にしておりませんわ。お嬢様から離れるわけにはまいりませんし、あの中にお嬢様を連れていくわけにも……」


 てこでも動かないつもりなのか、このメイドは。

 痺れを切らしたマリエールは、とうとう最後の手段に出た。

 顔を赤らめ、躊躇いつつも絶叫する。


「こ、このいくさが終わったら、余の体を好き放題にして良い!! にゅるにゅるしたり、ぬちゅぬちゅだってして良いから!! だから行ってくれ!!!」

言質げんち、確かに取りましたわ。これよりアウス・モントクリフ、修羅に入ります」


 メイドの顔つきが変わった。

 スカートの裏から取り出した蛇腹剣を握りしめ、彼女は戦場へ——飛び出さない。


「……なぜ隠れたままなのだ」

「いえ、わたくし実は、ナイスタイミングで助けに来るセリム様に憧れておりまして。真似してみようかな、とタイミングを見計らっている次第にございます」

「で、では最初から出ていくつもりだった、と?」

「ええ。ところでさっきのお言葉、まさか撤回はいたしませんわよねぇ」


 口元を歪めるメイドの邪悪な笑みを前に、魔王様は自分の言葉を深く深く後悔した。

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