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093 アルカ山麓の戦い① 急報

 王都南方、わずか二キロ離れた場所に位置する危険地帯、アルカ山麓。

 狩猟大会の舞台となり、王都襲撃事件の口火を切ったあの場所で、ホースは昨夜から暗躍していた。


「アルカ山麓って、お前、また王都を……!」

「ソラさん、落ち着いて。……王都はまだ、無事なんですか」

「さあ、どうだろう。正直さ、僕はルキウスが負けようが、アーカリア王国を滅ぼそうが、どうだっていいんだ。ただ、彼に心酔してるハンス君がこの事を知ったらちょっと邪魔かなーって思って、消えてもらったんだけどね」

「お前ッ……!」

「……そんなことは聞いてません。胸糞悪いので、質問にだけ答えてください」


 口先三寸でハンスを唆し、セリムにけしかけて殺させた。

 そんな告白を聞いて、思わずその場を飛び出そうとするソラ。

 セリムはそんな彼女を手で制止し、湧き上がる怒りを抑えて問いかける。


「そうだね、君が気になっているのは僕が直接手を下して大暴れしたか、ってコトだろ? 大丈夫、僕が暴れたりしたら計画が台無しになってしまう。まだまだ僕は傍観者さ。今日は一度も戦ってないし、誰も殺してないよ。僕は(・・)、ね」

「そうですか、それはよかったです」

「よかったって顔、してないね。そんな怖い顔で睨んじゃってさ」


 セリムは敵意を剥き出しにし、赤い瞳をまっすぐに睨みつけ、腰の短剣を抜き放つ。


「この場であなたを倒せば、後はきっとローザさんたちが何とかしてくれます。さあ、王都での続きを始めましょうか」

「いいよ、って言いたいところだけど、あんまり長いことあっちを留守には出来ないんだ。ブロッケン、早く来なよ」

「あーいよぉ」


 ホースが玉座の脇にワープゲートを生成すると、ブロッケンは素早い身のこなしで玉座から跳ね起き、黒い歪みに向けて走る。


「逃がすとでもっ」

「おっと、君の相手は僕じゃなかったの?」


 ブロッケン目掛けて突撃するセリムの前に、ホースが立ちはだかった。

 彼女の短剣を同じく短剣で受け止め、その間にブロッケンは歪みに飛び込んで姿を消す。


「くっ、せめてあなただけでも……!」

「それも無理だね。後ろを見てみなよ」

「せ、セリム! なんかヤバそうなのが来てる!」


 通路の暗がりから走り込んでくる、獅子と鳥が合体した魔物。

 以前にも爆殺したことがある、危険度レベル60・レボルキマイラ。

 ソラの実力を大きく上回る合成獣が、今まさに彼女に襲いかかろうとしている。


「まずい……!」

「ひひっ、弱点なんて引き連れちゃって、御苦労さん。それじゃあねぇ〜」


 すぐさまソラを背にして庇い、魔物に立ちはだかったセリムは、一撃でキマイラを殴り倒した。

 その間にホースは悠々とワープゲートをくぐる。

 空間に開いた黒い穴が閉じ、二人の敵はその場から完全に姿を消した。


「ごめん、セリム……。あたしのせいで取り逃がしちゃった……」

「ソラさんのせいじゃありません。それより、王都が心配です。映像はどうなっているんでしょう」


 ポーチから端末を取り出し、スイッチを入れる。

 が、映し出されるのは砂嵐のみ。


「ちょっ、これどうなってんの!? まさか王都はもう……」

「いえ、きっと範囲外に出てしまっているのでしょう。映像の届く範囲は50キロ。王都からパーガトル山脈の入り口までは40キロですが、入り口からこの城までは多分十キロ以上離れてるんです」

「むぅ、不便な物を寄こしてくれたな、あの大臣」

「……今文句を言っていても仕方ありません。急いでアルカ山麓に向かいますよ」


 端末をポーチに突っ込むと、セリムはソラをお姫様だっこで抱え上げた。

 セリムの腕の中で、ソラは若干青ざめつつ、恐るおそる尋ねる。


「あ、あの、セリムさん? これってもしかして、行きとおんなじ……?」

「そうですけど、それが何か?」

「あの、揺れがね。揺れが半端じゃなくて」

「ですね。しかも密林の中を走るので、ある程度舗装された道よりもずっと揺れます」

「だよね、ちゃんとその辺分かってるんだよね」

「二時間揺れるくらい、我慢してください、アーカリア王国の滅亡が、みんなの命がかかっているんですよ」

「わ、分かった……! 覚悟を決めたよ、いつでも行って、セリム」

「では、行きます!」


 セリムにしがみ付き、身を固くするソラ。

 次の瞬間、急加速によって体にかかるもの凄い重圧と風圧。

 あっという間に長い廊下を抜け、中庭に飛び出し、城門をくぐって城の外へ。

 呻き声すら出せず、声なき悲鳴を上げながら、ソラはひたすら舌を噛まないように耐え忍ぶのだった。




 ○○○




 時は二時間ほど遡る。

 午前十時、二人がまだ密林の中を進んでいた頃、王都では姫騎士団のお披露目式が行われていた。

 大勢の貴族が集まる謁見の間。

 そこに勢揃いした姫騎士団の面々は、みな真新しいプレートメイルに身を包み、腰には美しい装飾を施された剣をいている。

 一流の鍛冶師に勝るとも劣らない見事な出来栄えの、クロエ渾身の作品だ。

 玉座に腰掛けたアーカリア王が見守る中、檀上に進み出たリースは鎧姿。

 彼女を前にして、団長のブリジット以下三十名が跪き、頭を垂れる。


「ブリジット・サンドフォード」

「はっ!」


 名を呼ばれた青髪の騎士団長はその場で立ちあがり、直立不動の姿勢をとる。


「汝、その身命を賭し、我がつるぎとなり盾となりて戦うことを誓うか」

「我が剣に誓って」

「さればこれより、汝に騎士の位を授ける」

「有り難き仕合せ。この命、リース・プリシエラ・ディ・アーカリア殿下に捧げましょう」


 ブリジットの言葉が終わると、リースは彼女の鎧、腰の部分に羽飾りを付ける。

 これは伝統の物ではなく、リースが自ら考案した姫騎士団の証だ。

 羽飾りを付け終わると、次はエミーゼの番。

 その後も一人一人順番に名前が呼ばれ、それぞれに誓いを立てる。

 式典は厳かな空気の中、順調に進んでいった。

 全員の名前を呼び、羽飾りを付け終わり、いよいよリースによる閉会の言葉となったところで、謁見の間の大扉が盛大な音を立てて開いた。


「な、何事だ。騒々しい」


 思わず苦言を呈すアーカリア王だったが、息を切らせて走ってきた衛兵の只ならぬ様子に胸騒ぎを覚える。


「ご、ご無礼の段、平にご容赦を! し、しかしながら一大事でございます!」


 倒れ込むように跪き、伝令の兵は一気に捲し立てる。


「王都南方、アルカ山麓にてモンスターの群れを確認! その数——およそ千!」

「な、なんだと!?」


 驚くべき報告を受け、謁見の間は大いにざわつく。


「自然に起きたモンスターの大量発生などではないのか!」

「自然発生などではありません! モンスターは強弱様々、中にはヴェルム・ド・ロードの姿も確認されています!」

「——ナイトメア・ホース、か。奴が動いたとなれば、セリムが引き返してくるはずだが。ルーフリーよ」


 王は傍らに控える側近に、意見を求めた。


「そのはずですが——しかし千体。これは妙ですな。それ程の数を短時間で呼び出せるとは、とても思えませぬ。もしかしたら、もっと前から奴はアルカにいたのかもしれませぬな。だとしたら、セリム殿はこの危機に気付かれておらぬ可能性も……」

「むぅ、だとしたら非常にまずいぞ。モンスターは、王都に攻めてきてはおらぬのか」

「今のところ、動きは見られません! アルカ山麓境界付近にてこちらの出方を窺っている模様!」

「相わかった! リース、済まぬが式典はこれにて終了だ。——クリスティアナ!」

「はっ、ここに!」


 王城騎士団の列から飛び出したティアナは、素早く御前に進み出て跪く。


「すぐに騎士団を取りまとめよ! 出陣の準備だ!」

「直ちに支度に取り掛かります!」


 彼女は返事を終えるとすぐに騎士団の列に指示を出し、騎士たちと共に謁見の間を忙しなく駆け出ていった。


「ルーフリー、ローザたちに連絡を! セリムがいない今、ヴェルム・ド・ロードに対抗できるのはあの四人だけだ! それから魔王殿にも報せよ。援軍として駆け付けてくれた伝説の老将の力、あてにさせてもらおう」

「御意に御座います」

「衛兵隊長各員、直ちに隊を取りまとめ、南門前にて隊列を組んで待機! よいな!」

「了解です!」


 式典に出席していた各衛兵隊の隊長たちも、会場を後にする。

 ルーフリーは部下たちに指示を出し、ローザたちが待機している冒険者ギルドおよび、マリエールの居室にそれぞれ向かわせた。

 最後に王は、青ざめた顔でざわつく貴族たちに言葉をかける。


「貴族諸侯、ご安心召されよ! 敵は必ずや、我らの手で討ち滅ぼす! 皆においては、このままこの城の中で待機していて欲しい。今王都で最も安全な場所は間違いなくここだ。家族が残っているなら呼びに行っても構わぬ。いずれにせよ、もう二度と王都を賊の好き勝手にはさせぬ!」


 アーカリア王の言葉に、幾分かは落ち着きを取り戻した貴族たちは、顔色を青くしつつ、めいめいにこの場を後にし、それぞれに散っていった。

 なお、率先して立ち向かうべき騎士団長のジャローマルク卿と副団長は、泣きそうな顔でその場を右往左往するのみであった。


「お父様、私にも出陣の許可を。私も姫騎士団も、お父様の号令を待っていますわ」


 揺るがぬ赤い瞳で、アーカリア王を見つめるリース、彼女の背後に控える三十人の勇猛な騎士たち。

 立派に成長した愛娘に対し、王は諭すように言葉をかける。


「その騎士団に号令をかけるのは、儂ではない。そうだろう、リースよ。彼女らは誰の騎士だ? たった今、誰に忠誠を誓い、その剣を——命を捧げたのだ?」

「……そう、でしたわね。私としたことが、少々気が動転していたようですわ」


 彼女の指示を、姫騎士団の面々は今か今かと待ちかねている。

 檀上に堂々と立ったリースは腰の剣を抜き、天高く掲げた。


「我が勇猛なる騎士たちよ、初陣である! 王都を蹂躙せしめんとする賊の尖兵、一匹残らず我らの剣で斬り伏せようぞ!」

「ははっ! 我ら、姫殿下の御心のままに!」


 騎士たちを見回して頷くと、リースは剣を納める。


「……では、お父様。私たちはこれにて失礼します」

「うむ。だが最後に一つ、良いか」

「何でしょう」

「……必ず、生きて戻って来い」


 それは王ではなく、父としての言葉。

 リースは微笑み、返事を返した。


「ご安心を。私は勿論、私たち全員、誰一人として欠けるつもりはありませんから」


 振り返り、騎士の面々と顔を合わせた時、彼女の表情は既に引き締まった勇猛な姫騎士のそれに変わっている。


「騎士団、総員戦闘準備! 馬を曳いて王城南門前にて待機せよ!」

「はっ!」


 リースの指示を受け、姫騎士団の面々も駆け足で謁見の間を後にした。


「それではお父様、私も準備があるので、これで」

「……うむ」


 もはや何も言葉はいらない。

 ただ信じて送り出すのみ。

 謁見の大扉をくぐり、歩き去っていく娘の背中を感慨深げに眺めると、王も玉座を立つのだった。



 謁見の間を出て角を曲がったところで、クロエがリースを出迎える。

 彼女は今回の式典を見るため、扉の向こうからこっそりと覗き見していたのだ。

 自分の装備の晴れ姿、そして何より想いを寄せるお姫様の晴れ姿を目にするために。

 もちろん一人では来られないので、ラナも側に付いている。


「リース、なんだか大変なことになっちゃったね」

「ええ、でも早速、私たちの力を知らしめる時が来たわ。メアリスのように勇猛果敢な姫騎士として名を馳せる時が」

「……無理しないで。手、震えてる」


 小刻みに震えるリースの手を、クロエはそっと握った。


「勘違いしないで、これは武者震いよ。ちっとも怖くなんてない、むしろ心が躍るわ」

「嘘だよ、怖くないはずがないよ」

「しつこいわね、私が尻ごみしてるとでも言いたいの!? これから戦いに出るってのに、余計な事を言わないで!!」


 怒鳴り声を上げたところで、リースはハッとする。

 これは完全な八つ当たり、図星を突かれて激昂するなんて、ちっとも立派な王族らしくない。

 そう、本当は怖い。

 戦うことへの恐怖ではなく、自分が傷つくことへの恐怖でもなく、騎士団員三十名の命を預かることへの恐怖。

 自分の指示一つで、彼女たちを死なせてしまうかもしれない。

 命の重みを、あまりにも重い物を背負うことへの恐怖が、リースを取り巻いていた。


「……ごめんなさい。とにかく、大丈夫だから」

「大丈夫じゃない。だから、ボクもキミと一緒に戦うよ。キミの側で、少しでもリースの負担を減らしたい」

「な、何を言ってるの! あなたにまでもしものことがあったら、私……!」

「やっぱり、怖いんだね」

「……怖くない。私は王女よ、怖いだなんて泣き事、言ってられないじゃない」


 心細げに目を伏せるリースの表情からは、普段の勝気で自身に溢れた様子は窺えない。


「リース、キミはとっても強い女の子だね」

「え? ええ、当然でしょう。何よ、突然」

「だけどさ、たまには弱いリースも見せてよ。弱いリースだって、ボクは好きだよ。他の誰にも見せなくていい、ボクにだけは見せてよ、頼ってよ」

「クロエ……」


 真剣な眼差しを向けられ、リースは心の中に押し込めていた感情を少しだけ吐き出した。


「——ええ、怖いわ。心細くてたまらない。誰でもいいから助けて欲しい……いえ、違うわね。あなたに助けて欲しい。情けなくてたまらないけど、これが私の本音。どう、満足かしら?」

「うんっ、助けるよ、リース。ボクも一緒に戦う。キミを側で支えたいから」

「まったく、よく恥ずかしげもなく、歯の浮くようなセリフを吐けるわね。その胆力、見習うことにするわ」

「うぅ、そう言われると途端に恥ずかしく……」


 恥ずかしげに顔を赤くするクロエ。

 リースの沈んでいた表情は、いつも通りの勝気な顔を取り戻し、自身に満ちた笑みを浮かべる。


「さあ、行くわよ。武功は私たちが挙げるから、あなたは隅っこで見ているといいわ」

「隅っこって、ボクも戦うって言ってんじゃん」


 互いに笑みを浮かべながら、二人は戦いの準備に向かう。

 アーカリア王国の存亡を賭けた戦いが、間近に迫っていた。

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