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090 あの娘のためなら、私は何だって

 四方向から同時に襲い来る大鎌の刃を潜り抜けながら、四人のブロッケンの喉元に流れるように短剣の刃を滑らせる。

 ブロッケンたちはそれぞれ頸動脈から血を噴出し、その場に崩れ落ちて溶け消えた。

 ここまでセリムが倒したブロッケンの数は、軽く三百人以上。

 戦闘開始時に五百十二人いたブロッケンは、現在五百十二人。

 消滅した瞬間、新たなブロッケンの幻影が生み出され、その数は一人として減ることがない。


「……かなり堪えますね、精神的にですが」


 長い戦闘の中で、セリムは息一つ乱していない。

 攻撃は一度も食らっておらず、消耗はほぼゼロ。

 しかし、幻影とはいえ人間をひたすら殺し続けるのはかなり精神に来る。


「ヒーッヒッヒッヒ、お嬢ちゃんにはここで俺たちと死ぬまで遊んでもらうよぉ」

「私がかすり傷を負う前に、あなたが魔力切れで倒れると思いますよ」

「それでもいいさぁ。あんたを足止めしている間に、ハンスの旦那が上に残った嬢ちゃんを殺せればねぇ」

「ソラさん……」


 やはり、ソラは撤退していないようだ。

 逃げ切る難度も確かに高いが、戦うよりは格段に生存率が上がるはず。

 ソラが逃げ回っているうちにブロッケンを片付ける、それが一番望ましい展開だったが、そうもいかないらしい。


「やっぱり、戦っちゃってますよね、ソラさん」


 踊り掛かる五人のブロッケンに回し蹴りを叩き込み、その顔面を連続で破裂させる。


「ヒッヒッ、その通りさぁ。バカな嬢ちゃんだねぇ」

「ソラさんはバカじゃありません、アホです」


 ブロッケンの大群の中を駆け抜け、二十人ほどの喉笛を撫で斬る。


「そして、ソラさんをアホと言っていいのは私だけです」


 セリムはポーチの中から天翔の腕輪を取り出し、左腕に装着。

 更に龍星の腕輪を右腕に装着しながらのバックナックルで、三人のブロッケンの頭を吹き飛ばす。


「ソラさんが戦っているのなら、これ以上長引かせられません。次で決めさせてもらいます」


 左腕をかざして落下してきた穴の直下に見えない足場を生み出すと、セリムは軽やかに飛び乗った。


「おや、逃げるつもりかい? 俺を見逃せば、また大事な場面で邪魔してあげるよぉ」

「いいえ、見逃しません。あなたはここで終わりです」


 全てはソラを死なせないために。

 覚悟を決めたセリムは右手をかざし、手のひらの前に時空の歪みを発生させる。


「私も、可能ならば人を殺したくはないのですが……。しかし、ソラさんの命には代えられません」

「な、何をする気だい。その空間の歪み、そいつぁまさか、ホースの報告にあった……!」

「ごめんなさい、どうか恨まないでください……」

「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」


 ブロッケンの叫びも虚しく、時空の歪みから無数の流星が発射される。

 流星群はその全てが恐ろしい火力を秘めた爆弾。

 無数に存在するブロッケンの体に、石壁に、石床に、着弾するたびに大爆発が巻き起こる。

 セリムは流星を射出しながら体を回転させ、全方位を爆撃。

 狭い地下空間は余さず大爆発の嵐に見舞われ、やがて天井がひび割れ、崩壊を始める。


「……流星爆撃シューティングクラスター。もう十分でしょう」


 爆炎と立ちこめる煙で視界が遮られ、崩れ落ちる岩の轟音で何も聞こえない上に、ホースの気配が邪魔をして気配も探れないが、これだけの飽和攻撃に見舞われたのだ。

 おそらくもう、ブロッケンは生きてはいないだろう。


「私、人を殺しちゃったんですかね……、実感はありませんけど、やっちゃったんですかね……」


 死体を確認出来ない以上、はっきりとは分からない。

 後々実感が湧いてきたりするのだろうか。


「……いや、落ち込んでる場合じゃないです。早くソラさんを助けに行かないと!」


 ふるふると首を振って気を取り直し、深い穴の出口、ごくごく小さな光を見上げる。

 この地下空間はもう持たない、早く行かなければ出口も塞がってしまう。


「死なないでくださいよ、ソラさん……!」


 崩れゆく広間を眼下にして、セリムは次々と足場を生み出し、縦穴を跳び上っていった。




 ○○○




 増強した身体能力は、彼我ひがのレベル差を埋めてなお有り余るものだった。

 ハンスは剣の両手持ちを余儀なくされ、ソラの放つ重い一撃を受けるたびに手に軽い痺れが走る。


「バカな、この私ですら、その技能は習得していないというのに……!」

「強さはレベルだけじゃない、注意しろって意味でセリムに言われた言葉だけど、逆も言えるってコトだよね!」


 先ほどまでとは比較にならない速度と力で繰り出される、ソラの斬撃。

 鋭い右袈裟をハンスは剣で受け止めるが、力で優ったソラが押し切ろうとする。

 たまらず背後に飛び退くハンスにソラは追い打ちの刺突を繰り出し、ハンスが体を傾けて回避する。

 ここまでの攻防は先ほどまでと同じ。

 しかし、カウンターで放たれた横薙ぎはソラの胴体には当たらず、空を切った。

 彼女の体は攻撃をすり抜け、ぶれて消える。


「何っ!?」


 またしても残像。

 咄嗟に頭上を向くハンスに対し、ソラは既に次の攻撃準備を終えている。


集気オーラ……っ!」


 闘気大収束オーラチャージ・アゲインを発動し、群青の大剣は巨大な闘気の刃を纏う。


大剣斬ザンバーーーーッ!!!」


 ハンスの頭上を飛び越えながら、ソラは眼下に極大の一閃を叩き込んだ。

 横っ跳びに飛び退き、ハンスはギリギリのところで直撃を回避。

 闘気の大剣が巻き起こす風圧が彼の体を吹き飛ばし、刃が地面を大きく抉る。


「避けられた……!」


 吹き飛んだハンスは逆にその勢いを利用し、伸び放題に荒れた生垣の中に身を隠す。

 ソラは軽やかに着地すると、漲る力を闘気に変えて剣身を更に巨大化させる。

 その長さは三十メートルほどにまで伸び、横幅は三メートルを越えた。


「隠れたって無駄ッ!」


 規格外の巨大さを誇る闘気の刃で、生垣を全力で薙ぎ払う。

 周囲の生垣が斬り倒され、ハンスは茂みの中から転がり出た。


「この私が、このような小娘に押されるだと……!」

「ふふん、ソラ様を甘く見過ぎだっての」


 接近戦では巨大過ぎる刃は取り回しが悪い。

 巨大な刃を霧散させて闘気収束オーラチャージの状態に戻すと、ソラは再び間合いを詰めにかかる。


「図に乗るな……! 闘気収束オーラチャージ!」


 剣に闘気を纏わせ、切断力と強度を増す剣士の固有技能、闘気収束オーラチャージ

 基本中の基本とも言えるこの技は、当然ながらハンスも使用可能。

 彼は自身の剣に闘気を送り込み、その威力を増幅させてソラを迎え撃つ。


「やっと技出したね、余裕無くなってきてんじゃん」

「黙れェッ、この劣等種の小娘がァァァッ!!!」


 怒りに任せて振り下ろされた唐竹割り。

 ソラはサイドステップで避け、背後に回り込んで背中にカウンターの薙ぎ払いを浴びせる。

 空振った唐竹割りの勢いに任せ、前のめりに倒れ込むハンス。

 そのまま身を沈めて前転、回避をしつつ間合いを取る。

 すぐさま膝立ちとなり身体を反転しつつ、ソラの足首を刈りにかかった。

 地面すれすれを薙ぐ刃。

 定石通りに飛び跳ねて回避を図るソラだったが、空中で彼女の第六感が警鐘を鳴らす。


「——やばっ……」


 体の真下に刃が来た瞬間、地面と水平になっていた刃が立ち、薙ぎ払いは斬り上げに転化した。

 ソラは足を曲げ、グリーブの黒鱗で斬撃を受ける。


「いった……ぁっ!」


 脛の泣き所に衝撃が走り、涙で視界が滲む。

 しかし斬られずに済んだ。

 闘気を纏った状態でもなお、ハンスの攻撃は黒竜の装甲を抜けないらしい。

 衝撃を利用してソラは距離を離しつつ一回転し、着地して体勢を立て直す。


「その防具、厄介だな」

「へっへーん、羨ましい? 欲しいって言ってもあげないよーっ……、いたた……」


 防具の上から脛をさすりつつ、悪態をつく。

 ハンスは激情の中、冷静に戦局を分析した。


「斬撃を防ぐ防具……、だが、衝撃は防げないようだな」

「……ん?」


 ハンスの剣を包む闘気の形状が、薄い刃から太く短い槌へと変わる。


「こいつなら、防具で防がれようが関係ない」

「うっそ、集気圧壊撃カラップスマッシャーって……。あれで叩かれたらソラ様やばいじゃん」


 青ざめるソラを前に、ハンスは闘気の槌を振り上げ、襲いかかる。

 振り下ろされる圧壊撃は絶大な威力、剣ではとても受け止められない。

 しかしその攻撃速度は鈍重。

 ブースターのかかったソラを捉えられるはずもなく、軽々と回避される。


「でもさ、叩かれたらやばいけど、叩かれなきゃいいだけだもんね」


 殴撃を潜り抜けて懐に飛び込むと、鋭い突きを見舞う。

 速度の乗った切っ先がハンスの顔面を襲い、顔を傾けるものの、頬を掠めて血がにじむ。


「ちょこまかと……!」


 続けざまに二度、三度と大振りの攻撃を繰り出すが、いずれも虚しく空を薙ぐ。


「当たるわけないのに、そんな攻撃!」


 ソラは身軽なステップで次々と攻撃を避け、反撃の突きを繰り出す。

 その度にハンスの体は傷つき、小さな傷が増えていった。

 しかし、彼は一向に攻撃の手を緩めない。


「いつまで続けんのさ。いい加減飽きて来たし、そろそろ勝負を決めちゃうよ?」


 疲労の色が滲み出て来たハンスに対し、ソラはすこぶる調子がいい。

 全身に溢れる力は無尽蔵、その全てを攻撃に回せば敵の剣や防具ごと斬り倒せるはず。

 上段から振り下ろされる闘気の槌を軽く回避したソラは、勝負を決めようと全ての力を剣に回し——。


「あ、あれ……? なんで……」


 その瞬間、全身から力が抜ける。

 コバルトブルーの刀身を包んでいた闘気も消え失せ、体が鉛を付けられたように重い。

 思うように動けない。

 横薙ぎに襲い来るスマッシャーを、回避できない。


「——っがあああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!!!」


 体の真正面を殴り抜けられ、衝撃が防具を貫通して全身を襲う。

 激痛に意識が飛びそうになり、その体は跳ね飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる。

 受け身を取ろうにも全身が痛み、加えて謎の脱力感が体を包む。

 為すがままに転がり続け、枯れた噴水にぶつかってようやく停止。

 ぐったりと仰向けに横たわるソラに、ハンスはゆっくりと近寄っていく。


「あっ……、ぅ……っ、なん、で……、急、に……っ、げほっ! ゴホッ!」


 内臓をやられたのか、咳き込むたびに口から血を吐き出す。


闘気収束・参式オーラチャージ・ブースター、大した技だが調子に乗り過ぎたな。自分の限界以上の力を引き出す、あの手の自己強化技能には必ずリスクが伴うものだ。どうやらこの技能のリスクは、莫大な闘気の使用による時間制限と、その後の戦闘力の大幅低下のようだな。戦いを長引かせれば何かしら起きると踏んでいたが、なるほど。良い教訓になった」

「そ、そん……なっ、こほっけほっ……!」

「さて——我が主を散々侮辱してくれたな」


 ソラの目前で足を止めると、ハンスは剣を逆手に持ち、切っ先を下へと向ける。

 そのまま突き下ろし、ソラの右肩に刃が深々と突き刺さった。


「あぁぁぁぁぁっ! う、ぐぅぅぅぅっ……!」

「どうだ、懺悔する気になったか」


 剣を引き抜き、切っ先を首に突きつける。


「……れ、が……っ!」

「……なんだ、聞こえんぞ。もう一度言ってみろ」


 喉元に突きつけられた刃を、ソラは左手で掴んだ。


「だ、れが……っ! 懺悔なんて……っ!」


 指に刃が食い込み、血が流れるのも構わず、掴んだ剣を押しのけ、震える足に力を込めて立ち上がる。


「懺悔、するのは……っ、お前らだっ……、バーッカ」

「……いっそ哀れだな。とっくに勝負はついているというのに」


 剣を振るってソラの左手を振り払い、ハンスは冷たい視線をソラに向けた。


「全く、劣等種の考えることはさっぱりだ」

「まだ勝負は……、ついてない……!」


 右腕が思うように動かない、力が入らない。

 右肩から血が流れ、ガントレットの爪を伝って滴り落ちる。

 それでも剣を左手に持ち代えて強く握り、構え、激痛に耐えながらもかすむ視界でハンスを睨みつける。

 この戦いが終わったら、セリムに告白するんだ。

 だから絶対に負ける訳には、死ぬわけには——。


「最後まで……、諦めない……っ!」

「もういい、懺悔など求めても無駄なようだ。お前はここで死ね」


 ハンスの剣が闘気の刃を纏った。

 その刃は、見た目こそ闘気収束オーラチャージと同様。

 しかし、使用される闘気の総量は闘気大収束オーラチャージ・アゲインをも上回る。

 極限まで圧縮され、硬度と切れ味を増した闘気の薄刃は、黒竜の装甲をも貫き通す。


闘気収束・鋭オーラチャージ・シャープネス


 最後の一撃が、突き出された。




 ○○○




 壁を蹴り、魔力の足場を伝って、セリムはようやく長い縦穴を抜け出した。

 正門と中庭を繋ぐ広間に着地し、周囲を見回すが、ソラの姿はどこにも見当たらない。

 あるのはクレーター状に抉れた石床と、中庭側の崩壊した壁。

 この破壊痕を見るに、戦闘が行われたのは明らかだ。


「ソラさん、無茶しないでって言ったのに……」


 ソラとハンスの気配はホースの気配に邪魔されて感じ取れないが、破壊の跡は中庭側へと続いている。

 これだけの激しい戦いを、魔族最強の剣士とたった一人で繰り広げたとなると、ソラも無傷では済まないはず。

 もしかしたら今、この瞬間にも。


「どうか、無事でいてください……。どうか……」


 嫌な胸騒ぎを覚えながら、祈る気持ちで瓦礫を踏み越え中庭へと飛び出す。

 バッサリと斬り払われた生垣。

 荒れた芝生はところどころに斬撃痕が残る。

 ソラの姿を探しながら駆け足で戦闘の痕跡を辿り、セリムは枯れた噴水の前に出た。

 そこで彼女は、目にした光景に足を止めた。


「……ソラ、さん?」


 足元が崩れ落ちるような感覚。

 この光景が現実のものだと、セリムには到底受け入れられない。

 呼吸すら忘れ、ただ呆然とその場に立ち尽くす。

 彼女の目に映るのは、ハンスに腹部を深く刺し貫かれ、刃先が背中まで貫通した、愛する少女の姿だった。

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