009 ダメだとわかっていても、抗えませんでした
一夜明けて、宿の一室。
着替えを終えたセリムは、寝ぼけ眼でベッドに腰掛けたソラの前でくるくると回る。
「どうですか、ソラさん。しっかり可愛いですか?」
「うーん、よくわかんないけど可愛いんじゃないかな」
この部屋に備え付けられているのは一般的な鏡台。
髪型を整えるのに不自由は無いが、全身のバランスをチェックするには小さすぎた。
よってソラにファッションチェックをしてもらい、おかしな所を指摘して貰おうと思ったのだが。
「もっとちゃんと見てください。色のバランスとか、全体的に見ておかしなところが無いかとか」
「わかんないよー……。ふわふわしてるなー、とかくらい?」
この始末。
ずっと同じインナーを着ている彼女にファッションチェックを任せるなど、度台無理であった。
「仕方ありません、可愛いと言って下さったのを信じて、今日はこれでいきますか。ソラさんと出会った時の格好ですね」
自然とそうなってしまったが、やはりこの格好が一番のお気に入り。
フリルのシャツにケープを羽織ったスタイルが、最も自分らしいとセリムは思っている。
「準備完了です。……今日も美少女ですよね、私」
「うんうん、とびっきりの美少女だから朝ごはん早く食べに行こう」
「……なんか投げやりですね。お腹空いたからって適当に言ってませんか」
「そんなことないよー、ほらほらいこっ」
どう考えても誤魔化されている。
それでも、ソラに可愛いと言って貰えることに悪い気はしなかった。
彼女に手を引かれて部屋を出る。
荷物など何も置いてないが、一応忘れずにカギを閉める。
十二日間着たきりだったセリムの旅装と、二着しかない内の一着であるソラのインナーは、宿の女将さんに洗濯を頼んでおいた。
「おばちゃん、行ってくるね!」
「おや、元気がいいねぇ。行ってらっしゃい」
すれ違った女将さんにソラはフレンドリーに挨拶する。
彼女がリゾネの町まで無事に旅をしてこられた理由が、セリムにも少しだけ分かってきた。
あらゆる意味で放っておけないのだ。
知らない相手ともすぐに仲良くなれて、心の距離を縮めてくる。
危なっかしくてつい手を貸してしまう。
そうやって色々な誰かに助けられて、ここまで来たのではないだろうか。
セリム自身もその一人なのだから。
もっとも、セリムほど深入りした者はいなかっただろう。
彼女はすでに、ソラという沼に肩までどっぷり浸かっている。
「朝ごはんどこ行こっか。セリムは食べたいものある? あたしはなんでもいいわよ!」
「私もこれと言って食べたいものは無いですね。……どうしましょう」
宿を出た二人は、通りを歩きながら飲食店を探す。
宿の中に食堂があれば良かったのだが。
「じゃあさ、ギルド行こうよ。あそこなら食べ物出るし、情報収集も出来るし、冒険者レベルだって測定出来るし」
「冒険者ギルドですか。私は冒険者じゃないですけど、入っていいんでしょうか」
「平気平気、あたしが付いてるんだし。じゃあ決定だね。ちょっと騒がしいかもしれないけど、そこは我慢してね」
「それにしても、冒険者レベルですか。ソラさん、いくつなんですか?」
「前に測った時は12だったわ。どう、意外と高いでしょ」
各冒険者ギルドには、ノルディン教からとある祭具が貸し出されている。
その者の強さを測定して、段階的に表示するその祭具を、ソラは勝手にレベル測定機と呼んでいる。
正式な名称は知らないらしい。
「12ですか、本当に意外ですね。中級程度の実力はあったんですか」
「むぅ、どこまで低く見られてたんだ」
「冗談です。ロックヴァイパーに立ち向かったソラさん、とってもかっこよかったですよ」
頬を人差し指でツン、と突っつくと、ソラは照れくさそうに笑う。
「にひひ、そうかな。まあ、あたしは世界最強になるんだからね、まだまだ強く——のわっち!」
またまたソラが何かとぶつかった。
正面衝突して尻もちをついているのは、昨日同じようにぶつかった少女。
黒い髪を短く二つ結びにして、ピンクのワンピースを着ている。
「ごめんね、またぶつかっちゃった。立てる?」
「……っ!」
ソラの差し伸べた手を払いのけ、彼女は通りを走って行ってしまった。
「あっ、……あの子、泣いてた」
「ソラさんとぶつかって泣いた、という感じではありませんでしたね」
「なにがあったんだろ」
そう言って視線を巡らすと、横に長い木造一階建ての建物が目の前に鎮座していた。
入り口に大きく『冒険者ギルド』と書かれた看板が掲げられ、剣のマークの旗が風にはためいている。
「あれ、もうギルドの前だったんだ」
「そうですよ。もっと言うとあの子はギルドから飛び出してきてました」
「ギルドから? 泣きながら飛び出してきたの? なにがあったんだろ、気になるな」
「面倒事に首を突っ込みたがる性格なんですね、知ってましたけど」
両開きの扉を開け、中に足を踏み入れる。
広いギルドの中は、意外にも人の数は少なかった。
冒険者と思しき女が三人固まって、朝から酒を飲んでいるだけだ。
「人、少ないね」
「そうですね、もっと騒がしいイメージだったんですけど」
「実際どこのギルドも大賑わいだよ。こんな閑古鳥が鳴いてるの初めて見た」
「お嬢ちゃんたち。旅のモンかい」
酒盛りをしていた三人の内、焦げ茶色の長髪の女性が声をかけてきた。
おそらく三人の中では一番年長、リーダー的な存在だろう。
「そうだよ。あたしはソレスティア、こっちはセリム。よろしくね」
物怖じせずに話しかけていくソラの後ろで、セリムは軽く頭を下げる。
「あたいはヴェラ、コイツらは……まあどうでもいいか」
重装備を身につけた小太りの女性と、軽装の革鎧を身につけた小柄な女性。
紹介をスルーされた残りの二人は抗議の声を上げる。
「ちょっ、姉さん。そりゃひどいですよ……」
「確かにあたしたちは半人前ですけど」
「自覚があるなら黙っときな」
ぴしゃりとシャットアウトされる。
この場で彼女達に発言権は与えられないようだ。
「なんでここ、こんなに人少ないの?」
「旅してるなら聞いたことないかい? この町から王都にかけての危険地帯に、危険度に見合わないモンスターが出没してるって」
「知らないや、王都からは離れてたから」
「そうかい、とにかく腕利きの奴らはその場違いモンスター共の討伐に駆り出されて行っちまった。今この町にいる冒険者は、このあたいとそこにいる冒険者レベル5の不肖の弟子二人だけなんだ」
「なるほど、それで朝から飲んだくれてるのか……」
ヴェラはブッ、と吹き出すと、豪快に笑う。
「アッハッハッハ! 正直なお嬢ちゃんだ、嫌いじゃないねえ。だが、あたいらだって好きで飲んだくれてる訳じゃない。仕事が無いんだよ、出来る仕事が」
「んぇ、どういう事?」
「出ちまったんだよ、この町の近場にある唯一の危険地帯に、場違いヤローが。危険度レベル3の場所に、25の奴が出たんだ」
「……25。セリム、こんなのってあり得るの?」
ずっと黙っていたセリムに、ソラは話を振る。
初対面の相手とこんなにも話せる彼女に関心しつつも、セリムは会話に加わっていく。
「そうですね、普通はあり得ません。そもそも危険地帯の境界を越えるケース自体が稀なのに、別の場所に移動までするなんて。それも同時多発的に」
「実にきな臭い話だよねぇ。あたしゃぁ何者かの仕業だと睨んでる」
「何者かって、誰よ」
「そりゃあわかんないねぇ」
誰がなんの目的で。
見当もつかないが、何かが起こっている、あるいは起ころうとしている。
「まあとにかく、気を付けな。何か変なことに巻き込まれないようにね」
「わかった。ついでにもう一つ聞いてもいい? さっき女の子が一人飛び出して行ったと思うんだけど」
「あぁ、あの子なら受付で問答してたね。そのうち怒って飛び出してったが」
「受付かぁ。ありがと、ヴェラさん」
「御親切に、ありがとうございました」
「いいっていいって、それじゃ」
セリムが頭を下げると、ヴェラは片手を振って酒盛りに戻った。
喋らせてもらえなかった二人の文句を聞き流しながら、ジョッキを呷る。
「色々教えてもらえちゃったね。さて、ごはんにしよっか」
「ええ、お腹空いちゃいました」
「注文してくるから、セリムは適当に座っててー」
飲食物を提供するバーカウンターと、依頼を請け負う受付カウンター。
二つあるカウンターの内、バーカウンターの方へとソラは走っていく。
慣れた様子で注文を取る様子を眺めつつ、二人掛けの丸テーブルにセリムは腰掛けた。
「一体何を頼んだのでしょうか。変なものではないと思いますが」
確認を怠ったことに、少し不安になる。
それにしても気になるのは、この町の側でも起きている強力なモンスターの出没事件。
人為的なものの可能性が高い、でもそんなことをして何のメリットが。
「……ソラさん、遅いですね」
注文を取りに行ったっきり、未だに戻ってこない。
どの席に座ったかわからない、その可能性はゼロ。
ヴェラ達三人と、セリムにソラ、これだけしか客はいないのだから。
周囲を見回すと、すぐに見つかった。
赤いラインが走った石造りのサークレットを頭にはめている。
そこから伸びた線が小さな画面に繋がっており、それを覗きこんだソラは大きくのけぞった。
「ぉぉおおおぉっ、まじか!」
「……なにやってるんですか、ソラさん」
どの道料理が来るまでは手持無沙汰だ。
側に寄って話しかけてみる。
「見て見て、セリム。冒険者レベル測ったんだけどね、なんと!」
自慢げに画面を指さすソラ。
そこに映しだされていたのは、彼女の名前と18の数字。
「18って、これソラさんの冒険者レベルですよね。壊れてるんですか、これ」
「失礼!! うーん、多分ロックヴァイパーのせいじゃないかな。セリムがアイツを倒した時、私も魔素を浴びたんだと思う」
「でしょうね」
「わかってて言ったの!? ヒドイ!」
モンスターが絶命した際、魔素と呼ばれる物質が周囲に飛散する。
ごくごく近距離にのみ飛び散るそれは、浴びた人間の身体能力を永続的に強化する。
強力なモンスターほど魔素の質は良く、強化幅も大きい。
「セリムにも測って欲しいけど、ギルドカード入れないと動かないんだよね、これ」
「気になるんですか、私の冒険者レベル。冒険者じゃないですけど」
「そりゃ気になるよ! 私が知ってる冒険者で最高の数字は67だもん。多分それよりずっと上だよね」
危険度レベル90という、どこにあるのかも分からない訳のわからない場所で半年も生き延びたセリム。
彼女のレベルがどれ程のものなのか、ソラはとっても気になっていた。
「おーい、注文とったお嬢ちゃん。あんた、どこの席だい」
「あ、来ちゃった。よっし、朝ごはんだ!」
料理番のおばちゃんが大皿片手に声をかけて来た。
サークレット状の祭具を外して、ソラはさっさと手近な席につく。
セリムはため息交じりに画面の下からギルドカードを抜き取った。
この様子だと、これまでにも紛失と再発行を繰り返していそうだ。
「ソラさん、忘れ物です。ちゃんと抜き取っておいてください」
「あ、ごめん。それよりもほら、見てよ。おいしそうでしょ!」
テーブルの中心に置かれた大きな白い皿。
その上に盛られたのは、大量の揚げた芋。
マールポテトだろうか、丸い芋をきつね色の衣が包み込み、かぐわしい香りを漂わせている。
「イモ、ですか。イモだけですか。大量のイモ……」
「ギルドで食べれるものの中で一番好きなんだ。セリムもきっと気にいるわよ!」
油で揚げた炭水化物、お肌が荒れそうで気になる。
気になるが、空腹には勝てない。
それに、目の前でおいしそうに頬張るソラ。
はしたなく鳴りそうになるお腹をなんとか堪え、セリムは皿に添えられていた串を手に取る。
「それでは、いただきます……」
串に刺して、丸々一つ贅沢に揚げた芋を口に運ぶ。
一口噛むと、サクっと音が鳴り、香ばしい衣とホクホクの芋が口の中へ。
分厚い衣には甘みがあり、まるでホットケーキのよう。
芋の甘さと絶妙にマッチし、食欲を加速させる。
アツアツの芋が口の中でほぐれ、一口、さらに一口と食べ進める。
「らめれす、これ、私、ダメになりそうです……」
「でしょっ、どんどん食べちゃってよ」
味に飽きて来た頃、ポーチから岩塩を取り出し、細かく砕いて振りかけてみる。
塩辛さが良いアクセントとして加わり、甘みをさらに引き立ててくれる。
「どんどん入っていきます、いくらでも食べられちゃいます……!」
美容、ダイエット、そんなものは投げ捨てろ。
おいしい物を食べてこそ、人は生きられるのだ。
そんな力強いメッセージを感じつつ。
「すっごい食べたね、セリム。おいしかったでしょ」
「はふぅ、大満足です……」
実に十個もの芋が彼女の胃の中へと消えた。
「——はっ、私はなんてことを……。大量の揚げた芋を、朝から……」
「ベーコンと一緒に揚げたバージョンもあるんだけど、どう?」
その言葉を聞いた瞬間、セリムの胃がスペースを開け、空腹感がぶり返してくる。
「ベーコ……ダメ、ダメです! 今すぐ運動に行きますよ! そうだ、25! 例の25さんを爆殺しに……!」
「それはあたしも考えてたトコなんだ。あの人達も困ってるみたいだしね」
「それじゃあ行きますか。私は後方支援ですから、頑張ってくださいね」
「おーっ! 待ってろよ、25のヤツめ——」
「た、大変だ!」
セリムたちが席を立ち上がった瞬間、入り口のドアがけたたましく開き、男性が息を切らせて入って来た。