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088 ソラさん、何を言おうとしたんでしょうか

 危険度レベル56、ブレイズグリフォン。

 鷹と獅子が融合したかのような容姿を持つグリフォン族の中でも、最高位に位置づけられるモンスター。

 その口から吐き出す獄炎は、鋼鉄の鎧程度ならドロドロに溶かしてしまう。

 背中に生えた巨大な翼で自在に宙を舞い、敵の間合いの外から地獄の業火を吐きかける戦法には、たとえ最上位の冒険者でも手を焼くだろう。


「でも飛ばさせません。絶対投擲インペカブル・シュート


 両翼にそれぞれ照準を定め、セリムはタイマーボムを二つ同時に投擲。

 羽毛に爆弾が引っかかり、タイマーゼロで零距離の大爆発が巻き起こる。

 爆風で翼を負傷したグリフォンは飛び立てず、地に伏せて足掻きもがくのみ。


「今ですよ、ソラさん」

「おっしゃ! 食らえっ、集気大剣斬オーラ・ザンバーッ!!」


 闘気の大剣に薙ぎ払われ、魔獣の首が飛ぶ。

 頭部を失ったブレイズグリフォンの胴体が、その場に崩れ落ちた。

 ソラは息を切らし、闘気を消してその場にへたり込む。


「もうだめぇ……。もう戦えないぃ……」

「お疲れ様です、ソラさん。よく頑張りましたね。頑張りついでに解体もお願いします」

「うへぇ〜……」


 疲労困憊といった様子のソラ。

 彼女は昼頃からずっとこの危険地帯のモンスターと戦い続け、仕留めた獲物は今のグリフォンで丁度十体。

 空はすっかり茜色に染まり、辺りは闇に包まれようとしていた。

 ツヴァイハンダーを鞘に納めると、ソラは腰のナイフを抜いて馴れた様子でグリフォンの素材を切り出し、セリムがすぐさまポーチの中へ。

 テキパキと作業を終わらせたところで、二人は場所を移動。

 あらかじめ目星を付けていた木の合間で、野営の準備を始めた。


「結局今日中には攻め込まないんだね」

「ホースさんの気配が全然動きませんから。向こうもこちらの気配は察知しているでしょうしね」


 薪を並べて炎の魔力石で火を灯すと、二人は焚き火を囲んで腰掛けた。


「それに、いくらなんでもソラさんが貧弱過ぎましたからね。このくらい戦えば、自分の身を守れる程度のレベルにはなったでしょう」

「確かに強くなった感じはするけどさ、セリムはスパルタ過ぎるんだよぉ……」

「まあ、確かにこんな急激にレベルを上げるなんて常識的にはあり得ないんですけど、実際出来てしまってますし」

「セリムが後方支援についててくれるおかげだね……」


 セリムの支援が無ければソラは何度命を落としているか分かったものではない。

 圧倒的な実力者であるセリムがいてこそ、ソラは遥か格上の強敵相手に勝ちを拾い、急速なレベルの上昇を実現出来たのだ。


「まあ、ギガントオーガの時はセリムいなかったけど」

「ですね。ホント、あの時はもうダメだと思いました。ソラさん、もう二度とあんな無茶はしないでください。私のいない所で戦うのは絶対禁止です、今度こそ……死んじゃいますよ」


 無茶をし続けるソラが、いつか自分の見えないところで無茶をして、万一のことがあったら。

 考えるだけでも、どうにかなってしまいそうになる。


「んー、あたしとしてはセリムにいいトコ見せたいんだけどなー。……じゃあさ、ローザさんを越えて世界最強の剣士になったら、セリムもあたしを認めてくれる?」

「認める認めないの問題ではなくて……。でもそうですね、もしもローザさんを越えられたら、ちょっとは頼ってあげてもいいですよ」


 岩塩を振りかけたモンスターの肉を串に刺して焚き火の側に何本も並べながら、セリムは出来るだけ素っ気なく答える。

 実際、ソラの実力はとっくに認めている。

 それでもやはり、一人で戦わせてもしもの事が起きたらと思うと、怖くて仕方がない。

 一方のソラはそんなセリムの気持ちも知らず、やる気を漲らせる。

 セリムに助けられるばかりじゃなく、いつか彼女と肩を並べて共に戦えたら。

 ローザを越えて世界最強の剣士になった後の目標が今、ソラの中に芽生えた。


「おぉ、まじか。セリムに頼られたいし、もっと頑張る! 多分もうちょっとでローザさんのレベルに追いつけると思うし!」

「レベルだけでは強さは決まりませんけどね。経験とか技術みたいな、身体能力が上がるだけでは身につかないものも多々ありますし。あと、ローザさんたちが例の秘境を見つけてしまったら、そのレベルもまた引き離されてしまいますよ」

「うぐぅ……、じゃああたしもそこに行くもん! 絶対見つけるもん!」

「見つけるもんって、実際に行った私にすらどこにあるのか見当も付かないんですよ?」

「だったらあのロクでもない師匠を見つけて聞き出せばいいもん! セリムも言ってたじゃん」

「ですね。今度会ったら半殺しにしてでも聞き出します。ふふっ、どう料理してあげましょうか……」


 こんがりと焼き上がった串焼き肉をソラに手渡しながら、セリムはニヤリと笑う。

 焚き火の照り返しで陰影がつき、ソラは若干の恐怖を抱いた。


「はい、焼き上がりましたよ」

「ど、どうも……」


 受け取った串焼き肉を頬張る。

 塩味が利いた肉、それ以上の感想は出てこなかった。


「……質素だね」

「贅沢言わないでください。食材を探す暇すらありませんでしたからね、急過ぎるんですよ、まったく」

「だよね、急過ぎるよね! むぅ、思い出したらまたムカっ腹が……」


 まるでヤケ食いでもしているかのように、ソラは肉を一気に平らげる。


「……そういえば、会議の後も行きたくなさそうにしてましたね。何か用事でもあったんですか?」

「セリムこそ忘れたの!? クロエの仕事が終わったって話。明日はお姫様の騎士団お披露目式だよ!」

「あぁ、なるほど。見たかったんですね」


 クロエの仕事は無事に完遂された。

 姫騎士団のお披露目式はかねてから着々と準備されており、王のスケジュールが合えばいつでも開ける状態にある。

 そんな中で昨日、最後の剣が完成したとの報告を以て、お披露目式は明日、執り行われれることとなっていた。


「そりゃ見たいよ! 親友とライバルの晴れ舞台だよ!? セリムは見たくないの?」

「見たいですけど……。ってライバルですか、一国のお姫様をライバル扱いですか」

「実際ライバルだし、向こうもそう思ってるし」


 根拠の無い自信に満ち溢れた返答。

 実際のところリースもソラをライバル視しているのだが、リースと直接言葉を交わした事が無いセリムにはどうにもピンと来ない。


「ホントですか、それ」

「ホントだもん。狩猟大会でのあたしとお姫様の死闘、セリムも見てたでしょ」

「……まあいいです、そんなに言うなら本当なんでしょう」


 串焼き肉を平らげると、セリムはポーチから草を取り出し、焚き火にくべる。


「何それ、それも食べるの?」

「違います。夜煙草ヨケムリソウといって、これを燃やすとモンスターの苦手な臭いが出るんです。効果は一晩中続きます。危険地帯で野宿をする時の必需品ですよ」

「おぉ、知らなかった。風凪ぎの草原ではやってなかったよね」

「あんな場所でやったら自分の位置を教えてるようなものでしょう。狼煙になっちゃいますよ」


 せっせとテントを広げ、それが終わるとポーチから端末を取り出して王都の様子を確認。

 魔力ビジョンには西区画の綺麗な夜景が映し出された。

 王都の無事を確認すると、セリムはテントの中に寝袋を二つ広げる。


「さ、休みましょう。明日、いよいよ敵の本拠地に殴り込みをかけます。しっかり休んで体力を回復させておいてくださいね」

「うん。でもさ、セリムが寝てる間にホースが悪さしたらどうする気?」

「……ずっと感じてるんです、あの嫌な気配。多分、眠っていても分かると思います。それぐらい強烈で、なんと言いますか……根深いんです」

「そうなんだ。あたしは全然感じないけど、なんなんだろ」


 武具を外してテントの中に並べると、二人は寝袋に包まり、眠りにつこうとしていた。

 静かに目を閉じるセリム。

 彼女の顔をじっと見つめながら、ソラは思う。

 この戦いが終われば、アダマンタイトも無事手に入って、二人の旅は終わる。

 旅が終わっても、セリムとは一緒にいるつもりだ。

 イリヤーナの宿で、その気持ちも本人には伝えてある。


「でも、ホントにそれでいいのかな……」


 伝えてはいるが、それはセリムへの気持ちを自覚する前の出来事。

 彼女を好きだと自覚してしまった今、本当にただ一緒にいたいから、という理由だけで彼女の私生活にまで踏み入っていいのか。

 もちろん離れるつもりは無い、その逆だ。

 一緒にいるために、ケジメは付けるべきなんじゃないか。


「……ねえ、セリム。まだ起きてる?」

「ん、なんですか、ソラさん。早く寝ないと、体力が回復しませんよ?」

「あのね、えっと、その……」


 ゆっくりと開かれた、セリムの緑色の瞳。

 彼女の綺麗な瞳に射抜かれて、言葉が喉から出てこない。


「あの、ね。こ、この戦いが終わったら、さ。伝えたいことが、あるんだ」

「伝えたいこと? なんですか、もったいぶらずに言えばいいじゃないですか」

「いや、この場で言う空気じゃないかなーって……」

「空気? まあ、確かに嫌な気配が充満していて胸糞悪いですけど」


 魔物の殺気とホースの気配、環境ははっきり言って最悪だ。


「だからさ、王都に戻って、一旦落ち着いたらさ、伝えるから」

「……分かりました。なんだか分かりませんが、期待しないで待っておきますね」

「期待はしていいよ!?」

「分かりましたから、早く寝ましょう。おやすみなさい……」

「むぅ、おやすみ……」


 結局先延ばしにしてしまった。

 しかし、言えなかったのは却って良かったかもしれない。

 ここはセリムにとって最悪の環境、ムードも何もあったもんじゃない。

 愛の告白なんて、この戦いに生き残って伝えればいいだけだ。


「簡単簡単、セリムと一緒なら怖いもんなしだし」


 セリムが後ろにいてさえくれれば、どんな相手だろうと負ける気がしない。

 そもそも今回は、セリムが大暴れするだけで全部終わり。

 モンスターが相手じゃないのなら倒しても魔素は得られないのだから、自分が戦う必要すら無いのだ。


「……どこで伝えよっかな」


 やはり、王城のテラスなんかが良いだろうか。


 夜の王城、夜景の見える場所でセリムに想いを伝える、ムードを大事にしそうなセリムには、こんな感じのシチュエーションが利きそうだ。


 セリムは感極まって泣き出してしまうだろう、自惚れでなければ、セリムはきっと自分の事を好きでいてくれているだろうから。


 そのまま口づけを交わして、その先——はもうちょっと間を置いた方がいいかもしれない。


 純粋無垢な彼女にいきなり最後までを求めるのは、酷だろう。


「その後は……」


 リゾネの町に戻って、セリムのおみせに一緒に住んで、彼女の名前を頼りにやってきた危険な依頼を一緒にこなして、どんどん強くなって……。


 様々に想いを馳せながら、ソラはいつしか夢の中で、セリムとの甘い暮らしを営んでいた。




 ○○○




「……——ラさん、ソラさん!」

「んぅ、セリム? 子供はもう寝かしつけた?」

「はい? 何を寝ぼけてるんですか、もう朝ですよ。さっさと起きてください」


 寝ぼけ眼で意味不明なことを言うソラに、セリムは困惑した。

 一方のソラは、自分とセリムの間に生まれた三歳になる愛娘の姿を探してキョロキョロと辺りを見回す。

 当然その姿は夢の中にしか存在せず、ここは危険地帯に張られたテントの中。


「あぁ、何だ、夢か……」


 がっくりしながら寝袋から這い出し、防具を身に着ける。


「大丈夫ですか? まだ寝ぼけてるんじゃないですか? って言うかどんな夢見てたんですか」

「秘密だし! 教えないし! ソラ様バッチリ起きてるし!」


 剣も背負って準備完了。

 セリムは映像を確認し、王都の穏やかな朝を確認。

 ホースの気配も相変わらず、夜の内にも動いていなかった。

 焚き火を消火し、テントをポーチに収納すると、入れ替わりにクラッカーを取り出す。


「ソラさん、朝食です。非常に質素ですけど」

「うん、これまた質素だね」


 セリムから受け取り、一口かじる。

 わずかな香ばしさと少しの塩味、モソモソとした食感に口の中の水分が持って行かれる。


「……王宮の料理が恋しいですね」

「そうだね、ギルドの料理が恋しいね」


 クラッカーを三切れ、胃の中に収めて水を飲む。

 簡素極まりない朝食が終わり、いよいよ敵陣に乗り込む時が来た。


「さ、行きましょう。心の準備はよろしいですか?」

「万事オッケー! で、敵の城はどこにあるのさ」

「詳しい場所は聞いていませんが、全く問題ありません。ホースさんの気配を辿っていけばいいだけですからね」


 ずっと感じている気配の根源は、北東の方角。

 ホースのいる場所が、敵の本拠地の場所だ。


「こっちです、私についてきて下さい。くれぐれもはぐれないでくださいね」

「りょーかい! ね、途中でモンスターが出てきたら?」

「ソラさんに余計な体力を使わせたくありません。私が消し飛ばします」


 北東の方角へ、草木をかき分け道なき道をセリムは進み始めた。



 四時間ほど歩いたところで、山合いの窪地に建つ城が二人の前に姿を現した。

 アモンとサイリンから聞いた情報通りの、石造りの小さな城。

 やはり番兵の類いは存在せず、ただ内部から不気味な存在感をひしひしと感じ取る。


「……さて。無事に辿り着きましたが、ソラさん。少々誤算があります」

「へ、なになに?」

「ホースさんの気配が強すぎて、他の人の気配が感じ取れません」

「ま、まじで? おっしゃ、あたしに任せといてよ」


 ソラは精神を集中し、内部の気配を探る。

 広い城内に、気配は三つ。

 いずれも強大な力を秘めている。


「……中にいるのは三人だね」

「なるほど、ブロッケンはいないみたいですね」

「むふー。どうよ、あたし早速役に立ったでしょ」

「はい、しかしブロッケンがいなくても、油断は禁物です。ホースさん、間違いなく何か仕掛けてきます」

「だろうね。でもさ、引き返すなんて選択肢はあり得ないでしょ?」


 セリムの前に出て振り返り、ソラは笑ってみせる。

 八重歯を覗かせて、セリムの大好きな笑顔を見せてくれる。


「もちろんです。どんな罠が待っていようが、全部ぶっとばします。行きましょう」


 ソラが隣で笑っていてくれる限り、セリムの心が折れることはない。

 セリムも一歩踏み出し、ソラと並んで敵地へと歩みを進めていった。

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