087 最後の戦いへ、いざ出陣です
ルーフリーの提案は、今日中の出発。
当然ながらセリムは大いに戸惑った。
しかしルーフリーは、敵は時間をかけるほど戦力を拡充してしまう、早急に叩くべきだと主張。
彼の主張を覆す意見は出ず、方針が決定したところで会議は終了した。
解散の号令がかけられ、王が退席したのを皮切りに、各々思い思いにその場を後にする。
セリムとソラは席に着いたまま、ソラが口を尖らせて愚痴をこぼす。
「セリム、今日中に出発だってさ。いくらなんでも急過ぎない? それにセリム一人で行けだなんてさ」
「いえ、実際ルーフリーさんの意見は何も間違っていません。少数精鋭を極めた敵に多勢で向かっても余計な犠牲が出るだけですし、ホースさんが手駒を増やすほど、王都が再度魔物の襲撃を受ける確率は上がるんですから。援軍が到着して王都の守りが万全になった今、すぐにでも敵の本丸に攻め込むべきです」
「おぉ、珍しくセリムがやる気だ」
「霧の山ではホースさんに会えませんでしたからね。今度こそあのフードを引っぺがして、どんな顔してやがるか分かりませんが、二度と見れたもんじゃねえボッコボコのツラに……」
「ちょっ、素が見え隠れしてる……」
乱暴な口調が顔を覗かせ始めたところで、
「セリム、ソラ、思わぬ展開になってしまったな」
二人に声をかけたのはローザ。
三人の仲間たちも一緒だ。
「だよねー、ローザさん。やっぱり急だし強引だよ」
「ははは、まあそう言うな。ルーフリー殿の言は至極正論だよ」
「むぅ、テンブさんはセリムと同意見かぁ」
先ほどから不服そうなソラだが、一体なにが気に入らないのだろうか。
即断即決の彼女にしては、妙に出発を渋っているような。
「ところでセリム君、きみにはやはり驚かされるよ。あれ程のレベルまで、どうやって昇りつめたんだい?」
「私もそれは気になっている。未だ未踏の地があるというなら、挑戦したくなるのが冒険者というものだしな」
テンブとローザの興味は、やはりそこにある。
冒険者として、規格外の強さを秘めた未知のモンスターが闊歩する前人未到の危険地帯があるのなら、挑戦以外の選択肢はあり得ない。
そんな場所をセリムが知っているのなら、是が非でも聞き出したいところだった。
タイガもローザの後ろで、控えめにワクワクしている。
彼女たちの期待に応えられそうにない事に、セリムは少々罪悪感を抱いた。
「あ、あの……、確かにあります。あのドラゴンさんでも話にならないくらいの強さのモンスターがいっぱいいる所、確かにあるんです」
「やはりか! どこにあるんだ、聞かせてくれ!」
「えっと、あるにはあるんですけど、私もあそこがどこだかよく分からないんです……」
予想外の回答に、ローザとテンブは思わず顔を見合わせた。
「……わからない、とはどういう意味だい?」
「えっと、私は小さな頃からずっと師匠に、色々な危険地帯へ無理やり放り込まれて来たんですけど——」
後にヴェルム・ド・ロードと名付けられる名無しのドラゴンを制した後、セリムはマーティナの手によって気絶させられ、ずた袋の中に無理やり押し込められた。
意識を取り戻し、袋から出された時には、すでにそこは謎の秘境。
やけに酸素が薄く、見たことのない草木が生い茂り、生息しているモンスターも始めてみるものばかり。
このどこだか分からない場所でセリムは二年間、それまでと同じく各地の危険地帯を転々とする。
その謎の土地は、移動距離のスケールを考えると恐らくは島。
しかし、海の側という雰囲気は不思議と感じなかった。
「そして、最後の半年間を過ごした場所が、きっとこの世界で最も危険度レベルの高い場所。師匠が教えてくれた危険度レベルは90でした。そこにいた最強のモンスター、次元龍タキオンドレイクを倒した後、精根尽き果てた私は気を失ってしまい、気付いたらアーカリアス大陸に戻ってきてたんです」
目を覚ましたのはどこかの山の中、目の前には解体済みの次元龍の素材が山積みになっていた。
セリムが寝てる間に半分ちょろまかしたらしい。
「と、こんな感じで、師匠しかその場所の詳細は知らないんです。期待に応えられなくて、ごめんなさい……」
「いや、謝ることはない。ありがとう、大変参考になったよ。その地は確かに存在している、君の力が何よりの証拠だ。私たちは冒険者、後は自分の足で見つけてみせるさ」
深々と頭を下げるセリムに、テンブは礼を告げた。
「ああ、そうだとも。正直なところ、ヴェルム連峰を制覇してから退屈していたんだ。もうこの世界のどこにも、胸躍る冒険の舞台は無いんじゃないかって。そんな場所がまだ残っていると聞けただけで十分だ」
ローザも目を輝かせ、未知なる土地の探究に想いを馳せる。
「……つまり、また四人で冒険が出来る? ならばタイガは嬉しい。何故ならば、みなで旅したあの頃が一番楽しかったから」
「その場所に行けば最強に近付けるのだな。冒険などには興味無いが、僕も手を貸してやる」
セリムの話によって、四人の冒険者の眠っていた冒険心に火が点いた。
がっかりされると思っていたセリムは、ホッと胸を撫で下ろす。
もしも露骨にがっかりされたり、舌打ちでもされようものならトラウマになっていたところだ。
「おぉ、個別の活動が多くなってたローザさんのパーティが、本格的に再始動だ!」
「でもその前に、全部片付けないと、ですよね」
「そうだな。王都には私たちがいる、二人とも安心して行ってくるといい。頑張れよ」
「はい、任せてください」
セリムの頼もしい返事を貰い、ローザたちは会議室を後にした。
今回の戦いが終われば、彼女たちは新たな冒険に出るのだろう。
あの四人は英雄である以前に、一介の冒険者なのだから。
○○○
昼食を済ませ、時刻は正午過ぎ。
必要な物をポーチに詰め込み、出発の準備は整った。
王城の正門前、決戦へと向かうセリムとソラをアーカリア王自らが見送る。
「急な話になってしまい、すまぬと思っておる。色々と心の準備も必要であろうに」
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、一刻も早く事態を解決したいのは私も同じですから」
王の傍らには当然ルーフリーが控えている。
彼は懐から映像受信端末を取り出し、セリムに手渡した。
「セリム殿、これを。王都西区画の映像をいつでも、ほぼタイムラグ無しで見られます。大体一時間おきにチェックするのがよろしいかと」
「分かりました。異変が起きたらすぐに戻ってきますね」
「よろしい。さて、陛下。もう見送りは十分でしょう」
「うむ、では行ってまいれ。アーカリア王国の命運、お主らに託したぞ」
「はい!」
最後に深く一礼し、セリムはソラと共に王城に背を向けて歩き出す。
王城騎士団の奏でるファンファーレが背中を後押しし、盛大な見送りと共に二人は城門をくぐった。
「むふぅーっ、すっごい英雄気分」
「浮かれないでください、遊びに行くんじゃないんですから。アウスさんの情報によればハンス・グリフォールの力量は冒険者レベルに換算して62程度、あのタイガさんとほぼ同等です。ルキウスのレベルは未知数、ホースは言わずもがな。正直なところ、ソラさんが敵う相手なんて一人もいませんよ」
「……うぅ、はっきり言うねぇ。いいもん、あたしはセリムの応援係兼メンタルケアで志願したんだから」
貴族街の坂を早足で下りながら、二人は会話を交わす。
ここから先は西大通り。
野次馬に囲まれる覚悟が必要だろう。
「……ねえ、セリム。ここで一つ、あたしが役に立つってトコ見せてあげる!」
「ふぇ? 何を——」
セリムの軽い体がふわりと持ち上がる。
ソラがお姫様だっこで彼女を抱え上げたのだ。
「ちょっ、何をするつもりなんですか! こんなところで、恥ずかしいです!」
「大丈夫、誰にも見られないから!」
セリムを抱え上げたまま、ソラは身軽に跳躍。
大通りに面した店舗の屋根に、ふわりと着地した。
そして、王都西門を目指して連なる屋根を次々と飛び渡っていく。
「ね? 屋根の上でお姫様だっこされてれば、下からも横からもパンツ見られないでしょ?」
「いえ、スパッツを履いてきてるので、パンツは見えないんですけど、そうじゃなくて……」
激しい戦いが予想されるため、ファッションを度外視してのスパッツ着用。
そのためパンツを見られる心配はないんのだが、愛する王子様にお姫様だっこされてしまい、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
高鳴る胸のときめきを嫌というほど味わいつつ、セリムは羞恥心にじっと耐えた。
西大通りの長さは四キロ。
たっぷり三十分近くセリムをお姫様だっこして、ソラはようやく外壁部まで辿り着いた。
西門の前でセリムを下ろし、額の汗を拭う。
「ふぅ、やり遂げたー」
「……もう終わりですか」
もっとお姫様気分を味わっていたかった、そんな乙女心。
「ソラさんにしてはいいアイデアでしたよ」
「でしょでしょ、なでなでは?」
「暇が出来たらしてあげます」
二人は城門を出て、ここから西北西40キロの彼方にあるパーガトル山脈を目指して進みはじめる。
「歩いていくの? かなり時間かかるんじゃない?」
「ええ、私一人なら二十分ほどで行けるんですけど」
「うーん、足手まといにはならないって言ったのに、早速足手まといになってる感じ?」
「いえ、私に考えがあります」
「んぇ、考えって——」
ソラの重い体が——装備のせいで、重い体がふわりと持ち上がる。
セリムがお姫様だっこで彼女を抱え上げたのだ。
「これで突っ走ります」
「おぉ、ナイスアイデ」
「ですので、舌を噛まないでくださいね」
「ア? にゃあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
凄まじい振動がソラを襲う。
限りなく全力疾走に近い速さで、セリムは40キロもの道のりを、わずか四十分で駆け抜けた。
その間、ソラはお姫様だっこの喜びに浸る余裕すら無い。
ただひたすら、舌を噛まないように口を閉じつつ、脳を揺さぶる超振動に耐えるのみであった。
「ふぅ、やり遂げました」
「や、やっと終わったぁ……」
パーガトル山脈が見えたところで、セリムはソラを下ろす。
一刻も早く解放されたい、そんな思いの中でソラはなんとか耐え抜いた。
「看板が出てますね、髑髏マークが書いてあってとっても危なそうです。ここが境界みたいですね」
「ラインが引いてあるんだね、極端に危険度の高い場所だから、間違って入りこまないようにしてるのかも」
「57ですからね、危険度。……さて、では行きましょうか」
「おっし、気合入れて行こう!」
二人で同時に境界を踏み越える。
その瞬間、二人の背筋をそれぞれ違う戦慄が走り抜けた。
セリムが味わったのは、王都で何度も感じた得体の知れないプレッシャー。
言葉では言い表せないほどの不快感。
間違いなく、ナイトメア・ホースの気配だ。
奴は今、この危険地帯のどこかにいる。
一方、ソラが感じ取ったのはこの地に蠢くモンスターたちの異様な殺気。
格上の敵がそこら中を我が物顔で闊歩しているのが、手に取るように分かる。
「……いますね」
「そうだね、いっぱいいる……」
「え、一人だけですよ?」
なんだか話が噛みあわないが、それはさておき。
セリムはポーチから、魔力ビジョン投影装置を取り出した。
ボタンを押すと空中に映像が浮かび上がる。
映し出されたのは王都の平和な街並み。
ホースは動いていない。
「王都は問題無し、ですね。ホースさんの気配を常に感じるのならば、あの人が動けばすぐに分かります。あんまり焦る必要はなくなってきましたね。よし!」
何かを思いついたセリム。
両手を合わせて、ソラに一つの提案をする。
「ソラさん、あなたはこのままでは足手まといです」
「うぅ、はっきり言うね……」
「ですので、今日は日が暮れるまであなたを鍛え上げます。ここのモンスター、いっぱい倒しましょう」
「……へ? 急いでるんじゃないの!?」
「さっき言った通りです。ホースさんが動いていなければ問題ないんですから」
にっこりと笑いながら、ポーチの中からたっぷりとタイマーボムを取り出したセリム。
この後ソラは、彼女の後方支援を受けてたっぷり魔物と戦う事になるのだった。
○○○
薄暗い広間の中、玉座に腰を下ろす魔族の男。
彼の傍らには、同じく魔族の剣士が控える。
「やあ、ルキウス。ハンスもお勤めごくろうさん。さてさてぇ、悪いニュースを届けに来たよ」
彼らに対し、ナイトメア・ホースはまるで友人にでも語りかけるかのように気安い口調で話しかけた。
「貴様! 我が主君に対して——」
「良い、ハンス。して、悪いニュースとやらは」
「世界最強の女の子、我らが城に攻め来たる! そんなニュースさ」
ホースの告げた情報にハンスは表情を険しくした。
対照的に、ルキウスは顔色一つ変えない。
「ヒーッヒッヒッヒ、サイリンのヤツ、しくじった上に情報まで吐いちまったとは、情けないねぇ。同業者として恥ずかしい限りだよぉ」
椅子に腰かけていたブロッケンが、嘲笑混じりに吐き捨てる。
「ともあれ、あのお嬢さんにはやり返さないと気が済まないんでねぇ。趣向を凝らして歓迎するとしようかねぇ。ヒーッヒッヒ」
得物の大鎌を担いで、彼は暗がりへと消えていった。
「我が主よ、ご安心を。どのような敵であろうが、我が命に代えても御身を守って御覧にいれます」
「うむ、頼みにしておる」
忠臣の言葉に対し、ルキウスは無感情に返した。
「では、私はこれにて。武器の手入れを入念にしておきたいので」
「良い、退席を許可する」
「ははっ」
深々と頭を下げ、ハンスも大広間を後にした。
ホースはクスクスと笑いながら、ルキウスの玉座の背後に回り、背もたれの上から彼を覗きこむ。
「いいのかなぁ、大事な家臣を捨て駒にしちゃっても。僕の作戦だけど、さすがに良心が痛むなぁ」
「駒を捨て駒にして、何か不都合が?」
「いやいや、都合はいいよ、実に都合がいい」
——僕にとっては、ね。
「我が目的はアーカリア王国の滅亡、その目的を果たすためならば、何だって利用しよう」
「あらあら、ご立派な心掛け。じゃあ、僕も色々と仕込みがあるから。これにて失礼〜」
薄ら笑いを浮かべながら、ホースも広間をスキップ交じりに立ち去った。
最後にルキウスの方を振り向き、クスクスと笑いを浮かべる。
「ホント、使いやすい駒だよ。僕の目的のために、面白いくらいに動いてくれる」
ここまでは計画通り、順調そのもの。
この状況はまさに狙い通り。
「あとは、セリムが攻めてくるのを待つばかり」
順調過ぎて怖いくらいだ。
セリムの気配を感じながら、彼女は紅い瞳を闇に揺らした。