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086 私のレベル、気にはなっていましたけど……

 作戦会議室に呼び出されたのは、王都を救った英雄であるセリムとソラ、そしてローザたち四人。

 魔族側からは援軍としてやってきたシャイトスが出席。

 アーカリア王国からは、騎士団の事実上のトップであるクリスティアナ、衛兵隊の部隊長も何人か出てきている。

 正式な立ち上げが済んでいない姫騎士団の長であるブリジットは、ここには来ていなかった。

 長方形の大きなテーブルを囲み、上座にはアーカリア王とマリエール、その背後にそれぞれルーフリーとアウスが控えている。

 王は一同に会した面々を見やって頼もしげに頷くと、よく通る声で会議の口火を切った。


「皆の衆、よくぞ集まってくれた。錚々(そうそう)たる顔ぶれ、この上なく頼もしく思うぞ。ではこれより、王都を襲撃した敵に対する反攻作戦の会議を始める」


 王の言葉は、隣に腰かけたマリエールが引き継ぐ。


「皆も知っておると思うが、我が家臣が敵の一人を捕縛したことにより、敵の情報が手に入った。敵の首魁は我が兄、ルキウス・シルフェード・マクドゥーガル」


 この場にいる全員が、すでにその情報を知らされている。

 その事はマリエールも承知の上。

 だが、改めてその事実を口にするのは、勇気が必要だった。

 一旦言葉を区切り、一同の顔を見渡す。

 しかし、誰一人として顔色一つ変えず、マリエールに対して疑念を抱いている様子は微塵も無かった。

 ただ一人、緊張のあまり小刻みに震えるセリムのみが、顔色を青くしている。


「敵の力は一国の戦力をも凌駕するレベル。だが、我らの力を束ねれば必ずや勝利は掴める」

「魔王殿とわしは、アーカリアとアイワムズは、この未曽有の危機に手を取り合って立ち向かう決意を固めた」


 シヴィラ戦役にてメアリスと刃を交えた英雄、シャイトス。

 彼がここにいる事こそ、この同盟の何よりの証。


「過去のしがらみもあろう、だが、この危難にあってはどうか。忘れろとは言わぬ、どうか心の奥に押し込めて、協力してほしい」


 シャイトスの右目を見据え、王は語りかける。

 老将は頷き、ゆっくりと右目を閉じた。

 王が挨拶を終えると、会議は本題に入る。


「んぅ、なんかこの雰囲気、眠くなっちゃいそう……」

「ややややめてくださいよ、ああああくびとか」

「セリムこそ、もう少しリラックスした方がいいよ」


 ガタガタと震えるセリムの肩に、ソラはポン、と手を置く。


「わわわ、私は大丈夫ですよ……!」

「全然大丈夫に見えない」


 こうして始まった会議。

 まずは敵の本拠地の再確認が行なわれる。

 王都の西北西、40キロ離れた場所に位置する、危険度レベル57・パーガトル山脈。

 生息するモンスターの危険性は大陸でも随一、半端な力の持ち主では城に辿り着く前に魔物の餌食になるだろう。

 次に敵の情報についての共有。

 敵は首魁のルキウスを筆頭に、魔族最強と謳われた側近の剣士ハンス・グリフォール、そしてモンスターを操る能力と恐るべき強さを持つナイトメア・ホース、さらに生死不明のイリュージョニスト、グロール・ブロッケン——彼は生きているものとして扱う。

 やはり半端な実力者では、彼らに挑んだところで屍を晒すのみ。

 ここまで情報を整理し、ブロッケンの件でセリムがますます青ざめたところで、ローザが挙手し、自らの意見を述べる。


「やはりここは少数精鋭、討伐メンバーを編成して送り込むのが妥当かと思われます」

「うむ、儂もその意見に賛成だ。死ぬとわかっている場所にみすみす送り込む訳にはいかぬからな。と、なると適任は——」


 王は考えを巡らせる。

 現在、こちら側の最高戦力はセリム、次点でローザたち四人。

 この五人を合わせて送り出せば間違いは無いだろうが、今度は王都が手薄になってしまう。


「むぅ、悩ましいところだな」


 もしもセリムとローザたちが揃って留守の間に敵の襲撃を受ければ、今度こそアーカリア王国は滅びるだろう。

 ナイトメア・ホースのあまりにも不気味な存在感が、王の決断を鈍らせる。


「ルーフリーよ、お主はどう考える」


 切れ者の側近に意見を求めると、彼は少しの間考える素振りを見せたあと、こう答えた。


「そうですな、私の意見を申し上げるならば、敵の本拠地にはセリム殿お一人で向かわれるがよろしいかと」

「……は、はい? 私一人、ですか……?」


 思わぬ意見が飛び出し、会議室がざわついた。

 緊張すら吹き飛び、ただただ目を白黒させるセリム。

 マリエールは顔色を変え、掴みかからんばかりに身を乗り出した。


「な、なんと! ルーフリー殿、如何な切れ者のそなたとて、それは支離滅裂にも程があろう!」

「おや、支離滅裂とは心外ですな。根拠は二つあります、順を追ってご説明いたしましょう」


 全員の注目を一身に浴びながら、彼は順番に理屈を並べていく。


「まず一つ、いくらナイトメア・ホースがモンスターを操る力を持っていようが、セリム殿はこの世界で最強のモンスターを三体同時に相手取り、いともたやすく葬って見せました。彼女にかかれば如何なるモンスターも無力。ホースを除く三人がヴェルム・ド・ロード以上の力を持っているとも到底思えませんな」

「む、むう。それはそうだが……」

「更に、そのナイトメア・ホース。あの人物の戦いは私もあの日、この目にしかと刻みました。その上で言わせてもらえば、奴に太刀打ちできるのはセリム殿ただ一人。それ以外の者では、たとえローザ殿であろうとも、手も足も出ないでしょう」


 彼の言葉に、ルードは奥歯をギリ、と噛み締めた。

 胸に湧き立つのは怒り、だがそれは、ローザに対する評価への怒りではない。

 ローザよりも強い存在——すなわち自分よりも数段上の存在が二人もいる事への、そして彼女たちはおろか、ローザですら越えられない自分への怒りだ。

 一方で、当のローザ本人はルーフリーの意見に同意する。


「確かにルーフリー殿の言う通り。そのホースという敵、話に聞く限り私でも到底敵わないでしょうね」


 素直に自分の力不足を認めたローザに対し、ソラは不満げに頬を膨らませる。

 王の御前である事も忘れ、いつものアホの子状態で抗議の声を上げた。


「むぅ、戦ってみないとわかんないじゃん。もしかしたらローザさんの方が強いかもしんないし」

「ソラ、確かにそうだが……」

「ローザさんはあたしの目標だよ? そんな簡単に負けを認めるなんて……」


 他の面子も、ローザが手も足も出ないという言い草には懐疑的だ。

 この空気の中でルーフリーは、当事者の少女に質問を投げかけた。


「では、実際に戦った彼女の見解を聞いてみましょう。セリム殿、敵のレベルはどの程度だと予想されますかな?」

「そ、そうですね……。まず、師匠であるマーティナのレベルは確実に上回ってると思います。師匠のレベルがいくつだったかは知りませんが……」

「マーティナ・シンブロンの冒険者レベルは70。これは歴代の冒険者の中での最高記録です」


 ルーフリーが補足する。

 セリムは始めて師匠のレベルを知り、少々意外に感じた。

 師匠はその数字よりもずっと危険度の高い訳の分からない場所で、裸にひん剥いたセリムを小脇に抱えながらモンスターを蹴散らしていたはず。


「ただし、このデータは十年前のもの。それ以降、彼女は自分のレベルを測定しておりませんので」


 更なる補足を聞いて納得。

 その測定以降も、彼女は順調にレベルを伸ばしていったのだろう。

 最終的にはいくつになったのか、そして自分のレベルは一体いくつなのか。

 疑問は尽きないが、今は頭の片隅に追いやる。


「分かりました。……それを踏まえて予想させて頂くと、ホースさんのレベルは軽く80以上、もしかしたら90に迫る——かもしれません」


 セリムの口にした、到達不可能と言われている途轍もない数字に、会議室は再びざわつく。

 絶対にあり得ないはずの数字に、アーカリア王は思わず声を荒げる。


「ば、バカな! この世界で最高のレベルを持つモンスターはヴェルム・ド・ロードの66、魔素の効果はモンスターのレベルを5上回った時点で無効となるはずだ! つまり理論上のレベル上限は71のはず!」

「陛下、そうおっしゃると思いまして、秤の輪をこの場にご用意いたしました。論より証拠、セリム殿のレベルを計ってみようではありませんか」


 ルーフリーが指を鳴らすと、会議室に秤の輪——レベル測定機が運び込まれる。


「これでセリム殿のレベルが71を大きく上回っていれば、彼女の推測が真実に近い数字と認めざるを得ないでしょう」

「むぅ、確かに。こうして論ずるよりも話が早い。用意周到だな、ルーフリーよ」


 思わぬ展開に、セリムは口をパクパクさせて左右をオロオロと見回す。


「え、えっと、私のレベル、ですか……?」

「おぉ、ずっと気になってたんだよね! セリムの冒険者レベル! ほらほら、早く早く」


 目を輝かせるソラに後押しされ、セリムは席を送り出された。

 困惑と緊張の中、マリエールの横を通り抜ける。


「うぅ、マリエールさん……。なんだかおかしなことに……」

「セリムよ、正直なところお主のレベルには余も大変興味がある。しかと見物させてもらうぞ」


 助けを求めるも、彼女もセリムの異様な力の底が見てみたかった。

 がっくりと肩を落とし、とうとうセリムは秤の輪の前へ。


「こ、これを頭に通す時が来るなんて……」


 ツーサイドアップに結んだ髪が傷まないか、輪を通すことで前髪が崩れないか。

 色々と心配になりながらも、セリムはサークレットを頭に装着した。

 測定が始まった瞬間、ディスプレイの数字が0から急速に動きだし、あっという間に50を越える。

 数字のカウントは止まる気配を見せず、60を越え、さらには理論上の限界値である71をも軽く通過。


「お、おぉ……、信じられぬ……」

「あわわ、なんですかこれ、壊れてるんじゃ……」


 当のセリムが一番あわあわする中で、数字は80代をも突破し、90に差し掛かったところでやっと減速。

 数字は緩やかに増え、95、96、97と来て——。


「……えっと、ほ、ホントですか、これ」


 98で停止。

 静まり返る会議室。

 皆の視線を一身に集める中で、セリムはひたすらオロオロしていた。


「陛下、納得頂けたでしょうか」

「……レベル98。信じられぬが、認めざるを得まい。……まさかこのような数字が現実にあろうとは」


 セリムのレベルを目の当たりにし、王はセリムが推測した敵の力を受け入れざるを得なかった。

 一方、秤の輪を頭から取り外しながら、セリムは脳内で必死に計算をする。

 危険度レベル90の秘境において、自分は半年間モンスターを狩り続けた。

 生息していたモンスターのレベルを90〜91と仮定すると、次元龍に最後の挑戦をした時点で、推定レベルは95〜96。

 その状態で次元龍を倒したとして、その危険度レベルが99だった場合。


「……なりますね、98」


 色々と納得出来ないが、納得してしまった。

 そもそもあれはどこなんだ、腐れ師匠に会った時に力づくで聞き出せばよかった。

 後悔先に立たず、セリムは恐るべき自分のレベルに戦慄しつつ席に戻る。


「セリム、すっごいじゃん! 98って、一体どこでそんなレベルにしたのさ! あたしもそこ行きたい、連れてって!」

「いえ、だから何度も言ったじゃないですか。私にもよくわかんないんですって……」


 熱烈なソラの歓迎を受けつつも、セリムは若干の放心状態。

 そもそも弟子をこんな無茶苦茶なレベルに鍛え上げて、師匠は何がしたいんだ。


「……これは、また会う必要が出て来ましたね。あの腐れ人間に……」

「セ、セリム怖い……。殺気出さないで……」

「大丈夫ですよ、安心してください。もう一度師匠に会っても半殺しにするだけです。死体からは何も聞き出せませんからね」

「わーあんしんした」


 騒然とする室内、パンパン、とルーフリーが手を叩き、場を鎮める。


「さて、納得できましたかな。ホースのレベルは推定80〜90。セリム殿以外では相手にならないことに」


 彼の言葉に、今度は誰も異を唱えなかった。


「ご理解頂けて何よりです。さて、もう一つの根拠ですが、敵の情報網が未知数である事。こちらが何か動きを見せた場合、敵に察知されれば今回もまた陽動作戦として利用される可能性があります。そうなった際に王都を守る備えとして、是非ともあなた方四人には残って貰いたい」

「ルーフリー殿、あなたのお考えはよく分かりました。ですが、先ほどの情報を踏まえると一つ気がかりなことが」

「どうしましたかな、ローザ殿」

「もしもセリムが留守の間にホースが襲来すれば、我らに成す術は無いのでは?」

「あの、それなんですけど……」


 遠慮がちにおずおずと手を上げるセリム。


「私、実はホースさんの気配が手に取るように……と言いますか、やたらと過敏に感じ取れるんです。それこそ、気持ち悪いくらいに」

「……ほう、それは興味深いですなぁ」

「それでですね、大体十キロくらい離れてても、存在くらいは感じ取れると思うんです。だからホースさんが敵の本拠地に居ない場合、すぐに気付ける自信はあります」

「つまりセリム、キミは陽動には引っかからない、という事だな」

「はい、大急ぎで走れば、40キロ程度なら一時間もかかりませんし」


 歩きなら丸一日かかる距離だが、セリムが本気で駆け抜ければ三十分もあれば到着出来るだろう。

 たった三十分では、さすがのホースも何か出来るとは思えない。

 納得のいったローザに、ルーフリーは更に用意周到な準備を示す。


「これは小型の魔力ディスプレイ投影装置。映像記録装置を城のテラスに設置すれば、50キロ程度の距離まで城下の映像を受信できます」


 懐から取り出した装置のボタンを押すと、空中に小さな魔力ディスプレイが広がり、王都の映像が映し出された。

 既に映像を取り込む装置は設置済みらしい。


「成程、ならばもう懸念はありません。セリム、後は託したよ」

「はい……!」


 全て納得し、ローザは引き下がる。

 セリムも単独で敵地に乗り込む覚悟を決めたところで、


「ちょっとまったー!」


 ソラが大声でストップをかける。

 王の御前での妹の醜態に、ティアナは思わず両手で顔を覆った。


「……おや、ソレスティア殿、いかがなされましたかな? ……そも、謁見の時と随分雰囲気が違いますが」

「……失礼致しました。ご無礼の段、平にご容赦を」


 王の存在を思い出した途端、アホの子から貴族モードにスイッチが切り替わる。

 ソラの見たことも無い礼儀正しい姿に、マリエールは思わずあんぐりと口を開けた。


「セリムが単独で向かうという件、この私も彼女に同行させてもらいたく存じます」

「……む、なぜだ? お主、話を聞いておらんかったのか」

「いえ、そうではないのですが、えっと、その……」


 賢そうでも中身はソラ。

 セリムはメンタルが弱すぎるから一人にするのが心配だったのだが、上手く説明できそうにない。

 メッキが剥がれそうになりながらしどろもどろしていると、セリムが口を挟む。


「私からもお願いします。ソラさんの同行を、認めてください」


 セリムとしても、正直なところ一人は心細かった。

 ソラを王都に置いて、もし何かあったら戦えるような心理状態ではなくなってしまいかねない。


「むむむ……、魔王殿、どう思われる」

「余としても、あの二人は離さない方がいいと思うぞ。で、あろう、アウスよ」

「ええ、あの二人はくっつけておかなければ……。うふふふ……」

「……あいわかった。ソレスティアの同行を認める。良いな、ルーフリー」

「……致し方ありますまい」

「にしし、やったね」

「……ソラさん、ありがとうございます」


 ルーフリーの了解が下り、ソラの同行が正式に認められた。

 二人は微笑みあい、テーブルの下でそっと手を重ねる。


「さて、後は二人の出発の日取りであるが……」

「早ければ早いほうがいいでしょう。王都の襲撃で消費した魔物は、時間が経つほど補充されるでしょうからな」

「で、あるな。セリムよ、明日にでもどうだ」

「いえ、魔王殿。出発は今日これからがよろしいかと」


 またしてもルーフリーの口から飛び出した衝撃の提案。

 ソラは思わず「は?」と口走りそうになった。

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