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084 ロマンスが、ロマンスが迸っています……っ!

 サイリンの尋問から数日、マリエールはこの間、落ち着かない様子でただ待ち続けていた。


「アウスよ、まだであろうか……」

「アイワムズからの増援は、早くても二週間後。まだまだ先でございましょう」

「そちらもそうだが、今は別の件だ」

「はて、ではお赤飯でございますか? お世継ぎの事を考えるのは、少々お早くありませんでしょうか」

「……もうよい」


 隙あらばセクハラ発言、隙あらば押し倒そうとしてくる。

 このメイドとまともに掛け合ってはいけない。

 もっとも、数日前に一度、体を許してしまっているのだが。


「まだか、まだ見つからぬのか。そろそろ見つかっても良さそうな頃合いであるが……」


 彼女が首を長くして待っているのは、アモン・ラーナー発見の報。

 王都から西に五十キロ、街道沿いにある宿場に彼女は匿われているとサイリンは述べた。

 その言葉が真実ならば、今日にでも捜索隊は彼女を伴って帰還するはずである。


「まだなのか……」

「お嬢様、あまりカリカリしてはいけませんわ。このアウスめの胸でもお吸いになって、心を落ち着けてはどうです?」

「……もう待ってはおれぬ。こうなれば余、自らが——」


 とうとう魔王自ら捜索に出向く暴挙に出ようとしたその時、ノックの音が部屋に響いた。

 来訪者が用件を伝えるよりも早く、マリエールはドアを乱暴に開け放つ。

 伝令を命じられた衛兵は、勢い良く開いたドアに。身を竦めた。


「アモンが見つかったのか!」

「は、はい。捜索隊が王都に入ったとのことです。今頃は貴族街の坂を登って、城門に辿り着いている頃かと——」


 彼女は伝令兵の言葉を最後まで聞かずに、飛び出していってしまう。


「伝令、ご苦労様ですわ」


 アウスも主を追いかけて走り去り、伝令兵は一人呆然と彼女たちを見送った。



 息を切らせながら王城西門前に辿り着くと、ちょうど二十人ほどの騎士の集団が門をくぐる場面だった。

 彼らの中心に守られて護送されているのは、黒いコートに黒い長髪、全身黒ずくめの魔族の女。


「おぉ、アモン……! 生きておったか、アモン!」


 ずっと曇っていた心が晴れ渡っていく。

 マリエールは目尻に涙を浮かべながら彼女に駆け寄ると、その手を両の手でギュッと握った。


「よくぞ、よくぞ無事で戻った……!」

「魔王様……、申し訳ございません……。命令を無視し、あまつさえ御身を危険に晒してしまい……」


 王都への道中、彼女は捜索隊から大方の事情を聞いていた。

 アモンの名前を騙ってマリエールがおびき出された事、アウスとの戦いの末にサイリンが捕らえられた事も。


「私を匿ってくれたサイリンが……、まさか魔王様に牙を剥くとは……。てっきり足を洗ってくれるものとばかり思っていて……」

「良いのだ、そのような話は後で良い。今はただ、よくぞ無事に戻ってくれた」

「有り難きお言葉……。それで、あの、サイリンは……」


 事情を聞いて以来、彼女の最大の懸念はサイリンの安否だった。

 王都と魔都に弓を引いた大罪人、縛り首は免れないのではないか、と。


「地下牢に繋がれておる。お主の友なのだろう、会わせたいのは山々だが……」


 背後に控えるアウスが、言葉を引き継ぐ。


「彼女はこの事件においての重大な手掛かり。そして重罪人にございます。いくらあなたでも、会わせる訳にはございません」

「そ、そんな……」

「アウスよ、今はまだ、が抜けておるぞ」

「あら、そうでしたわ。ごめんあそばせ」


 言葉足らずを注意され、アウスは口元を隠してクスクスと笑う。

 マリエールが許しても、命令を無視した挙句に主君を危険に晒した件について、アウスにも思うところはあった。

 その分のささやかな報復である。


「今はまだ……とは……?」

「うむ、サイリンは確かに重罪人。だがあやつは魔族、裁くのは飽くまでアイワムズの法だ。事件が終息し次第、あやつはアイワムズへと送還される。その時に会えるであろう。だからそう気を落とすな」

「加えて、彼女は情報提供に非常に協力的ですわ。あなたを敵の手から匿った事実も合わせて、かなりの減刑が期待出来るでしょうね」

「つまり、あやつは処刑台には送られん。安心しろ、悪いようにはせぬ」

「そ、そうですか……、良かった……」


 唯一の懸念が払拭され、アモンはようやく心の底から安堵した。


「お前の気持ちも分かっておる。友を救いたかったのだろう? 主君たるもの、家臣の気持ちを汲んでやらんでどうするか」

「魔王様……」

「さ、このような所で立ち話している場合ではありませんわ。アモンの得た情報と、サイリンから聞きだした情報を擦り合わせなければ」

「で、あるな。余の出番はここまでだ。アモンよ、到着早々休む間も与えずに、済まぬな」

「いえ……、散々ご迷惑をかけたのです……。これくらいは……」


 アモンは主君に対して会釈すると、捜索隊に引き連れられて城内へと導かれていった。

 彼女を見送りながら、マリエールはアウスに対して呆れた様子でジト目を向ける。


「アウスよ、何がごめんあそばせだ。わざとであろう。お主、怒っておるのか?」

「当然でございますわ。絶対服従であるべき魔王様の命令に逆らい、御身を危機に晒した。これに怒らずして何に怒りましょう」

「むぅ、まああの程度なら余も何も言わぬが」

「ご心配には及びませぬ。あれで全てチャラに致しましたから。ところでお嬢様、どうでしょうか。アモンの帰還祝いに、この後しっぽりと」

「却下である、戻るぞ」


 結局最後はそっちに行くのか。

 心が広いのか狭いのかよく分からないが変態なのは間違いない従者と共に、マリエールは自室へと戻っていった。



 その後、アモンの持つ情報とサイリンから聞きだした情報の擦り合わせが行なわれた。

 敵の本拠地の所在、敵戦力の情報、そして敵の首魁の名前——その全てが完全に一致し、王国はこれを確定情報と断定。

 最後の戦いに向けて、城内は慌ただしさを増していった。




 ○○○




 熱した鋼鉄を何度も折り返し、ハンマーで鍛え上げ、冷水で冷やす。

 自分の顔が映り込む鏡のような刀身に、クロエは満足気な表情を浮かべ、柄を取り付けた。

 これで剣は十本目、プレートメイルは既に人数分、三十個が完成している。

 騎士団のお披露目まであともう少し、気付けばスミス並の超々ハイペースで作れてしまっている。


「ボクもとうとう親方を越えちゃったかな、なーんちゃって。……そんなワケないっての」


 自分のセリフに思わず自分でツッコミを入れてしまった。

 昔のスミスは越えているかもしれないが、今のスミスの腕前にはまだまだ遠く及ばない。

 見上げる頂きは遥か遠く、今のスミスを越えなければ、世界最高の鍛冶師にはなれないのだ。


 鍛冶場を出ると、空はほんのり茜色。

 意外にもまだ日は沈んでいなかった。

 鍛冶場側に存在する野外練兵場では、元第十一衛兵部隊——今は姫騎士団の面々が、修練に励んでいる。

 彼女らの中から、クロエと目が合った黄色い髪の女性が猛烈な勢いで走り寄って来た。


「ク、クロエさんッ!」

「うおぁっ、エミーゼさん!? ど、どうしたのさ、凄い剣幕で。何かあったの?」

「何かあったじゃありませんよ! 屋敷中の噂になってるじゃないですか!!」

「う、うわさっ!?」


 もの凄い勢いで詰め寄り、鼻息荒く猛烈な早口で捲し立てるエミーゼ。

 もしや、毎晩リースの部屋に通って一夜を共にしているのがばれてしまったのか。

 背中に冷や汗ダラダラのクロエだったが、


「だってですよ、王女様が鍛冶師見習いを気に入って手元に置いているんですよ!? もしかしたら禁断の恋が、なんて噂になっても仕方ないじゃないですか!」

「あ、そういう事ね……」


 どうやら誰にも知られていないらしい。

 いつもオドオドした様子のラナだが、数多くの使用人の中でリースが最も信頼を寄せるだけはある。

 連日の逢瀬おうせを誰にも見られず、不審にも思われていないのは、彼女の手腕によるところも大きいのだろう。


「で、実際のところどうなんですか! ぶっちゃけもう抱いたんですか!? それとも抱かれたんですか!? 具体的にはどっちがタチでどっちかネコなんですか!?!?」

「落ち着け、このスキャンダラス女」

「あでっ!」


 目を見開き、若干危ない顔つきのエミーゼの脳天に、背後からチョップが叩き込まれた。


「お、ブリ隊長。……ん? 今はブリ団長?」

「その呼び方、続けるのな……」


 相変わらずの微妙な呼び名に、ブリジット騎士団長はこれまた微妙な表情。

 頭を擦りつつ涙目のエミーゼ、彼女はチョップの衝撃で平常時のテンションまでクールダウンされたようだ。


「うぅ……、いきなりぶつなんてヒドいですよぉ、団長……。暴力反対ですぅ」

「今のはお前が悪い。いいか、お前はこの騎士団の副団長なんだぞ? 姫殿下の剣となって敵を討ち、その身を盾に守り抜く、誇り高き騎士なんだ。その自覚をもう少し持ってくれないと、部下にも示しがつかんだろうが」

「だってぇ……」


 涙目で団長にお説教を食らう副団長。

 この時点ですでに、騎士の誇りも威厳もあったものじゃない。


「もういいからお前は団員の修練を見てやれ、腕は立つんだから。ほら、行った行った」

「もっと話聞きたかったのにぃ……」


 彼女は渋々引き下がり、団員の修練の見廻りに戻っていった。


「わりぃな、クロエ。あいつ、お前にずっと会えなくて色々と溜まってたみたいでさ」

「あはは、……ほんっと助かったよ」


 お礼の言葉をしみじみと口にするクロエに、ブリジットは苦笑い。


「でもさ、今日は早いんだな。いつもなら鍛冶場の煙突は、修練が終わる時間でも煙を吐き出してたのに。スランプかなんかか?」

「逆だよ、逆。順調すぎて早めにノルマを終わらせちゃったんだ」

「へえ、そいつぁ頼もしいな。進捗しんちょくはどんなもんだ」


 騎士団のお披露目式典は、クロエが装備一式を作り終え次第、取り行われる。

 団長として、進行状況の把握はぜひともしておきたいところだ。


「そうだね、全身を包むタイプのプレートメイルが人数分完成してるよ。採寸は改めて取るけど調整も利くし、サイズに問題は無いと思う。で、鋼鉄製のバスタードソードは十本目を仕上げ終わったとこ。今のペースならあと一週間もあれば全員の分が完成すると思うよ」

「ほぉ……、さすがだぜ。スミス・スタンフィードの一番弟子って肩書きは伊達じゃないってか」

「いやいや、それほどでも……」


 予想以上の進行具合に下を巻くブリジット。

 並の鍛冶師なら数か月はかかるだろう仕事を、この鍛冶師見習いの少女は一月足らずでやり遂げようとしていた。


「なるほど、姫殿下の御目がねに適うわけだ。ただ愛しい人を側に置いておきたかったってだけじゃなかったんだな」

「……いやいや、ブリ団長までエミーゼさんみたいなこと言い出さないでよ」

「はっはっは、冗談冗談! そんなに照れんなって」


 脹れっ面のクロエの背中を、ブリジットはバシバシと叩いた。


「さて、俺もそろそろ戻るわ。一応団長だしな、いつまでもサボってると今度は俺が怒られちまう」

「だね、いちおう、騎士団長だしね。大変だろうけど頑張って」

「そこは強調しなくていいっての。じゃあな」


 軽く手を振ると、新米騎士団長は修練に戻っていく。

 残されたクロエは、すっかり暇を持て余してしまった。

 今から鍛冶の続きをする気分にもなれず、彼女はひとまず屋敷に戻ることにする。



 大きな門を開けて、クロエは大きな屋敷の中へ。

 出迎えるのは広々とした玄関ホール。

 二階部分まで吹き抜けた高い天井には巨大なシャンデリアがぶら下がり、二階廊下へと続く階段が両サイドに。

 床には高そうなカーペットが敷かれ、大変踏み心地が良い。

 普段ならば、彼女の戻る時間に合わせてラナがスタンバイしているのだが、今日はクロエ本人ですら予期せぬ時間に戻って来てしまった。


「おーい、ラナさーん! いないのー!?」


 呼んでみるが、返事は無い。

 絶望的な方向オンチであるクロエには、彼女の案内無しでこの広すぎる屋敷の中を歩くのはハードルが高かった。


「うーん、どうしたもんか。……ま、なんとかなるでしょ。所詮お屋敷だしね、お城じゃないんだし」


 悩んでみても仕方ない。

 クロエの部屋は四階の中央、リースの部屋の真下に位置している。

 分かりやすい場所にあるのだ、迷うはずがない。

 謎の自信に裏打ちされ、彼女は屋敷の中へと歩みを進め——そして。


「やっば……、ここどこだよ……。ボクは一体どっちに行けば……」


 案の定、迷った。

 彼女がいるのは屋敷の五階、中央付近の廊下。

 半泣きで彷徨う中、やがて見覚えのあるドアの前に辿りつく。


「……ここって、リースの部屋?」


 毎晩通い続けている部屋だ、見間違えようが無い。

 ようやく見知った場所に辿りつけたクロエだったが、さすがにこの部屋に一人で入るのには勇気が必要だった。


「この部屋の真下がボクの部屋なんだよね。……真下ってどう行けば?」


 ルートを頭の中で組み立てるが、床をドリルでブチ抜く以外の選択肢が出てこない。


「あなた、そんな所で何をしているの」

「へ?」


 部屋の前で頭を悩ませていると、文字通り救いの女神が舞い降りた。

 呆れた様子で腰に手を当てている、バスローブ姿のリース。

 白い肌がほんのり桜色に染まっている。

 湯浴みの帰りなのだろう。


「リース……、良かったぁ! もうダメかと思ったよ!」


 心細さから解放された安堵感で、場所もわきまえずにリースに抱き付き、思いっきり抱き寄せる。

 腕の中に収まったお風呂上がりのお姫様は、とっても甘い匂いがした。


「ちょ、ちょっと……! 突然何をするの!」


 周囲に人目が無いかを気にしながら、リースは大急ぎでクロエを引き剥がした。


「もう……! 誰かに見られたらどうするのよ。あなたは客分、私とは住む世界が違うの。その辺をちゃんとわきまえてくれないと、ここに居られなくなるわよ」

「ご、ゴメン、ホッとしちゃって、つい」

「はあ、大方迷ってしまったのでしょう。いいわ、ラナに案内させます」


 リースが携帯していたベルを鳴らすと、隣の部屋のドアが開いてラナが飛び出してくる。


「は、はい……、姫様——あれ、クロエさん? もうお戻りなんですか……?」

「あはは、今日のノルマが思いのほか早く終わっちゃってさ。戻ってきたら迷っちゃって……」

「ラナ、クロエを部屋まで送り届けなさい」

「う、承りました……」

「助かるよ。じゃ、リース。また今夜ね」


 ラナに先導されて、クロエは立ち去っていった。

 彼女の背中を見送りながら、リースは自分の体を両手で抱く。

 クロエに抱きしめられた感触を思い出し、その鼓動を高鳴らせながら。


「……何なのよ、この感じ」


 自問しても答えは出ない。

 ただ、鉄と炭のにおいに混じった甘い香りが、自分を抱きしめた少女の柔らかさと温もりが、どうしても忘れられなかった。

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