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083 マリエールさん、本当に強い方です

 十八年前、兄であるルキウスは突如として魔王城を出奔した。

 それは、父である先代魔王と母が亡くなった翌年の出来事。

 彼の行方はようとして掴めず、幼い少女は唐突に父を、母を、そして兄を失った。

 残った家族は八歳下の妹のみ。

 人間でいえばまだ九歳の少女に、現実は悲しみに浸る暇さえ与えない。

 九十歳の若さで王位を継いだマリエールは、幼い頃からずっと世話をしてくれたアウスを側近に任命し、妹の助力も受けて、為政者として急速に成長を遂げた。

 狂ったように政務に打ち込み、空いた時間を使って寝る間も惜しんで猛勉強をした。

 責任感ゆえか、それとも悲しみを紛らわすためだったのか。

 血の滲むような努力の末、幼い姫君は王者に相応しい風格を身につけるに至った。


 そんな彼女の傍らに常に寄り添いながらも、アウスはずっと伝えられずにいた。

 先代魔王の側近だった者だけが知っている、先代の死の真相を。

 今こそ、その全てを伝える時。

 腕の中の小さな主を抱き寄せながら、彼女は長い沈黙を破ろうとしていた。


「アウス……、全てを話す、とは……。お主、黒幕が兄上であると知っておったのか……?」

「もちろん、そのことについては存じておりません。状況証拠を考えると最も疑わしかった、ただそれだけで何の確証も御座いませんでしたわ」

「では、お主が知っておる事とは……」

「先代の死の真相、そして、あの男が城を出奔した顛末について、ですわ」


 この真実には、先代の魔王から口止めされていた事実も含まれている。

 全てを受け止められる強い心を持った王に成長するその日まで、マリエールには黙っていてくれ。

 この約束をアウスはずっと守ってきた。

 あの日から二十年、マリエールは立派な王に成長した。

 アウスは彼女の成長を信じ、今こそ全てを話すその時だと判断したのだ。


「……幼き頃より、ルキウスは危険な思想に取り憑かれておりました」

「危険、思想……?」

「——人間は魔族よりも、大幅に寿命が劣る。だから魔族は人間よりも優秀。劣等種は余さず魔族にひれ伏し、我らがこの大陸の覇権を握るべき。そんな愚かな思考ですわ」


 忌々しげに吐き捨てると、アウスは過去に起きた出来事を語り始めた。

 彼は常々、疑問を口にしていたという。

 どうして魔族の領土は人間より少ないのか、どうして過去の戦で魔族は負けてしまったのか。

 自分が魔王になったら、こんな大陸の四分の一程度の領土をもっと広げて見せる。

 アーカリアス大陸全土を支配し、図に乗った劣等種を跪かせてやる、と。

 そのような思想を持った者を次代の魔王とすれば、過去の大戦の再来となるは必至。

 先代魔王は側近たちと、マリエールの世話役であったアウスを招集し、ルキウスの廃嫡を決定。

 次代の魔王をマリエールと定め、自分が王位を退くまでの間、マリエールに帝王学を施すようアウスに指示を出した。


「……それが、今から三十年ほど前の出来事ですわ」

「そうか……。父も母も死に、兄上がいなくなった時、世代交代があまりにもスムーズに進んだのは……」

「ええ、最初から決まっていたのです。あなた様が王位を継ぐことは……」


 そこまでを語ると、アウスはティアナに対して向き直る。


「申し訳御座いません。ここから先は……」

「アーカリアの人間である私に聞かれては、まずい内容なのですね。了承しました、しばしの間退席します」

「ご理解、感謝致しますわ」


 サイリンが暴れ出す様子も無い。

 万一暴れだしても、セリムが一瞬で制圧するだろう。

 ティアナは一旦退室し、廊下側の扉の脇にもたれて腕を組んだ。


「ね、あたしとセリムはいてもいいの?」

「あなた方は特別ですわ。もうしっかりと首を突っ込んでしまっていますし」

「そうなんだ。あたしたち信用されてるんだね!」

「そうですね。さ、アウスさん、続きをどうぞ」

「ええ。では、先代の死の真相について、ですが——。お嬢様、ご両親がどうして亡くなられたか、ご存じですか?」


 話が再開するかと思いきや、突然に話を振られてマリエールは若干の戸惑いを見せる。


「う、む。父上と母上が亡くなった理由、か。……確か、外遊の際危険地帯を通った折りにモンスターに襲われた、だったか?」


 この事件をきっかけに、マリエールはアウスと共に危険地帯に赴き、魔物を倒して自身のレベルを高め始めた。

 王家の者と言えど、自分の身を自分で守れる程度には強くなっておかねばならないと思い知らされたからだ。

 元々レベルが高かったアウスに庇護されながら、彼女は急速に力を伸ばしていった。


「ええ、そうですわ。危険地帯を通った折りに襲撃を受け、命を落とされた。——危険度レベル5の場所で、選りすぐりの精鋭十人弱と共に」

「な、なんだと!?」


 場違いモンスターにでも襲われない限り、そんなことはあり得ない。

 考えられる可能性はただ一つ——。


「暗殺、か……」

「その通りですわ。魔王様と奥方様、そして護衛の皆さまは、何者かの手によって殺されたのです」


 死体の傷痕には偽装こそしてあったものの、十人近い精鋭を一度に相手取って殺せる実力者など限られている。

 魔族最強の剣士、ハンス・グリフォール。

 ルキウスが幼き頃より側に仕え、狂信的な忠誠心を抱くハンスは、ルキウスから下された命令ならばどのような事にでも従う。

 下手人はハンス、指示を下したのはルキウス。

 当時の側近たちの間でも、すぐにその予想は立てられた。

 しかし、証拠も無いままに王族であるルキウスを糾弾することは出来なかった。

 王位を継承するマリエールの身辺は厳重に警護され、ルキウスを追い詰めるための証拠は一年の時をかけて少しずつ揃っていく。


「そして十八年前のあの日、証拠が出揃い、先代の側近たちはルキウスを追い詰めました。窮地に陥ったルキウスを救いだしたのは、あの愚かしい男」

「……ハンス・グリフォール、だな」


 マリエールの問いに、アウスは首を縦に振る。


「奴はルキウスと共に逃げ、いずこかへと姿を消した。先代を殺した動機は不明ですが……」

「そう、であったか……。父上と母上を手にかけたのは……っ!」


 足下をふらつかせる主君の肩をアウスは支える。


「お嬢様、少しお休みになられますか?」

「……ふぅ。いや、大丈夫だ。サイリンの話も聞いておかねばならぬしな」


 大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。

 彼女の心は、この事実を受け止めきれたようだ。


「……えっと、なんだか凄い話、聞いちゃったね」

「ええ。ところでアウスさん、敵が杖とマントを求めるのは……」

「王位継承の証である、二つの至宝。これを揃えることで、正統なる王位継承者を名乗るつもりなのでしょうね。愚かな話ですが」


 そのような真似をしたところで、民衆がついてくるはずがないだろうに。

 マリエールの治世で、アイワムズは大きく安定した。

 民衆からの彼女の支持も絶大だ。

 今の状況で無理やり王位を簒奪さんだつし、戦争を始めるなどと言い出せば、下手をすれば革命——王家打倒の気運が高まりかねない。


「……確かに、ありゃ裸の王様って感じだったね」


 口を開いたのはサイリン。

 黙して語らなかった彼女は、ルキウスの様子を思い返しながら頷いた。


「誰もいない城で、玉座に座って偉そうにしてさ。家臣だってあのハンスって野郎しかいないってのに」

「……待て、城とは一体?」


 サイリンの口から飛び出したおかしな単語に、マリエールは引っかかりを覚える。


「ここから先は、騎士さんにも聞いてもらった方がいいと思うけどねぇ」

「む、そうか。彼女を呼び戻さねばな」

「じゃ、あたしがおねーちゃん呼んでくるね」


 元気よく部屋から飛び出したソラは、少し離れた場所で腕を組んでいた姉を引っ張ってすぐに戻ってくる。


「連れて来た」

「お、おい、ロクな説明もせず引っ張るな。魔王様、お話はもうよろしいので?」

「うむ。ここからはまた、敵の内情を聞きだすのでな。お主にも同席して貰わねば」


 ティアナが戻ったことで、尋問は再開される。


「まず最初に、先ほど城と言ったな。あれはどういう意味なのだ」

「どういうって、言葉通りの意味さ。あんたの兄さん、城なんて建ててるんだよ。笑っちまうだろ?」

「城を、建てる……?」


 何もかもが理解不能だった。

 潜伏中で見つかってはならないはずなのに、堂々と城なんかを構えているとは。

 そもそも何のために、城を建てたのか。

 更にいえば、城を建てるための莫大な資金や資材はどこから流れ込んだのか。


「……理解が及びませんわね」

「お二方、呆れ果てる気持ちは分かりますが、一つ一つ疑問を解いていきましょう」


 ティアナは主だった疑問を、順にサイリンにぶつけていく。


「まず最初に。何故、ルキウスはわざわざ城なんかを建てたんだ?」

「自称魔王様のお考えなんざ、あたしも知ったこっちゃないよ。大方、自分の住まう場所は城がいいってなぁ、くっだらない理由なんだろうさ」

「……そうか」


 アウスに目配せすると、彼女は首を縦に振る。

 彼女の見立てでも、ルキウスはそういう男らしい。


「では次だ。城を建てるための資材や資金、更にいえば賞金稼ぎであるお前ともう一人を雇った、その莫大な資金源の出所は」

「それなら答えられるよ。出所はナイトメア・ホース。あの男か女かもわかりゃしない薄気味悪い奴がパトロンさ」


 ナイトメア・ホース。

 記憶に新しい王都襲撃事件を起こした張本人の名前に、室内の空気は色めき立つ。

 特に因縁深いセリムは、身を乗り出して問い詰める。


「あの人が、資金源なんですか!? パトロンって、部下ではないのですか!?」

「お嬢ちゃん、妙に食いつくねぇ。アイツはルキウスとは立場上、対等な関係ってことになってる。一年ほど前に知り合い、ルキウスの理念に共感して力を貸してやってるらしいよ」

「対等な関係……。パトロン……。まさか、あの人のバックには何か別の——。他にホースさんについて分かる事はありませんか」

「すまないね、アイツは本当に謎だらけさ。素顔すらあたしたちの誰も、一度として見たことがない。ルキウスの手前、一応は魔族って自称してるが怪しいもんだ」


 やはりホースは、味方であるはずのルキウスたちにもその正体を明かしていなかった。

 あの力、異様な雰囲気の正体を知るには、やはり直接戦ってそのベールを力づくで引っぺがすしかなさそうだ。

 セリムが身を引くと、ティアナは最後の疑問を投げつける。


「では、最も重要な質問だ。その城、つまりは敵の本拠地だな。一体どこにある」

「王都の西北西、危険度レベル57・パーガトル山脈。その山合いの窪地さ。詳しい場所はアモンが把握してるだろ」

「……そこに、兄上がいるのか」

「で、これで質問は終わりかい? だったら早く檻に戻しとくれよ。この手錠、ちょっとキツくってね」


 ジャラジャラと音を立て、鎖を揺らすサイリン。

 そんな彼女に、ティアナは毅然とした態度で応じる。


「まだだ、聞くことは山ほどあるからな」

「うへぇ〜、休憩も無しかい」


 嫌気が差したと言わんばかりに、サイリンは舌を出して肩を竦める。


「休めるなどと思うな。次は敵の戦力、その全てを話してもらおうか」

「……戦力、ねえ。そんな大層なもんでもないさ。あたし以外には、ブロッケンとハンス、ホースに大将さん、この四人で全員さ。兵力は全部、ホースの魔物頼りだよ」

「なんと、それは真か!?」


 その答えは、マリエールにとって意外なものだった。

 敵は一国に匹敵する戦力を保有している、そう考えていたし、実際にその通りだ。

 セリムがいなければ、間違いなくアーカリア王国はあの日終わりを迎えていた。

 しかし、その話が本当ならば。


「ならば……、ナイトメア・ホースただ一人のみが、一国を滅ぼしかねない戦力という事ではないか……」


 その事実は、マリエールを戦慄させるに十分なものだった。

 手加減していたとはいえ、セリムを相手に戦いを成り立たせて見せるほどの戦闘力。

 魔物を合成さえ、強大な未知の魔物を創り出す力。

 世界最強のドラゴンを数体同時に、意のままに操る能力。

 更には、莫大な資金力を持つ存在が背後についていることまで明らかとなった。


「やはり、あの敵はあの場で絶対に倒しておくべきでした……。私が取り逃がしたりしなければ……」


 沈痛な面持ちのセリムの肩に、アウスがそっと触れる。


「セリム様、気を落とさないでください。あなたはあの場でベストを尽くしましたわ。わたくしとお嬢様が今、こうして生きているのは、間違いなくあなた様のおかげですもの」

「アウスさん……」

「そうだよ、セリム! 今度会った時にボッコボコにしちゃえばいいんだよ!」

「ソラさん……、そうですね。私がここで落ち込んでても仕方ありません」


 もう一度相まみえたその時こそ、しっかり決着をつけてやる。

 握り拳をぐっと固めて、セリムは決意を新たにした。


「ヒュー、熱いこったねえ。で、あたしの役目はそろそろ」

「終わらない。まだまだ続くぞ」

「はっ、騎士様は仕事熱心なこって」


 うんざりした表情で悪態をつく。

 彼女が檻に戻れるのは、まだまだ先のようだ。


「魔王様、セリムさん、ここからは細かな部分を突き詰める取り調べに入ります。同席していても、興味深い情報は聞けないかと思われますが……」

「そうだな。余も少々、気持ちの整理がしたい……。アウスよ、部屋に戻るぞ」

「仰せのままに、お嬢様」


 ティアナの言葉を受け、マリエールとアウスはその場を後にする。


「……マリちゃん、大丈夫かな。あの内容、かなりショックでしょ」

「心配ですね……。でも、あんなナリですが立派な方ですし、それにアウスさんも一緒です。一人じゃありませんから」

「だね、マリちゃん強いもん。それじゃ、おねーちゃん。あたしたちも戻るね。おねーちゃんといてもつまんないし」

「お前は一言余計だなっ!」

「おっと!」


 ソラは頭に振り下ろされたげんこつを華麗に回避し、ペロリと舌を見せながら部屋を飛び出していく。


「もうおねーちゃんの攻撃なんか食らわないもんねー、べーっだ」

「まったく、あいつと来たら……」


 呆れ顔で見送りつつも、少しだけ笑みを浮かべるティアナ。

 表面上はいがみ合っているように見えても、心の底ではやはり大切に思い合っている。

 それが姉妹というものなのだろう。


「マリエールさんも、そうだったのでしょうか……」


 彼女の受けたショックがどれほどのものか。

 ソラに続いて部屋を後にしながら、セリムの脳裏にはマリエールの悲しげな顔が焼き付いて離れなかった。

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