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080 荒ぶる変態さん、やっぱり怖いです

 サイリンが気を失った数秒後、アウスはこちらに急速接近する二つの強大な気配を感知する。

 傷だらけの体を押して身構えるが、気配の主がわかるとすぐに構えを解き、蛇腹剣をスカートの裏側に収納。

 次の瞬間、セリムがソラをお姫様だっこしながら猛スピードで広場に飛び込んで来た。

 彼女は砂煙を巻き上げて急ブレーキをかけると、血相を変えて周囲を見回す。


「マリエールさん、無事ですか! アウスさん、敵はどこに……!」

「セリム様、敵は足下に御座います」

「ん?」


 アウスに言われて視線を落とすと、気を失ったサイリンの姿が目に入る。

 彼女の顔はセリムのブーツのわずか二十センチほど先。

 危うく顔面を踏んでしまいそうな所であった。


「……もう終わっていましたか。アウスさん、お怪我は大丈夫ですか?」

「この程度、なんとも御座いません——と言いたいところですが、恥ずかしながら立っているのがやっとですわ……」


 アウスのメイド服はあちこちが破れ、切り傷と火傷の跡が痛々しく残る。

 その場に座り込み、倒れ込みそうになる彼女の肩を、マリエールは小さな体で精一杯支えた。


「お嬢様……、そのようなこと、恐れ多いですわ……」

「構わぬ、余がそうしたいのだ。体を張って守ってくれた忠臣に、してやれるのはこの程度だが……」

「そのお気持ちだけで、アウスは十二分に報われますわ……」


 アウスを横たわらせ、小さな膝に頭を乗せる。


「このまましばらく休め」

「あぁ、あぁ! お嬢様の膝枕……! お嬢様のお嬢様臭がぁ……、くんかくんか!」


 すると、メイドは突如として豹変し、主君のお腹に顔を埋めて匂いを嗅ぎ始めた。


「あの……、その人元気なんじゃないですか?」

「いや、万全の状態ならばもっと激しい。この程度で済んでおるということは、かなり参っている証拠だ」


 変態行為にドン引きするセリムとは対照的に、至って冷静な魔王様。

 その間もメイドは、股間に顔を移して匂いを嗅ぎ続ける。


「回復魔法の使い手がおれば良いのだが……」

「よく冷静でいられますね。体力だけなら回復できますけど。ポーチの中から……ソラさん、両手が塞がっているので青汁取り出してくれませんか?」

「いや、あたしを下ろせばいいだけだよね」


 ずっとソラをお姫様だっこし続けていたセリム。

 あわよくばこの後もお姫様だっこを、そう目論んでいたが、ソラからの至極全うなツッコミに、引き下がらなくてはいけなくなった。


「そ、そうですね。と言いますか、ソラさん重いんです。いつまで抱っこされてるつもりですか、早く降りてください」

「ソラ様重くないもん。鎧と剣のせいだもん」


 頬を膨らませつつ、ソラはセリムの腕の中から飛び下りた。

 彼女の温もりが離れてしまい若干の寂しさが募りながら、時空のポーチの中から特産青汁の入った小瓶を取り出し、マリエールに手渡す。


「回復薬です、使ってください。見たところ出血自体は激しくないですし、体力さえ戻せば歩けるようにはなると思います」

「うむ。ところで、このくっさい汁をまた飲ませるのか……?」

「そうですよ。いいじゃないですか、マリエールさんが飲むんじゃないんですし」

「むぅ……、ではあるが……」


 股間に鼻先をぐりぐりしつつふがふがと鼻息荒い従者を気遣い、果たしてこんな臭い物を飲ませていいのか思案を巡らす。

 小瓶の蓋を開け、いつかのようにすんすんと臭いを嗅ぎ、


「くっさい!!」


 いつかのように絶叫した。


「うぅ、身を賭して戦ってくれた家臣にこのような臭い物を……。いくら体力回復のためとはいえ……」

「お嬢様、わたくしの心配ならば無用に御座いますわ」

「だ、だがな」


 躊躇うマリエールに対し、アウスは身を起こして満面の笑みで迫る。


「お嬢様が口移しで飲ませてくれるのならば、このアウス、どんな物でも飲み干してみせますわ」

「くっ、口移しとな!?」


 メイドの口から飛び出した欲望丸出しの要求に、魔王様は大いにうろたえた。


「口移しなど、こ、このような時に何をバカげたことを! このくらい一人で飲めるであろう!」

「あぁ、お嬢様。そんなに大声を出されては、頭に響きますわぁ……」


 大声を上げる主人に対し、メイドは目的達成のためにさかしく立ち回る。

 まずはわざとらしく立ちくらみをして見せ、その小さな胸に寄り掛かる。


「お、おぉ、済まぬアウスよ、大事ないか」

「お嬢様、わたくしはもうダメかもしれませぬ……。一刻も早く回復薬を飲まなければ……」


 そして、ちょっとだけ柔らかい気がする薄い胸を堪能しつつ、弱音を吐いて見せた。


「ですが、お嬢様が口移しで飲ませて下さらなければ、わたくしは……このまま……」

「だ、ダメだ、アウス! 余を置いて逝くでない!」

「では、口移しを……。お早く……、アウスの命の灯が、消えてしまう前に……」

「わ、わかった。今すこし待っておれ!」


 作戦は成功。

 臭い汁を顔を顰めながら口に含む主に見えないよう、メイドは会心の笑みを浮かべる。


「ソラさん、何なのでしょう、この茶番は」

「言わないであげて、マリちゃんは必死なんだよ。悪いのは全部、あの変態なんだ」


 青汁を口に含んだマリエールは、恐るおそるアウスに顔を近付ける。

 ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる主人の顔が射程距離に入った瞬間、メイドはカッと目を見開いた。

 獲物を狩る猛獣のように、恐るべき速度と力でもっておもむろに幼女の頭を押さえつけ、その口に吸いつく。

 両手をバタつかせてもがく魔王様の口の中を、メイドは思いっきり吸い上げた。

 一体何が起きているのか、セリムの立ち位置からでは彼女たちの口元は見えないが、じゅるじゅると何かを吸い上げる凄い音が聞こえる。


「な、何が起こっているんですか、ソラさん……。私、怖いです……」

「セリムは見ちゃダメ。あれはちょっと刺激が強すぎるよ」


 ソラはぷるぷると震えるセリムをそっと抱き寄せ、その視線を遮る。

 やがてちゅぽん、と小気味良い音が響き、顔をつやつやさせたメイドが清々しい表情で立ち上がった。

 一方の魔王様は口内をねぶり尽くされ、痙攣しながら地面に倒れ伏している。


「ふぅ、体力はばっちり回復しましたわ。とっても美味しかったです、このお嬢様汁(青汁)

「そ、そうですか……」


 マリエールの無残な姿を目の当たりにして、セリムは恐怖に慄く。


「ところでセリム様」

「ひっ! な、なんでしょうか……」


 すっかり怯えてしまったセリムは、ソラの背中に隠れながら、涙目で受け答えをする。


「そちらにはグロール・ブロッケンが尾けていたと思いますが、どうなされました? セリム様の実力ならば、捕縛は容易かと思われるのですが」

「えっと、それはその……」


 アウスはセリムがブロッケンを捕まえてくるものだと踏んでいたのだが、駆け付けた時に彼女が抱えていたのはソラ一人だけ。

 彼女が敵を取り逃がすとはとても思えない。

 もしやナイトメア・ホースの横槍が、そんな懸念を抱いていたアウスだったが。


「セリムがね、腕一本で吹き飛ばしちゃったの」


 口ごもるセリムの代わりに、ソラが疑問に答えた。


「ちょっと、ソラさん!!」

「ふ、吹き飛ばした……ですか?」


 思わぬ回答を貰い、アウスは呆気に取られる。


「霧を吹き飛ばして姿を見つけようとしたんだけど、力加減を間違えたみたいでさ。霧と一緒に敵までふっ飛ばしちゃった」

「そ、それでブロッケンは……?」

「わかんない。斜面を勢いよく転がって、そのまま霧の中に消えちゃった。ね、セリム。あれ生きてると思う?」

「知りませんよぉ……。うぅ、私のアホ……。何であんなことしたんですかぁ……」


 自分の行いを激しく後悔し、頭を抱えるセリム。

 事情を把握したアウスは、考えを巡らせる。

 敵を捕縛し情報を聞きだす、というのが今回の最大の目的だった。

 にも関わらず、敵をどこかに吹き飛ばしてしまい、身柄の確保に失敗。

 更にブロッケンは生死不明。

 いるかどうかも分からない敵を、今後いるものとして扱わなければならない。

 確かに厄介な状況ではあるが、こうしてサイリンを捕縛出来たのだ。

 あそこまで悲観することは無いと思うのだが。


「状況までややこしくしてるじゃないですか……。アホです、私にソラさんをアホアホ言う資格なんて無いんですぅ……」

「よしよし、そんなに落ち込まないで。セリムのせいじゃないから、不幸な事故だったんだから」

「ソラさん……、うぅ……。ありがとうございます……、愛してますぅ……」


 ソラに泣き付くセリムと、頭を撫でて慰めるソラ。

 イチャつきだした二人を尻目に、アウスは未だに倒れ伏したままの主人を助け起こす。


「お嬢様、お立ちになってくださいませ。いつまでも地べたに寝そべるなど、王のあるべき姿ではございませんわ」

「う、うむ……。大体お主のせいなのだが……」

「何を言っておられるのです、もっと凄いことを沢山されてきたというのに。最近ご無沙汰ですから、お忘れになられてしまいましたか?」

「忘れてはおらぬ! 第一、そういう問題でも無かろう!」

「そうでしたか、ちゃんと覚えておいででしたか。ではどうでしょう、王都に戻ったら、今回の働きの褒美としてこのアウスめと久しぶりに……」

「却下である」


 舌舐めずりするメイドに対し、マリエールは冷たくあしらった。


「セリム、ポーチの中に縄など持っておらぬか」

「まさかお嬢様、わたくしめをお縛りに……!?」

「お主、今の戦いで頭部を強打したのか?」


 戦闘終了からこっち、己の欲望を隠そうともしないメイドに、魔王様はこれ以上ないほど冷たい視線を向けた。


「王都に戻るまでの間、サイリンを縛っておかねばならぬだろう」

「ぐすっ……、ありますけど……」


 ポーチの中から取り出されたのは、つる植物をり合わせて作られた登攀とうはん用の丈夫なロープ。

 セリムからそれを受け取ったマリエールは、意識の無いサイリンをグルグル巻きに縛りあげる。

 更に腰の鞘を外し、落ちているカットラスをそれぞれ納め、セリムに手渡した。


「ソイツが敵の得物だ。王都に着くまでポーチの中に納めておいてくれ」

「は、はい」

「アウスは怪我をしておるでな。ソラかセリム、悪いがコイツを担いでいって欲しい」

「えっと、じゃあ私が担ぎますね」


 カットラスをポーチに収納し、サイリンの身体を軽々と担ぐセリム。

 テキパキと指示を出し、グダグダな状況に収拾を付けた魔王様は、満足気に頷くと一行の先頭に立つ。


「では、可能な限りの速さで王都に戻るぞ。アウスの傷も治療せねばならぬでな、時間が経てば火傷の跡が残ってしまうやもしれん」

「マリエールさん、なんだかリーダーみたいです」

「実際魔族のリーダーなんだけどね」

「素敵ですわ、お嬢様……」

「では下山する! 余についてまいれ!」


 マリエールを先頭にして、一行は霧深い山を後にするのだった。




 ○○○




 同日、王城第二城郭付近、リース邸敷地内。

 リースの所有する特設鍛冶場で、この日クロエは通算二十三個目のプレートメイルを作り終えた。

 仕事を終えた彼女は屋敷の大浴場で汗を流し、使用人たちと共に夕食をとり、道案内してくれたメイドにお礼を告げて、自室にて寝間着姿でくつろいでいた。

 絶望的方向オンチの彼女は、一週間以上経った今でも使用人の案内無しには屋敷内を出歩けない。

 初日にトイレを探して部屋を飛び出し、漏れそうになる限界ギリギリまで屋敷を彷徨い続けて以来、用がある時は必ずメイドに案内してもらっている。

 ちなみに、結局トイレは自室に備え付けてあったというオチまでついた。


「はふぅ、一日中好きな時に鍛冶を打てて、こんな良い部屋で休めて……。リース様々だね」


 天蓋付きのベッドでクッションを抱きしめつつ、この状況をプレゼントしてくれたお姫様に感謝を述べる。

 当然、部屋には他に誰もおらず、ただの独り言なのだが。

 窓の外はすっかり陽も落ち、闇夜の中に王城から漏れ出る光が点々と灯る。

 あとはこのふかふかベッドでぐっすり眠るだけ——かと思いきや、なんとクロエが屋敷に来て以来、このベッドの上で朝を迎えた日は一度として無かった。


「……そろそろかな」


 時刻を確認すると、ナイトキャップを長い髪を巻き込みながら目深に被り、獣耳を隠す。

 それとほぼ同時、部屋のドアがノックされる。

 扉を開けると、そこには気弱そうなメイドの姿。

 彼女はラナ。

 クロエとリースの庭園での密会、その取次役を行った、最も信頼されている使用人だ。


「あ、あの……、今夜も、お迎えに……」

「うん、分かってる。毎晩のことだしね。じゃ、いこっか」

「はい……、案内します……」


 ラナに案内され、クロエは部屋を出て薄暗い廊下を行く。

 広い広い屋敷の中を歩き、導かれたのは最上階である五階の中央、一番大きな部屋の前。

 ラナは緊張した面持ちで、扉をノックする。


「ひ、姫様……、クロエ様をお連れしました……」

「御苦労、下がっていいわよ」

「は、はい、では失礼します……」


 クロエをその場に置き去りにし、ラナは足早に歩き去っていった。

 その頬は、若干赤らんでいる。

 これからこの部屋の中で行われる行為を想像してしまったのだろうか。


「は、入るよ、リース」


 少しだけ緊張した面持ちで、クロエは大きな扉を押し開ける。

 その部屋に足を踏み入れた途端、甘い香りがクロエの鼻腔をくすぐった。

 最高級品であろうアロマの香りに混じった、愛する少女の匂い。


「来たわね、待ってたわよ」


 キングサイズのベッドに座ったまま、リースはクロエを出迎える。

 ピンク色のネグリジェを着た彼女の放つ妖艶な空気に、クロエは生唾を飲み込んだ。


「そんなところに立ってないで、早くこっちにいらっしゃい」

「う、うん。お邪魔します……」


 誘われるままベッドに乗ると、ふかふかの感触が出迎える。

 まるで雲の上にでも乗ったかのような心地よい感触。

 この上ならばどれほど激しく動いたとしても、スプリングの軋む音はしないだろう。

 リースの隣に移動したクロエは、これから起きる出来事を思って緊張に顔を強張らせる。


「そんなに固くならなくてもいいのに。もう何度もしてるじゃないの」

「そうだけどさ、アレをされると、くすぐったいような気持ちいいような、変な感じになるんだよ……」

「ウダウダ言ってないで、早く脱ぎなさいな」

「うぅ、分かったよ……」


 顔を赤らめながら、言われるがままクロエは——帽子を脱ぎ捨てた。

 途端にぴょこんと飛び出す犬耳。

 露わになったもふもふに、リースは緩んだ顔で飛びつき、早速その感触を指先で楽しむ。


「はぁ〜、かわいい! こんなもふもふを持っているなんて、あなた最高ね」

「あはは、それはどうも……」

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