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077 別にお姫様だっこをしたかったわけじゃありませんから!

 麓に鬱蒼と生い茂る密林。

 その先にそびえる岩肌が目立つ急峻な峰。

 霧深いこの山は滑落や遭難による犠牲者の数が、モンスターによる死者の数を上回る。

 危険度レベル31、ブルズ山地。

 アモンとの待ち合わせは今日、場所はこの山の中腹、ベースキャンプ用広場。


「到着しましたね、ブルズ山地。本当にここにアモンさんが……?」

「分からぬ。そもそもあやつが何故、命令を無視してまで調査を続行したのか、それすらも……」


 それに、こんな辺鄙で危険な場所を彼女が待ち合わせに指定した理由も、見当が付かない。

 敵による罠の可能性も、十分に考えられた。


「何にせよ、飛び込んで見ないことには分かりませんわ。罠ならば、このわたくしが吹き飛ばして差し上げます」

「頼りにしておるぞ、アウスよ」

「勿論です。このわたくしに、全てお任せ下さいませ」


 今まで、アウスは命の危機を二度もセリムに救われてきた。

 三度も同じ失態を繰り返すつもりは毛頭ない。


「おっしゃ、そいじゃあ張り切って行こう!」

「張り切り過ぎてバテないで下さいね」

「だいじょぶだいじょぶ。セリム、手繋いでこ」

「何でですか、嫌ですよ。ピクニック気分ですか」


 今一つ緊張感を欠いたまま、彼女たち四人は危険地帯の境界を越えた。

 途端に感じる、無数の魔物の蠢く気配とひりつくような殺気。

 何とも言えない気分の悪さを、セリムは久々に味わった。


「何度体験しても馴れませんね、これ」

「大丈夫? 前みたいに心細くなったらすぐ言ってね。あたしが抱きしめてあげるから」

「あんな風にはなりませんよ、さすがに」


 ソラは霊峰カザスの入り口付近で起きた、あの出来事を指して、セリムを気遣う。

 あの時は話の流れでトラウマがフラッシュバックしてしまったが、今は気持ちも安定している。

 ソラに抱きしめられるのは魅力的だが、今回彼女の世話になる必要はない。


 ブルズの麓に広がる密林は、幹の太い独特の木が生い茂り、ツタが絡んでいる。

 この場所に住むモンスターたちは、セリム達の力量を感じ取って恐れを成したのか、襲撃をかけて来る気配は皆無。

 登山道を順調に進み、次第に足下に勾配が出て来た。

 周囲の景色も霧が覆い隠してしまい、見通しは非常に悪い。

 ここからが登山の始まり、中腹までは三時間の道のりだ。


「お嬢様、足下が悪くなっておりますわ。足を滑らせぬよう、ご注意を」


 岩肌が湿り気を帯びて、気を抜けば滑ってしまいそうな足場の悪さ。

 アウスはマリエールの後ろに陣取り、お尻の膨らみを目で楽しみつつ、いつでも助けに入る姿勢だ。


「うむ、気を付けよう。ところでアウス、何やら視線を感じるのだが」

「あら、モンスターでしょうか。心配には及びませんわ、お嬢様に仇なす輩は等しく細切れに致しますので」

「そうではなく……」


 変態な従者に困惑する魔王。

 いつも通りのやり取りにソラは苦笑い。


「セリムもさ、転びそうになったらいつでも言ってね。あたしが支えてあげるから」

「転びそうになってから言うんですか。多分間に合いませんよ、それ。あと私よりもソラさんの方が心配です」


 マリエールとアウスはセリムたちの後に続いて、右へと曲がる一本道の山道を登っていった。

 同じくセリムとソラも、魔王主従の後に続いて(・・・・・)左へと曲がる一本道の山道を登っていく。

 彼女たちが去った後、その場には山頂へと続く二本の別れ道が残された。




 ○○○




 先に異変を気取ったのはアウスだった。

 前を歩くセリムとソラが、一言も会話を交わさない。

 セリムがソラの横顔を乙女心満載の瞳で見つめたりもせず、ソラがセリムの横顔を愛おしげに眺めたり手を繋ぎたそうに片手をプラプラさせたりもしない。


「お嬢様、何か妙ですわ」

「何か、とは何だ。あと、前を行く二人! もちっとペースを落とさぬか!」

「……」


 マリエールの声にも反応無し。


「これは、やはり……」


 もはや決定的。

 この二人は本物にあらず。


「ウィンドカッター」


 右手をかざし、二人の首に向けて風の刃を放つ。

 案の定、魔法は二人をすり抜けて前方の岩に傷を刻んだ。


「アウス!? いきなり何を——こ、これは……」

「幻覚魔法、ですわね。本物の二人はおそらく別の道を登っているのでしょう」

「グロール・ブロッケンの仕業か……! やはりこれは罠、アモンは魔王城に戻っておったのだな」

「いえ、その可能性は薄いですわ」

「なんと、如何なる根拠ぞ」


 臆病な部下の、暴走とも言える行動に対する違和感にようやく答えを見出したところで、いきなり否定されてしまった。

 困惑しきりの主に対して、アウスは答えを返す。


「王都にいる間、わたくしは魔王城と連絡を取り合っておりました。アモンの未帰還は、その時すでに把握しておりましたわ」

「知っておったのか! 何ゆえ余に話さなんだ!」

「主に余計な心労をかけたくない、そんな忠義心ゆえの行動。どうかご容赦くださいませ」

「……よい、不問と致す」


 王宮に押し込められて滅入ってしまった気分を更に悪化させないための配慮だったのだろう。

 この従者は常に主である自分を第一に動いてくれている、マリエールはそのことをよく知っている。


「そこでわたくし、アモンの経歴をフェーブル姉妹に調べさせましたの」

「ベルフとベルズの二人にか。……そういえば、にゅるにゅるは——」

「すると、興味深い事実が浮かんで来ましたわ。敵の一人、サイリンと彼女には深い繋がりがあったのです」

「そうか、ちょっとした知り合いと申しておったが、あれも嘘であったか。ところでにゅるにゅる」

「サイリンが敵にいると知り、退けなくなってしまったのでしょうね」


 果たしてあの姉妹は我が妹のにゅるにゅるの餌食になってしまったのか、気になって仕方ないが、今はそれどころではないのだ。


「そして今のこの状況。正直なところ、彼女が生きているかどうかは五分と五分、ですわね」

「……アモン、無事でいてくれ」


 いつの間にか、セリムとソラの幻影はいなくなっていた。

 幻覚魔法には射程距離がある。

 術者から一定の距離を取ることで、幻術は自動的に解除されるのだ。

 ブロッケンはセリムたちに付かず離れずの距離で魔法をかけ続け、二人の足止めに専念しているのだろう。

 圧倒的なセリムの力を目の当たりにした今、妥当な判断と言えた。


「してアウスよ、これからどうする。このまま進むべきか、セリムたちを探して合流すべきか」

「合流は難しいですわ。この霧では見通しも効かず、気配を追おうにも、幻覚魔法にかかっている間は気配が消失してしまいますから」

「では、前進あるのみ、というわけだな」

「敵を捕縛出来れば、その正体や本拠地まで判明しますわ。これはピンチでもありますが、チャンスでもあるのです」

「……良いだろう。アウスよ、行くぞ」

「あなた様はわたくしが、命に代えてもお守りしますわ」


 この先に待つのは敵。

 覚悟を決めて、二人は歩みを進める。

 待ち合わせの場所である中腹ベースキャンプ。

 そこで間違いなく、敵は仕掛けてくる。



 山道を登り続けて三時間、とうとう主従は目的地に辿り着いた。

 山頂にアタックする際のベースキャンプとして使われる、中腹に作られた平らな広場。

 霧が深く、極端に視界が悪い。

 一メートル先も見通せない有り様だ。


「お嬢様、ご用心を。敵の目的はお嬢様のマントにございます」


 敵の正体について、アウスは確信を持っていた。

 杖を欲した上にマントにまでこだわる、つまり魔族の王家に伝わるしきたりを知っていて、それに執着している。

 賞金稼ぎも両者とも魔族、なるほど、人間を雇うなどあの男は絶対にしない。


「絶対にわたくしから離れずにいてくださいまし」

「うむ。しかしこうも見通しが悪いと……」


 マリエールが何の気なしに背後を振り向くと、既にサイリンは彼女の目前にまで迫っていた。


「アウ——もがっ!」

「お嬢様!」


 主の危機を察知して振り向くと、マリエールは口元を抑えられ、連れ去られようとしていた。

 スカートの中から蛇腹剣を引き抜きながら、アウスは剣先を敵の顔面に飛ばす。

 しかし右手に握ったカットラスで容易く弾かれ、サイリンはマリエール共々霧の中に姿を消した。


「もごごっ!」

「お嬢様、今助けますわ!」


 この霧の中、敵の位置を判別するのは不可能。

 だったら、霧を無くしてしまえばいい。


「フロウズエアー」


 アウスが両手を広げると、彼女を中心に旋風が吹き荒れる。

 攻撃のための風の刃ではなく、風を風のまま、ただ暴れさせる。


「こ、これは——」

「さあ、丸見えですわよ、コソ泥さん」


 アウスが魔力によって巻き起こした風が、霧を全て吹き飛ばし、サイリンの姿を露わにした。

 怯む敵に一気に間合いを詰めると、マリエールを捕らえている二の腕を狙って剣閃を振るう。

 人を一人抱えた状態ではすぐに捉えられる、そう判断を下し、サイリンはマリエールを突き飛ばした。

 背中を押され前のめりに倒れそうになる主君を優しくキャッチ。

 サイリンは飛び離れ、腰に差したもう一本のカットラスを左手で抜いて構える。


「お嬢様、お下がりを。今回こそ仕留めてご覧に入れますわ」

「気を付けろよ、アウス」

「ご心配には及びませんわ。安心してご覧になっていて下さいまし」


 霧の晴れた広場の中、マリエールは距離を取り、アウスとサイリンはそれぞれ武器を構えて対峙した。


「お久しぶりですわね、コソ泥さん。懲りずにノコノコとわたくしの前に出て来たということは、ミンチにされる準備が出来たということでしょうか」

「相も変わらず口が悪いねえ。今度こそ、そのスカした面を二度と見れないモノにしてやるよ」

「横槍が無ければ負けていた相手にそんなに強気に出られるとは。何か考えがあるのでしょうか、それともおつむが致命的なのでしょうか。どちらか分かりませんわ、くすくすっ」

「黙りなッ!」


 挑発を飛ばすアウスに対し、サイリンは一気に走り込むと、両手のカットラスを頭上に振りかぶり、まとめて振り下ろす。


「あらあら、まだお話は終わっていませんことよ」


 刀身を束ねたままの状態で攻撃を受け止めたアウス。

 鍔迫り合いの形を保ったまま、彼女はサイリンに問い掛ける。


「戦う前に一つだけ、尋ねたき議が御座いますわ。アモン・ラーナー、彼女はどうなったのかしら」

「……アイツなら死んだ。あたしがこの手で殺したよ。背中を深々と斬り裂いてね」

「貴様ッ! 余の大切な部下を手にかけただと! 絶対に許さぬ……! アウスよ、必ずや奴を捕らえて処刑台に……!」

「本当に、殺したのですか?」


 怒りに声を荒げるマリエールとは対照的に、アウスは冷静に質問を重ねる。


「殺した、そう言ってるだろ。それよりも、早く本気で殺り合おうじゃないかい」

「間違いなく、アモンを殺したのですね?」

「しつこいね! そうだっつってんだよ!!」

「そうですか、では——」


 アウスの足下から、真空の刃が竜巻となって巻き上がる。

 巻き込まれる前に素早く飛び離れるサイリン。

 近づく者全てを斬り刻む風の鎧を身に纏い、アウスはその切っ先を向ける。


「あなたが本当にアモンを殺したのなら、わたくしも本気でやらせて貰いますわ」




 ○○○




 霧深い山道を、セリムは黙々と登っていた。

 彼女の前方、ソラは歌を歌いながら足取り軽く進んでいる。


「……ソラさん。何か妙だと思いませんか」

「んぇ、何が? 霧が濃すぎる、みたいな?」

「アホですか。ソラさんの前、あの二人の様子についてですよ」

「うん? マリちゃんたちの様子……」


 前方を登っているマリエールとアウス。

 彼女たちは足を止めず、一言も発せず、ただ黙々と足を動かしている。


「真面目だなー、って思った!」

「はぁ……。ソラさん、ちょっと見てて下さい。絶対投擲インペカブル・シュート


 足下の小石を拾い上げると、セリムは魔力を込めて投げつける。

 設定した目標はアウスの頭。

 別にマリエールでも良かったのだが、何となく。


「ちょっと、いきなり何すんのさ!」

「いいから、黙って見てて下さい」


 小石は真っ直ぐにアウスの後頭部を目がけて飛び、見事にすり抜ける。


「あ、あれ……?」


 目標を通り過ぎた小石は旋回し、今度はアウスの前方から飛来。

 またもすり抜けると、今度は後ろから。

 この動きをずっと繰り返す。


「これってつまり……」

「そうです。既に敵の——」

「アウスさん、物体をすり抜ける魔法を使えたんだ! すっごい、こんなこと出来たら無敵じゃん!」

「そこまでアホでしたか」


 感動するソラに深いため息を吐きながら、セリムは絶対投擲インペカブル・シュートの魔力を解除。

 当たらない目標に向かってうろうろと飛んでいた小石は、重力に従って落下する。


「そうじゃないです。これはブロッケンの幻覚魔法。すでに私たちは、敵の攻撃を受けていたんです」

「へ!? じゃあ本物のマリちゃんたちは?」

「多分、別の道を進んでるんでしょうね。敵の待ち受ける場所に向かって。そして私たちは、明後日の方向に向かっているはずです」

「どうしてそんなことまで分かるの?」


 首をかしげるソラに対し、セリムは解説。


「敵の狙いはマリエールさんのマント、加えて今の敵は間違いなく私の強さを把握しています。敵の勝ち筋はマリエールさんと私を引き離し、こうして幻覚魔法で時間を稼いでいる間にアウスさんを倒す。敵が目的を達成するまで、こうして幻覚の中に閉じ込め続けるつもりでしょうね」

「じゃ、じゃあ早く助けにいかないと! あのホースとかいうヤツが来てたら大変じゃん!」

「いえ、ホースさんは来ていません。何となく分かるんです」

「分かるって、気配で?」

「いえ、上手く言えないのですが……」


 理屈は分からないが、何故だか確信が持てる。

 ナイトメア・ホースは、この場所に来ていない。


「話を戻します。おそらくブロッケンはどこかに隠れて私たちに幻覚魔法をかけ続けています。一定の距離を取るか術者をぶん殴らない限り、術は解けません。術にかけられている間は気配も探れませんし、こちらの気配も遮断されるジャミング効果が働きます。加えて標高の低いこの場所は木々が生い茂り、隠れるにはうってつけの環境。術者を見つけるのは至難の業でしょうね」

「え、じゃあ打つ手なし?」

「いいえ、打つ手はありますよ」


 セリムはソラをお姫様だっこすると、猛スピードで山を駆け上がり始める。


「撒きます!」

「えー……」

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