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075 貴族モードのソラさんは、とっても素敵で頼りになります

 謁見を終えたあと、ソラはすぐさまスミスに依頼を出した。

 内容はヴェルム・ド・ロードの素材を使用したアーマーとガントレット、グリーブの作成。

 鍛冶師ギルドを介さない依頼ではあるが、ここは王都であってイリヤーナではない。

 あの町のローカルルールは適用外とのことで、無事に依頼を請け負ってくれた。

 クロエに依頼を出す選択肢もあったのだが、彼女は新設される姫騎士団の武具の製作で多忙の身。

 リースの屋敷の敷地内にある鍛冶場に籠って、日夜槌を振るっているらしい。

 余談ではあるが、クロエがリースの屋敷に招かれて滞在しているとの話を聞いたセリムのテンションは、だいぶおかしな事になった。


 そして、謁見の日から一週間が経った今日、二人の泊まっている宿へと大きな木箱が届けられた。

 差出人はスミス・スタンフィード。

 木箱の蓋を開けたソラは、中身を見た瞬間目を星のように輝かせる。


「おおぉぉっ、セリム、すっごいよこれ! さすがスミスさん!」


 木箱に詰め込まれていたのは、巨竜の黒鱗をふんだんに用いた三種の防具。

 その内の一つ、黒い光沢を放つ見事な鎧をソラは早速箱から引っ張り出すと、セリムに見せに行く。


「ほらほら、この鎧! スケイルアーマーっていうんだっけ、すっごい丈夫そう!」

「確かに、見事な仕事ですね」


 鎧をまじまじと観察すると、セリムは感服する。

 ライトアーマーをベースに、一枚一枚丁寧に鱗を張り付け、なめらかになるまで磨き上げた胸部装甲は、指で触れるとまったく抵抗を感じずに滑っていく。

 元々の鱗の防御力に加え、曲線を描いて配置された鱗は攻撃を受け流す役目も担ってくれそうだ。

 腹部装甲には鱗よりも強固な甲殻を使用し、防御力を重点的に強化。

 並大抵の攻撃では、この鎧には傷一つ付けられないだろう。


「凄まじい性能を秘めていそうです。ソラさんには勿体ないくらいですよ」

「でしょでしょ、すっごいでしょ!」


 さっきからこの子は何回すっごいと言うのか。


「ね、装備してみてもいいかな。いいよね」

「構いませんよ、別に。外で着替え出したら怒りますけど、部屋の中ですしね」

「おっしゃー、早速試着だー!」


 ソラは肩出しの服とホットパンツをポイポイ脱ぎ捨てて、あっという間に下着姿になった。

 色気の欠片もないその姿は、たとえセリムにそっちの知識があったとしてもときめきは覚えないと断言できる。

 呆れ顔で服を拾って丁寧に畳むセリムを横目に、ソラはインナーを装着し、防具を次々に装備していった。


「完成! どうよ、これ。ドラゴン装備、あたしに似合ってる?」

「姿鏡、ありますよ」

「あたしはセリムの感想を聞いてんの! ほら、大好きなファッションチェックだよ」

「……そうですね。似合うかどうか、ですか」


 両手を腰に当ててふんぞり返るソラの姿を、セリムは上から下まで余さず眺める。

 まずはその顔、ドヤ顔が非常に可愛らしい。

 今すぐ想いを伝えて口づけを交わしたい、そんな感想が浮かぶ。

 次に鎧、先ほど観察した通り、光沢を放つ黒鱗。

 ソラのインナーの色は青、そこそこ似合っているのではないだろうか。

 そしてガントレット、鋼鉄製の籠手をベースに荒削りの甲殻を張り付け、拳部分には爪のような意匠が施されている。

 生半可な剣では、甲殻に絡め取られて刃こぼれするか、衝撃に砕け散ってしまいそうだ。

 最後にグリーブ、鎧の胸部と同じく、なめした鱗が脛の部分まで覆っている。

 強度は鎧と寸分違わぬだろう。

 頭の先から足の先まで眺め終わると、最後に全体のバランスをチェック。

 イマイチ統一感に欠けていた今までと比べると、かなり良くなっている。

 そもそも武具にファッションチェックもなにも無いというのが、セリムの正直な感想だったが。


「いいと思いますよ。似合ってますし、かっこいいです」

「ホント!? かっこいいかぁ……、にししっ。セリムにかっこいいって言われちゃった」


 なんだかとっても嬉しそうにしながら、防具を外そうとするソラ。

 セリムは彼女の行動に待ったをかける。


「ストップです、ソラさん。防具は脱がない方がいいですよ」

「へ? 何でさ」

「やっぱり忘れてましたね。今日の午後、例の鉱石についての話を極秘裏にして下さると、三日前に王様から連絡が来たじゃないですか」

「……おぉ、そうだった。冒険者にとっては武具を身につけた姿が正装だもんね」

「武器は置いていってもらいますけどね」


 現在の時刻は正午を回ったところ。

 今から宿を出て街中で昼食をとり、その後王城に向かう予定だ。


「私もそろそろ着替えないとですね。正装は持っていないので、ソラさんに倣って旅装で行きます」


 時空のポーチから青い旅装を取り出し、セリムはその場で着替え始める。

 服を脱ぎ、下着姿になったセリムの白い肌に、ソラの目はくぎ付けになった。

 想いを自覚したデートの日以降も、彼女はずっとセリムと一緒に入浴をしている。

 何故ならば、突然態度を変えたら変に思われてしまうから。

 出来る限りセリムの裸を視界に入れないようにしつつ、ソラは日々悶々とした思いを抱えていた。

 そんな理由もあって、たとえ下着姿でも、今のソラにとっては非常に刺激が強い。

 堂々と目の前で着替えられると、変な気を起こしそうになってしまう。


「よし、着替え終わりました。……あの、ソラさん。いつまでも姿鏡の前でぼんやりしてないで下さい。細かいチェックを入れたいので」

「あ、ゴメン。そうだよね、すぐどくよ!」


 セリムに見とれて立ちつくしてしまっていた。

 ソラが慌てて退くと、セリムは前髪やリボンの角度調整をする。

 悶々とした思いを抱えてはいるが、元々ソラの思考回路は至極単純。

 お腹が大きな音を鳴らすと、途端に食べ物のことで頭が一杯になった。


「お腹空いた……。セリム、早く行こうよー」

「まだです、リボンが微妙に曲がってる気がするんです」

「大丈夫だって。セリムはすっごいかわいいから、だから早くー」

「かわいい……。もう、仕方ないですね」


 ソラに可愛いと言われると、つい嬉しさに舞い上がってしまう。

 今の状態にすぐさま合格点を出すと、セリムは部屋のカギを手に取った。


「では行きますか。出待ちの人もさすがにいないでしょうし」

「だね。私たちのグッズまで出ちゃってるって、すっごいよね」

「本人たちには無断ですけどね……。勝手に儲けないで欲しいです」


 元々宿泊していた西区画大通り沿いの宿では、二人の顔を見ようと連日大勢の野次馬が詰めかけていた。

 中には二人のファンになってしまった者も大勢いるらしく、その様相は日に日に熱狂的に。

 宿にも迷惑がかかってしまいそうなので、二人はこっそりと宿泊先を変えたのだ。

 場所は南区画にほど近い裏通り。

 宿を変えてから二日、セリムとソラは無事に平穏な時間を過ごせていた。


「さて、ソラさん。お昼は何にしましょうか」

「揚げまー」

「却下です。落ち着いた雰囲気のレストランに行きましょう」

「えー、あたしこんな格好だし入れてもらえないって! それよりギルドで揚げま」

「却下ですって」


 執拗に揚げまーるを推すソラをあしらいながら、セリムが宿の正面玄関の扉を開けると、


「おぉ、出て来たぞ! 本当にここに泊まっていたんだ!」

「きゃーっ! 二人とも、こっち向いてー!!」

「サイン下さい! 一生の宝にするので!」

「新聞社の者ですが、インタビューに応じて頂けませんでしょうか。あっ、せめて一言だけでも」


 大勢の出待ちが出迎えてくれた。




 ○○○




 結局昼食を食べる暇もなく、二人はくたびれた様子で王城を訪れた。

 どこに行っても追い回され、落ち着く場所もありはしない。

 最初に来た時には緊張して仕方なかった王城が、今のセリムにとっては何より落ち着く場所になってしまっていた。


「ソラさん、私もうお城に住みたいです。ここなら追い回されたりしませんし……」

「んー、頼めば置いてくれるんじゃないかな。これから王様にかけ合ってみる?」

「そうしましょう……。うぅ、平穏な日々が懐かしいです……。普通の女の子に戻りたいです……」

「セリムは最初から、普通の女の子じゃなかったと思うけど」


 小さな部屋の中で、二人はお腹を空かせながら王の到着を待っている。

 小さな、と言っても会議室や謁見の間と比較しての話であり、高級な宿の一番高い部屋よりも広くて豪華だ。

 部屋の中心に据えられた円卓に腰掛ける二人。

 このような部屋で話さねばならない内容、土色の鉱石にはよほど重大な秘密があるに違いない。

 やがて部屋の扉が静かに開く。

 使用人が扉を開け、アーカリア王はたった一人で部屋へと入ってきた。

 常に傍らに控えるルーフリーにすら、この話は聞かれてはいけないのだ。


「セリム、ソレスティア、すまぬ。一週間も待たせてしまったな」

「いえ、そのような事は。わたくし共のような者のためにお時間を割いていただいて、有り余る光栄に存じます」


 またも貴族モード発動。

 お腹を空かせたアホの子は、どこかに消えてしまった。


「なにぶん多忙を極めておる身、その上に南区画の復興活動だ。体が二つ欲しいくらいだよ。おっと、すまぬ。愚痴ばかりになってしまったな」


 席についたアーカリア王は、早速本題に入る。


「さて、時間が惜しいのでな。単刀直入に行かせて貰おう。セリムよ、そなたは土色の鉱石を御所望であったな」

「ひゃいっ、あ、あにょ鉱石が、アダマンタイトの材料になると、聞いていますっ」


 緊張と空腹でいっぱいいっぱいのセリムとしては、ソラに全ての対応を丸投げして黙っていたかった。

 しかし、いくら賢そうに見えてもどんな王子様よりも素敵でもこの世界の誰よりもかっこよくて頼りになっても、所詮ソラはアホの子。

 任せっきりにしてしまえば、どんなうっかり発言が飛び出してしまうか分かったものではない。

 セリムが話を進めるしか、選択肢は無いのだ。


「うむ、その通りだ。……それ以上の詳細は、聞き及んでおるか?」

「いえっ、しょれだけですっ!」

「ふむぅ……」


 緊張で上擦った声を出すセリム。

 王は彼女の瞳をじっと見つめ、深く考えを巡らせる。

 この世界の成り立ちにも関わる、三体の龍の一つ——地巌龍。

 アーカリア王国そのものが、この秘密を守るために作られたと言っても過言ではない。

 少女の澄んだ瞳を見る限り、本当に何一つ知らないようだ、王はそう結論付ける。


「どうやら本当のようだな。あの自由人も、さすがにそこまでは口外せなんだか」

「そこまで、とは?」

「……我が城の地下深くに眠る、とある重大な秘密だ。済まぬが、ここから先の話は、一連の事件が片付いた後にしよう。どこに敵の間者かんじゃが潜んでおるか分からぬでな」


 突然の打ち切り宣言。

 今日中にアダマンタイトが手に入ると思っていたソラは、さすがに不満を口にはしなかったが、露骨にがっかりした表情を見せる。


「その秘密、それほどまでに重大なものなのですね」

「その通りだ。代々王位を継ぐ者に、この王冠と共に脈々と受け継がれて来た秘密なのだ」


 そんな秘密をよくあんないい加減で最低最悪な腐れ人間に明かしたものだ、とセリムは率直に思った。


「あの、だ、大事な秘密、師匠——マーティナには明かしたんですよね」

「明かした、とは正確な表現ではないな。あやつは最初から知っていたのだ、全てをな」


 王の言葉に、セリムは師匠との会話を思い返す。

 あの時、師匠は鉱石の詳細を最初から知っている口ぶりだった。

 ところが、鉱石どころか王家に代々伝わる秘密まで、全てを知っていたとは。

 まあ、あの腐れ人間がどんな事情を抱えていようが知った事ではない。

 あの顔を脳裏に浮かべるだけでも不快なので、考えは終わりにする。


「とにかく今日聞きたかった事柄は、お主らがどこまで知っておるか、それだけだ。続きは敵の首魁を打倒した後、よいな」

「ひゃいっ、あ、ありがとうございました!」

「セリム、忘れてる忘れてる」

「……へ?」


 お開きムードになったところで、セリムはソラに肘で突っつかれた。

 訳がわからず首を傾げると、ソラは呆れ顔。

 テンパっているセリムはここまで頼りにならないのか、ここはあたしが一肌脱ごう、そう心に決めると、緊張とは無縁のソラは王にお願いをした。


「王よ、もう一つよろしいでしょうか」

「む、ソレスティアよ、どうした。まだ何かあるのか?」

「実は私たち、城下にて顔が広まり過ぎてしまい、常に民衆に追い回されております。慕われる気持ちは嬉しいのですが一時も気が休まらず、落ち着いて食事も出来ぬ有様。厚かましいお願いかと存じますが、ほとぼりが冷めるまで、お城に一部屋貸してくださりませぬでしょうか」


 そうだった、緊張のあまりすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。

 やっぱり貴族モードのソラさんは頼りになるしかわいいしかっこいいし最高ですね、といった具合にセリムの頭はソラへのラブで一杯になった。


「そうか、それは難儀しておろう。儂としてもそなたらが城にいてくれると心強い。部屋の一つや二つ、喜んで貸そう」

「御配慮、感謝致します」

「一の丸の客間を二つ、手配しておく。それで良いな」

「あ、あにょ、一つで十分ですっ、って言うか、一つがいいですっ!」


 ソラと離れ離れにはなりたくない。

 片時も離れず、ずっと側にいたい。

 そんな想いが背中を押し、普段のセリムには絶対に口に出来ない素直な発言が飛び出した。


「おぉ、そうか。すまぬすまぬ、考えが行き届いておらなんだわ。二人とも、仲がよいのだな」

「あ、あぅっ、それは……」

「では、今度こそ失礼する」


 王は席を立ち、部屋を後にした。

 残されたセリムは顔を真っ赤にし、ソラはニヤニヤと含み笑いを浮かべる。


「にひひ、セリムってば、そんなにあたしと離れたくなかったんだ」

「ち、違っ、変な勘違いしないでください! ソラさんから目を離すと危なっかしいですから、私が側にいて目を光らせてないと安心できませんから、それだけですからっ!!」

「むふふ、照れちゃって。可愛いなぁ」

「かわっ、いいとかっ……! もう! もう!!」


 いつものように照れ隠しに意地を張るセリムと、その可愛さにすっかりやられているソラ。

 二人の世界となりつつある部屋に、ノックの音が矢継ぎ早に四回鳴った。


「……誰でしょうか。そもそも私たちに用なのでしょうか」

「んー、わかんないね。とりあえず入って貰えばいいじゃん。開いてますよー!」

「ちょっ……」


 怖いもの知らずなソラが返事を返すと扉が開き、マリエールとアウスが入室する。

 二人とも深刻な表情、只ならぬ雰囲気をセリムは感じ取った。


「やはりここにおったか、セリム、ソラ。お主らに見て貰いたい物がある」

「マリエールさん、何か良くない事でも起きたんですか?」

「良くない、と言うよりは予期せぬ、だな。二人とも、まずはこれに目を通して欲しい」


 マリエールが懐から取り出したのは丸めた羊皮紙。

 魔族間で情報をやり取りする際に使用される物だ。

 その中に記されていたのは、敵の本拠地を突き止めた旨の走り書き。

 差出人の名は、アモン・ラーナー。

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