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073 クロエさん、尻に敷かれてます

 突然乱入してきた第三王女の、あまりにも突飛な願い。

 それは、リース直属の新しい騎士団の結成。


「何と……」


 想像を絶する願いに、王は絶句するより他になかった。


「それで、どうですの? 聞いて下さるのかしら、それとも却下なさるのかしら」

「ふむぅ……。リースよ、お主はアルカ山麓にて、そこに控えるソレスティアと共にギガントオーガを四体討伐してみせた。更には王都にて第十一衛兵部隊を率い、多くのモンスターを討伐。事態が落ち着いたのち、同部隊を指揮して復興活動、治療活動に尽力。これがお主の今回の功績、確かに申し分ない働きではある、が……」


 王はしばし、沈思黙考する。

 功績は十分、統率能力の高さも今回の件で自ら証明してみせた。

 問題はその心構えが、兵の命を託すに足るものか否か。


「……一つ聞く。騎士団を持つ、それ即ち団員一人一人の命を預かることに他ならない。その重圧に耐える覚悟、その責任を全てその身に背負う覚悟、在りや無しや」

「当然、覚悟の上。王族として上に立つ者として、民の命、兵の命を背負う覚悟はとうに持ち合わせていますわ」


 アーカリア王ジョナスは、娘の赤みがかったピンクの瞳をじっと見つめる。

 我が娘ながら、本当に強く、逞しく、美しく育ってくれた。

 跡を継ぐであろう第一王女エノーラは、為政者としては優秀だが覇気に欠ける。

 第二王女イザベルは、贅沢三昧をすることしか考えていない。

 女王となるエノーラを将来傍らで支える役目を担うのは、間違いなくリースだ。

 彼女の更なる成長を促す、これはその良い機会かもしれない。

 王は深く頷き、決断を下す。


「その方の覚悟の程、しかと伝わった。では、人員は後から追って——」

「お父様がお選びになる必要はありませんわ。騎士団のメンバーは、私自ら選定済みですので」


 リースがパチン、と指を鳴らすと、青い髪色をしたショートカットの女性が謁見の間へと入場。

 その後ろには、何故かクロエが続く。

 颯爽と進む衛兵隊の隊長、ブリジットとは対照的に、非常にぎこちない足取りのクロエ。

 先ほどまでのセリム以上にあわあわしている。

 貴族や王族、そして英雄たちの注目を一身に浴びつつ、二人は王の御前にて跪いた。


「お父様も御存じかと思いますが、彼女は第十一衛兵部隊の部隊長、ブリジット・サンドフォード。彼女を騎士団長とし、その部下二十九名と合わせた都合三十人を、私の持つ騎士団の総員とします」


 リースの宣言に貴族たちは大きくざわめき、王は驚嘆する。


「な、何を言うておるのだ。騎士団長は公爵家の人間でなければ就けぬ決まり! そなたもよく知っているだろう。その者は公爵家どころか、平民の出ではないか!」

「それはお父様の騎士団である、王城騎士団の決まりのはず。新設される私の騎士団の掟、その一切は私が取り決めます。私の騎士団に、公爵家の出というだけでトップに居座る名ばかりの役立たずは一切必要なし! 身分すらも関係なく、優れた人材のみを取り立てる、それが精強なる騎士団の在るべき姿と私は心得ているわ」

「ひ、姫殿下! それはあまりに横暴な物言いではありませぬか!」


 声を上げたのはジャローマルク卿。

 公爵家の跡取りとして生まれた彼は、現在王城騎士団の騎士団長を務めている。


「あんまりな物言いですって? どの口が申しているのかしら。ねえ騎士団長さん、あの非常事態にあなた一体何をしていらしたの? 安全な王城の奥に隠れて、情けなく震えていただけなのではなくて? そのような腑抜け、私の配下には相応しくないわ。こちらから願い下げよ」

「なっ……! うぐぐ……」


 あまりにも痛いところを突かれ、彼は顔を赤くして引き下がる。

 その二つ隣りに立つティアナは、顔にこそ出さなかったものの、胸がすく思いがした。


「さて、お父様。異存はありますでしょうか」

「……致し方なし、か」


 古くから続く、身分のみを絶対視した慣習。

 王自身、この慣習には思うところがあった。

 先の緊急事態において、騎士団長が全く機能しなかったことも、また事実なのだ。


「良かろう。リースよ、お主の騎士団の編成は、全てお主の手で行うが良い」

「さすがの御賢慮に御座いますわ」


 リースは王に対し一礼すると、優雅に振り向き貴族諸侯にも一礼をする。

 公爵家を除く貴族達からは、万雷の拍手が惜しみなく送られた。

 さすがは我がライバル、と何故か誇らしげなソラ。

 一方、セリムは先ほどから自分の背後で小刻みに震える親友が気になって仕方ない。

 何故クロエまでこの場に呼ばれているのか。

 明らかに場違いな状況に放り込まれた鍛冶師の少女は、気の毒なほどに狼狽していた。


「さて、お父様。王都に蔓延はびこるモンスターの掃討、その功労者がもう一人いらっしゃる事は御存じですわよね」

「うむ、スミス・スタンフィードの娘である鍛冶師の少女、クロエ・スタンフィードであろう。彼女もこの場に呼ぶはずだったのだが、直前でお前が待ったをかけた——にも関わらずこうして今、自らこの場に連れて来るとは。我が娘ながら何を考えておるのやら……」


 娘の突拍子もない行動の連続に、王はいささかお疲れの御様子。


「実は私、彼女がいたく気に入りましたの。鍛冶師の腕前は勿論、衛兵隊の面々と共に肩を並べて戦ったその勇敢さも」


 一体何をやらかすつもりなのか、クロエ本人すらリースから何も話を聞けていない。

 リースはクロエに目線をやり、ニッコリと笑う。

 絶対に何かを企んでいる顔だ、クロエは緊張のあまり口から心臓が飛び出そうになった。


「新しい騎士団の結成にあたり、武具の調達は必要不可欠でしょう?」

「そうだな、新たな騎士団の門出に使い古した武具ではきまりが悪い。何より騎士の面々に面目が立たんだろう」

「ですから私、彼女に全員分の武具一式を作って貰おうと思いまして」

「ええ!?」


 思わず大声を出してしまった。

 クロエは口元を押さえ、左右を見回して恥ずかしげにうつむく。


「……この様子では彼女にも何も告げていなかったようだな」

「サプライズですわ」


 そんなサプライズいらないよ!

 そう全力で突っ込みたいクロエだった。


「もうよい、一切を好きにせよ。これ以降、儂は何も口を挟まぬ。……まこと、我が娘ながら手に負えぬわ」

「褒め言葉と受け取っておきますわ。それと、一切を好きにせよとの言葉——前言は撤回しませぬように。それではお父様、私はこれにて失礼致します」


 最後に恭しくドレスの端と端をつまんでお辞儀すると、リースは階段を下る。


「さ、行くわよ」

「はっ」

「ひゃいっ!」


 ブリジットとクロエはリースのあとに続き、三人は謁見の間を後にする。

 結局何一つ発言の機会を与えられなかったクロエの背中を、セリムは憐れみと共に見送った。

 彼女たちが出て行くと、まるで嵐が過ぎ去った後のような様相。

 広い謁見の間を、しばし静寂が支配する。

 やがて、アーカリア王の咳払いと共に締めくくりの挨拶は仕切り直される。


「コホン、思わぬ形で中断してしまったが、改めて。英雄たちよ、そなたらの活躍によってこの国は救われたのだ、改めて礼を言わせて貰う。特にセリム、お主の名は真の世界最強として、この大陸中に轟くであろう。では、これにて謁見は終いとする」


 王の言葉が終わると、ファンファーレが盛大に吹き鳴らされる。

 ローザたち四人とソラが立ち上がり、セリムも彼女らを真似てワンテンポ遅れて立ち上がる。

 英雄達は花道を堂々と、一人は若干オドオドしながら進み、謁見の間を後にした。



 謁見の間を出てしばらくすると、極度の緊張から解放されたセリムは深い深いため息を吐いた。

 大陸中に英雄として名前が轟くとなると、これからは町娘としての気ままな生活など送れそうにない。

 この旅が終わってからも、セリムの名を頼りに大冒険をしなければ調達出来ない困難な依頼が山ほど舞い込むだろう。


「どうしてこんな事になってしまったのでしょう……。まさか世界最強の称号を貰ってしまうなんて……」


 セリム自身、自らの力がそこまでのものだとは思っていなかった。

 世界最強といってもあくまでアイテム使いという括りの中での話、ずっとそう信じていたのだ。

 それがまさか、ずっと昔に倒したドラゴンが世界最強のモンスターだったなんて。

 次元龍を筆頭に、もっと強いモンスターなど山ほどいたはずなのに。


「……でも、とうとうアダマンタイトにあと一歩のところまで辿り着きました」


 それだけが不幸中の幸いと言えた。

 大会は中止になってしまったが、目的である土色の鉱石はもうすぐ手に入るのだ。


「にしし、さっきのあたし、ナイスアシストだったでしょ。いっぱい褒めてもいいんだよ、っていうか褒めて褒めて」


 セリムに対し、いつも通りの人懐っこい笑顔で絡んでくるソラ。

 凛々しく引き締まっていた顔は見る影もなく、ゆるっゆるに緩んでいる。

 さっきまでの素敵な貴族様はどこへ行ってしまったのか、これはこれで可愛いけれど。

 結局可愛さにほだされ、セリムはソラの頭を優しく撫でてあげた。


「よしよし、良い子良い子。全部ソラさんのおかげです、珍しく機転が利いていましたよ」

「んにゃ……、気持ちいい……」


 頭を撫でられたソラは、セリムに抱きついて頬を擦り寄せる。

 そんな二人の様子を、タイガは興味深げにじっと見つめていた。


「……ふむ、なるほど」

「どうしたタイガ。私達の用事は済んだんだ、もう行くぞ」


 ローザの声掛けに、彼女はちょこちょこと小さな歩幅で走り寄っていく。


「ローザよ、一つ良いだろうか」

「何だ、また食い物か? 確かに臨時収入が入るし、多少高い物でも買ってやれるが……」

「そうではない。喜べ、ローザにタイガの頭を撫でる権利をやる」

「……は?」


 ローザを見上げるタイガは、何故かドヤ顔。

 目を輝かせつつ、頭を撫でられる時を今か今かと待っている。


「何だ、突然。頭でも打ったのか?」

「そうではない。愛らしいタイガの頭を撫でられるのだ、ほら、今すぐすると良い」

「アホなこと言ってないで、行くぞ。テンブさんもルードも待ってるんだ」

「……………………ぷくぅ」


 タイガの思惑とは裏腹に、ローザは先を歩く仲間を追って立ち去ってしまう。

 頬を膨らませつつ、タイガは渋々その後ろをついていった。


「……なるほど。ソラさん、彼女もまた恋する乙女のようですよ」

「んぇ、何が……?」


 いじらしい少女の姿に、セリムは何かを敏感に感じ取り、心の中で密かにエールを送る。

 その腕の中でとろけた表情を浮かべるソラ。

 セリムのなでなでが気持ち良すぎて、一連のやり取りは彼女の耳に一切入っていなかった。




 ○○○




 謁見の間を後にした王は、その足でマリエールの待つ会議室に向かう。

 側近のルーフリーも、彼に従い後に続いた。

 この緊急の会談はマリエールたっての希望。

 両国家に関わる大切な話があるとのことだ。

 会談の舞台となる一室の扉を開けると、既に魔王は席に着き、王の到着を待っていた。

 側近たるアウスも、その傍らに控えている。

 速やかに席に付くと、王はまず謝罪の言葉を口にした。


「すまない、魔王殿。約束の時間に遅れてしまった。じゃじゃ馬娘の思わぬ闖入ちんにゅうがあったものでな」

「構わぬ。余も少々、心の準備が必要だったのでな」


 これから口にする事柄は、ともすれば両国間の関係を大きく揺るがしかねない。

 幾多の修羅場をくぐり抜けた彼女でも、強い覚悟が必要だった。


「王も多忙だろう、なにせこの国難だ。前置きは省き、単刀直入に言わせて貰う。余はこの王都に、観光などのために来たのではない」


 王の傍らに控えるルーフリーは、目元をピクリと動かした。


「余の住まう魔王城、そこに安置された源徳の白き聖杖。我が国の至宝たるその杖が、何者かによって盗み出されたのだ」

「な、なんと、そのような事が……」


 寝耳に水の事実、王は大いに驚きの色を示す。


「賊の名前は割れている。サイリン・マーレーン、グロール・ブロッケン、共に魔族だ。彼奴らは杖を盗み出し、アーカリア領へと逃亡した。そして余は、アウスと共に賊を追って国を出たのだ」

「成程、アイワムズもそのような国難に見舞われておったとは……。しかし、話が見えぬ。何故今になって、そのような国家機密とでも言うべき話を打ち明ける気になったのだ」

「この件が、アーカリア王国と無関係ではなくなったからだ」


 今回の事件で、敵はマリエールの想定を大きく越える力を見せつけた。

 一国すら転覆させかねない力、魔王の証を求める未だ見えぬ敵の首魁。

 もはやアイワムズだけの問題ではない。


「先に述べた賊の名前、王も聞き覚えがあるはずだ」

「……はて? どこでだったか」

「魔物を操る力を持った襲撃者、ヤツが口にしておったのだ。この二人は自分の仲間だと」


 アーカリア王の中で、ようやく話が繋がった。

 杖を盗み出させた黒幕と、王都壊滅を目論んだ黒幕は同一人物。

 ナイトメア・ホースの言葉は、その事実を如実に物語っている。


「敵はアーカリアとアイワムズ、二つの国家に牙を剥き、それぞれの国家を滅ぼしかねない力を保有している。奴らの力は、一国の力すら凌駕しかねないのだ」


 マリエールは席を立ち、王の傍らへと歩み寄る。


「アーカリア王よ。今こそ我ら過去のしがらみを捨て去り、共に手を取り立ち向かう時ぞ!」

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