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070 早速ですが、心が折れそうです

 長い長い一日が終わり、新しい朝が訪れた。

 南区画の被害は大きく、特に闘技場周辺の被害は甚大。

 倒壊した家屋の数は千棟に迫り、犠牲者は民間人約百名、軍人の殉職者三十一名。

 大会参加者四十八名の内、ギガントオーガによって命を落とした者は七名。

 突然の大惨事に人々は震えあがったが、同時に被害をこの程度(・・・・)に押し留めた英雄たちの名前も話題に持ち上がる。


 アルカ山麓に駆け付け、ギガントオーガを倒して回ったローザたちの鬼神の如き戦いぶり。

 自らギガントオーガを討伐し、王都に取って返すや兵を率いてモンスターを討ち払い、その後の復興活動にも尽力した第三王女、リース。

 同じくギガントオーガと王都の魔物の掃討に大きく貢献したソラは、大会が無事に終わっていれば優勝者は彼女だったと囁かれている。

 そして、王都の空を舞い、世界最強の魔物を下した可憐なる少女。

 見間違いだと言う者もいたが、かの有名なドラゴンの王が殴り殺されて南門前に転がっている様を見せられては口を噤むしかない。

 英雄の少女を一目拝もうと、彼女が宿泊していると噂の宿屋には朝から人だかりが出来ていた。


「……ソラさん、なんですかあれ」

「あたしのファンじゃないかなー。昨日の大活躍で惚れちゃったとか?」

「あのですね、聞こえてくるんですよ。世界最強の少女、とか。ドラゴンスレイヤーがどうとか」


 超人的な聴力を研ぎ澄ませると、部屋の中からでも外の会話は聞こえてくる。

 明らかに彼らの目当てはソラではなく——。


「どう考えても私のことじゃないですか!!!」


 可憐な一人の町娘でいたかったのに。

 ドラゴンを素手で殴り殺したなんて、可愛さの欠片もない噂まで流れてしまっている。

 と言っても、素手で殴り殺したのは紛れもない真実なのだが。

 セリムはベッドに潜りこみ、頭から布団を被った。


「うぅぅぅぅ……、どうしてこうなったんですかぁ……」

「別にいいじゃん。みんなセリムの顔を見たがってるよ? 出てってあげようよ」

「嫌です……。バケモノを見るような目を向けられたら、二度と立ち直れません……」

「もう、マイナス思考禁止! あたしも一緒に出てってあげるからさ」


 布団を引っぺがして、ソラは無理やりセリムを引き起こそうとする。

 このまま部屋にいたいセリムは当然抵抗し、腕の引っ張り合いが始まった。

 当然セリムは極限まで手加減した上で。


「いーやーでーすー! ソラさん一人で行ってくださーいー!」

「セリムを置き去りにしてチヤホヤされても楽しくないやい!」

「もう! 本気で引っ張りますよ!」

「やめて、ソラ様死んじゃう」


 長い引っ張り合いの末、とうとうソラが力負け。

 あえなくベッドに引っ張り倒され……。


「あっ……」


 ベッドに横たわるセリムの上に、覆いかぶさる格好になってしまった。

 子猫のようなじゃれあいから一転、ソラは自分の下に横たわるセリムの顔から目が離せなくなる。


「セ、セリム……」

「ん? どうしたんですか、ソラさん。突然黙ったりして」


 押し倒す姿勢のまま真剣な表情で黙ってしまったソラを、セリムは不思議そうに見上げる。

 ソラと違い、彼女はこの状況の意味するところが分かっていなかった。

 あどけない表情で首を傾げるセリム。

 弾け飛びそうになる理性を、なんとか繋ぎとめる。


「な、なんでもない! ごめんね、重いよね。すぐにどくから!」

「全然重くありませんけど……。おかしなソラさんですね」


 ソラが大急ぎで体を離すと、セリムはまた布団の中に逆戻りしてしまった。


「とにかく、私は今日一歩も外に出ませんから。買い出しとかはソラさんがお願いします」

「んー、しょうがないなぁ……。じゃ、あたしだけでも顔見せしてくるね。せっかく来てくれたんだし」


 結局力では勝てない上に、言い負かす自信もない。

 ソラはセリムを諦めて部屋を出て行こうとする。

 目的は当然、大いに目立つため。

 スキップ交じりにドアノブに手をかけたところで、部屋のドアがノックされる。


「おっ、来客? 誰だろ、ファンの人かな」

「その声はソアラか。留守じゃなくて良かった。私だ、開けてくれ」


 扉の向こう側から聞こえて来たのは、凛とした女性の声。

 訪問者が誰か、セリムはすぐに分かった。

 妹であるソラなら尚更だろう、と思いきや、ソラはドアの前で警戒態勢を取っている。


「…………誰?」

「冗談はよしてくれ、急ぎの用事なんだ。早くカギを開けてくれ」

「怪しい……。セリム、敵の罠かもしれないよ! ここは用心して——」

「も、もしかして本気で言ってるのか……?」


 若干のショックが混じった声。

 見かねたセリムは、ソラに耳打ちする。


「あのですね、ソラさん。ごにょごにょ……」

「え……? あ、あ〜……。じょ、冗談に決まってるし! おねーちゃんの声が分からないとかあり得ないし!」

「そ、そうか……」


 ようやくカギを開けてもらい、室内に招かれたティアナは非常に複雑な表情を浮かべていた。


「冗談で良かったよ……。妹に声を忘れられてるとか、ショックなんてもんじゃないからな……」

「あ、あはは……。それよりも、おねーちゃんがわざわざ来るなんてどんな用事なのさ」


 普段着ではなく鎧姿、それに急ぎの用事。

 セリムは嫌な予感をひしひしと感じていた。


「実は、アーカリア王が二人に会いたいそうでな。私はその使いだ」

「え、王様が? 王様の方からあたし達に会いたいって?」

「今回の一件を収めるにあたり、特に功績の大きかった者たちに論功行賞をされるとのことだ。式典は明日、今すぐ登城してくれ」

「おお! やったじゃん、セリム、王様に会えるよ! しかもご褒美くれるって! これって土色の鉱石をゲットする大チャンスじゃん!」


 大会が中止になった今、アダマンタイトへの道のりは再び閉ざされたかに思われた。

 そこに舞い込んだ願っても無い絶好のチャンス。

 ソラはテンションを上げるが、セリムは困り顔。


「セリム、嬉しくないの?」

「嬉しいですよ。嬉しいですし、喜ばしいことですが……」


 もしかするとその式典、主役は自分なのでは。


「ですが、何?」

「なんでもありません……。ところで王様と謁見とのことですが、生憎礼服などは持ち合わせていなくって。どうしたらいいでしょう」

「それならば問題は無い。王は事件を収めた際の勇猛な姿を御所望だ。昨日の服装のままで構わない」

「勇猛って、私の昨日の格好、お気に入りのケープなんですけど。そんな格好でいいんでしょうか……」

「構わないさ。私はその場にいなかったが、ドラゴンの火炎弾を拳一発で消し飛ばしたキミの背中が忘れられないと仰せでね」

「そ、そうですか、大変光栄に思います……。はぁ……」


 大観衆の目の前で国王と魔王の命の危機を救い、世界最強の竜をあっさり倒してしまった上に、国王に表彰されてしまう。

 セリムの名は大々的に知れ渡り、瞬く間に有名人の仲間入りとなるだろう。

 どうしてこうなった、一人の町娘として可愛いファッションを楽しみつつ細々と暮らしたいだけなのに。

 ティアナがいる手前グッと我慢するが、ソラと二人きりだったら泣きついていたところだ。


「おっしゃ、じゃあ色々と準備しなきゃね。えっと、必要なものは……」

「装備だけで構わない。他に必要なものがあれば王宮で用意する」

「さすが、太っ腹だね。じゃあ鎧と、剣と……」


 部屋の隅にまとめて転がっている武器と防具をまとめて抱えたソラは、重そうによろけつつセリムの側へ。


「セリム、お願い。これ全部ポーチに入れといて」

「仕方ないですね……」

「ポ、ポーチに……?」


 急に何を言い出すのか、この妹は。

 そう思ったのも束の間、セリムは当然のように大剣を掴むと、小さなポーチににゅるにゅると吸い込まれていく。

 目の前で起こった怪奇現象に、ティアナは目を丸くした。


「なぁ、今剣が消えなかったか……?」

「これは時空のポーチというマジックアイテムです。どんな物でもいくらでも入るんですよ」

「……そうか。——そうなのか」


 何でもないことのように説明されては、素直に受け入れるより他になかった。

 剣を収納したセリムは、続いて鎧を入れようとするが、


「この鎧、細かいヒビが全体に入ってます。次に大きな衝撃を受けたら、砕け散ってしまうでしょうね」

「あちゃー、でっかいヤツのパンチまともに食らったからなー。イリヤーナで買ったばかりなのに、もうダメになっちゃったか……」

「ガントレットもグリーブも、ところどころ装甲が落ちてます。明日の謁見が、この子たちの最後の役目になりそうですね」

「あうぅ、ガントレット、今までありがとよ……。グリーブなんて初陣だったのに……」


 ポーチに収納される防具たちに、名残惜しげにねぎらいの言葉をかけるソラ。

 買ったばかりのライトアーマーとグリーブは、特に残念がる。


「ソアラ、それなんだがな。今南門前に転がっているヴェルム・ド・ロードの素材を材料に、装備を強化するのはどうだ」

「へ、セリムが素手で一撃で殴り殺したあのデカブツ、使っていいの?」

「やめて下さい、殴り殺したとかホントへこみますからやめてください」

「なにせ40メートル以上の巨体だ。一人分の装備に素材を回しても、影響は微々たるもの。それに、あの巨竜の素材は今回の功労者に優先的に回すよう指示が出ている」

「おぉ、ドラゴン装備……! うにゃあぁぁ、テンション上がってきたぁぁぁ!!」


 落ち込んだ状態から一転、装備のアップグレードに目を輝かせる。

 コロコロと変わる表情の可愛らしさに、セリムはこの上なく癒された。


「セリムさんは準備の方、よろしいのだろうか」

「私の手荷物は、このポーチだけなので。いつでも行けます」


 汚れてしまった昨日の服は昨日の内に、水の魔力石を組み込んだ洗濯機で洗い、風の魔力石を組み込んだ送風機で乾かしてポーチの中に納めてある。

 セリムの私物は全てポーチの中。

 ——師匠に貰った謎の卵も未だポーチの中。


「では出発するとしましょう。送迎の馬車は貴族街への門前に待たせています。そこまでは歩きですが、どうかご容赦を」

「おねーちゃんに護衛されて王城に出向くなんて、なんかとっても偉くなった気分。クリスティアナよ、大義である。なんちゃって」

「調子に乗るな」

「あでっ!」


 マリエールの真似をしてみたソラ。

 姉のげんこつを脳天に食らい、涙目で頭を擦る。


「うぅ、何もぶたなくても……」

「もう、なにやってるんですか、ソラさん。かわいいですね。ほら、馬車を待たせてるんですから、急ぎますよ」

「そだね、急がないとね。……うん?」


 今、セリムからおかしな発言が飛び出したような。

 首をひねるが、姉に頭をぶたれたせいで聞こえた幻聴か何かだろう。


「では行きましょう。あの中に飛び込む覚悟は決めましたから……!」

「外に部下を二人待たせている。私と彼らでセリムさんを警護する予定だ。安心して任せてくれ」

「あたしは?」

「お前の警護、必要か? 自分から進んで人だかりに飛び込むタイプだろ」

「ひどい! あたしのこともちゃんと守ってよ!」

「はいはい、ついでに守ってやる」


 抗議の声を上げ空に投げやりを取るティアナ。

 彼女の先導で、二人は部屋を出て宿の玄関口へ。

 玄関扉が開け放たれ、入り口で待っていた二人の騎士が合流する。

 セリムは覚悟を決めると、宿の外へと一歩を踏み出した。




 ○○○




 貴族街の坂を上る馬車の中、セリムはソラの膝枕でぐったりとしていた。

 美しい彫り物や色とりどりの装飾が施された客車の内装を楽しむ余裕は、今の彼女にはないようだ。


「セリム、大丈夫? ってか、何か嫌なことでもあったっけ」

「私にとってはショックなんですよ、あれは……」


 宿を出た瞬間、案の定セリムとソラは人だかりに囲まれた。

 ティアナ達が回りを囲んでくれたため、群衆にもみくちゃにされはしなかったものの、セリムの耳は彼ら彼女らの囁き一つに至るまで拾ってしまう。

 思ったよりずっと可愛い、本当にあんな可憐な少女が、などの呟きはまだマシだったが。


「あんな細腕にオーガ以上のパワーが、とか。歩く戦略兵器の二つ名はどうだろう、とか。終いには、子どもに指をさされて……っ、『ねえねえ、おかあさん。あのおねーちゃんね、すっごいかいりきなんだって。モンスターみたいだってとなりのおばさんいってた!』なんて言われて……っ。あんまりですぅ……、ぐすっ……」

「あー……、よしよし。辛かったね。大丈夫だから、セリムは可愛い女の子だってあたしが一番よく知ってるから。だから泣かないで」

「うぇぇぇぇっ……」


 セリムは半泣きで、ソラは声援に応えながら上機嫌で通った西大通りは、普段と全く変わらない賑わいを見せていた。

 被害が南区画だけで済んだのは、セリム達の功績に因るところが大きい。

 立派なことをしたのだから、もっと胸を張ってもいいものだろうに。

 向かいの座席に部下と共に座るティアナは、妹に泣きつくセリムを眺めながらそう思うのだった。



 やがて坂を登り切った馬車は、城門をくぐって敷地内へ。

 第一城郭前の停留所で停車し、セリムたちは馬車を降りる。

 見上げるような白亜の城郭が二つ連なり、その中心にそびえる王城。

 間近で目にする威容に、セリムは圧倒される。


「こ、ここがお城ですか……。本当に私なんかが入ってもいいのでしょうか……」

「ほらほら、もっとリラックスして。そんな大した場所じゃないから」

「いや、大した場所だから。セリムさん、本日宿泊するお部屋へご案内します」


 早くも緊張でガチガチになったセリム。

 そんな彼女の肩をソラは優しく揉みほぐす。

 二人はティアナの案内で、一の丸に続く道を第一城郭沿いに歩く。

 落ち着かない様子で辺りを見回していると、セリムは赤毛の親友の姿を見つけた。

 彼女は馴れた足取りで、人気ひとけの無い場所から足早に出てくる。


「あれ、クロエさん? まだ王城にいたんですね」

「お、ホントだ。おーい、クロエーっ! こっちこっちー!!」


 リースとの密会を終えたそばから、突然大声で呼びかけられたクロエ。

 彼女はこの時、心臓が口から飛び出しそうになったという。

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