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007 いつかきっと、戻ってきます

 この姿鏡で身だしなみを整える時間は当分来ないだろう。

 早朝のひんやりとした空気、鳥のさえずりが聞こえる中、気合を入れて髪を整え、ツーサイドアップに仕上げる。


「よし、出来ました。旅装ですから、まあこんなものでしょう」


 くるりと回って後姿も念入りにチェック。

 青色に染め上げた、破れにくい素材の丈夫な服。

 胸元に留めた大きなリボンでかわいさをアピールしていく。

 スカートは当然ミニ、これだけは外せない。

 絶対に譲れない信念のようなものだ。

 最後に背中だけを覆うタイプの短いマントを着けて、全体のバランスを確認。


「セリムー、まだー?」

「待ってください。こっちは長期間店を開けるんですから、色々とやらなきゃいけないことがあるんです」


 店の入り口でスタンバイしているソラは、インナーの上からブレストプレートとガントレットを着け、群青のツヴァイハンダーを背負った姿。

 小さな手荷物をぶら下げてはいるが、中身を見せてもらったところ替えのインナーしか入っていなかった。

 今までずっとそんな調子で長旅をしてきたのか。

 女の子としてそれはどうなんだ。

 ポーチに色々詰め込みつつ、セリムは問い詰めたくて仕方がない。

 かく言うセリムも、いざとなれば全てを現地調達で賄えるサバイバル技術は身につけている。

 不本意な上に二度と使う気は無いが。

 もう二度と、野生児に戻ってなるものか。


「これでよし、と。あとは戸締まりをしっかりして……」


 お気に入りの服の数々、店の棚に置いてある素材、ありったけのお金を詰め込んだ財布。

 さらには生活必需品から女の子にとって欠かせない物まで、あらゆる物資をポーチに詰め込んだセリム。

 裏口の戸閉まりを確認し、窓をしっかりと閉めてカギをかける。

 紙を取り出してペンを走らせ、入り口のドアに内側から張り付けた。


「準備完了です。いいですか、普通女の子の準備には時間がかかるものなんですよ」

「むぅ、あたしは普通じゃないって言いたいのかー。でもま、普通をはみ出してるくらいじゃないと世界最強になんてなれないよね」

「威張ることですか。さ、行きますよ」

「おーっ!」


 ドアを開けるとソラが先に軽やかなステップで通りに飛び出す。

 そっとドアを閉めてカギをかけ、プレートをクローズ表記に。

 内側に張られた張り紙には「長期依頼が入りました。しばらく店を閉めます。ご容赦ください」と書かれている。


「長い間留守にすると思いますが、絶対に帰ってきますから。いってきます、私のおみせ」


 小さく呟いて、自分の店を見上げ、目に焼き付ける。

 ソラについていきたい、そんな自分のわがままのために店を開けることを、町の皆にも心の中で詫びる。

 ごめんなさい、でもいつか戻ってきます。

 人通りの無い早朝の通り、町の中心に向けて頭を下げる。


「……では行きましょうか、ソラさん」

「おっし、出発だー! ……で、どこ行くの?」

「決めてないんですか……」


 まさかの質問に呆れ顔のセリム。

 依頼主であるソラが先導してしかるべきなのだが。


「昨日方針は決めたじゃないですか、人の多い場所を目指して情報収集するって」

「けどさ、けどさっ、具体的には決めてないじゃん」

「それはそうですけど、この国で人の多い場所といえば当然、王都アーカリアですよね」

「げっ、王都……!」


 あからさまに嫌そうな顔で、ソラはたじろいだ。

 まるで王都には行きたくないとでも言いたげな態度。

 セリムは当然怪訝に思い、彼女に尋ねる。


「王都、行きたくないんですか? なにか不都合でもあるとか……」

「べ、別にそっ、そんなことはないよぉ〜」

「なら決まりですね。目指すは王都です。ここからだと何日かかるかわかったもんじゃないですけど」

「おう……、おうとぉ……」


 嫌な汗を流しながらうめき声を上げるソラ。

 明らかに都合の悪いなにかが王都にあるのだろう。

 もはや見え見えではあるが、あえてのスルー。

 手がかりが何も無い以上、まず必要なのは情報だ。

 闇雲に探し回っても、見つかるはずなどないのだから。


「目的地も決まったところで、早速出発しますよ。白目なんか向いてないで、ほら」

「ほんとに行くのね……」

「王都はずっとずっと東の方ですからね。まずは北東のコロドの町を目指しましょう」

「行ったことない町だ! おーし、いっくぞー!」


 眉をしかめて嫌そうにしていたかと思えば、八重歯を覗かせて満面の笑顔。

 コロコロと変わる喜怒哀楽。

 拳を突き上げて意気揚々と進む彼女の姿に、セリムも自然と笑顔になる。


「ふふっ、ソラさんといると退屈しませんね」

「んゃ、なんか言った?」

「なんでもありませーん」


 ソラと並んで通りを歩く。

 視界を流れて行く町並み。

 まだ日が昇って間もない町は、未だ眠りから覚めてはいない。

 名残惜しさを感じつつも、これは自分で選んだ道。

 木製のアーチをくぐり、リゾネの町の門を抜ける。

 一度振り返ってなじみの町を少しだけ見つめ、またすぐに歩き出した。




 ○○○




 町を出たからといって、すぐにモンスターの脅威に晒されるわけではない。

 危険地帯と呼ばれる危険度レベルが設定された場所以外、魔物は滅多に出没しない。

 町を出て数時間、のどかな風景が広がる街道を二人の少女は連れだって歩いていた。


「さっきから何を道草食ってるのさ。早く行こうよー」

「アイテム使いにとってアイテムは生命線なんです。可能な限りストックを確保しておかないと」


 道端にしゃがみ込んで草をむしり、ポーチに次々突っ込んでいくセリム。

 パッと見雑草にしか見えなくても、彼女は一瞬で有用な草を見分けられる。

 知っていて見過ごせるはずもなく、セリムは時おり唐突に草むしりを始めるのだった。


「生命線もなにも、セリム強いじゃん。アイテム無くったって余裕でしょ」

「忘れたんですか、私は後方支援に専念するんです。前衛はソラさん、私はそのサポート。余程の強敵が現れない限り、これは崩しませんから。ソラさんのサポートをする以上、どれだけアイテムがあっても足りる気がしませんし」

「むむむ、セリムのサポートで強敵を倒す……、するとあたしは強くなる。セリムはミニスカートを堂々と履ける。おぉ、ういーんういーんだ!」

「はい、ウィンウィンの関係なんです」


 納得いったようで、何度も頷くソラ。

 ポーチに大量の草を詰め込んだセリムはようやく立ち上がる。


「さて、ソラさん。ここからは危険度レベル5、風凪ぎの草原です。不思議と風が吹かないこの草原は東西に広く、やむをえず街道を通した場所」

「ほぇ〜、そうなんだ」

「各地にはこうした避けては通れない危険地帯が沢山あります」

「さすがにそんくらいは知ってるよ。よーし、早速このミスリルの剣の出番が……」

「なので出来るだけ気配を殺して行きますよ。モンスターに出くわしたくはありませんので」

「出番来ないのー!?」


 試し斬りの機会が早速訪れると思っていたソラは肩透かしを食らう。

 が、ここはセリムの判断が正解。

 風凪ぎの草原を抜けるまでにかかる時間は丸一日以上。

 自分からモンスターに喧嘩を売っていたのでは、セリムはともかくソラの体力が持たない。


「さ、足を踏み入れますよ。ここからは大きな声は無しでお願いします」

「はーい、りょーかいでーす……」


 律儀に小声で返事を返してくれたソラ。

 二人は並んで、危険地帯の境界線を越えた。

 その途端、全身に感じていた風がピタリと止む。

 完全なる無風地帯、危険度レベル5・風凪ぎの草原。

 この現象がどういったメカニズムで起きているのかは解明されていない。


「うわぁ、気持ち悪ぅ。急に風止まったんだけど」

「それがこの草原の名前の由来です。周囲にモンスターの気配はありませんね。静かに進みましょう」


 風の音がしない、すなわち自然に草が揺れることは無い。

 無風地帯であるこの草原は静寂に包まれ、草擦れの音が遠くまで響く。

 なるべく草には触れず、街道の真ん中を歩いていく。


「砂利を蹴立てたりもしないでくださいよ。この地帯のモンスターはどんな小さな音も聞き逃しません」

「わかった、静かに歩くわね」


 小声で囁き合い、出来る限り息を殺し、足音を消して進む。

 照りつける太陽、火照った体を冷ます風は吹かず、じとっとした空気。

 汗が滴り落ち、髪が肌にべっとりと張りつく。

 会話も極力少なめに、黙々と歩き続けること三時間。

 ソラがその場にしゃがみこんだ。


「セリム……、ぜぇ……、ちょっと待って、ストップ……、はぁ……」

「大丈夫ですか? 熱中症には気をつけてくださいね。ちょっと待っててください」


 ポーチの中から、竹の水筒と白みがかった小さな欠片を取り出して、ソラに手渡す。


「水と岩塩です、どうぞ」

「あ、ありがと……、ポリポリ、んぐんぐ」


 岩塩を口に放り込んで噛み砕き、水で乾いた喉を潤おす。

 体が蘇るような心地に、ソラは思わず叫んだ。


「ぷはぁーーっ!! 生き返るぅーーーっ!!!」

「ちょっ……何叫んでるんですか、アホですか……!」


 静かな草原に響き渡るソラの声。

 慌てて口を両手で押さえるがもう遅い。

 周囲の草むらがガサガサと動き、何かの集団が二人を取り囲んだ。


「ご、ごめん……!」

「謝るのは後です。音が聞こえる範囲にいたモンスターはこれで全てのようですね」

「うぇぇ、全部きたの!?」

「こいつらを全滅させれば、一応の安全確保は出来るってことです。さて、ここの危険度レベルは5。ソラさん、責任とって一人でやれますね?」

「うぅ、了解です……。セリム様のお手を煩わせることなく片付けます……」


 深い反省の色と共に、ソラは立ち上がった。

 背中に背負ったツヴァイハンダーを静かに抜き、両手で持って構える。

 茂みの中から抜け出て街道に姿を現したのは、四本足の灰色の獣の群れ。

 十頭近いモンスターが、ソラとセリムを取り囲んだ。

 集団で狩りを行う狼型モンスター、グラスウルフ。

 危険度レベルは3だが、集団で囲まれるとその危険性は跳ね上がる。

 初心者の冒険者が舐めてかかると、命を落としかねない。


「む、こいつらか。よゆーよゆー」


 世界最強を目指しているだけあって、ソラもこの程度の敵に遅れは取らない。

 彼女の強さの目安となる冒険者レベルは12。

 加えて今は、強力な武器を持っている。

 牙を剥いて襲いかかる一頭のグラスウルフ。


「そーれっ!」


 敵の動きに合わせて振り抜く一刀。

 コバルトブルーの軌跡が閃き、グラスウルフはその体を容易く両断された。


「切れ味凄い! スパッといったよ、セリム!」

「良かったですね。ほら、まだ向かってきますよ」

「おっとそうだった。よっしゃー、どんどんかかってこーい!」


 代わる代わる飛びかかるグラスウルフ。

 ツヴァイハンダーはその長さの割に、重量を感じない。

 素早いグラスウルフの動きに対応し、次々と斬り伏せる。


「私の方にも来てますよ」

「セリムには指一本触れさせん! とりゃーっ!」


 セリムに襲いかかったウルフも斬り捨て、十頭いた敵はついには残り三頭。

 とうとう恐れをなし、尻尾を巻いて散り散りに逃げだした。


「勝った—っ! あっ、声は小さく……」


 またも大きな声を出してしまい慌てて口をつぐむが、そもそも大きな戦闘音がしていたのだ。

 これだけ騒いでも何も来ないのなら、この周辺にモンスターは心の折れたグラスウルフしかいない。

 背中の鞘に剣を納めると、ソラはセリムに平謝りを開始。


「ごめんなさい、ほんとごめんなさい。アホでごめんなさい」

「もう、いいですよ。反省しているようですし、ネチネチ責めたりはしません」

「セリム……、ありがと、大好き!」


 ギュッと抱きついてきたソラに、セリムの胸は何故か高鳴る。


「ひゃっ、離してください、暑いんですからっ!」

「あ、そうだよね、汗だくだし」


 そっと体を離すソラに、名残惜しさを感じてしまう。

 何かおかしい、なんなのだこれは。

 自問自答してみても、当然答えは出ない。


「ねえ、このグラスウルフの死骸はどうするの?」

「あ、そ、そうですね。毛皮は売れますし、肉は食糧になります。剥ぎ取りお願い出来ますか?」

「任せてー! こういうのも得意だから!」


 ナイフ片手にしゃがみ込むと素早く毛皮を剥ぎ取って見せる。

 続いて肉の切り出し、これも手早い。

 なのに皿洗いはダメ、謎である。


「意外にも器用なんですね。本当に意外です」

「ずっと一人旅してきたからね。こうやって食糧調達するのももう慣れっこよ」


 切り分けた肉をポーチに放り込むセリム。

 この中の空間は保存性も抜群、劣化とは無縁のスーパーポーチだ。

 危険度レベル測定不能の次元龍の素材は伊達ではない。


「解体完了。さ、行こっか」

「そうですね、血の臭いに誘われてなにか来ないとも限りません。すぐに離れましょう。……もう叫ばないでくださいね?」

「むぅ、わかってるって」


 静かな足取りでその場を立ち去る二人。

 次の目的地、コロドの町はこの草原を越えたさらに先にある。

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