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069 これから私、どうなってしまうのでしょうか

 恥ずかしさのあまり地べたにうずくまるセリム。

 再起不能となった彼女に代わり、ソラがローザと言葉を交わす。


「だ、大丈夫なのか、彼女は。体を丸めて呻いているが……」

「恥ずかしがってるだけだし、多分平気だと思うよ。それでローザさん、なんであたしたちの所に来たの?」

「セリムほどの実力者なら気配で気付いているだろうが、一応報せておこうと思ってな。王都に放たれたモンスターは全て駆逐された、もう安心だ」

「おっ、やっぱ解決したんだ。良かったー」

「モンスターを倒してはい終わり、では済まないけどな。一介の冒険者である私たちに出来る事はここまで。あとは王宮の仕事だ」


 周囲の惨状を、改めてローザは見回す。

 白壁とオレンジの屋根が織り成す美しかった街並みは、倒壊した家々の瓦礫が散乱し、黒煙を立ち上らせる見るも無残な姿に変わっていた。

 モンスターの死骸や、戦って命を落とした兵士の亡骸があちこちに転がり、白壁を真っ赤な血しぶきが汚している。

 民間人の中にも、命を落とした者が大勢いるだろう。

 住む家や仕事場を失い、深い絶望に沈む者もいるだろう。


「んー、確かにね。勝ったけど、なんだかスッキリしないな……」

「そうだな。そんな時こそ、人々には希望が必要なんだ。天空を華麗に舞い、最強の巨竜を屠った可憐なる乙女。そんな希望となれる英雄がな」

「……………………あの、それってもしかして」


 あまりの恥ずかしさに長らく頭を抱えていたセリムは、ローザの言葉に嫌な予感がしつつも恐るおそる立ち上がる。


「もちろんキミのことだ、セリム。随分派手にやっていたな。まさかあれ程の力を持っていたとは、驚いたぞ」

「み、見えてたんですか!? ローザさん、アレを見てたんですか!?」

「ヴェルム・ド・ロードは、かつて私達が四人がかりで死闘の末に下した世界最強のモンスター。アイツを発見し、討伐したことで我々は世界最強の称号を手にした。そんな怪物をまさか一人で三体、しかも素手で倒されては、脱帽するより他にないよ」

「そ、そんな……。ローザさんに見られていたなんて……。しかもあのドラゴンさん、そんなに有名だったんですか……!?」


 名無しドラゴンかと思いきや、誰もが知ってる世界最強のモンスターだった。

 衝撃的な事実を聞かされ、既に泣きそうなセリムだが、絶望はこれで終わらない。


「私だけじゃない。南区画にいた民衆の殆どが空を見上げてキミの戦いを見ていたらしい。早くも噂になっているぞ。救国の英雄は可憐な少女らしい、と」

「みんしゅう……? ほとんどの……。——ふぅ」

「あっ、セリム!!」


 目立ちたくない、普通の町娘として暮らしたい、こんな強すぎる力は可愛くない。

 そんな思いとは裏腹に、救国の英雄、民衆の注目の的になってしまった。

 セリムのナイーブなハートは現実を受け止めきれず、ついには卒倒してしまった。

 倒れ込む彼女の体を、ソラは急いで支える。


「セリム、しっかりして! セリム!」

「あぁ、ソラさん……。私、これからどうなってしまうのでしょう……」




 ○○○




 衛兵隊を率いて南区画を駆け回ったリース。

 姫騎士率いる勇猛な部隊の活躍もあり、事態は終息した。

 モンスターの脅威を排除しても、彼女たちは王城には戻らない。

 崩れた瓦礫やモンスターの死骸の撤去。

 けが人の治療、運搬。

 勇敢に戦い散った兵士や、不運にも命を落とした民間人の亡骸を運び出す作業。

 やるべきことはまだまだ山とある。

 王族としての誇りと矜持きょうじを胸に、リースは部隊に指示を出しながら、自らも休む間もなく大勢の負傷者に回復魔法をかけて回る。

 部隊と共に作業を手伝っていたクロエは、休みなく働き続ける彼女が心配で、たまらず声をかける。


「ね、リース。ちょっとだけ休憩しない? ずっと回復魔法を使いっぱなしじゃないか。魔力が切れたら気を失っちゃうんだろ?」

「まだまだ余裕はあるわ。巨人を倒し続けて大幅にレベルアップしたから、魔力も大幅に上がったの。私を心配している暇があるなら、あなたも体を動かしなさいな」

「あっ……」


 また一人負傷者にリバイブをかけると、リースはつれない態度で次の治療に向かった。

 何も言えずに彼女の背中をただ見送ると、クロエは肩を落しつつ瓦礫の撤去作業へ。 

 重い瓦礫を持ち上げ、荷台に運んで乗せる。

 一杯になった荷台は運ばれていき、また次の荷台へ。

 そんな作業を繰り返していると、クロエの背中が軽く小突かれた。


「ちょいちょい、鍛冶師の嬢ちゃん」

「ん、部隊長のお姉さんじゃん。何かあったの?」


 振り向くと、青い短髪の女性が立っている。

 衛兵隊の部隊長、背中を預けて戦いを共にした仲だが、思えば名前すら聞いていなかった。


「えらく他人行儀だな……って、そっか。あんな状況だったもんな、まだ自己紹介すらしてねえや。俺はブリジット。この衛兵隊の部隊長だ」

「ボクはクロエ。イリヤーナ一の鍛冶師、スミス親方の一番弟子だよ。よろしくね」

「おうよ、よろしくな。で、そのイリヤーナの鍛冶師さんがどうして姫殿下とあんなに親しげにしてんだ? 教えろよ、うりうり」


 自己紹介が終わると早速突っ込まれる。

 お姫様と親しげに言葉を交わす鍛冶師の少女は、当然のことながら衛兵隊の中でも注目の的となっていた。


「うぅ、そうだよね。やっぱり気になるよね、そりゃ……」


 自分みたいな庶民は、本来お姫様とは接点すらないはず。

 気にかかるのは当然だろうが、果たして正直に話してもいいものだろうか。


「うぅ、どうしようかな、言ってもいいのかな……」

「言っちまえ、吐いて楽になっちまえ、ほれほれ」

「部隊長……。姫様もみんなも頑張ってるのに、サボってちゃダメですよ……?」


 クロエを肘で小突くブリジットに怖々注意するのは、黄色い髪の気弱そうな兵士。

 クロエが最初に飛び出した際、敵の攻撃から救った隊員だ。

 助け舟が来たと、クロエは胸を撫で下ろす。


「おう、悪い悪い。でもさ、お前も気になるだろ。こいつが姫殿下とどんな関係なのか」

「う、そ、それは……。気になります、とっても……」

「だろだろ。あ、コイツはエミーゼ。一応部隊の副官を務めてる……んだけど」

「あの、エミーゼです……。副官だなんて、私、全然実力不足だし……」

「こんな感じでいっつも自信無さげなんだよな。で、この嬢ちゃんがクロエだ」

「クロエだよ。よろしくね、エミーゼさん」

「は、はい……。あの、お礼、遅れましたけど……、助けてくださってありがとうございます……」


 両手でがっちりと握手を交わしながら、何度も頭を下げるエミーゼ。


「あはは、そんなに畏まらなくてもいいよ。当然のことをしたまでだし」

「でも……」

「はいはい、そこまでそこまで」


 依然両手を離さないエミーゼを、ブリジットはクロエから引き離す。


「お前がクロエを独占してたんじゃ、話が進まないだろ」

「ご、ごめんなさい……」

「で、どうなんだよ。姫殿下とはどんな関係なんだ?」

「私にも、こっそり教えて下さい……。大丈夫です、口は固いですから……」


 考えが甘かった。

 助け舟どころか、二人でそろって足を引っ張り水底に沈めようとしてきた。


「えっと、絶対? 絶対に誰にも言わない? 口を滑らせたりしない?」

「あたぼうよ! 女の約束は絶対だからな!」

「うん、うん……!」


 ストッパー役になってくれると思っていたエミーゼは、鼻息荒く何度も頷く。

 もはやこれまで。

 観念したクロエは、とうとう自分とリースの関係を口にする。


「えっと、鍛冶師の仕事で王宮にいる時に仲良くなって、友達になった。以上」

「……いや、短いな! もっと詳しく教えろよ、具体的にさ」

「手は繋いだんですよね! キスは!? A、B、C、どこまで進んだんですか!?」

「いや、友達だって言ったよね? てかエミーゼさん落ち着いて、顔近い、鼻息荒い!」


 エミーゼは感激の表情で体を仰け反らせ、自分の体を両腕でかき抱いてくねくねする。


「あぁ、身分違いのロマンス! おとぎ話の世界だけだと思っていたら、こんな身近にあっただなんて!」

「えぇ……」


 大人しい常識人だと思っていた女性の意外な一面に、クロエは言葉を失う。

 暴走した相方に、ブリジットは額を押さえてため息を漏らした。


「こいつ普段は大人しいんだけどさ、時々変なスイッチが入るんだよ。こうなると、しばらくこのままだぜ」

「えっと、どうしよう……」

「放っとけ。それよりもさ、実際のところどうなんだよ。正直に白状しちまえよ、姫殿下のこと好きなんだろ」

「いやいや、どうしてそうなるんだよ。あの子とは友達だってば」

「いいや、違うね。姫殿下が無事だと知った時のあの顔、お前泣きそうになってたぜ。実際泣いてたしさ」


 確かに、クロエ自身思うところはあった。

 誰にも明かしていない秘密を明かした二人の親友、セリムとソラ。

 彼女たちとリースへの想いは、それぞれ別のものなのではないか、と。

 しかし、それを認めてしまえば待っているのは茨の道どころではない。


「だから違うって! エミーゼさんも言ってたけど、部隊長がサボってたら示しがつかないだろ。ほら、行った行った」

「ちぇっ、強情だなぁ。わぁったよ……」


 ブリジットの背中を押して遠ざけ、この話題は強制終了。

 クロエは瓦礫撤去の作業へと戻る。

 一人でくねくねしていたエミーゼもようやく我に帰り、恥ずかしそうに背中を丸めてそそくさとその場を離れていった。

 あんな話題を出されたからか、作業中もクロエの視線は自然とリースの方へ向いてしまう。


「……リース、大丈夫かなぁ。魔力に余裕あるみたいな口ぶりだったけど」


 アルカ山麓で戦い続け、王都に戻ってからは部隊を率いてモンスターを掃討。

 魔物を殲滅するやすぐさま怪我人の救助と手当てに尽力する彼女は、まさに民衆の規範たる王族のあるべき姿だろう。

 しかし、既に王宮からは王の手配した衛兵隊が復興活動に手を付け始め、救護班が怪我人に回復魔法をかけて回っている。

 彼女一人があそこまで頑張る必要は無いのでは。

 集められた負傷者の治療を終えたリースは、様々な感謝の言葉を浴びながら次の負傷者の一団へと向かう。

 その顔色は明らかに悪く、大粒の汗をかき、疲労の色が濃く出ていた。

 足をふらつかせる彼女の姿に、クロエはたまらず駆け寄る。


「リース、もう十分だよ。一旦王宮に戻ろう? 王様もきっと心配してるだろうし、ずっと働きづめじゃないか。少しは休まないと、体が持たないよ」

「平気よ。自分の体のことは自分が一番よく分かってる。それに、私はこの国の第三王女。民が苦しんでいるのに休んでなんて——」


 クロエを突っぱねてなおも治療に向かうリース。

 その足がもつれ、倒れこみそうになるところをクロエが支える。


「やっぱり! 立ってるのがやっとじゃないか! 魔力だってもう殆ど残ってないんだろ? リースは沢山頑張った、称賛こそすれ、誰も文句は言わないさ。ほら、今日はもう帰って休もう」

「でも……、私の助けを待っている人たちが、そこに……、いるのに……」

「救護班も来てくれてる。キミ一人で頑張らなくてもいいんだよ」

「……そう、ね。じゃあ……、少しだけ、休ませてもらうわ……」


 クロエに抱きかかえられながら、その腕の中でリースは目を閉じる。

 疲労が限界に近かったのだろう、すぐに寝息を立てはじめた。


「もう、少しだけってのが、らしいんだから。起きたら続ける気満々じゃん……」


 眠りに落ちたお姫様をお姫様だっこすると、クロエはその寝顔をじっと見つめる。

 誰よりも強い心と、その身分に恥じぬ気高さ、可憐に咲く花のような美しさ。

 こんな立派で頑張りやな女の子の友達になれて、クロエは誇らしく思う。

 同時に、美しいその寝顔、長いまつ毛や瑞々しい唇に鼓動が高鳴ってしまう。

 果たしてセリムやブリジットの言う通り、自分はこのお姫様に身の程知らずの恋心を抱いてしまったのか。


「……いや、いくらなんでもそれは無いよ、うん。それにボクは庶民でこの子は王女様、本来友達だって時点で畏れ多いのに、ましてや恋しちゃったなんて」

「ん——」


 腕の中で身じろぎし、唇をわずかに開いて艶やかな寝息を立てるリース。

 クロエは彼女の唇に視線が釘付けになる。

 絶対に触れてはならない、それだけは許されない。

 頭では理解していても、唇を奪いたい衝動が湧き出てくる。


「……認めるしかないの? 本気で? ボクはただの見習い鍛冶師だよ? 身の程知らずにも程があるでしょ」


 クロエはソラほど鈍感でもなければ、セリムほど自分の気持ちにあまのじゃくでもない。

 湧きあがる感情の正体を冷静に見定め、受け入れる心を持っている。

 翻って、今のこの気持ち。

 眠り姫の唇を無理やり奪いたいなど、恋心を抱いてしまっている以外の答えが見当たらない。


「無謀だって、いくらなんでも……」


 そう思いつつも、リースの力強い言葉も脳裏に過ぎる。

 生まれ持った身分から逃げ出さない、やりたい事に身分を言い訳にもしない。

 そんな信念を持ったお姫様だからこそ、好きになってしまった。


「身分を言い訳にしない、か」


 好きになってしまったんだ。

 認めた以上、この気持ちは絶対に諦めない。

 たとえどんな困難が待っていようとも、絶対に。


「おーい、クロエ。いつまで姫殿下の寝顔に見とれてんだ?」

「うおっと、ブリ隊長! いつからそこに!?」


 背後から突然声をかけたブリジットに、クロエは身を竦ませる。


「その呼び方、嫌過ぎるな……。とにかく我らが姫はお疲れなんだろ、テントにでも運んでやんな」

「そ、そうだね。ゆっくり休ませてあげないとね」


 ブリジットの言う通り、いつまでも見惚れてる場合じゃない。

 救護拠点のテントに寝かせるため、クロエは腕の中で眠るお姫様を起こさないよう、極力揺らさないように気を使いつつも急ぎ足で向かうのだった。

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