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066 はっきり言って、師匠以上に不快です

 セリムの心に宿るのは、強烈な怒り。

 赤い瞳から放たれる異様なプレッシャーに対する恐怖は、全て怒りが塗りつぶす。

 今日という日を、どれ程の人が待ち遠しく思っていただろうか。

 特にソラ、彼女は毎日セリムに向かって楽しげに話してくれた。

 この大会がどれほど凄い冒険者を生み出してきたかを自慢げに語り、今まで家のせいで一度も観戦出来なかった事を残念そうに語り、憧れ続けた夢の舞台に立てる喜びをとびっきりの笑顔で語ってくれた。

 結局ソラの事ばかりになってしまったが、もちろんこの非道な行い自体にも深く憤っている。

 単に理由の多くをソラが占めているだけだ。

 ともかく、ソラがこんなにも待ち望んだ大会をめちゃくちゃにブチ壊してくれたツケは、その顔面をボコボコにすることで払ってもらう。


「そんなに睨まないでよ。可愛らしい顔が台無しじゃないか、セリム・ティッチマーシュ」

「——私のことを知っているんですか?」

「それにしても見事だよ。まさか三体のヴェルム・ド・ロードをあんな簡単に片付けるなんて、想像以上だった。さすがはあの女の弟子、鍛え方が違うね」

「師匠の情報まで……。あなたは一体……!」


 敵はセリムの名前も、マーティナの弟子だという情報も、人智を越えた力の持ち主である事も知っていた。

 加えて、セリムのみが感じ取っているらしい異様な雰囲気。

 その上、相手がドラゴン三体を瞬殺する実力者と知っていながら敵は全く動じていない。


「それって名前を聞いているの? それとももっと詳細なパーソナルデータを御所望?」

「どっちもです」


 睨みを利かせるセリムに、やれやれ仕方ないと言わんばかりに首を竦める。


「欲張りだなあ。まあいいや、僕は……ナイトメア・ホース(悪夢を運ぶ者)。クラスは魔物使い。そして、キミたちを襲ったサイリンやブロッケンとつるんでる。これで充分かな」


 セリムは眉を顰める。

 充分な自己紹介とはこれっぽっちも言えやしない。


「ナイトメア・ホースって……、あからさまな偽名ですね。本名を名乗る気は無い、と。それに魔物使い? そんなクラス聞いた事もありません。参考になったのは最後の部分だけですね」

「ま、信じる信じないはキミ次第さ。でも、信じてくれないなんて僕傷ついちゃう、くすん。……なんちゃって、どう? 可愛かった?」


 人をおちょくるその態度、そして湧きあがる理由の無い不快感に、セリムは石畳へ力いっぱい靴底を叩きつけた。

 周囲五メートルの石畳が粉々に砕け、舞い散る。


「もういいです。続きは気絶から覚めた後、牢屋の中で話してもらいましょう」


 まさか師匠を遥かに越える嫌悪感を抱く相手がいたとは、驚きだった。

 もう我慢ならない、死なない程度に殴り倒す。


「怖いねぇ。その石畳、誰が弁償するのさ」

「あなたに払って貰いましょうか——ねっ!」


 誰も反応出来ないほどの速度で、セリムは一気に間合いを詰めると、殺さないよう手加減しつつ右のボディーブローを繰り出す。

 鳩尾への一撃、意識を刈り取って全て終わりだ。


 ——パシィ!


「なっ……!」

「ちょっと手を抜き過ぎじゃない? これじゃあ僕はやれないよ」


 敵の左手が、セリムの拳を受け止めた。

 マーティナレベルの強さを持っていなければ、受け止めるなど到底不可能なはず。


「くっ……」


 力任せに手を振り払い、左ストレートを顔面へ。

 首を軽く傾け、これもかわされる。

 右の膝蹴り、止められる。

 左後ろ回し蹴り、体を傾けて回避。

 左の連続ジャブ、軽快なステップでことごとく避けられる。

 右のアッパー、バック宙で回避され蹴り上げのカウンター。

 あごを掠め、セリムは後方に宙返りして一旦間合いを外す。


「……私とここまで戦えるとは、正直驚きです」

「僕は拍子抜けだよ。全然本気を出してくれないんだもん」

「殺すわけにはいきませんので。ですが、本気を出すまでもないかと思いますよ。気付いていないでしょ、ホース(お馬)さん」


 セリムは右手に握った蛇腹剣をひらひらと揺らして見せる。

 膝蹴りのタイミングで、彼女は敵の手からアウスの武器を奪い取っていた。


「あらあら、いつの間に……」

「アウスさん。これ、お返しします」

「重ねがさね、感謝致しますわ」


 敵から目をそらさず、蛇腹剣をノールックでアウスに投げ渡すと、セリムは再び構える。


「さて、正直なところ甘く見てましたよ。あなたの言う通り、確かに手を抜き過ぎました。殺さない程度の上限でお相手します」

「うーん、それでも足りないと思うけど。ま、やってみればわかるよ。セリムがどれだけ慢心しているか……ねっ!」


 先に仕掛けたのはホース。

 先ほどのセリムを上回る速度で間合いを詰めに来た。

 セリムが突進に合わせて繰り出す顔面を狙った右ストレートによるカウンターを、深く身を沈めてかわす。

 セリムの拳は空を裂き、拳圧が石壁を破砕。

 まずい、これ以上力を引き出したら周りに被害が出てしまう。

 しかし、今のままの力加減ではこの敵は倒せない。


「隙だらけだよ!」


 地表すれすれを走る水面蹴り。

 考えを巡らせていたセリムは不意を突かれ、足首を払われて尻もちをつく。

 ホースは素早く回転を終え、低い姿勢のまま両手を地につき逆さまに倒立。

 そのまま背中から倒れつつ、かかと落としを繰り出した。

 渾身の大技、素早く横に転がり直撃を避ける。

 セリムのいた場所に足が振り下ろされ、地面は陥没。

 直径五メートルのクレーターが出来上がった。


「周りの被害、お構いなしですか……!」

「何を当たり前のことを!」


 起き上がったセリムに対し、間近に踏み込んでの拳の乱撃。

 セリムは回避に徹するが、ホースの拳が放つ拳圧は通りに並ぶ家々を次々に破壊していく。


「まずい、避けては駄目です……!」


 敵の攻撃を避けていては、被害は拡大する一方。

 セリムの攻撃も、周りに被害が出ない程度に加減すれば全て受け止められ、死なない程度の最大限では避けられた際のリスクが大きすぎる。

 せめて周りに何も無い場所なら、そんな無い物ねだりさえ頭を過ぎる。

 ホースの繰り出す連撃を次々はたき落とし、拳圧が出ない程度に加減しての左ストレートを放つ。

 しかし簡単に止められた。

 やはり、周りを瓦礫の山にする覚悟で戦わなければならないのか。

 その時、自らの突き出した左腕を見てセリムは一計を思いつく。


「ホースさん。私は次の一撃、殺さないギリギリの本気でいきます」

「へえ、面白いね。周りが廃墟になりかねないのに」

「覚悟の上です。付き合って貰いますよ」


 左手を振り払い、右手で敵のえり首を掴むと一回転しつつ前方に放り投げる。

 ホースは空中で体勢を立て直し、軽やかに着地。

 先ほどと同じく、全速力で間合いを詰めにかかる。

 セリムは腰を落とすと、ゆっくりと左手を前にかざし、右手を弓矢のように引き絞った。

 全力を込めた、渾身の正拳突きの構え。


「面白い、どれ程のものか受けて立つよ!」


 おそらく同じように直前で身を沈め、セリムの拳をかわすつもりなのだろう。

 そして、街を破壊してしまった動揺を突く魂胆だ。

 だがそうはいかない。

 敵が拳の届くギリギリの射程に入った瞬間、セリムは全力で正拳を撃ち出す。


「え、速ぐぼぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉッ!!!!」


 音速を遥かに超えた一撃が、ホースの鳩尾に突き刺さった。

 発生する衝撃波は周囲360度に広がり、何かが砕け散る音が盛大に響き渡る。

 未曾有の拳撃を受けた敵は、体をくの字に曲げながらその光景を見た。

 セリムの周囲に展開された透明な壁が、街を守る盾となって衝撃を受け止め、砕け散る様を。

 更に、背後に存在する透明な壁に背中から叩きつけられる。

 見えない壁は砕け散り、ホースはさらに後ろへ吹き飛ぶ。

 また見えない壁を砕き、また後ろへ。

 ぶつかり、砕き、ぶつかり、砕き、ぶつかり、砕き、ぶつかり、砕き、ぶつかり、砕き、ぶつかり、砕く。

 最後に石壁にぶち当たり、砕かれた瓦礫がその体の上にガラガラと降り積もった。


「結局壊しちゃいました、失敗ですかね」


 透明な壁の正体は、天翔の腕輪により縦向きに設置された足場。

 投げた際の一回転で自由な左手をかざし、自分の周囲に展開。

 正拳突きの構えの際にも、ホースが走り込んでくる背後に大量に重ねて配置した。

 透明な足場がクッションとなり、周囲への被害を防いでくれると踏んだのだが、直撃による衝撃は三十個の壁でも殺し切れなかったようだ。


「さて、終わりました。フードを引っぺがして牢屋にぶち込むとしますか」


 一歩、ホースの埋まった瓦礫の山に足を踏み出した瞬間、


「あっはははははははははははっ、はははははははっ、ゴボッ、ゴパァッ! すっごい! これすっごいよ! 無茶苦茶痛いもん、死ぬかと思った! おえっ、げほげほっ! あーっはっはっは!!」


 血反吐を吐きつつの大笑い。

 瓦礫を吹き飛ばして立ち上がったホースの姿に、セリムは愕然とする。


「そんな……、殺さない範囲の最大の威力だったのに……」

「その殺さないってのが甘いんだよねー。殺す気で来てようやく殺さずに済む。そんなレベルなんだよ、僕って」


 敵のレベルは想像よりも更に上だった。

 これ以上の本気を王都の街中で出すと、本当に廃墟になりかねない。


「……場所、変えませんか?」

「冗談、進んで不利になる場所に行くわけないだろう」

「ですよね。……こうなれば、多少の被害はやむを得ませんか」


 背に腹は代えられない。

 この敵はあまりにも強すぎる。

 後々のことを考えても、絶対にここで倒しておかなければいけない。


「さあ、第二ラウンドと行こうか——と、言いたいところだけど。そろそろ潮時みたいだ」




 ○○○




 鍛冶師見習いの少女による加勢を受けた三十人の衛兵隊は、破竹の勢いでモンスターの群れを次々に撃破。

 六つ目の群れを壊滅させたところで、多くの部隊を敗走させた強敵と遭遇する。

 危険度レベル33、アルケードロス。

 空中を自在に舞う怪鳥の圧倒的なスピードに、彼女たちは苦戦を強いられていた。


「お姉さん、その旗だ! 投げ縄みたいに引っ掛ければ……!」

「冴えてんな、嬢ちゃん!」


 青い髪の部隊長は、道端に落ちた小旗の紐で輪っかを作り、即席の投げ縄を用意する。

 縦横無尽に飛び回る敵の猛スピードの空中突進をなんとか避け続けながら、首に縄を括ろうとするが、中々うまくいかない。


「くそっ、あちこち飛び回りやがって! 狙いが定まりゃしねえ……」

「隊長、狭い路地なら敵の動きも制限されるのでは……!」

「それだ! 全員、路地へ駆け込め!」


 部隊長の号令で、衛兵隊は全員路地裏に駆け込んだ。

 緑の怪鳥は翼をたたみ、獲物を逃がすまいと狭い路地を一直線に飛び来る。

 低空飛行の突進を仕掛けるアルケードロスに対し、兵士たちは大盾を構えて横一列に並んだ。

 正面衝突を嫌い、怪鳥は真上にその軌道を変える。


「読めてんだよっ!」


 その動きは予測の範疇。

 部隊長は、上昇する敵の首を目がけて投げ縄を投じる。

 小さな輪が頭を通り、首に絡まった。


「クエエェェェェェッ!」


 自由を奪われたアルケードロスは、いたずらに翼をはためかせる。

 部隊長に複数人の兵士が手を貸し、怪鳥との力比べが始まった。

 だが、小旗を結ぶ紐は細く、いつ切れてもおかしくない状況だ。


「今だ、嬢ちゃん! 紐が切れる前に、キツいの一発ぶちかましてやんな!」

「おうともさ!」


 今こそトドメを刺す絶好の機会。

 両手に握った二つの槍をドリルランスに合体させると、クロエは雷のカートリッジを挿入。


「いくよ、点火イグニッション!」


 柄に付いたレバーを引き、バーニアに火が点ると同時、穂先のドリルが勢いよく回転を始める。

 クロエは部隊の最前列に躍り出ると、低く姿勢を取りつつ手元のボタンを押す。

 バーニアが火を吹き、同時に高く跳躍。

 クロエの体は宙に舞い上がり、機動力の封じられた怪鳥目掛けて突っ込んだ。


「ぶち抜けぇぇぇぇッ!」


 回転するドリルが、巨鳥の胴体を抉り貫く。

 体のど真ん中に大穴が穿たれ、断末魔の叫びと共にその巨体は地に墜ちた。

 そのまま猛然と路地から飛び出したクロエは、ボタンを離してバーニアを停止させ、勢いが乗ったまま石畳を滑りつつランスを二つに分割。

 排熱機巧が蒸気を吹き上がらせ、雷のカートリッジが排出される。


「ふぅ、何とかなったぁ……」


 額の汗をぬぐい、深く息を吐く。

 衛兵隊は勝鬨を上げながら、路地裏からぞろぞろと出てくる。

 かなり格上の相手だったが、部隊全員と力を合わせて何とか倒すことが出来た。

 今までの戦いと合わせて、レベルもかなり上がったはず。

 想定外の強敵と出くわさない限りは安泰だろう。

 ずっと張り詰めていた気持ちをほんの少しだけ緩めたその刹那、クロエの耳に届く電撃が弾ける音。

 同時に、石畳を駆ける足音と強烈な殺気も感じ取り、クロエは咄嗟に叫んだ。


「みんな! 避け——」


 言い終わるより早く、部隊の中を電光が走り抜けた。

 轟く雷鳴と共に、十人もの兵士が跳ね飛ばされ、宙を舞う。

 雷の魔法を纏った強烈な突進をその身に受けた兵士は、次々と石畳に叩きつけられ呻き声を上げる。

 幸い死者は出なかったようだが、この様子では戦闘続行は不可能だ。

 突進による奇襲をかけた魔物は、急ブレーキをかけて立ち止まり、こちらをゆっくりと振り向く。

 雄雄しきたてがみを風になびかせ、いかずちをその身に纏う金色こんじきの獅子。

 危険度レベル36、ボルテックライオ。


「ウソでしょ、続けざまに強敵登場って……」


 あまりの運の無さに思わずぼやいてしまうが、愚痴をこぼしても目の前のモンスターは消えてはくれない。

 切れてしまった気持ちを再び引き締めて、クロエは両手の槍を握りしめる。


「怯むな、体勢を立て直せ!」


 部隊のど真ん中を突っ切られ、隊列は乱れに乱れていた。

 部隊長の指示で倒された兵は背後に回され、3分の2にまで減ってしまった戦力で陣形を整える。


「部隊長さん、まだいける? ボクはまだ全然余裕だけど」

「へっ、あたぼうよ! 嬢ちゃんにばかりいい格好させられないからな」


 軽口を叩いて見せるものの、この場にいる全員が疲労困憊。

 この強敵相手にどこまで食い下がれるだろうか。

 電撃を纏う獅子が頭を低く下げ、突進の体勢を取る。

 腹を括ったクロエが先陣を切ろうとした瞬間、


「フォトンシューター!」


 背後から放たれた白い光がボルテックライオの体を飲み込み、灼き尽くした。

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