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063 さすがの私も、今回ばかりは頭に来ました

 山麓のモンスターは陽動、敵の真の狙いは王都の壊滅、そしてアーカリア王の命。

 全てはこの瞬間を作り出すために仕組まれていた。


「セリム!? どうしたのさ、セリム!!」


 クロエに返答している時間は無い。

 ざわつく観客をかき分け、セリムは貴賓席へと急ぐ。

 その間にも渦は広がりきり、空間にポッカリと黒い大穴が空いた。

 黒フードの人物が貴賓席を指し示すと、それは空間のひずみから現れ出でる。

 全身を黒鱗に覆われ、太く逞しい角を二本、頭部から生やした巨大なドラゴン。

 強靭な四肢と長大な尾、広げれば闘技場の端から端まで届く程の両翼、その巨体は全長およそ40メートル。


「あれは、あの時の名無しドラゴンさん……?」


 そのモンスターに、セリムは見覚えがあった。

 あれは四年前、デタラメな危険度を誇る秘境に連れて行かれるようになる直前。

 師匠に無理やり連れてこられた場所の中で、どこに存在するかはっきりしている最後の危険地帯、危険度レベル65・ヴェルム連峰。

 連なる峰々の奥深くにいた、師匠も名前を知らなかったドラゴン。

 当時やたらと苦戦したが、ギリギリのところで何とか倒すことが出来た。


「やたらと強かったあのドラゴンさんを持ち出すなんて、本気で——アーカリア王国を潰すつもりみたいですね」


 冒険譚から距離を置いていたセリムには知る由もないが、観客の多くがそのドラゴンを知っていた(・・・・・)

 遡ること二年前、前人未到、最後の秘境と言われた危険地帯、ヴェルム連峰を制覇した四人の冒険者がいた。

 彼女らがその最奥で遭遇し、死闘の果てに下した新種(・・)の巨竜。

 この竜を倒したローザたち四人は英雄の称号を得て、名実共に世界最強の冒険者となった。

 そして、かの竜の名も世界最強の称号と共に、畏怖の対象として語られている。

 危険度レベル66、ヴェルム・ド・ロード。

 ヴェルム連峰の王と名付けられたこの巨竜は、確認されている限り、この世界で最強のモンスターだ。


 突如として闘技場のど真ん中に出現したドラゴンの王に、観客はパニックに陥る。

 世界最強の四人でさえ手こずった怪物が、王都の中に、今目の前にいる。

 我先にと逃げ惑う人の波に飲まれ、セリムは思うように走れない。

 ドラゴンはその双眸で貴賓席を睨み、大口を広げて火炎弾のチャージを開始する。

 このままでは、アーカリア王もマリエールも殺されてしまう。


「ここまで来たら、目立ちたくないとか言ってる場合じゃありません!」


 ポーチの亜空間から天翔の腕輪を取り出し、左腕に装着。

 空中に透明な足場を作って飛び乗ると、次々に作り出しては跳び渡っていく。

 火球が撃ち出される前に、最短で辿り着くために。



「こやつはまさか、ヴェルム・ド・ロード……!」


 貴賓席の中、マリエールは愕然と呟く。

 目の前には殺意を露わにして大口を開け、火炎弾を喉奥にチャージする巨竜。

 炎は恐るべき速度で勢いを増していく。

 下級のワイバーンなどとは比較にもならない速さ。

 発射までは残り二秒もないだろう。


「なんということだ……」


 アーカリア王は、その場を一歩も動けなかった。

 青ざめた顔で、数瞬後に訪れる死を待つ選択肢しか彼には残されていない。

 ルーフリーも同じく、なのだろう。

 彼は先ほどから一言も発せず、微動だにしない。


「お嬢様ッ!!」


 主を庇い、抱きかかえるアウス。

 我が身を盾に、風の魔力も可能な限り引き出して、マリエールを守ろうとする。

 間違いなく自分は消し炭になる。

 だが少なくとも、マリエールの生存の可能性は飛躍的に上げられるだろう。


「アウス、どうし——」


 最後まで口にする時間は、残されていなかった。

 特大の火炎弾が巨竜の口から貴賓席に向けて放たれる。

 身を縮めるマリエールと、強く抱き抱えるアウス。

 アーカリア王はただ呆然と迫り来る火球を見つめ——。


 ブオオォォォォン!!!


 火球の前に飛び出した可憐な少女が、腕の一薙ぎでそれを消し飛ばす様を目の当たりにした。


「——お、おぉ……。わしは夢でも見ておるのか……?」


 何も無い空中に立ち、巨竜と対峙する小柄な少女。

 あり得ない光景に、アーカリア王はただただ自分の目を疑う。


「良かった、間に合いました……。アウスさん、敵の真の狙いは王様とマリエールさんです! 二人を連れて王城まで逃げてください!」

「セリム様……! かしこまりましたわ。さ、お嬢様、アーカリア王も。わたくしがお城まで警護しますわ」

「……また命を助けられたな。礼を言うぞ、セリムよ」


 アウスはマリエールを抱きかかえると、ぼんやりと座ったままの国王を助け起こす。


「国王様、このアウス・モントクリフが王城までご案内致しますわ」

「う、うむ。しかし竜をこのままにしては……、それにあの少女は一体……」

「ドラゴンの始末ならば、もう心配御座いません。あの少女はわたくしの知る限り——世界最強で御座いますれば」

「世界最強……」

「さ、お早く! ルーフリー様も、それでよろしいですわね」


 同じく呆然とセリムを見つめていたルーフリーにも声をかける。


「そ、そうですな。アウス殿、頼みにしておりますぞ」


 彼もハッと我に帰り、彼らはアウスの先導に従って貴賓席を後にした。

 誰もいなくなった貴賓席にチラリと目をやると、セリムは目の前の巨大な敵に集中する。

 この名無し竜、攻撃の威力と規模を考えると、戦うには場所が悪過ぎる。

 場内にはパニックに陥って逃げ惑う観衆が、まだ大勢残っている。

 何故か襲ってこないのは、こちらの出方を窺っているからか。

 それとも、操っている赤い目の人物が驚愕のあまり指示を出せていないのか。


「……後者、ではなさそうですね」


 竜の背後から感じる気配は、変わらず不気味な存在感を放っている。

 恐らく、眉の一つも動かしていないだろう。


「私の存在、敵にとっては大誤算だと思っていたのですが、違ったのでしょうか」


 いずれにせよ、考えるのは後だ。


「まずはこの名も無きドラゴンさんをっ」


 足場を生み出しつつ、一足跳びでドラゴンの懐へ。

 テンブの一撃よりもなお速く、竜の王はセリムが消えたとしか認識できていない。


「お空に打ち上げますっ!」


 身を沈めて放つ、死なない程度に渾身のアッパーカット。

 この場で死なれては、倒れた巨体で闘技場が崩壊してしまう。

 あご下を殴り上げられ、竜の巨体は凄まじい勢いで上空に打ち上げられる。

 上昇する竜を追い、セリムも足場を生み出しつつ天高く駆け上がる。

 闘技場上空、高度二百五十メートル。

 ようやく体勢を立て直した竜は、同じ目線の高さで少女と向かい合った。


「この高さなら、周りの被害を考えなくて済みます。あと、スカートの中身も見られずに済みます」


 その代償としてもの凄く目立つが、セリムは考慮していなかった。


「難点としては——」


 長さ二十メートル近い尾を鞭のようにしならせ、巨竜は音速を越える一撃を繰り出す。

 振り抜かれた後に音が聞こえる超高速の薙ぎ払いを、セリムは縄跳びでも飛ぶように軽く跳ねて回避。


「私がとっても戦いにくいことですかね……」


 足場は魔力で生み出した透明で狭い代物。

 どこに出したか覚えておかなければならない上に、一定時間魔力を注がなければ消えてしまう。

 続けて撃ち出された火炎弾は、腕の一振りで消滅。

 ソラが可愛いと言ってくれたお気に入りの服が焦げてしまうので、絶対に当たるわけにはいかない。

 正面からでは敵わないと見たか、巨竜は翼を広げて飛翔する。

 縦横無尽に上下左右を飛び回り、なんとか隙を見出そうとしているようだ。


「さてさて、あんなに速く動かれたらパンチも当てにくいですし、そもそもさすがに素手じゃリーチ不足ですよね」


 セリムは独り言がとても多い。

 敬語口調を染み付かせるために始めたものが、いつの間にか癖になっていた。

 近頃は常にソラと一緒だったため、表には出なかったが。

 竜の軌道を目で追い、雨あられと飛び来る火球を片手間で弾きながら、どう出たものかと思案していると、セリムの周囲の空間に黒い歪みが二つ出現する。


「……へ?」


 歪みが広がり、姿を現したのは二体のヴェルム・ド・ロード。

 合計三体の巨竜が、王都の上空で咆哮を上げた。

 同時に、眼下の街に響く悲鳴。

 大量のモンスターが南区画に出現し、街は大混乱の様相を呈していた。


「本気も本気、って言うかメチャクチャじゃないですか……!」


 敵の狙いはアーカリア王の抹殺。

 恐らくこのドラゴンは、今回の襲撃における最高戦力だろう。

 それを三体、全てセリム相手にぶつけてきた。

 目的はセリムの足止め、時間稼ぎ。

 その間に地上で王を殺害すれば、目的は達成できるという魂胆だろう。


「でもですよ、これはやり過ぎです。さすがに私、頭に来ました」


 セリムがポーチから取り出したのは、赤い腕輪。

 それを右腕に装着すると、彼女の膨大な魔力がもやのように体から溢れだす。


「そっちが本気なら、いいですよ。滅多に見れない私の本気、見せちゃいます」




 ○○○




 パニックに陥った人の波に揉まれながらも、クロエは何とか闘技場を脱出した。

 上空を見上げれば、縦横無尽に飛びまわり火球を吐き散らす巨竜と、豆粒のようにしか見えないセリム。

 彼女の心配は無用だろう。

 ひとまず人の流れから外れ、クロエは一息つく。

 これからどうしたものか。

 考えを巡らせていると、街に甲高い悲鳴が響き渡った。

 同時にあちこちで飛び交う絶叫や怒号。

 一定の方向に逃げていた群衆は、無秩序にバラバラの方向へ逃げ惑い始めた。


「ちょっと、一体どうしたんだい!」


 通りの向こうからこちらに逃げて来た青年を呼び止め、問いただす。


「どうしたもこうしたも、早く逃げねえと……! 出たんだよ、街の中にモンスターの大群が!!」

「何だって!?」


 先ほどの巨竜のように、敵が呼び出したのだろう。

 今王都に残った戦力は、セリムとアウスを除けば予選落ちした低レベルの冒険者と騎士団の下級騎士、それに衛兵隊のみ。

 クロエもある程度なら街を守って戦える力は持っている。

 だが、肝心の武器が無い。

 ドリルランスか、そうでなくても槍があれば、貴重な戦力として戦えるのだが。

 歯噛みするクロエの耳に、おーい、と聞きなじみのある声が届く。

 振り向くと、幌馬車の脇で手を振るスミスの姿。

 クロエは大急ぎでそちらへ向かう。


「親方! こんなところで何してるのさ……って、そっか、入れなかったのか」

「おうよ。こいつら引っ張って来たら、チケットが売り切れてやがった。で、これは一体どんな騒ぎだ」

「実は——」


 闘技場での出来事、今起きている事態。

 要点だけを掻い摘み、手短に説明する。


「なんてこった、大惨事じゃねえか」

「だからボク、何か武器を探してるんだけど——って幌馬車!」

「あぁん!? そん中には酔っ払いがぶち込んであるだけだぜ?」


 荷台の中に顔を突っ込むと、中は死屍累々。

 頭を抱えて呻く二日酔いのおじさん四人は完全にスルーしつつ、無造作に転がる得物を手に取って飛び出す。


「ドリルランス、やっぱりあった!」

「お前……、整理整頓はきちんとしろっていつも言ってるだろうが……」


 この幌馬車には、ブラックスミスのマークが入っていた。

 もしやと思い探してみれば大当たり。

 王城に到着した時、鍛冶に必要なものだけを持ち出したクロエ。

 鍛冶道具ではない武器は、そのまま荷台に転がしていたのだった。

 彼女の片付けられない性格が、今回は吉と出たようだ。


「これで戦える! 運んできてくれてありがと、親方。危ないから先に帰っといて」

「何をナマ言ってやがんだ、こいつは……。だが確かに、俺はお前と違って武器を持って来ちゃいねぇ。大人しく引き下がらせてもらうぜ」


 馬車の御者台に飛び乗ったスミスは、二日酔いの頭痛に苦しむ四人を全く考慮せず、全速力で馬を走らせる。

 クロエはドリルランスを片手に、つなぎに付いた沢山のポケットを順番に叩く。

 いくつかのポケットから、コツコツと固い感触が返ってきた。


「カートリッジもポケットに入ってたし、これで……!」


 ドリルランスのカートリッジも、一部だがポケットに入っていた。

 万全とまではいかないが、これで戦える。

 武器を手に、クロエは群衆が逃げて来る方向へと向かう。

 が、人の流れに逆走する形となるため思うように進めない。

 やむなく商店の看板を蹴って駆け上がり、屋根の上に着地。

 心の中でごめんなさいと謝りつつ、屋根から屋根へ飛び渡っていく。

 各所から上がる叫び声、立ち上る煙。

 リースが愛する国が、彼女のいないところでメチャクチャにされようとしている。


「誰だか知らないけど、こんな事は許さない……!」


 どんな目的があったとしても、絶対に。

 リースが戻るこの場所を、これ以上好きにされてたまるか。

 ドリルランスの柄をグッと握りしめ、クロエはとうとう眼下にモンスターの集団を見る。

 種類はまちまちだが、どれも鳥獣型のよく見られるモンスター。

 危険度レベルは10から25といったところか。

 衛兵隊が決死の応戦をしているが、形勢は不利。

 今にも守りを突破されそうだ。


 ドリルランスの基本形態は、縦横無尽に飛びまわる高速突進が長所。

 狭い街中では、十分に力を発揮できない。

 クロエはドリルランスに付いた無数のボタン、その一つを押しながら、柄を上下にスライドさせる。

 ガシャコン、と音が鳴り、大振りなランスは真ん中から二つに分かたれる。

 左右に分割された先端のドリル部分は変形しつつそれぞれ後方へとスライドし、腕を覆うアームガードとなった。

 最後に先端から刃が飛び出し、ドリルランスは小ぶりな二本の槍へと姿を変える。


「ドリルランス・ダブルスピアモード!」


 両手に槍を握りしめ、クロエは屋根の上から飛び下りる。

 熊型のモンスターに圧され、尻もちを付いた衛兵隊の青髪の女性。

 彼女の頭上へ太い腕が振り下ろされる瞬間、クロエの二本の槍が大熊の頭を串刺しにする。


「助太刀するよ!」

「た、助かりました……!」


 着地と同時に、クロエは槍を引き抜きモンスターの群れに駆け込む。

 南区画の各地に火の手が起こり、煙が天高く雲を焦がす。

 その煙は、遠くアルカ山麓からも観測出来ていた。

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