061 あたしだって、たまには頭を使うんだから
手傷を負い、怒りの雄叫びを上げるギガントオーガ。
尻もちをついた状態から、短い足をバタつかせ、長い腕で巨体を支えて起き上がる。
「倒す方法って……。あなた、まともな作戦立てられるの?」
「失礼! あたしだってやる時はやるんだから! ちょっと耳貸して」
「普通に話せばいいじゃない。どうせ人間の言葉なんてわからないだろうし……」
ソラの立てた作戦という時点で、リースは多いに不安を抱く。
が、耳元で囁かれたその作戦は意外にも、本当にリースにとっては意外だったが、充分に実現可能かつ有効なものだった。
「どうよ!」
「驚いたわ、あなた意外と頭回るのね」
このまま救援が来るまで逃げ回る、そんな選択肢も考えられたが、やはり気に入らない。
アーカリア王国第三王女の肩書きに恥じない自分でいるために、リースは逃げの選択肢を捨てた。
「いいわ、乗ってあげる。私の最強魔法が補助なのが気に食わないけど」
「にしし、おいしいとこ持ってっちゃうけど、ごめんね」
全身全霊を込めた魔砲撃は、大幅に魔力を消費する。
残りの魔力を考えると、フォトンブラスターを全力で撃てるのはあと一回。
その一回で確実に決めるべく両手をかざし、残った魔力を体中からかき集める。
「おっし、バッチリ引き付けとくから安心して溜めといて!」
二人の方へゆっくりと歩みを進めてくる一つ目の巨人。
その攻撃範囲にリースが入る前に、ソラは自ら間合いへ飛び込む。
引き絞られた正拳が、出会い頭に突き出された。
最小限の動きでかわしつつ、カウンターの気鋭斬を浴びせる。
巨人の怒りを煽りつつ、ソラはリースの立ち位置の反対側へと駆ける。
「べーっ、こっちだよー!」
狙い通り、ギガントオーガはソラを追ってリースに背を向けた。
後は準備が完了するまで、敵が自分の方を向いてリースに背を見せたこの状態を維持するだけ。
立ち位置を変えないように意識して立ち回りながら、矢継ぎ早に繰り出される大振りの攻撃を、身軽にかわしていく。
これまでの攻防で、大振りで力任せな敵の攻撃は完全に見切った。
左の拳を右に転がって回避、右腕の薙ぎ払いを最小限の跳躍で飛び越え、眼下を通過する腕に斬りつける。
やはりダメージは通らないが、ますますソラに注意が向く。
着地したソラに、両手を重ねてのスレッジハンマーが振り下ろされた。
素早く横に飛び退くと、重なった両の拳が轟音と共に叩きつけられる。
大地が揺れ、数瞬前までソラがいた場所の地面が渾身の一撃を受けて陥没した。
攻撃は当たる気がしない。
だが、もしも当たってしまったら即死は免れない。
絶大な威力を目の当たりにすると、やはり背筋に冷たいものが走る。
「チャージはどう? そろそろ半分行った?」
「ええ。あと半分、私のために頑張って引き付けることね」
「別にお姫様のためにやってるんじゃないんだけどね……」
何にせよ、あと半分の時間耐えればいいだけ。
立ち位置は依然変わらず、作戦は順調そのもの。
ソラは勝利を確信する。
——が、突如巨人はソラに対する興味を失い、リースに向かって進行を開始した。
「え、ちょっと待って。このデカブツ、あんたの相手はあたしだって!」
「何してるの、アホっ子! こっちに来ちゃってるじゃない!」
「そんなこと言ったって……! 止まれ、止まれって!!」
足首に何度も斬りつけるが、やはり筋肉の鎧に阻まれてダメージが通らない。
巨人はソラの攻撃など意に介さず、リースへと歩みを進める。
何度攻撃しても回避してくるソラに業を煮やし、ギガントオーガはターゲットをリースに変更したのだ。
このままでは作戦は失敗。
下手をすればリースの命も危ない。
「この……っ! 闘気大収束!」
ソラは群青の刀身にオーラを漲らせ、闘気の大剣を作り上げる。
巨人の背丈ほどもある巨大な刀身を、背中目がけて何度も振り下ろすが、やはり結果は同じ。
敵は身じろぎ一つせず、進行は止まらない。
ゆっくりと、しかし着実に、リースとの距離を詰めていく。
「このままじゃ……! お姫様、チャージはどのくらい!?」
「80%といったところね。溜め終わるまで大体あと二十秒。補足しておくと、敵の攻撃が届くようになるまであと十秒もないわ……!」
「万事休すってヤツか——いや、まだ諦めない。考えろ……」
ギガントオーガの首から下は、筋肉の鎧に覆われて攻撃が通らない。
ならば首から上はどうなのか。
急所の目玉以外にも、攻撃が通る部位があるのではないだろうか。
例えば、あの無防備な後頭部。
あそこに持てる最大威力の攻撃を叩きこめば、あるいは。
「やってみる価値はあるよね」
長く鋭い闘気の大剣は形を変え、短く太い闘気のハンマーへ。
巨人は順調に歩みを進め、リースを間合いに入れるまでとうとうあと一歩に迫る。
「もうダメ、作戦は失敗よ! チャージを解いて逃げなきゃ、やられる……!」
「まだだよ、諦めるには、まだ早いッ!」
高く跳躍したソラは、巨人の後頭部目がけて渾身の殴打を放つ。
リーチを捨てて威力に特化した、今の彼女が繰り出せる最大威力の技。
「これならどうだ! 集気圧壊撃ッ!!」
持てる力の全てを込めた一撃が、巨人の後頭部を直撃した。
ギガントオーガはよろめき、後頭部が内出血で青黒く変色する。
ダメージは通った。
だが、後ろから殴られたことでよろめいた敵はもう三歩、リースに近づいてしまう。
もはやこれまでか、リースがチャージを解こうとしたその時。
ソラに対して怒りを抱いた巨人は、赤く充血した一つ目を背後に向ける。
「やった、成功——ってまずい!」
喜びも束の間、ソラは未だ無防備な空中。
怒りと共に振るわれた巨腕が、彼女に向かって迫る。
回避する手段はない。
まともに食らえば間違いなく行動不能、下手をすれば即死。
取り得る選択肢は防御のみだが、剣一本ではとても防ぎきれない。
「まだ死ぬわけには……っ!」
こんなところでは絶対に死ねない。
世界最強の冒険者になるまでは。
そして、セリムの側に戻るまでは。
いつか必ず、ローザを越えてみせる。
いつか必ず、セリムに想いを伝える。
「死んで、たまるかぁぁぁッ!!」
彼女の生きたいと願う強い気持ちが、闘気の形状に影響を与えた。
槌の形から、前方全てを包む円状のシールドの形へ。
攻撃のみにしか使えなかった闘気を、ソラは初めて防御の形に転用出来た。
闘気の盾が剛腕とぶつかり、ソラは大きく背後に吹き飛ばされる。
所詮は付焼き刃で出来た偶然の産物。
盾は衝撃に耐えきれず、ひび割れ、砕け散る。
それでも、直撃は免れた。
背中から地面に衝突し、肺の中の空気が絞り出される。
「かはッ……!」
ダメージは大きいが、体は何とか動く。
痛みを堪えて跳ね起き、敵の状態を確認。
巨人は再びソラにターゲットを移し、ゆっくりと迫って来ている。
「げっほ、げほっ、せ、成功した……!」
「無茶しすぎよ! でも……」
ちょっと見直した。
そんな気持ちは心の中に押しとどめ、最後の仕上げに入る。
チャージ完了まであと十秒弱。
痛む体を押して、ソラは再び攻撃の回避に専念。
敵はソラに攻撃を集中し、リースに背を向けている。
当初の作戦通り、格好の状態で、フォトンブラスターの発射準備は整った。
「チャージ完了! いくわよ、しっかり決めなさい!」
「おっしゃ、頼んだ! ブッ放しちゃって!」
両手のひらの中心に集まった高密度の魔力球。
照準はギガントオーガの背中、全ての魔力を込めた全力全開の魔砲撃を、リースは解き放つ。
「フォトン……ブラスターッ!!!」
放たれる光の奔流。
発射の反動で、リースは地面を抉りながら後方に擦り下がる。
極太の砲撃は無防備な巨人の背中に直撃し、着弾地点が黒く焦げる——が、それだけではない。
背後から多大な衝撃を受けた短い足はその巨体を支えきれず、ギガントオーガは前のめりに倒れ込んだ。
「あのモンスターの弱点は、足回り。それは足が遅いというだけじゃない」
リースは今度こそ、勝利を確信した笑みを浮かべる。
足が非常に短いこのモンスターは、一度転倒してしまうと手を使わなければ起き上がれない。
それに、尻もちをついた程度ならすぐに起き上がれるが、前のめりに倒れた場合に生じる隙は致命的なものとなる。
うつ伏せの状態で四肢をバタつかせ、もがくギガントオーガ。
短い足では起き上がる事が出来ず、長い両腕を地面について、巨体を支えながら起き上がろうとする。
「そう、この一瞬だけ——両腕が封じられる」
両手を支えにして顔を上げる一つ目の巨人。
その時彼の大きな瞳に映った光景は、闘気で創り出した突撃槍を突き出すソラの姿。
両腕でのガードを封じられた彼の、それが最期に見る光景となる。
「これでトドメッ!! 集気槍穿撃ァァァッ!!!!!」
群青の大剣が纏った闘気の突撃槍が、巨人の目玉を貫き、その奥に存在する脳までを破壊する。
脳天を貫かれ、貫通した透明な切っ先が後頭部から突き出る。
闘気の槍が消滅すると、頭部に大穴を空けた巨体が力なく倒れ伏した。
「や、やった……、やっつけた……! げほっ! がはっ!」
「ちょっと、あなた大丈夫なの!?」
勝利の余韻に浸る間もなく、ソラは咳き込み、剣を取り落としてその場に蹲った。
リースは急いで駆け寄り、その体を支える。
呼吸が荒く、顔色も悪い。
直撃は免れたものの、やはり相当のダメージを受けていたようだ。
すぐに両手をソラに向けてかざし、癒しの魔力を送り込む。
「リバイブ」
淡い光がソラの体を包み込み、全身の打撲や擦り傷を癒した。
「……ふぅ、ありがと、楽になった。でもリースは平気なの? もう魔力も残り少ないと思うんだけど」
「たった今浴びた魔素のおかげかしら、魔力が増えてるの。かなり格上の相手だったし、相当レベルアップしたと思うわ」
「確かに、あたしもさっきより力が湧いてきてるしね」
敵がどの程度の危険度レベルだったのか、二人には分からないが、引き出せる力の限界が大きく上がった実感は得ている。
「さて、あなたも理解しているでしょうけど、あのデカブツを一匹倒したところで事態は何も解決していない」
ひとまず目先の危機は去ったが、この山麓には未だ、無数のギガントオーガが闊歩している。
二人はその内のたった一匹を倒したに過ぎない。
他の参加者は依然脅威に晒されたまま。
別の個体が襲ってくる可能性だってある。
「だねー。気配を探るとわかるけど、まだゴロゴロいるし」
周囲から感じる気配は、その数を全く減らしていない。
やはりこの山麓においてグレートオーガの撃破に成功した参加者は、ソラ達二人だけのようだ。
「これからどうしよっか。このまま救援を待つか、それとも——」
「答えなんて最初から決まってるくせに。あなたの辞書に逃げの二文字は無いんでしょ。——それに、私はアーカリア王国第三王女。助けられる力を持ちながら、苦しんでいる者を放って自分だけのうのうと助かるなど、私の道に反するわ」
「にしし、決まりだね。あたしたちってなんだか似た者同士かも」
「あなたと私が似てる? 何それ、侮辱かしら」
「辛辣!」
困っている誰かを見捨てられないソラと、王女として誇り高く在り続けんとするリース。
二人の方針は、この場においては完全に一致した。
救援が来るまでに少しでも巨人の数を減らし、一人でも多くの参加者を救う。
元気よく立ち上がり、ツヴァイハンダーを背中の鞘に納めたソラは、早速周囲の索敵を開始する。
レベルアップによって、その索敵範囲は更に広まり、周囲約1.5キロの気配が、手に取るようにわかる。
最も近い場所にいるギガントオーガは、南西方向400メートル先。
その気配から必死に逃げ惑う、小さな気配も感じる。
「まずは南西方向! 逃げ回ってる人がいる、今すぐ助けに行こう!」
「ええ、早速——ちょっと待って。これは……」
ソラよりも索敵能力に優れたリースは、先がけて気付く。
山麓中の巨人の気配が、次々に消えている事に。
更に、ギガントオーガよりも遥かに強大な気配が、物凄い速度でこちらに向かって来ている。
その存在が重なった瞬間、巨人の気配はまるで吹いて消したかのように消滅する。
「次々に敵の気配が消えている。一体何が起きてるの……?」
「んん? あたしも感じてるけど、この気配どこかで……」
その間にも、何者かはこちらに迫って来ていた。
南西方向の巨人の気配も瞬く間に消失し、しかし冒険者の気配は無事なまま。
これ以上無い程に強く、そして優しい気配。
ソラはようやく、その正体を悟る。
「もしかして、ローザさん!」
彼女の名を叫んだ瞬間、銀髪の女剣士が丘を飛び越え、颯爽と姿を現した。
二人の姿を認めると、険しかったその顔に安堵の表情を浮かべる。
「無事だったか、二人とも」
「あなた、世界最強の剣士……ローザンド・フェニキシアス!」
「私のような者を覚えておいでとは、光栄に御座います。リース殿下」
恭しくお辞儀すると、ローザは改めて二人を、そして顔面に大穴を空けた巨人の骸を見やる。
「それにしても驚いたよ。キミたちの気配の側に巨人の気配を感じないものだから、まさかとは思ったが、本当に倒してしまっているとは。ソラ、キミには本当に驚かされっぱなしだ」
「いやいや、照れるね……。でもさ、倒せたのは、お姫様の協力あってこそだから」
「違うでしょう? あなたが私に協力したの。そこを履き違えないように」
「トドメを刺したのあたしじゃん!」
「譲ってあげただけでしょう!? そんなことも分からないの、このアホっ子!」
「はははっ、二人とも元気そうで何よりだ」
仲良く喧嘩する二人に、ローザも一安心。
肩の荷が下りたような気持ちになるが、事態の収拾はまだついていない。
「私は引き続き、巨人を掃討する。二人はこのまま危険地帯を脱出して欲しい」
「あたしも手伝うよ! 大丈夫、まだまだ余力あるから!」
「私も、自分だけのうのうと逃げるつもりはないわ」
「し、しかし……。特にリース殿下、あなたは王族。私の一存でこれ以上危険に晒すわけには……」
「王族、ええ、私は王族よ。でもね、王族って何? 安全な城の奥で贅沢な暮しをする人の事かしら。私はそうは思わない。王族とは、危難の時に矢面に立って自らを慕う民を守る者、そう心得ているわ。あなたが何を言おうと、私は逃げるつもりは無い」
彼女の堂々たる立ち居振る舞いを前に、ローザはもはや何も言えず、ただ感服した。
「……わかりました。ただし、危なくなったらすぐに助けに駆け付けます。いいですね」
「よろしい。さあ、行くわよ! ソレスティア・ライノウズ! 私に付いて来なさい!」
「な、何でそんなに偉そうなのさ!」
「偉いからだけど?」
ローザは西の方向へ、ソラとリースは東の方向へ、気配を探りながら駆け出す。
今はまだ、彼女たち三人の誰もが、この事件の終息を確信していた。




