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060 お姫様、あたしと一緒に戦ってくれるの?

 一つ目の巨人は、地響きを轟かせながら一歩一歩こちらに迫ってくる。

 ソラは体を起こそうとするが、上手く力が入らず起き上がる事が出来ない。

 射程距離に入ったギガントオーガの巨大な拳が、ゆっくりと振り上げられる。

 いつも助けてくれるセリムは、今は遥か彼方の闘技場。

 観念したソラはギュッと目をつむった。


「何を諦めてるの、このアホっ子!」


 拳が振り下ろされる直前、全速力で駆けこむリース。

 ソラの体を抱え上げると、迫る剛腕の影から逃れるため、力の限り大地を蹴って走る。

 叩きつけられる巨人の鉄拳。

 砂煙が舞い上がり、地面は拳の形に陥没する。

 握り拳を解いて、腕を引き戻したギガントオーガ。

 その一つ目に映るものはひしゃげた少女の死体ではなく、自らの手形のみ。

 ギリギリで攻撃範囲から逃れたリースは、ソラを抱えたまま可能な限り距離を取る。


「ちょっと、あなた重いわ! 女の子として恥ずかしくないの!?」

「剣と防具のせいだよ……! げほっ……、それよりも、どうして助けてくれたの……?」

「……決着が着く前に死なれたら困るもの。それだけよ」


 充分に距離を取ると、リースはソラを割と雑に地面へと下ろす。

 支えを失った彼女は、へにゃへにゃと力無く崩れ落ちた。


「あなた、軟体動物か何か?」

「全身が痺れて動けないのぉ……」

「……そうよね、まともに食らってたものね。ダメージも大きいか」


 一つ目の巨人は、こちらに目標を定めてゆっくりと近づいてくる。

 その見た目通りパワーは絶大、ソラの一撃を腕でガードした事から一瞬の瞬発力もありそうだが、フットワークは極端に重いらしい。

 二十メートルほど離れたこの距離なら、攻撃範囲に入るまで余裕はある。

 逃げるにしても戦うにしても、ソラがこの有様ではどうにもならない。

 リーズはソラに両手を向け、癒しの魔力を手のひらに収束する。


「——リバイブ」


 淡い光がリースの手からソラに注がれ、その全身を包む。

 強力な癒しの力が体中を駆け巡った。


「お? おおぉぉ……っ!」


 全身を苛む痛みも痺れも、嘘のようにきれいさっぱり消え去った。

 ソラは勢い良く跳ね起き、剣を握っていない方の左腕をブンブン振り回す。


「おっしゃー! ソラ様完全復活! お姫様、ありがとね」

「礼を言われるほどではなくてよ。私が逃げるのに、あなたがお荷物だと困るから。それだけ」

「……へ? 逃げるの? 戦わないの?」

「は!? いや、戦う気なの!?」


 ソラの全力の一撃は、筋肉の鎧に跳ね返された。

 このモンスターの危険度レベルが幾つか、リースは把握していないが、かなり格上の相手であるのは間違いない。


「さっきも言ったはずだよ。ソラ様の辞書に逃げの二文字は無いって」

「……はぁ。勝算はあるの?」

「これから考える!」

「ふふっ、呆れて物も言えないって、まさにこの事ね」


 ソラの無謀っぷりに、思わず失笑するリース。

 背中に背負った逆三角形の盾を左腕に通し、腰の両刃剣を抜いて彼女の隣に立つ。


「ライバルが戦うってのに、私が尻尾を巻いて逃げ出したら、王女としての誇りにも傷が付く。あなたの生き方も否定出来なくなる」

「なになに、一緒に戦ってくれるの?」

「不本意極まりないけどね。あなたが撹乱、私は少し離れて急所を探す。見つけたらどちらかが隙をついてトドメ。作戦は適時変更していくけど、基本線はこれでいくわよ」

「りょーかい! よろしくね、お姫様!」




 ○○○




 闘技場前の広場にて、緊急で集められた騎士二十名がティアナの前に整列する。

 死地に挑む勇士を前に、妹の安否に今すぐ駆け付けたい気持ちをグッと堪え、彼女は平時のように勇壮に振舞った。


「諸君、まずはこの作戦に参加してくれた事、心より感謝する。我らはこれよりアルカ山麓に向かい、闊歩する凶悪なモンスターから大会参加者を救助する。敵の危険度レベルは47、戦ったのでは無駄に命を散らすだけだ。幸いこの魔物は敏捷性が極端に低い。参加者の救助に専念し、戦闘は可能な限り避けてくれ。以上、何か質問は」


 話終えたティアナは、部下たちの顔を順番に見つめ、目を移していく。

 大会当日に王の身辺警護を任された彼らは、いずれ劣らぬ精鋭たち。

 顔色一つ変えずに直立し、出立の指示を待つ姿を、彼女は頼もしく思う。


「よし、全員騎乗! 我に続け!」


 白馬にヒラリと跨ると、騎士たちも足並みを揃えて馬上に乗る。

 ティアナを先頭に、騎士団はアルカ山麓へ向けて王都南門を飛び出した。

 駿馬を駆り、騎乗の騎士らを従えて草原を疾駆するティアナ。

 数百メートル走ったところで、視界の果てに馬と互角以上の速度で疾走する四人の冒険者の姿を見る。


「あの四人、まさか——」


 その後ろ姿は、彼女にも見覚えがあるものだった。

 鞭を入れて速度を上げ、最後尾を走る銀髪の剣士に追いつく。

 多くの騎士を従え、馬群の先頭を行く女騎士の存在に、当然彼女も気付いていた。


「貴殿はローザンド・フェニキシアス殿とお見受けする」

「かく言うあなたは、王国最強の騎士との呼び声高いクリスティアナ・ダリア・ノーザンブルム殿」

「世界最強の剣士に知って貰えているとは光栄だ」

「騎士団の皆さま方は、参加者の救助に?」

「左様。だがギガントオーガを討伐するには我らは力不足」

「心配は不要です。私達四人が、全てを蹴散らしますので」

「……頼もしい限りだ!」


 王宮からギルドに、事件は人為的な物であると通達されて以降、再発生に備えて強力な力を持つ冒険者は各地に散らばった。

 その中でも、ギガントオーガを単独撃破可能な強者は両の手で足りる程度の数しかいないが、アーカリア王国の最高戦力たるこの四人がまだ王都にいてくれたとは不幸中の幸いだった。

 彼女たちの助けを得れば、生存者は大幅に増えるだろう。

 騎士団の最精鋭と、世界最強の称号を持つ四人の冒険者——そして大会に参加した、腕自慢の猛者たち。

 今この時、王国が誇る戦力の大半が、アルカ山麓に結集しつつあった。




 ○○○




 体にひねりを加えて、振り下ろされる巨人の剛拳。

 恐るべき威力を誇る攻撃だが、当たらなければどうという事はない。

 ソラとリース、共にこの初撃をそれぞれ左右に跳んで回避。

 リースは敵から見て右側、左サイドから距離を離して様子を窺う。

 一方のソラ。

 自身の素早さを活かし、果敢に懐に飛び込んでいく。


「まずはこいつで!」


 闘気収束オーラチャージを発動し、闘気を剣に纏う。

 リーチの長さを重視したザンバーは、筋肉の鎧の前に無力だった。

 だが、リーチと引き換えに切断力を大幅に上昇させるこの技ならどうか。

 繰り出された左の拳を転がって回避し、そのまま巨人の足を目がけて突っ込む。


気鋭斬オーラエッジっ!」


 研ぎ澄まされた気の刃が、足首目がけて振るわれる。

 切れ味鋭い一撃は——しかしかすり傷の一つすら付けられない。


「くっそ!」


 足下をうろつくソラを鬱陶しそうに見やる一つ目。

 まとわりつく小動物を蹴り払うかのように、足をブン、と払う。

 刀身を盾代わりにしてガードするが、その衝撃は多大。

 大きく後ろに吹き飛ばされ、空中で一回転して体勢を立て直す。

 しかしここは、まだ敵の間合いの中。

 着地に合わせて、巨大な拳が振り上げられた。


「フォトンシューター!」


 リースの左手から放たれた光線が、巨人の胴体に着弾する。

 小爆発の後、体表には傷一つ残らなかったが、敵の注意を引き付ける事には成功した。

 しかし、今の魔法にはかなりの魔力を込めていたにも関わらずの無傷。

 リースのプライドは少々傷つく。


「ちょっとくらい、ダメージ受けなさいな……!」


 リースに視線を向け、一睨みした隙にソラは攻撃範囲から脱出。

 やはり巨人の体表には、こちらの攻撃が通らない。


「お姫様、どうよ? 弱点とかなんかわかった?」

「嫌になるくらい硬い。以上よ」

「もう知ってっし!」


 この攻防で得たものは、敵の異常な防御力の再確認だけ。


「で、何か手はあるの? あたし考えるの苦手だから、その辺全部任せてるんだよ。頑張って捻り出して!」

「丸投げなの!? このアホっ子!」


 リースの方へ歩みを向けていたギガントオーガは、その拳を彼女へと振るう。

 巨大な腕だが軌道は単純、最小限の動きで避け、カウンターの斬撃を見舞う。

 指の一本でも落とせれば、そう願ってもやはりダメージはゼロ。

 続けて繰り出された腕をぶん回す攻撃を高く跳躍して避け、一つ目を目がけて左手をかざす。


「さすがに目なら通るわよね! フォトンシューターッ!」


 放たれた光が、眼球目がけて真っ直ぐに突き進む。

 が、瞬発力を発揮した巨人が腕でガードし、攻撃は防がれてしまった。


「鈍重な癖に変に素早いんだから……!」


 しかし、今の攻撃で活路が見えた。

 着地したリースは背後に飛び退き、素早く敵の間合いから離脱する。


「よく聞きなさい、敵の弱点がわかったわ」

「マジで!? やるじゃん、お姫様」

「敵の弱点は恐らくあの大きな目玉。他の場所は攻撃されても意に介さないのに、あそこへの攻撃はあなたの無謀な初撃と私の魔法、二回ともガードした」

「おぉ、なるほど。目ん玉はさすがに硬くないもん……ねっ!」


 大木のような腕での薙ぎ払いを飛び上がって回避しつつ、ソラは返す。

 先ほどから彼女は、間合いのギリギリ内で攻撃を引き付けている。


「で、問題はどうやってガードを掻い潜るかだけど、私に考えがあるの。要はガードが間に合わない程の速度で最大威力の攻撃を叩きこめばいい」

「単純だね」

「黙りなさい。で、私の持つ最強の攻撃魔法をぶつける。これにはかなりの——大体一分半くらいの溜めが必要で、その間私は動けない。チャージが終わるまで、あなたには敵を引き付けてもらうわ」

「りょーかい! 悔しいけどトドメは譲ってあげる!」


 作戦説明を終えると、リースは剣を納めて魔力のチャージに入る。

 最大威力の魔砲撃は、溜められる最大まで溜め切って初めて発動できる切り札。

 チャージ時間が長いのが欠点だが、20程度のレベル差なら覆す自信がある。


「チャージに入ったね。よっし、上手く引き付けておくから!」


 魔力を溜め終わるまで、リースに攻撃を向けてはならない。

 敵の注意を彼女から逸らすため、ソラは果敢に敵の間合いへと飛び込む。

 大きな一つ目は先ほどから、その瞳にソラを映している。

 このまま攻撃の手を緩めず、リースの魔法の準備が整うまで耐え抜けば、勝機は見えるはずだ。

 続けざまに振るわれる巨大な腕を身軽にかわすライバルの姿を見守りながら、リースのかざした両手の中心に膨大な魔力が集中していく。


「頼むからドジらないでよ……」


 溜め終わるまでにソラが攻撃を受ければ、回復のためにチャージを解かねばならない。

 急所に直撃を受けて即死でもされれば、全てが水泡に帰す。


「って、人の心配をしてる場合じゃないわね……」


 雑念を捨て、集中力を増して、少しでも発射までの時間を短縮する。

 それが今のリースに出来る最善。

 極度の集中状態に入り、魔力を集める事だけに全てを傾ける。


「おわっと! あっぶな……」


 薙ぎ払われた腕を、ソラは寸でのところで回避。

 大質量の拳が目の前を横切り、風圧が髪を乱す。

 肝を冷やす暇もなく、続けざまに突き出される正拳の突き。

 何度も繰り出されるそれを、左右にステップを踏んでかわしていく。

 バカの一つ覚えのような突きの連打。

 どうやら敵の知能はそこまで高くない。

 このまま時間を稼ぐ事が最善策。

 しかしリースがやってのけたカウンターが脳裏を過ぎり、ソラは敵の攻撃の軌道に着目する。

 単調な攻撃故に、ソラにもその軌道はしっかりと読めた。

 最小限のステップで攻撃範囲の外に出るが、カウンターの斬撃は浴びせない。

 効かないと分かりきっている攻撃を浴びせるよりも——。


「お姫様、もちろんあたしが決めてもいいんだよね」

「……は!?」


 思わず集中が途切れそうになるところを、なんとか堪えたリース。

 魔力の蓄積は50%を越えたところだ。

 攻撃をかわした瞬間、突き出された腕にソラはヒラリと飛び乗った。

 そのまま腕を駆け上がり、巨大な目玉を目がけて突っ込んでいく。


「このまま目ん玉をブッ刺してやる!」

「このアホっ子! 腕は一本だけじゃ……!」


 腕に止まった蚊を叩くように、左の平手が猛スピードでソラに迫る。


「まあ、そうだよね。さすがのあたしもわかってた。むしろ本命は——ここっ!」


 再び軌道を読む。

 速さは増しているが、やはり単純な直線軌道。

 闘気の刃を纏った剣を握りしめ、素早い身のこなしで攻撃範囲の外に逃れ、


気鋭斬オーラエッジッ!!」


 渾身の力とスピードで、振り下ろされる平手の軌道上に気の刃を振り上げる。


 ——ザシュッ!!


 付いた傷はごく小さなもの。

 人間で例えるならば、紙の端で切った程度のレベルだ。

 それでも、初めて通ったダメージ。

 軽くガッツポーズすると、次の平手が振りかぶられる間にソラは腕から飛び下りる。


「……中々やるじゃない、この私のライバルだけはあるわね」


 自分も負けていられない。

 集中力を更に高め、チャージ速度を上昇させる。

 手傷を負って機嫌を損ねたのか、巨人の攻撃はより力任せに、より大振りになる。

 直撃を受ければ即死は免れないが、回避はより容易くなった。

 身軽な動きで攻撃を避け続け、時おりカウンターも織り交ぜて時間稼ぎに徹する。


「お姫様、あとどんくらい?」

「あと五秒、四、三——」


 突き出した両の手に、溜まりに溜まった魔力。

 気を抜けば漏れ出してしまいそうな力の塊を、極度の集中で抑え込み、更に圧縮する。


「二、一。——準備完了! そいつをこっちに引き付けなさい!!」

「りょーかい!」


 突きに合わせてカウンターの気鋭斬オーラエッジを浴びせ、更なる怒りを自分に向けさせる。

 一つ目の巨人は、もはやソラの姿しか目に入っておらず、ソラが動いた方向がそのまま巨人の進行方向となる。

 両手をかざすリースに向かって走り込むソラ。

 彼女を追ってギガントオーガがその巨体をリースに向けた。


「射線から出て!」


 リースの声に合わせ、ソラは横っ跳びで転がった。

 次の瞬間、リースの両手から、限界まで圧縮された魔力光が迸る。

 巨人の目玉を目がけて放たれるは、彼女の最強魔法。


「フォトンブラスターッ!!!」


 ——ズドオォォォォォン!!


 轟音と共に撃ち出された、高密度の光の魔砲撃。

 極太の光線が、巨人の目玉に凄まじい速度で迫る。

 その威力は、20レベル上の魔法使いが放つ全力の攻撃魔法と同等。

 これなら確実に——。


「……う、そ」


 敵の防御が、間に合った。

 愕然とするリース。

 今までにない程の敏捷性を発揮した緑色の巨人は、両手のひらで魔砲撃を受け止め、自らの急所を守ったのだ。

 その威力に押され、巨人は体勢を崩して尻もちをつく。

 魔力の奔流は次第に弱まり、ついには消えてしまった。

 ギガントオーガの手のひらは焼け爛れ、黒コゲになっている。

 しかし、急所の目玉は無事、無傷。

 作戦は失敗に終わった。


「私の最強魔法が効かないなんて……万策、尽きたわ」


 諦めるなんてらしくないが、今回ばかりはもう逃げるしかない。


「……逃げましょう、ソレスティア・ライノウズ。中継を通して現状は闘技場にも伝わっているはず。じきに救援が来て——」

「ね、お姫様。今の魔法もう一回やれる?」

「……は!? 何を言っているの? フォトンブラスターが効かない事はもう証明されているじゃない!」

「そうじゃなくてね、今ので思い付いたんだ。アイツを倒す方法を」

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