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058 いよいよ大会スタートですが、それはそれとしてやらかしました

 異様な気配を放つその存在は、唐突にその姿を消す。

 隠密に特化したクラスを除けば、気配を100から0まで瞬時に下げる芸当など出来るはずがない。

 必ずどこかに隠れているはずだ。

 感覚を研ぎ澄まして周囲を探るセリムは、こちらに近づく四つの気配を感じ取った。

 いずれも大きな力を持ち、暖かな——一つは冷たい、雰囲気を放っている。


「セリムを発見。タイガの感覚は非常に優秀であると証明された」

「まあ、それは認めるが、一々自慢するなよ……」


 タイガを先頭にして、やって来たのは世界最強のパーティ四人。

 有名人の姿を拝もうと、周囲には人だかりが出来ている。

 彼女たちが来たことで、セリムはこれ以上の追跡を中止し、普通の町娘を装って応対する。


「やあ、セリム。それとキミは……、あの時一緒にいた鍛冶師の少女か」

「うわっ、ローザさんたち全員揃ってる!? しかもボクの顔覚えててくれてるなんて……」


 少しの間顔を合わせただけの自分を覚えていてくれた事に、クロエは感激した。


「お久しぶりです、皆さん」

「ああ、久しぶり。隣の席、座ってもいいかな」

「私は全然構いませんよ」


 隣は最初から空席だっただろうか、記憶は定かじゃないが、多分大丈夫だろう。


「では、タイガがセリムの隣へ陣取る」

「どうしてだ、別にいいけど」


 ぴょんと軽く跳ね、お尻から椅子に飛び乗ったタイガ。

 こうして隣に並ぶとよく分かる。

 決して身長が高いわけではないセリムよりも、彼女は更に小さい。

 その隣に、ローザは静かに腰を下ろす。


「僕はこんな場所で観戦するつもりは無い。もっと上等な席はないのか」

「ルード、女の子ばかりだからと、そう照れるな」

「……テンブ、いくら師だからとて、僕をあまり愚弄するな」

「冗談だ。まあ良いではないか」


 ローザの隣に腰を落としたテンブ。

 ルードは渋々、その隣に腰掛けて腕を組み、目を瞑る。

 彼は金輪際、会話に参加する気も無いらしい。


「ははは、コイツの事は気にしないでやってくれ。これでも根は良い奴なんだ」

「……はぁ」


 テンブは朗らかに笑うが、ルードから感じる空気は他のメンバーとは違っている。

 鬱屈とした何かを抱え込んでいるような、暗く冷たい雰囲気。


「あわあわ、ローザさんたちが隣に……」

「クロエさん、緊張しすぎです」


 緊張のあまり震えるクロエをセリムがなだめる、先ほどとは真逆の構図が出来上がってしまった。


「ところでセリム、あれから無事に尋ね人は見つかったのか?」

「タイガさんのお陰で、あの後すぐに捕まえられました。本当にありがとうございます」

「礼には及ばない。十日間分の食事をおごるだけで構わない」

「欲張り過ぎだろ。こいつの戯言は本気にしなくていいからな」


 ローザはそう言って、タイガの頭を軽く小突く。

 痛そうに頭頂部を撫で擦る白髪の少女。

 彼女の冗談によって途切れた会話は、テンブが引き継いだ。


「しかし、二年もの間行方不明になっていたマーティナが、こうもあっさりと見つかるとは。正直驚いている」

「私もです。もっとずっと時間がかかると思ってました」

「やはり弟子ともなれば、師匠の気配などすぐに辿れるものなのだろうな」

「それは言えてるかもですね。割と馴染みの気配ですからすぐ……に…………」

「やはり、か。君の名前は彼女から聞いていたよ、セリム君」


 やってしまった。

 彼の仕掛けた罠に見事に嵌まってしまった。

 背中から嫌な汗がダラダラと流れる。


「やはりセリムはマーティナの弟子……。テンブさんの予想は当たっていたのか」

「世界最強の冒険者の弟子、タイガはその実力の程が非常に気になっている」

「……チッ、また強い奴が」


 まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、まずい。

 やってしまった、やらかしてしまった。

 取り繕うにも、もはや手遅れ。

 頼みの親友は、もう諦めろと静かに首を横に振るのみ。


「あ、あの、私、その……」


 もはやセリムに残された道は、


「その通りです、私はマーティナの弟子です……」


 正直に認める事だけだった。




 ○○○




 王都南門を出て二キロほど歩いた先に、狩猟大会の会場となる危険地帯が存在する。

 その場所はシヴィラ戦役の英雄メアリスが、幼少の頃修業の場とした逸話を持つ。

 かつて彼女にあやかった数人の冒険者が、この場所でモンスター討伐数を競い合った。

 それを発端として、この大会は始まったとされている。

 中央にそびえる急峻な岩山・アルカ山、周囲十キロになだらかな草原が広がり、その全てがモンスターの生息する危険地帯。

 危険度レベル13、アルカ山麓。

 選ばれた48人の猛者が今、この場所に辿り着いた。


「到着したねー」

「…………」

「山って聞いてたけど、草原みたいな感じだねー」

「…………」

「なんか話そうよー……」

「あなた、私がこの国の王女だと理解して、その口を利いているの?」

「おおっと、つい癖で。ごめんね。……なさい」

「はぁ、もう話しかけないで。本番前に余計な体力使いたくないから」


 ソラは移動中、リースに対し後ろから馴れ馴れしく話しかけ続けていた。

 今まで無視し続けてきたが、とうとう我慢の限界に達したようだ。


「こんな無礼でアホな娘、私は絶対に認めない」

「なんか言った? ……言いました?」

「黙って」

「はい」


 倒すべきライバルと定めた相手だが、やはり何もかも気に入らない。

 絶対に足下に這いつくばらせ、心の底から負けを認めさせてやる。

 リースの闘志と決意はますます強固になった。


 現在ソラ達がいる場所は、境界の手前に設営された、テントが立ち並んだ拠点。

 この場所に集められた参加者の前に、蝶ネクタイを付けた背広の男が歩み出る。


「皆さん、初めまして。わたしが本日審判団の長を務めさせていただくジャン・ジールです。これより今大会のルールを説明します。制限時間は三時間、この間により多くのモンスターを倒した者が優勝です。モンスター討伐の証として、体の一部を剥ぎ取ってください。獣型は尻尾、鳥型は右の翼と決まっております。数の水増しが可能になってしまいますからね。不正が認められた場合、即失格となりますのでご留意を」


 そこまで説明が終わると、参加者全員に革袋が配られる。

 その数、一人二十枚。


「この袋の中に、モンスターの体の一部を詰められるだけ詰めてください。袋が足りなくなった場合、この場に取りに戻る事を許可します。未だかつて追加の袋が必要になったケースは御座いませんが。それ以外の目的で競技中に境界を越えた場合、再侵入は認められません。それでは皆さまのご健闘を、心よりお祈り致します」


 全ての説明が終了し、ジャンは一礼をして下がっていく。


「ふわーぁ、やっと終わった……。てか、まだ始まんないのー」

「……ちゃんと聞いていたのかしら」


 リースの後ろで、ソラは退屈そうに大あくび。

 敵ながらソラの有様が心配になってしまう。

 ちゃんとルールを理解しているのか、そもそもちゃんと聞いていたのか。

 ルール違反で失格になられては、勝った気がしないではないか。


 その頃境界付近では、着々と準備が進められていた。

 自立飛行型の遠隔視マジックアイテム・ホークアイが次々と空に打ち上げられる。

 風魔法による飛行能力、遠隔視の魔法による映像伝達能力を兼ね備えたこのアイテムは、魔力の補充手段を持たない使い捨てな上に、生産コストも非常に高い。

 大会のためだけに生産され、一般的には流通していない超高級品だ。

 このアイテムが参加者の様子を撮影し、その発信した情報が拠点の機器に受信され、増幅されて闘技場に送られる。

 撮影した光景が闘技場の大魔力ビジョンに映し出されるまでのタイムラグは、おおよそ五秒。

 観客はほぼリアルタイムで、現地の様子を知ることが出来る。


 闘技場の大スクリーンに、スタート地点である境界付近の草原が映し出された。


「おぉ、映像が来たよ、セリム。……セリム、まだ落ち込んでるの?」

「だって、だって……」


 セリムが強さを隠している理由は、もちろん可愛くないから。

 だがそれ以外にも、目立ちたくないから、という理由が挙げられる。

 注目を浴びず、一人の町娘としてひっそりと暮らしていたいのに。

 間違っても世界最強の冒険者達から一目置かれる存在にはなりたくなかった。


「いや、済まない。ここまで落ち込むとは思わなくてな……」


 この世の終わりのような顔で頭を抱える少女に、テンブは罪悪感を抱いていた。

 ローザもバツが悪そうに口を開く。


「私が止めるべきだった。セリムが嫌がる話題だと知っていたのに……」

「全ては後の祭り。それより大切なのは、これから始まる祭り」

「……そうですね、タイガさん。皆さん、私はもう大丈夫ですから……」


 消えてしまいそうな儚げな笑みを浮かべる少女。

 こんな時泣きついて甘えたいソラは、今は大スクリーンの向こう側。

 境界の前、他の参加者と横一列に並んで、スタートの時を今か今かと待っている。

 彼女がいなくても、一人でも頑張らなければ。


『会場の皆さん、お待たせしました! 年に一度のビッグイベント、狩猟大会。いよいよそのスタートが近づいてきます。カウント十秒前から御一緒に!』


 会場中が湧きあがり、カウントダウンコールが始まる。


 ——10! 9! 8!


「ほら、盛り上がってるよ、セリム。元気出して応援しよう?」

「そうですね、クロエさん。一緒にソラさんを応援しましょうね」

「いや、ボクはリースを応援するけど」

「……そうでした」


 ——7! 6! 5!


「ローザ、タイガは眠くなってきた。その膝を貸すといい」

「このタイミングでか!? どれだけマイペースなんだ、お前は」


 ——4! 3! 2!


『1! ゼロ! 狩猟大会のスタートです!!!』


 大歓声の中、ビジョンの中のソラ達はスタートを切って走りだす。

 当然ながらこの歓声、彼女たちには届いていない。

 圧倒的な速さで先陣を切るソラは、どこかに潜むモンスターの気配を探る。


「んー、気配気配……」


 セリムと一緒にいる内に、ソラは気配の消し方、探り方も感覚的に覚えていった。


「あっちに群れがいそう!」


 更に速度を上げ、気配が密集する場所を目指して草原を駆け抜ける。

 ソラの速度には誰も追いつけない——かと思われた。


『おーっと、優勝候補最有力の二人が同じ方角へと走りだす!!』


 ソラの後ろをピッタリ付いて追いかける、ピンク髪の少女。

 当然ソラは、彼女の気配も把握している。


「ねえお姫様、なんであたしの後ろ付いてくるのさ」

「あなたに付いていってるんじゃない。そっちの方角に群れの気配を感じるの」

「狙いは一緒かぁ……」


 ならば速度を多少上げても一緒。

 目指す場所が同じなら、振り切っても意味は無い。

 戦闘中にすぐ追いつかれ、無駄に体力を使うだけの結果に終わる。


「まあいいけどさ、あたしの獲物が減っちゃうじゃん」

「そうね、実に好都合」

「したたかなお姫様だね……」


 なだらかな草原を駆け抜ける二人。

 やがて視界の果てに見える大きな池、そして水辺に集うモンスターの群れ。


「発見! あたしが全部やっつけちゃうから、そのつもりで」

「その思い上がり、叩き潰して差し上げるわ」


 背中に背負ったツヴァイハンダーを抜き放ち、ソラは魔物の群れへ突進を掛ける。



 細剣を鮮やかに振り、ダグ・バイターはグラスウルフを一刀のもとに仕留める。

 彼が倒したモンスターは現在三体。

 中継先の闘技場ではさぞ注目を浴びているだろう、そう思い、自画自賛。


「あはっ、また僕のファンが増えてしまう。まいっちゃうね、どうも」


 自らを追尾するホークアイに対し、彼は渾身の決めポーズを取った。

 同時刻、闘技場では……。


『これは凄い! これは凄いぞぉぉぉッ!!!』


 実況が叫び、会場のボルテージは早くも最高潮。

 危険度レベル12・ブルバッファローの群れの中に飛び込んだソラは、群青の刀身に闘気を纏い生み出した大剣で全方位を薙ぎ払う。


集気大剣斬オーラ・ザンバーっ!!」


 振り抜かれた巨大な闘気の刃。

 逃げ遅れた獲物が、五体まとめて斬り伏せられる。


「どんなもんだい!」

「下品な戦い方。品性の欠片も見えないわ」


 ため息混じりに返しながら、突進を仕掛けて来た猛牛をヒラリとかわし、すれ違いざまに脳天に切っ先を穿つ。

 その片手間に、自らの頭上に光球を展開すると、剣を高々と掲げて更に魔力を注ぎ込む。


「フォトンレイン」


 光球が強烈な輝きを発し、そこから放たれるおびただしい光の奔流。

 微細な光線が周囲に雨のように降り注ぎ、突進を仕掛けて来た三体のブルバッファローの全身を貫いた。


「言うだけあるね。おっしゃ、あたしも負けてらんない!」


 リースの戦いに奮起したソラは、小回りの利く気鋭斬オーラエッジで次々と敵を斬り伏せる。

 対するリースは、剣技と光魔法の連携により着実にスコアを伸ばす。

 この危険地帯で最も恐れられる野牛の群れ。

 彼女たちにとって、この程度の相手は物の数ではなかった。

 どうでもいい情報だが、開始以降ダグの姿はここまで一度も映っていない。

 凶暴な魔物の群れは大立ち回りを続ける二人の少女にとうとう恐れを成し、散り散りに逃げだした。


『おーっと、ここで一旦戦闘終了! 果たしてどちらが多く倒せたのか! 恥ずかしながら私にはよく分かりませんでした!』


「間違いなくリースだね。あの子の方が多く倒してたよ」

「クロエさん、どこに目を付けてるんですか。ソラさんの方が多かったです」


 お互いの大事な人を強く推すあまり、張り合うセリムとクロエ。

 大盛り上がりの会場内で、もう一つの火花が散っていた。

 画質とカメラワークが原因で、二人とも正確な数は把握出来なかったが。


「あらら、逃げてっちゃった……。ねえお姫様、自分で倒したヤツちゃんとわかってる?」

「あなたみたいなアホっ子と一緒にしないで下さる? あなたこそ大丈夫なんでしょうね。私が倒した獲物を間違えて失格、なんてオチはやめてね。正々堂々、実力で負かさなければ意味は無いのだから」


 的確に急所を貫く剣技と、光魔法による傷痕は一目瞭然。

 力任せに薙ぎ払ったソラの獲物は、体が真っ二つになってしまっている。

 あまりにも違う戦闘スタイルが幸いし、間違える事はまず無いだろう。

 素早く尻尾を回収し、袋に詰めた二人は、新たな獲物の気配を探ると一目散に走りだす。

 今度もまた、同じ方向へと向かって。

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