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055 ロマンスの気配が、どんどん強くなっています

 剣の品質に合格判定を貰った鍛冶師たちは大いに意気を上げ、その品質を保ったまま量産を開始した。

 一日あたり一人一本の超ハイペースで剣を鍛える超人的な鍛冶師たちに囲まれて、クロエも気合十分——かと思いきや。


「……本気で迎えを寄こすつもりなのかな、あのお姫様は」


 リースが気になって集中しきれず、鋼を叩く槌の音も低く鈍っていた。


「いやいや、こんなんじゃダメだよ。鍛冶は武器に命を吹き込む大事な作業、この剣は誰かが命を預けるものなんだ」


 お姫さまは一旦頭から追い出し、思考を切り替えて武器を鍛え上げる作業に集中する。

 親方に教え込まれた信念を守れずして、何が一人前の鍛冶師か。

 時間も忘れ、夢中になって槌を振るい続ける。

 鍛冶場の外では太陽が少しだけ西に傾き、時刻は午後二時半。

 クロエが忘我の境地に達した頃。

 鉄扉が重々しい音を立てて開き、鍛冶場には不釣り合いなメイド服の少女が姿を見せた。


「あ、あの、クロエ・スタンフィードさんはいらっしゃるでしょうか……」

「…………」

「おい、クロエ。おめぇにお客さんだ、戻って来い」

「……へ? ボクにお客さん?」


 極度の集中状態にあって、周りの全てをシャットアウトしていたクロエ。

 スミスに肩を叩かれると、ようやく来訪者の存在に気付く。

 入り口に佇むのは、気弱そうなメイド。

 面識は無く、初対面のはずだが。


「キミ、ボクに用事? なんだろ、会うのは初めてのはずだけど」

「いえ、用事があるのは私じゃなくて、その……」


 鍛冶師たちの目があるため、メイドの少女は姫の名前を出せずに口ごもる。

 クロエはようやく察した。

 信頼できるメイドを迎えに寄こすと、彼女は確かにそう言っていた。


「あー……。うん、分かった。親方、仕事中にゴメン。大事な用事が出来たから、少しの間だけ外すね。すぐ戻ってこれると思うから」

「お、おう……」


 少女と共に大急ぎで鍛冶場を出て行く娘を、スミスは怪訝そうに見送った。



 メイドの少女に連れられて、やって来たのは花咲き乱れる庭園。

 長椅子に腰掛けて待っていたのは案の定、この国の第三王女様だった。


「あの、姫様……。クロエ様をお連れしました……」

「御苦労、ラナ。下がっていいわよ」

「は、はい」


 ペコリと頭を下げると、ラナと呼ばれた少女はそそくさと立ち去って行った。

 こうして正真正銘、二人だけの空間が出来上がると、


「……早くこちらにいらっしゃい」


 プリンセスは不機嫌であらせられた。


「えっと、じゃあお邪魔するね」


 いくら許可されていても、王女にタメ口を利くには勇気が必要だ。

 昨日のようにすぐ側に腰を下ろすが、彼女の機嫌は直らない。

 おっかなびっくり、クロエは尋ねてみる。


「あ、あの……、何かあった?」

「あなたの親友さん、ソレスティア・ライノウズ」

「ソラ? あの子と何かあった……ってそんなワケないか。王宮にソラが来るわけないよね」


 一般市民であるソラが、王女と面識を持っているはずがない。

 今まさに、一般市民が王女と二人っきりで言葉を交わしているわけだが、それはさておき。


「それね、偽名だったの。本名はソアレスティ・ライナ・ノーザンブルム。騎士団の第三席、クリスティアナの妹よ」

「……は? え? それってつまり、ソラは貴族? しかもあの人の妹って……」


 自分とソラとセリムは、仲良し庶民三人組。

 クロエの中では勝手にそうカテゴライズされていた。

 貴族らしさの欠片もない、魔王に平気で無礼な態度を取るあのアホっ子が、騎士のかがみたるクリスティアナの妹。


「……ウソでしょ」


 口をついて出たのは、そんな感想だった。

 にわかには信じられない、突飛な話。

 あのソラが、貴族だなどと。

 正直な感想を漏らすと、お姫様にジロリと睨まれてしまう。


「あなた、私が嘘をつくなどと思って……?」

「いえっ、滅相も……じゃなかった! そんな事、全然思ってないよ、うん」


 ソラの正体は、貴族の家出娘。

 王都に到着してからの挙動不審っぷりにも、ようやく納得がいった。


「あれ、見つかったってんなら……。もしかしてソラ、連れ戻されちゃった?」

「いいえ、お優しい騎士様は見逃してあげたそうよ。——貴族を捨てた、妹をね」

「そっか、良かった……」


 刺のある言い回しに気付かぬまま、クロエは心底安堵する。

 彼女の冒険はこれからも続くようだ。

 親友の夢が断たれなかったことに一安心のクロエだったが、


「全然良くないわ。ソアレスティ・ライナ・ノーザンブルム、絶対に許せない。ますます負ける訳にはいかなくなった」


 リースは相も変わらず、不機嫌なまま。

 苦々しい口調で、ソラの本名を吐き捨てるように口にする。

 ここまでの会話で、クロエには彼女の機嫌が悪い理由がさっぱり見えなかった。


「リース、どうしたのさ。そんな眉間にしわを寄せてたら、かわいい顔が台無しだよ?」

「かわっ……!? コホン、あなたには分かりませんの?」

「うん、さっぱり」


 昨日の時点では、クロエが自分以外を応援するなど許せない、そんな具合だったが、今日はどうやら様子が違う。

 昔ソラと何かあったのだろうか、そんな的外れな考えを巡らせていると、リースはようやく核心を口にする。


「私の夢、前に聞いたと思いますけど」

「大陸中に名を轟かせる、勇猛果敢な姫騎士になる……だよね」

「王女のままで、が抜けてるわ。私は王女のまま、武名を轟かせる。生まれを理由に夢を諦めたり、夢のために生まれ持った責任から逃げたりしない」


 クロエにも、彼女が何に怒っているのか何となく理解出来てきた。


「翻って、あなたの親友さん。ソアレスティは貴族という立場にありながら、自らの負った責務を投げ出した。そんな相手、いくら強かろうが私は認めない。どれだけ強くても絶対に勝つ、勝ってみせる」

「……なるほどね」


 多分、どちらが正しいなんて単純な問題じゃない。

 深い事情は知らないが、きっとソラにも止むにやまれぬ事情があった。

 でなければ、夢のために貴族の立場も名前も捨てるなんて決断は下さないだろう。

 リースも、責任ある自分の立場から逃げようとしない姿勢は尊敬に値する。

 いわば、信じるモノの違い。

 こんな時、最後に勝敗を左右するのは心の強さ。

 そして、支えてくれる誰かの存在だ。


「決めたよ、リース」


 ソラにはセリムがいる。

 二人がどれ程強くお互いを想い合っているか、短い付き合いの自分にもよく分かっている。

 対して、このお姫様は一人だ。

 大勢の人に囲まれて、支えられて生きているのだろうが、きっと本当の意味では一人ぼっち。

 強引に自分を友達に誘ったのも、寂しかったからなのだろう。


「ボク、狩猟大会ではキミを応援する」


 だったら自分が、この少女の心の支えになってあげたい。

 クロエの下した決断に、リースは少々驚いた様子を見せる。


「あなた、本気で私を応援してくださるの……?」

「ソラには悪いけどさ、あの娘にはもう、一番大事な人がいるし」

「何それ、消去法なら嬉しくない」

「そんなんじゃないよ。一番の理由はキミを応援したいから。戦うキミの心の支えになってあげたいんだ」


 彼女の両手を握ると、顔を思いっきり近づける。

 口説き文句のようなセリフと昨日に続いてのスキンシップに、リースはやはり頬を染めて目を逸らしてしまう。


「……あなた、それ他の女の子にもやってないでしょうね」

「へ? 覚えはないけど……」

「とにかくあの、距離が近いの……」


 長いまつ毛と綺麗な瞳。

 煤けた鉄のにおいに混じった、ふわりと甘い香り。

 リースの鼓動は不必要に高鳴った。


「ごめん。嫌だったのなら、これからは控えるよ」

「べ、別に控えなくてもよくてよ。時々なら許可してあげる……、時々なら!」


 照れ隠しに腕を組みながら、顔を紅潮させる様子はやっぱりセリムと似ている。

 クロエの心が、暖かい何かで満たされていく。

 その時、三時を報せる鐘の音が鳴り響いた。

 それは、お姫様と鍛冶師見習いが過ごす秘密の時間の終わりを告げる音。


「あら、もう三時ですのね。そろそろ戻らないと、怪しまれてしまうわ」

「そっか、もう終わりかー、残念。じゃ、また明日この場所で。楽しみにしてるね、リース」


 ベンチを立ち上がったクロエは、ウインクしつつ左手を振る。


「あ……、えと、その、ま、また会いましょう」


 ドギマギしつつ手を振り返すと、リースは駆け足で庭園を後にする鍛冶師の少女をただ見送る。

 クロエ、そう呼びたかったが、喉から先にはどうしても出てこなかった。



 それから約三週間の間、二人の秘密の逢瀬おうせは続く。

 二時半から三時までの三十分間。

 毎日この時間を楽しみに、クロエは槌を振るい、リースは剣を振るった。

 来る日も来る日も決まった時間にメイドが迎えに来て、クロエは姿を消す。

 さすがに怪しんだスミスが事情を聞き出そうとしても、やんわりとはぐらかされる。

 仕事の精度は日に日に上がっているのだから、それ以上の追及は出来なかった。


「あ、あの……、クロエさん。お迎えに……」

「お、もうそんな時間か。親方、行ってくるね」

「お、おう……。なあフォージ、一体なんだありゃ」

「私が知るワケないだろう!」


 上機嫌で鍛冶場を出て行くクロエは、まるで恋する乙女のような笑顔を浮かべていた。




 ○○○




 狩猟大会は、とうとう翌日に迫っていた。

 カラフルな旗が各大通りを彩り、臨時の出店の設営が盛んに行われる。

 南区画に限らず、他の区画にも冒険者の姿を多く見かけるようになった。


「凄いですよね、街の様子。まるでお祭り前夜です」

「実際お祭りみたいなもんだよ。そいでもってこの大会の優勝者は大陸中にその名を轟かせる。そう、明日ソラ様の名が世界に轟くのだ」

「応援してます、頑張ってくださいね」

「任せといて、絶対に優勝するから」


 王都を訪れて以来、モンスターと戦ってはいないが、日課の素振りは欠かしていない。

 歴代の優勝者のレベルは、おおよそ30ほど。

 一般的には上級冒険者、猛者と呼ばれるラインだ。

 今のソラのレベルはこの優勝ラインを大きく上回る38、優勝候補筆頭は間違いなく彼女だろう。


「それにしてもさ、結局クロエ、連絡寄こしてくれなかったね」

「ですね、暇さえあればこうしてギルドに寄っていたのですが」

「まあ無理もないか、忙しいだろうし」

「鍛冶の仕事、大変そうですもんね。でも今日で、仕事も終わりのはずです」


 使い古した武器や倉庫で眠っていた武器は、とうの昔に予定通りに出荷されている。

 騎士団や兵士に支給される新しい武器の制作も、狩猟大会前日の今日までの予定だ。

 こうしてギルドで揚げまーるを突っつきながら待っていれば、クロエに会えると踏んだ二人だったが。

 時刻は午後二時半、一向に彼女が姿を見せる気配はなかった。




 その頃、王城第一城郭の外れにて。


「ゴメン、待った?」

「この私を待たせるなんて、良い度胸ね」

「おじさん達が仕事納めのバカ騒ぎをやっててさ、いつも以上に抜け出すの苦労しちゃった」


 花に囲まれた庭園で、いつものように二人は並んで座る。

 クロエの発した言葉、仕事納め。

 リースの笑顔に、小さなかげりが見えた。

 ほんの少しの表情の変化を、クロエは敏感に感じ取る。


「そっか、そうだったね。こうして会えるの、今日で最後なんだよね。リースと会えなくなるの、寂しいな……」

「やめましょう、そんな暗い顔するの。最後なら尚更楽しまなきゃ、そうでしょ」

「……うん、そうだね。その通りだよ」


 この楽しかった思い出を、最後まで楽しいまま終わらせたい。

 ——終わる。

 リースとの関係は、ここで途切れる。

 クロエの胸が、未だかつてない痛みに襲われる。

 その痛みを隠し、クロエは笑って見せた。

 それからは取りとめもない会話を交わして、お互いに笑い合う。

 とびっきり出来の良い剣が出来たとクロエが自慢すれば、リースはあと一歩のところまでティアナを追い詰めたと悔しがる。

 そんな時間はあっと言う間に過ぎて行き——。


「ところで、もう明日だよね、狩猟大会。ボク、闘技場で精一杯応援するから。絶対優勝してね」

「任せなさい、この私が負ける要素など塵芥ちりあくたほども無し。ソアレスティの吠え面を、あなたに拝ませてあげるわ」

「あはは、その意気だよ。夢への第一歩だもんね、負けられないよね」


 そう、明日は大事な日。

 彼女の夢への第一歩。

 余計な心配をかけてはいけない。


「ええ、絶対に負けない。安心して見てなさい、その、く、くっ、クロ、エ……」


 勇気を振り絞り、頬を赤らめながら、初めて呼んだ彼女の名前。

 クロエを苛んでいた胸の痛みは途端に消し飛び、代わりに喜びと愛しさが感情を支配する。

 これまでクロエは、意識的に過剰なスキンシップを避けていた。

 精々が手を握る程度だったが、今日で最後なのだ。

 それに、どうせ誰も見てやしない。


「——リース、やっと呼んでくれたね」


 彼女の細い体を、優しく抱きしめる。

 ふわふわとしたピンク色の髪から漂う、嗅いだ事のないような甘い甘い香り。

 自分なんかが、こんなにも深く触れていいのか。

 許されない事をしている、バレたらただじゃ済まないだろう。

 頭では分かっていても、湧き上がる衝動は抑えられなかった。


「あ、あの、何を……。離してもらえる……?」

「やだ、離れたくない。これからも一緒にいたいよ。せっかく仲良くなれたのに離れるなんて、絶対に嫌だ」

「何を言って……。第一あなたと私は王族と平民、一緒になんていられない……」

「リースが言ったんじゃん、身分を言い訳にしないって。ボクも同じだよ。身分を理由に諦めたくない。リースと一緒にいたい気持ちに、そんなの関係ないもん」


 リースは迷った。

 彼女を受け入れて、これからも秘密の関係を続ける、それがどれ程の茨の道か。

 迷った末に——クロエの背中に手を回し、その肩に顔を埋める。


「私、とんでもない方をお友達にしてしまったみたいね」

「お姫様もとんでもないし、おあいこじゃないかな」


 体を離して、二人は笑い合った。

 同時に鳴り響く、三時を告げる鐘。

 永遠の別れの合図となるはずだった音。

 しかし今の二人にとって——それは、祝福の音色に聞こえただろう。

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