053 感動の再会、とはいかないみたいです
その日二人は、朝方から東区画の様々な店舗を歩いて回っていた。
旅をする中でポーチの中に溜まりに溜まったモンスターの素材を少しでも高く売却することが目的だ。
方々をかけずり回り、女王アリの卵管1800Gを筆頭に全ての素材が納得のいく値段で売却できた頃には、もう日もかなり傾いていた。
換金額は合計で一万Gを軽く越えている。
硬貨は莫大な量となり、その重量も相当なはず。
その全てを収めたソラの財布は無事なのだろうか、セリムは心配になる。
「やー、沢山歩いたね。さすがに疲れちゃった。南区画も近いしさ、ギルドで休憩してこうよ」
「休憩はいいですけど、ソラさん。財布は大丈夫なんですか?」
「財布って、これ? 何が心配なのさ。確かにちょっと重いけど」
「ちょっとで済むレベルですか。よく見せてください」
「いいけど。ほい」
セリムの顔ほどにまで膨張した革財布。
肩にかけたカバンから取り出したそれを、セリムに手渡す。
表面の革は、パンパンに膨らんではち切れそう。
紐を緩めて口を開くと、中にはギッシリと硬貨が詰まっている。
明らかに容量オーバー、今にも破れてしまいそうだ。
「ソラさん、この財布もう入りませんよ」
「まっさかー。ソラ様の財布は沢山入……ちょわっ、破れそうじゃん!!」
今頃気付いたのか。
なぜ今まで気付かなかったのか。
自慢の財布はいつ破れ散ってもおかしくない状況に陥っていた。
付け加えるなら、その重さは常人ならば両手でも支えきれないほど。
勢いを付けて振り回せば、低レベルモンスターなら一撃で撲殺出来る攻撃力を秘めている。
短期間で大幅なレベルアップを果たしたソラは、この重さに気付かなかったらしい。
「さすがに気付きましょうよ。はち切れそうじゃないですか」
「ど、ど、ど、どうしようセリム! このままじゃ壊れちゃうよぉ!!!」
「落ち着いてください。後日口座に預けにいくとして、ひとまずは時空のポーチに入れましょう。この中なら状態が保存されるので、時間経過で破れる心配はありません」
慌てふためくソラを宥めつつ、ポーチに財布を突っ込む。
無事に財布が吸い込まれる様子を確認すると、ソラはようやく安堵した。
「よかったぁ、ひとまずは安心だね。まさかあの財布に限界が存在するとは思わなかった……」
「それはそうですよ、私のポーチじゃないんですから。それにしても随分この財布を信頼しているんですね。思い入れも強そうですし」
「うん。お母さんの形見だからね」
「お母さんの……?」
実にあっけらかんと言ってのけた彼女の表情に、影は見えない。
触れても構わない話題なのだろうか。
セリムがどうするか迷っていると、ソラは自分から話し始める。
「あたしがまだ五歳の頃ね、お母さんが死んじゃったんだ。何の病気だったか覚えてないけど、元々病弱だったらしくて」
「そう、だったんですか……」
「そんな暗い顔しないで。ずっと前のまだ小さかった頃だし、あんまり覚えてないから」
嘘だ。
大した思い出もないなら、何の思い入れも無いのなら、あんなに財布を心配するはずがない。
つくづくソラは嘘が下手な性分だ。
「その話はまた今度。もっと落ち着ける場所で、ゆっくりしましょう」
「んー、そうだね。ってかもうギルドがすぐ近くじゃん」
歩きながら会話を交わしていた二人は、いつの間にやら南区画のギルド前に辿り着いていた。
「よっしゃ、揚げまーる食べる!」
「ソラさんの財布、ポーチの中ですけど」
「セリム買って!」
「嫌ですよ、私の財布にも無駄なお金は入っていないんです。それにお夕飯、食べれなくなりますよ」
「ちぇー」
○○○
王都の観光スポットは、西区画に集中している。
マリエールの目的は観光だと聞いている。
当然、西区画をまわるものだとティアナは踏んでいたのだが、王城を出た魔王が向かう先は南区画。
武具を扱う店や闘技場、冒険者ギルドが密集するこの場所に、一国の長がわざわざ何の用事なのか。
「魔王様。不躾ながら、一つお尋ねになってもよろしいでしょうか」
「む、何であろうか」
「ここは南区画、冒険者のための街と言っても過言ではない地区です。そのような場所に一体何用で?」
「怪訝に思うか、無理からぬ事」
「滅相も御座いません。出過ぎた真似を」
「良い、余も自分の立場は弁えている」
先頭を歩くマリエールは、ティアナの方を一顧だにせぬまま歩き続ける。
その後ろ、付かず離れず主とまったく同じペースを保つ魔王の腹心。
アウス・モントクリフの実力は、ティアナを遥かに凌駕している。
彼女ほどの実力者が常に側に控えている状況で、自分が護衛に付けられた。
ティアナもこの意味はよく理解している。
自分の役割は、護衛と称したいわば監視役。
マリエールの言葉も、きっとそういう意味なのだろう。
「魔王様に代わり、わたくしが御説明さしあげますわ」
「アウス殿、お手数をおかけします」
「話には聞いておられるでしょうか、道中、世話になった冒険者がいると。魔王様は非常に義理堅いお方。その者への礼を言伝に託すため、冒険者ギルドへと向かっておられるのですわ」
「なるほど、合点がいきました」
魔王はリーヤ丘陵を通る途中、アーメイズの大群に襲われたと、命令を言い渡された際に口頭で伝えられた。
同時に渡された資料は目を通していないが、おそらくその件とも関係があるのだろう。
「受けた恩は果たさねばなるまい」
「さすがは一国の主、ご立派にございます」
「まことに。魔王様は偉大な方ですわ」
どこかピリピリとした空気、口数も少なく、足取りは速く。
居心地の良いとはとても言えない雰囲気の中、彼女たちはギルドの前に辿り着く。
アウスが先に回り、両開きの扉を開け、マリエールを中へと迎え入れた。
「お嬢様、どうぞ」
「うむ」
ギルドへと足を踏み入れたマリエールの鼻腔をくすぐる、揚げた芋の甘い香り。
コロドの町で食べたあの味を思い出し、腹の虫が鳴りそうになるところを何とか堪えた。
「揚げまーるの匂い……。じゅるり」
「お嬢様? いかがなされましたか」
「な、なんでもない。さて、カウンターにて言伝を残さねばならぬな」
「——いえ、その必要は無いようで」
アウスの言葉に、彼女の視線を追ったマリエール。
その先には、よく見知った二人の姿があった。
魔王主従がギルド内へと姿を消しても、ティアナはその建物の前で立ちつくしたまま。
妹の消息が途絶えた場所、それがここだ。
この場所での目撃情報を最後に、ソアラは姿を消してしまった。
冒険者として名前を登録したはずだが、名簿に妹の名は見当たらず。
職員の証言でも、貴族の少女を冒険者登録した記録は無いと口を揃える。
「ソアラ……」
虚空を見つめ、ティアナは物思いにふける。
母が亡くなって以降、父とも新しい母とも上手く折り合いがつかず、騎士団長になるという夢も自分が突きつけた現実によって閉ざされた。
「居なくなってしまうのも、無理からぬことか」
せめて、どこかで生きていてさえくれれば。
「……いかんな、今は職務中。魔王様から離れる訳には」
感傷に浸るのは一人になってからでいい。
気持ちを切り替えて、彼女はギルドの扉を開いた。
「やはり、活気に満ちているな。ここは」
王城に勤め、規律を重んじる騎士とは違う。
己の身一つを頼りに、誰に縛られることなく自由に生きる冒険者たち。
なるほど、ソアラの気質に合う訳だ。
早速魔王主従を探すと、見通しの良い場所だけあってすぐに見つかる。
件の冒険者だろうか、テーブルに付いて二人の少女と談笑しているようだ。
会話の内容は聞こえないが、随分親しげに見える。
一人は薄いグレーの髪の少女。
フリルのブラウスを着た可憐な姿は、どうも冒険者には見えない。
もう一方の少女は、肩を出したオレンジの服を着ている。
どうやら同じ金髪のようだが、この位置からでは顔が見えなかった。
「あはは、マリちゃん災難だったね。自由行動を封じられるなんて」
「笑いごとでは無いぞ。余の杖をどうにかして探さねばならぬというに。我が国の宝の捜索、お主らに一任しても良いものか」
「ソラさんはともかく、私はうんと頼っていいんですよ。マリエールさん、もっと私を頼ってくださいね」
「う、うむ」
やはり魔王扱いされていない。
どう見ても年下の子供としか思われていない。
これでも百八歳なのに。
この二人より遥かに年上なのに。
心の中で愚痴を吐きつつも、マリエールの心はどこか安らぎを覚える。
肩の凝る王宮を出て求めたモノは、もしかするとこれだったのかもしれない。
「とにかく、アダマンタイトも良いが、余の杖もしっかり探すのだぞ」
「——お嬢様。騎士様がいらっしゃいましたわ。威厳をお戻しくださいませ」
「むぅ、外で待っておれば良いものを」
ティアナの来訪を察知したアウスの声により、マリちゃんは魔王様に表情を戻す。
「うぇぇっ、マリちゃんの護衛に付いたっていう騎士の人!? やっば、あたしのこと知ってるかもじゃん! 早く隠れなきゃ……」
「ポーチの中に隠れますか?」
「ソラ様は生き物だよ!? って冗談言ってる場合……じゃ………………」
「魔王様、もしやそちらの方々、が——」
その瞬間、二人の表情は凍りつく。
居るはずのない妹が、そこにいたから。
最も見つかってはいけない人に、見つかってしまったから。
「ソ……アラ……?」
「よ、よりによって、おねーちゃん……」
ソラから全てを聞いていたセリムは、どうしていいか分からずオロオロ。
魔王主従は事情を知らないながらも、只ならぬ雰囲気を感じ取る。
「ソアラ、今までどこに——」
「連れ戻そうったって、絶対に戻ってやんないんだから!!」
「待て、ソアラ!」
椅子を蹴って立ち上がると、ソラはそのまま外へと飛び出していく。
乱暴に開け放たれた扉が、ギイギイと軋みを上げていた。
「ソアラ……」
「……ふむ、あやつとお主、何か訳ありか。追いかけなくて良いのか?」
「……いえ、私は今、魔王様の護衛をする任務の最中。私事で持ち場を離れる訳には……」
「案ずるな、そちが戻るまで余はこの場を離れるつもりはない。それに、お主は職務を放棄などしておらぬ。片時も余の側を離れず、護衛の任に就いていた。で、あろう、アウスよ」
「仰せの通りに」
「……かたじけない」
主従の心配りに深く一礼すると、ティアナは妹を追ってギルドを飛び出す。
彼女を見送ると、マリエールの視線は終始オロオロしていたセリムへと向けられた。
「さて、セリムよ。お主は事情を把握しているようだな。詳しく説明して貰おうか」
「あうぅ、やっぱりそうなりますよね。ソラさん、勝手に話しちゃうけど、ごめんなさい……」
妹を追ってギルドを出たティアナは、まず周囲を見渡してその姿を探す。
案の定、どこにもその姿は見えない。
こんな時、ソアラはどうするか。
考えを巡らせ、思い出すのは子どもの頃。
使用人も織り交ぜて、広い屋敷をフルに使って遊んだ、かくれんぼの時のこと。
ソアラが隠れる時は、決まって鬼のスタート地点のすぐ側に隠れる戦法を取っていた。
最初の頃こそ意表を突けていたが、あまりにもワンパターン過ぎたために、最終的には真っ先に見つかっていた。
あの頃からアホな妹の将来が不安だったが、それはさておき。
彼女は今、思わぬ場所で自分に見つかってしまい、酷く気が動転しているはずだ。
この癖が出てしまっていてもおかしくない。
ギルドの入り口近くに、隠れられそうな場所は無いものか。
あからさまに怪しいのは、扉の脇に三つ並んで置かれた樽の影だが、いくらなんでもこんな簡単な場所にはいないだろう。
いないだろうが、可能性は潰しておかなければ。
ダメで元々、覗きこんでみると、
「あ……、やば……」
なんと、あっさり見つかった。
並んだ樽の影にしゃがみ込んだソラは、姉の顔を見上げて大いに焦る。
「な、なんで!? なんでそんな簡単に見つけるのさ! ここに隠れておねーちゃんがどっか行ったら戻ろうと思ったのに!」
「私も驚いている。まさかここまで単純だとは……」
見つかると思っていなかったようだが、何故見つからないと思ったのか。
進歩の無さに呆れ顔のティアナ。
ソラは渋々、樽の隙間から抜け出てくる。
生存すら絶望視していた最愛の妹。
こうして変わらぬ元気な姿を見られただけでも、この上無く嬉しい。
「まずは無事で良かった。聞きたい事は山ほどあるが、本当に生きていてくれて——」
「絶対戻んないから! おねーちゃんが何と言おうと私は絶対戻んない!」
「いや、私はお前を連れ戻すつもりは——」
「うっさい! 戻んないって言ってるでしょ! もうあっち行っ」
「話を聞け!!!」
こちらの話に耳を貸さず、一方的にわめき散らす妹にげんこつをお見舞いする。
両手で頭を押さえ、ソラはやっと静かになった。
「うぅ、久々の姉げんこつ……」
「まったくお前は……。私がいつ、お前を連れ戻すなどと言った」
「……へ? 違うの? 見つかったら無理やり連れ戻されるとばっかり……」
実際、この反応はソラにとって意外なものだった。
見つかったら終わりと踏んでいたからこそ、ずっと王都に帰りたくなかったのに。
「正直なところ、お前が家を出たがった気持ちも分からんでもない。厳格な父と高慢な義母、私にとってもあの家は、あまり居心地の良い場所ではないからな」
「……は? 何それ。あたしがそんな後ろ向きな理由で家を飛び出したと思ってんの?」
「違うのか?」
あの時と一緒だ。
やはりこの人は、何も理解してくれてない。
溜まりに溜まった不満が口を付き、ソラは思わず姉を怒鳴り付けた。
「あたしはね、世界一の冒険者になるために貴族を捨てたの! 家を出たのは一番になるため、ただそんだけ! 騎士団の三番目なんかで満足してるおねーちゃんに、あたしの気持ちなんてわかりっこない!!」