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050 そんな事されたら私、勘違いしちゃいますよ……?

 薄暗い通路を抜けると、夕日に照らされた広い空間に出た。

 土がならされた円状の中心部を、観客席が360度ぐるりと囲んでいるこの場所は、南区画のシンボルとして親しまれる闘技場。

 奴隷剣闘士の命を賭けた戦いを見世物とした血塗られた歴史を持つが、今となっては遠い昔の話。

 現在は、腕に覚えのある冒険者が様々な競技で競い合うクリーンな場だ。


「ひっろいねー。誰もいないけど」

「今は何も行われていませんし。来るのはソラさんみたいな物好きくらいです」

「んー? なるほど、つまりあたしは一味違うのか」


 勝手にポジティブ変換し、褒め言葉と受け取ってくれるソラ。

 割と毒舌な上につい意地を張ってキツく当たってしまうセリムには、彼女のそんなところがありがたい。


「ところでセリム、もう具合は大丈夫? 座る場所ならいっぱいあるし、ちょっと休んでく?」

「そうですね。少し休みます。ただ、その……、ソラさんも隣に座ってて欲しい、です……」

「寂しいの?」

「べ、別にそんなワケは……、あり、ますけど……」


 目線を逸らしながら小さく呟く。

 ソラはニコリと微笑むと、手を繋いだまま手近な座席に腰を下ろした。

 その隣にセリムが座り、無言で頭を寄せ、体重を預ける。


「ねぇ」

「……何も言わないでください」

「セリムって甘えん坊?」

「何も言わないでください!」


 夕日の赤に照らされて、セリム自身の顔が赤くなっているかどうかソラからは分からない。

 また意地を張ってしまったことを後悔するセリムだが、ソラはもう何も言わず、ギュッと手を握ってくれる。

 誰もいない闘技場に流れる、二人だけの時間。

 静かに寄り添ったまま、互いの息遣いだけが聞こえる。


「……ソラさん、絶対勝ってくださいね」


 沈黙を破ったのはセリム。

 ソラは、セリムが話さない限り律儀に沈黙を守り続けるつもりだった。


「もっちろん! 最初っから優勝するつもりしかないよ。この国中にソラ様の名前を知らしめるような大勝利を飾ってやるから、だから、ここで見ててね」

「はい、見てます。応援してます。……ここから応援するのも、後方支援になるでしょうか」

「なるよ。セリムが見てるって思うだけで、何倍も力が出せるもん」

「それは大げさじゃ……」


 クスリと笑うセリムだったが、ソラの表情は至って真面目。

 心の底から、本気でそう思っている。


「大げさなんかじゃないよ。セリムがいてくれたから、あたしはここまで強くなれた。その成果を他の誰でもない、セリムに見て欲しいの。そして何より——」


 ——好きな子に見ててもらえたら、すっごく頑張れるじゃん。


「何より、なんですか?」

「……なんでもない。それより、もう日が沈んじゃうね。冷えてくるし、宿に帰ろう?」


 喉元まで出かかった気持ちを飲み込むと、ソラは座席を立つ。


「確かに、ちょっと寒くなってきましたね。戻りますか」


 そっと手を引かれて、セリムも立ち上がった。

 なんだかエスコートを受けるお姫様みたいだと、我ながら笑ってしまうような乙女チックな妄想に浸る。

 ソラは王子様なんて柄じゃない。

 それでも、セリムにとっては誰よりもかっこよくて可愛らしい、世界で一番好きな人。


「ね、今日のデートはどうだった? ちゃんと楽しかったかな」

「だ、だからデートじゃ……っ! ま、まあ百歩譲ってデートだったとして、エスコートは合格点じゃないでしょうかね。知りませんけど」


 また意地を張ってしまった。

 自然と顔も熱くなってしまう。

 夕日が誤魔化してくれる事を願ったが、間近で見ていたソラには、照れ隠しに目線を逸らす彼女の頬が紅潮していく様子がはっきりと分かった。

 どこまでも素直になれないお姫様への愛しさが、ソラの中で爆発寸前にまで膨れ上がる。


「……ソラさん? どうしたんですか、急に黙っちゃって」


 心の中では葛藤が繰り広げられているのだが、セリムには唐突に固まってしまったとしか見えず。

 頬に赤みを残しつつ、軽く首をかしげる仕草。

 無自覚な追撃に、ソラの理性は限界を迎えた。

 左手でセリムの肩を掴み、その顔へ唇を寄せ——。


「えっ、ソラさ——」


 ちゅっ。


 ソラの唇は、セリムの頬に触れた。


「んっ……」


 何とか、ギリギリで、唇を奪うキスは堪えることが出来た。

 頬に触れる柔らかな感触に、当然セリムはパニック状態に陥る。


「な、な、な、な、な、な、な、な……!」

「っはぁ。……セリム、凄い顔してる」


 唇を離したソラの目に映るのは、耳まで赤く染まったセリムの百面相。

 口をパクパクさせながら、指を忙しなく上げ下げしていた。


「な、なんっ、どんなっ、どんなつもりでっ……!」

「そんなに慌てることないじゃん。セリムもやったでしょ」

「それは……っ、私からでっ、突然こんな、心の準備とかぁ!」


 恥ずかしさのあまり涙目になりながらの猛抗議。

 あまりの可愛さに、また我慢が効かなくなる。


「可愛い……。ね、もう一回してもいい?」

「は!? アホですか! もう! もう!! ソラさんのアホっ! 信じられません!!!」

「うーん、この反応は……」


 嫌がってはいない。

 が、これ以上続けると泣いてしまいそうだ。


「仕方ないか。じゃあ帰ろう、ほら」

「なんでそんな平然としてるんですか!」


 優しく微笑むソラ。

 謎の余裕を感じ取ったセリムだったが、実際は逆。

 二人のうち、余裕が無いのはソラの方だ。

 これ以上セリムを見ていたら、頬に口づけるだけでは済まなくなってしまう。

 そうしたら、きっとセリムを傷つける。

 必死に気持ちを抑え込んで、らしさを失っているのだ。


「むぅ……、ソラさんのくせに……」


 固く手を繋ぎながら、二人は闘技場を後にする。

 思い出の場所を巡り、新しい思い出を作り、セリムはソラへの想いを更に強くして、ソラはセリムへの気持ちをはっきりと自覚した、長い長い一日が幕を閉じる。




 ○○○




 リズミカルに響く、鋼鉄を叩く槌の音。

 燃え盛る炉と、鍛冶師ギルドのトップをひた走る五人の鍛冶師たちの放つ熱気の中、クロエは一心不乱に槌を振るう。

 スミスを筆頭とする鍛冶師が王都に到着して二日。

 彼らは順調に、鋼鉄製の刀身や槍の穂先を量産していた。

 その末席に加えてもらい、同じく剣を鍛えるクロエ。

 刀身を冷やし、仕上げに入ろうとした時、


「おう、クロエ。ちょっといいか」


 スミスに呼び止められる。

 彼が乱暴に置いた木箱の中には、完成した剣が十本ほど入っていた。


「なんだい親方。また雑用?」

「文句言うなや、居られるだけありがたく思え」

「別に文句は無いさ。で、この箱を持っていけばいいのかい?」

「話が早えぇな。場所は騎士団の訓練所だ。実際に使う奴らに触ってもらって、感想ごと持ち帰って来い」

「りょーかいっと」


 常人には持てないだろう重さの木箱を両手で抱え上げると、クロエは鍛冶場の扉を開ける。

 出迎える太陽の光。

 中に籠っていると時間の感覚を忘れてしまうが、今は昼の二時くらいだ。

 足で蹴って鉄の扉を閉めると、一旦地面に箱を置いて背伸びする。


「んーっ、はぁ。もう昼過ぎかぁ。ソラたち、今頃何してるのかな」


 クロエは知る由もないが、この日二人は時空のポーチの中に溜まった売却用の素材を売りさばくため、東区画を奔走していた。

 二人の親友に想いを馳せると、もう一度気合を入れて木箱を持ち上げる。

 このアーカリア城、無駄に広いんだよねー、と心の中で毒づきつつ。

 無事に騎士団の詰め所まで辿りつけるだろうか。

 ま、いざとなったら衛兵に聞けばいいよね。

 鼻歌を交えつつ非常に楽観的に、赤毛の少女は鍛冶場を後にした。



 スミス達が押し込められている鍛冶場は、一の丸近くの離れに位置する。

 騎士団の詰め所はそこからほど近い場所。

 近い場所、だったのだが。


「やば、迷った……」


 この始末である。

 現在クロエが居る場所は、二の丸へ向かう道の途中。

 広い廊下に赤い絨毯が敷かれ、壁にはやたらと高そうな絵画がズラリと架けられている。


「ここどこさ。誰もいないし……。ボクはどっちに行けばいいんだよぉ……」


 独り言は少ない方だが、こんな状況では次々と口をついて出てしまう。

 キョロキョロと辺りを見回しても誰も見つからず、途方に暮れていると。


「もし、そこのあなた。こんな場所で何をしていらして?」


 突然に声をかけられる。

 凛としたその声に振り向くと、そこに立っていたのは綺麗なピンク色の髪の少女。

 ボリューミーなふわふわのロングヘアーで、背丈はクロエよりも低め。

 軽鎧を身につけ、腰には剣を帯びている。


「あ、お城の人? 助かったよ。実は騎士団の訓練所に向かう途中で、道がわかんなくなっちゃって……」

「騎士団に用があるなら、方向は真逆よ。あなた、方向オンチさんかしら」

「返す言葉もない……」

「そもそも、あなたみたいな人が騎士団に何の用で……」


 もっともな疑問と共に木箱を覗いた少女は、クロエの格好と照らし合わせて状況を把握する。


「ああ、あなたが五人いる鍛冶師の一人。ずいぶん若いのね」

「いや、ボクは親方の弟子で……」

「弟子。そう、使いっ走りなのね。お気の毒に」

「いや、そうなんだけどはっきり言うね」


 興味深そうに木箱の中身を眺めると、少女は哀れな鍛冶師の使いっ走りに救いの手を差し伸べた。


「まあいいわ、私もこれから騎士団に用があったから。あなたの同行を許可します」

「いいの!? 助かるよー、えーっと、キミは?」

「人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るものではなくて?」


 ずいぶん当たりのキツイ女の子だと苦笑いしつつも、クロエは自己紹介。


「ボクはクロエ・スタンフィード。イリヤーナ一の鍛冶師、スミス親方の一番弟子さ」

「ふーん、そう。では行きましょうか」


 あまり興味無さそうに、少女は歩き出してしまった。

 自己紹介はどこに行ってしまったのか、クロエは慌てて後を追う。


「ちょ、ちょっと待って、キミの名前は?」

「……リース。これで満足かしら」


 実に素っ気ない、簡潔な自己紹介。

 どこのどんなリースさんかもわかりゃしないが、とりあえずこれで呼ぶ事は出来る。


「うん、いい名前だね。よろしくね、リース」

「あなた、少々馴れ馴れし過ぎはしない? 私は良くても、誰かに聞かれたら困るかもよ」


 物怖じしないクロエのフレンドリーさに苦言を呈しながらも、リースはしっかりと案内してくれるようだ。

 剣と鎧を身に付けた彼女の格好、そして騎士団に向かう途中。

 つまり彼女も騎士団の一員だろうと、勝手にそう推察するクロエ。

 方向オンチな彼女の推理には、大きく欠けているものがあった。

 それは、リースの来た方向。

 真実は露知らず、クロエは詰め所に到着するまでの間、城の奥からやって来たリースに馴れ馴れしく話しかけまくった。




 ○○○




 王城騎士団第三席、クリスティアナ・ダリア・ノーザンブルム。

 幼い頃から研鑽を積み、実力で三席にまでのし上がった彼女は、騎士団の実質的なトップである。

 コネで団長、副団長の座を手に入れた公爵家のボンボンは、鍛錬には姿を現さない。

 当然、彼らの剣の腕前は末端の団員にすら劣る。

 そのような連中に対する人望などあるはずもなく、ティアナは自分を慕う団員たちから密かに団長と呼ばれていた。

 私は団長ではない、その呼び方はやめてくれ、そう固辞するものの、誰もが心の中では認めている。

 彼女こそが真に、騎士団長に相応しい器であると。


「そこ、脇が開いているぞ!」

「はいっ!」


 ここは騎士団の練兵所。

 小さな町の広場よりも広い建物内で、ある騎士は木人に打ち込み、またある騎士は相手との立ち合いに臨んでいた。

 鍛錬に励む団員たちを見廻りながら、ティアナは深くため息をつく。


「……ふぅ。団長殿も副団長殿も、今日も不在か」


 自分がどんなに望んでも手に入れられないその座を、血筋だけで独占する連中。

 不平不満はグッと堪え、彼女は今日も役目を全うする。

 そしてもう一つ、彼女を悩ませる材料があった。


 ソアレスティ・ライナ・ノーザンブルム。

 大切な妹である、ソアラのことだ。

 兼ねてから冒険者を目指すと公言していた妹は、とうとう家を抜け出してしまった。

 家の者が方々手を尽くして探してもついに見つからず、捜索は半ば打ち切りとなりつつある。

 無謀な妹のことだ、おそらく身の丈に合わぬ危険地帯に突っ込み、命を落としているのだろう。

 これだけ探して見つからないのならば、そうとしか思えない。


「いかんいかん、集中だな」


 今は大事な鍛錬の時間。

 私事にかまけていては、汗水流して励む団員たちに示しがつかない。


「そこ、踏みこみが浅い! もっと相手に斬り込め!」

「はいっ!」


 いざ有事となった時、一般の兵に先駆けて王の矛となり敵を討つ。

 それが王城騎士団の役目。

 そのような事態など起こらないのが一番であるが、常に備えはしなければならない。

 たとえ日の目を見ずとも、そこに在るだけで意味はあるのだ。


「団長! よろしいですか」

「私は団長ではないと、何度言ったら……。で、なにかあったのか」

「鍛冶師が剣の検分を求めています」

「そうか、騎士団で使う武器の作成に、イリヤーナから召集したのだったな。許可を出す、通せ」

「それともう一つ……」

「まだ何かあるのか?」


 団員が軽く耳打ちすると、ティアナはまたもため息。


「まったくあの方は……。そちらも許可をする」


 恐らくまた手合わせを要求されるのだろう。

 が、彼女も相応の実力者。

 自身の鍛錬にはなる。


「門を開けろ」

「はいっ!」


 練兵所の入り口、大きな両開きの木製扉に付けられたかんぬきが外されると、次の瞬間外から勢い良く開け放たれた。

 中から開こうとしていた騎士が、危うくはね飛ばされそうになる。


「ちょっ、そんな勢い良く開かなくてもいいじゃん」

「……その言葉遣い、ここでは止めておいた方がいいと思うけど。あなたの身のためにも、ね」

「へ? それってどういう……」


 練兵所の入り口で木箱を抱えたクロエは、威風堂々肩で風切りティアナに向かって歩いていくリースをぼんやりと見送る。

 リースはティアナと真正面から向かい合い、周囲の騎士に緊張が走った。


「本日も手合わせに参りましたわ。クリスティアナ・ダリア・ノーザンブルム」

「懲りないお方だ、リース・プリシエラ・ディ・アーカリア殿下。アーカリア王国第三王女ともあろう方が」

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