005 もう少しだけ、一緒にいたいと思ってしまいました
地平線の彼方に陽が沈み行く午後六時頃。
二人の少女が入り口ゲートをくぐり、リゾネの町へと戻って来た。
ポーチの中の異空間に依頼の分を大きく越える魔鉄鋼を詰め込んだセリムは、フリル多めのブラウス姿。
お気に入りの白ブラウスが少々土で汚れてしまったが、この程度なら洗濯すればすぐに取れるだろう。
一方、ミスリルの原石を大事そうに抱えたソラ。
彼女の格好は、セリムとは違いボロボロだ。
胸部を覆うブレストアーマーには大きな損傷は見られないが、剣を失い、ガントレットはひび割れて壊れかけ。
金髪のポニーテールも土にまみれて汚れてしまっている。
「まだお店は開いている時間帯ですね。ウィルさんの鍛冶屋も閉まってないはずです。今から納品に向かいますが、よろしいですか?」
「あたしは別にいいわよ。このミスリルも剣にしてもらいたいし」
コバルトブルーに輝くミスリルの原石。
思わぬ場所で手に入ったとびっきりのお宝。
ソラとしては一刻も早く、これで作られた剣を振るってみたいところだった。
「では行きましょう。狭い町ではありますが念のため、はぐれないように付いてきて下さいね」
「らじゃっ! よっしゃー、ミスリルの剣だーっ!」
ソラは元気を全開にして、町の大通りを一人で突っ走っていく。
「ちょっ、付いてきてって言いましたよね! 鍛冶屋がどこにあるか分かるんですか!?」
「あー、そっか」
足を止めたソラに早足で追いつくと、セリムは呆れ顔を浮かべつつ、二人で並んで歩きはじめる。
「もう……。ソラさん、一人で突っ走らないでください」
「ごめんごめん、テンション上がるとついつい周りが見えなくなっちゃうんだよね」
「目的に真っ直ぐなのはいいんですけど。はぁ、やっぱり心配です」
「あたしの事心配なの?」
「それはそうですよ。だって、その……、と、友達…………なんですからっ!」
少しだけ顔を赤らめて、ぷいっ、とそっぽを向きながら答えるセリム。
彼女の言葉に、ソラの胸はなんだかとても暖かくなった。
「にひひ。セリムもあたしを友達だって思ってくれてるんだ」
「うぅ、そ、そんなことよりもっ、あれがウィルさんの鍛冶工房です」
照れ隠しをするように指を突き出した先、煙突から黒い煙をもうもうと吐き出す工房があった。
店にはドアなどはなく、軒先が開かれている。
店内には所せましと武器、防具類が並び、奥からは、カン、カンと鉄を鍛える槌の音が聞こえてくる。
「店番もいないなんて、相変わらず不用心ですね」
彼には妻子がいるが、自宅はこの工房とは別の場所にある。
店番を手伝ってもらえばいいのに、と常々言ってはいるのだが、どうにも妻には尻に敷かれているらしい。
彼の頼みを聞いてもらえるほど、夫婦仲はよろしくないようだ。
奥の鍛冶場で槌を打っているだろうウィルの耳に届くように、セリムは声を張り上げる。
「ウィルさーん! セリムです! 注文の魔鉄鋼、お届けに上がりましたー!」
リズミカルに聞こえていた槌の音が途絶えると、しばらくして店の奥から店主が姿を見せた。
首にかけた手ぬぐいで汗を拭きながら、ウィルは感嘆の声を上げる。
「セリムちゃん、昨日の今日でもう集めたのかい。相も変わらず仕事が早いな!」
「早さと正確さがモットーですから。魔鉄鋼40個、ご確認お願いします」
異空間に繋がるポーチから、魔鉄鋼の原石を次々と取り出して並べていく。
ウィルはそれらを一つ一つ手に取って検品し、時には頷き、時にはうなった。
「うむ、確かに魔鉄鋼40個。質も文句なしだ」
最後に満足気に頷くと、検品は終了。
カウンターの下から金庫を取り出すと、代金の精算に入る。
「魔鉄鋼の相場は原石一つ分で30G。合計1200Gで良いですか?」
「もう少し色を付けても良いんだけどね、良い仕事してくれたし。100Gおまけしておくよ」
「ありがとうございます! 今後とも、セリムのおみせをご贔屓に」
ペコリと一礼して頭を上げると、ウィルは何やらセリムの背後が気になっているようだ。
怪訝な顔で店内を見つめている。
「どうかしたんですか?」
「いや、さっきから楽しそうに剣を見てるあの子。彼女が持っているのってまさか……」
そういえば、静かだったのでつい忘れていた。
目を輝かせて陳列された剣を眺めているソラ。
彼女が持っているコバルトブルーの原石は、鍛冶師なら知らない者はいない。
しかし、その目で実物を見た者は少なく、自らの手で鍛えた者は数えるほどしか存在しない幻の鉱石。
「ええ、そうです。ミスリルの原石です」
「やっぱり! 実物は初めて見たよ。あの子はセリムちゃんの連れかい?」
「はい、一緒にレッドキャニオンまで。その採掘時にゴロリと出て来たんです、あれ」
こちらの会話に気が付くと、ソラはセリムの側へとやってきた。
「なになに? あたしの話してるの?」
「ソラさんの、と言うよりはソラさんが大事に抱えてるそれの話です」
「おぉ、そうだ! ミスリル!」
ソラは目的を思い出し、ミスリルをカウンターに置く。
依頼主が鍛冶師だと聞いてから、これを注文しようと思っていたのだ。
「鍛冶師さん、このミスリルを剣にして! お金ならそれなりに持ってるから!」
「そいつは……、無理なんだ。すまない」
残念そうに首を横に振るウィル。
鍛冶師ならば誰もが憧れるその鉱石を前にして、彼は悔しげに拳を握る。
「うぇぇっ、何で!? お金が足りないならセリムにたかるから!」
「なんでですか、自分で払ってください」
「金の問題じゃないんだよ。ミスリルを溶かすにはウチの炉じゃ火力が足りない。それに、俺の技術ではミスリルを鍛えられるかどうか……」
強靭な鉱石であるほど、武器として鍛え上げるには高い技量が要求される。
ミスリルはアダマンタイトに次ぐ強度の鉱石。
当然、技術も設備も最高の物が必要となる。
「力になれずすまない……。自分の腕が情けないよ、まったく」
「うぅ、そっかぁ。じゃあこれはまだ持っておこう……」
ミスリルを再び大事に抱え込むと、ソラはもう一つ目的を思い出す。
「あっ、じゃあさ。おじさんはアダマンタイトがどこで採れるか知ってる?」
「ア、アダマンタイト!? あの伝説の金属のことかい!」
「知ってるのね、教えて!」
「知らないよ、そんなの! そもそも実在するのかどうかも——」
「ソラさん、もう十分でしょう」
二人の間に割って入ると、セリムはウィルに深く詫びる。
「すみません。この子、アホの子でして。この度はとんだご迷惑をおかけしてしまい……」
「いやいや、迷惑なんてとんでもない。ミスリルを見せてもらえたんだ、むしろこっちが感謝したいくらいだよ」
両手を振ってセリムの謝罪を止める。
そして、カウンターに1300Gを並べると、代金の指さし確認。
「はい、今回の依頼の代金。そちらの嬢ちゃんも、ミスリルを見せてくれてありがとよ」
「依頼料、納めさせていただきます。ご利用ありがとうございました」
「おっちゃん、この小手気に入った! いくら?」
セリムが代金を革財布にしまっていると、ソラが二つの小手についた紐を片手でぷらぷらさせながら持ってきた。
「それなら40Gだな。嬢ちゃん、小手壊れちまったのかい」
「そうなの。……セリム、両手塞がってるから財布出して」
「ミスリル、カウンターに置けばいいだけですよね」
文句を言いつつもソラの懐から財布を取り出す。
予想以上にズッシリとした重みが手にのしかかり、セリムは少々困惑した。
「え、この財布、いくら入って……」
「はやくぅ〜、40G払っといてー」
急かすソラにセリムは気を取り直し、財布から10G硬貨を四枚取り出してカウンターに置いた。
「はい、払っておきました」
「毎度あり、それじゃあ俺は鍛冶に戻るよ」
硬貨をポケットに仕舞うと、魔鉄鋼を箱に詰めて、ウィルは店の奥へと消えていく。
セリムはソラの懐に雑に財布を突っ込んだ。
「さて、帰りますか。……ソラさんはこれからどうするんですか?」
「どうするって、この町での用事はもう済んだしなー。今日は宿でも取って、明日にも出発しようかなって思ってる」
「そうですか、やっぱりそうですよね……」
そんな事は最初からわかっていたはず。
彼女は旅の途中でたまたまこの町に立ち寄っただけだ。
そもそもソラとは昨日出会ったばかりの間柄。
それなのに、セリムは言いようのない寂しさに包まれる。
彼女とはなぜか、初めて会った気がしないのだ。
「あ、やっば! このままじゃあたし剣が無いじゃん! どうしよう、ここで買ってこうかな……」
「し、仕方ありませんね。今日も私のところに泊まっていってください。剣は私がなんとかするので」
「え、ホント? セリムも剣持ってたんだ」
「そういうわけではないのですが。とにかく行きますよ」
セリムの口元が、自然と緩んでしまう。
もう少しだけ、彼女と一緒にいられる。
その口実として剣を使うのはどうかと思うが、ここで彼女と別れる、それだけはどうしても嫌だ。
せめて、明日の朝までは。
○○○
クローズ表記のプレートがぶら下がったドアを開けて、セリムは我が家へと帰宅。
その後ろに続くソラは、指にガントレットを引っかけつつミスリルを抱えている。
わざわざ抱えずとも、セリムのポーチに入れてもらえば良さそうなものだが、自分で持っていたいらしい。
「ソラさん、早速ですがその原石をここに置いてください」
カウンターを指さすと、セリムはその向こう側の椅子に座る。
ソラは言われるがまま、カウンターにミスリルの原石を置いた。
「おいしょっと。置いたけどこれからどうするの?」
「創造術でミスリルから剣を作ります。鍛冶師の方が打った物よりは少々性能が落ちますが……」
「剣も作れるんだ! いいよ、これを剣に出来る鍛冶師探すのも大変そうだし、やっちゃって」
「そうですか。それでは……」
ポーチから取り出したのは炎の魔力石。
今日の昼、ロックヴァイパーの残骸から採掘した物だ。
炎属性の魔力が凝縮されて出来たこの鉱石は、触るとかなり熱い。
これを原石の隣に置くと、セリムは両手をかざして魔力を解き放つ。
「いきます。創造術!」
セリムの放った魔力が光となって二つの鉱石を包み込む。
その様子をじっと見守るソラ。
時間にして十秒ほど、発光が収まるとセリムはふぅ、と息を吐いた。
「出来ましたよ、ソラさん。気に入っていただけるかわかりませんが」
「……ぉぉぉぉおおおおおっ!! すごい、すごいよこれ! ホントにあたしがもらっちゃっていいの!?」
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群青のツヴァイハンダー
レア度 ☆☆☆☆★
攻撃力 110
品質 並
ミスリルを鍛え上げて
作られた大振りの両手
剣。決して錆びず、決
して折れないと云う。
創造術
ミスリル×炎の魔力石
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さっきまで原石でしかなかったミスリルは、大きくその姿を変えていた。
カウンターの上に横たわるのは、コバルトブルーに煌めく、一メートルを超える鋭く長い大剣。
両手持ちの長い柄を握ると、心地よい重みを両腕で感じる。
その場で早速振り心地を試そうとして、ソラはセリムにこっぴどく怒られた。
「何考えてるんですか、アホですか! こんな狭い店内で振ろうとするなんて! アホですか!」
「うぅ、アホアホ言い過ぎ……」
「素振りなら庭でお願いします。表通りでやられると辻斬りだと思われそうですし」
どこからともなく剣と一緒に湧いて出た鞘に、刀身を納めて背中に背負う。
ベルトを体の前面に回してパチンと留めると、ソラは早速庭へと飛び出していった。
「それじゃ、素振りしてくるから!」
「夕飯が出来たら呼びますので」
「わかったー!」
大喜びのソラを見ていると、セリムもつられて笑顔になってしまう。
「これが友達ってものなんでしょうか、ふふっ」
今まで感じたことの無い感覚に戸惑いつつ、セリムは夕食の準備に取り掛かった。