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049 結局ソラさん、教えてくれませんでした

 王都アーカリアに数ある観光名所の一つ、それがメアリスの鐘。

 西区画の広場の中央、白いオブジェに吊るされたこの鐘は、かつて起きた人間と魔族の大戦で活躍した英雄を称えるために作られた。

 もっとも今ではその由来も形骸化し、この鐘の下で愛を誓い合ったカップルは永遠に結ばれる、などというよくある御利益付きのデートスポットと化している。

 そして、かつてソラがセリムを連れ回した時に足を運んだ場所の一つでもあった。


「ほら、ここ。懐かしいでしょ」

「う、うっすらと記憶にはありますが、なんでこんな場所に……?」


 右を見ても左を見てもカップルばかり。

 ベンチに寄り添って肩を寄せ合うカップル。

 売店で買った一つのソフトクリームを二人で食べさせ合うカップル。

 鐘の下で人目をはばからず、熱い口づけを交わすカップル。

 純粋培養のセリムにとっては、非常に刺激の強い光景が広がっている。


「ここならカップルだらけだから、セリムも恥ずかしがらずにあーん出来るかなって思ったんだけど」

「アホですか!? こんな場所、こんな場所……っ、居るだけで恥ずかしくて死んじゃいますぅ!」


 両手で顔を覆いつつ、指の隙間から辺りの様子を探るセリム。

 彼女の目に飛び込んで来た、同じ年頃の女の子同士の熱いキスシーン。

 セリムの耐久値は早くも限界を越えてしまった。


「無理、無理です! なにやってるんですかあの人たち! 赤ちゃん出来ちゃいますよ!」

「いや、キスじゃ出来ないよ?」

「え? キスをして一緒に寝ると、コウノトリさんがお腹の中に置いていってくれるんじゃ……」

「……あたし、セリムが心配になってきた」


 本当の子どもの作り方を知ったら、卒倒してしまうのではないだろうか。


「じゃあどうやって作るんですか、教えてください。ソラさんが知ってて私が知らないとか、なんだか面白くありません」

「うーん、勉強すればいいんじゃないかな。ってか何で知らないの……?」


 様々な知識を抱えているセリムが何故、そっち方面の知識だけ皆無なのか。

 疑問に感じるソラだったが、すぐにその理由に思い至った。

 あの師匠の仕業だ。

 セリムは師匠に読み書きの勉強を教わったと聞いている。

 他の知識も、全て彼女に教わったのだろう。

 性教育だけは敢えて施さず、コウノトリやキャベツ畑を信じているセリムを影で嘲笑っていたに違いない。


「ああ、なるほど。やっぱりロクでもないね」

「むぅ、意地悪してないで教えてください」


 納得していると、グイグイと袖を引っ張られる。


「私に赤ちゃんの作り方、教えてください……!」


 不意打ちであった。

 頬を膨らませつつの上目づかいで、無自覚に卑猥な言葉を口にするセリム。

 思わず理性が消し飛びそうになる。

 グッと我慢しようとして我慢できず、結局力いっぱい抱きしめた。


「わひゃっ、ソラさん!?」


 こんな場所で抱きしめられ、セリムはますます顔を熱くする。


「も、もう、突然どうしたんですか」

「だって、もう無理……。もう我慢できなかったんだもん……」


 ケーキ屋で抱きしめようとして叶わず、ずっと押し込めていた狂おしいほどの愛しさ。

 とうとうそれが爆発してしまった。

 もっとも、無理やり唇を奪ったりすればセリムは間違いなく泣いてしまうので、その意味では我慢したと言える。


 ——ってあれ? あたしってセリムにキスしたいの? それってあたし……。


 他人の気持ちの機微に敏感なソラ。

 彼女は同時に、自分の気持ちにも敏感だった。

 誰に言われるでもなく、ソラは自力で自分の気持ちの正体に辿り着く。

 その想いの名前は、知識としては知っていた。

 だが、いざ自分が当事者となると、平静ではいられない。


「うぅ、セリムぅ……。あたし……」


 腕の中の少女が愛おしくてたまらない。

 抱きしめるだけじゃ足りない。

 小ぶりなピンク色の唇を奪いたい。

 この想いを伝えて、身も心も結ばれたい。


「あたし、セリムが……」


 即断即決、やりたいと思ったことには迷わず突き進むのがソラの信条。

 当然、今回も考える前に——。


「セリムのこと……」


 考える前に——。


「セリムが……。ごめん、なんでもない」


 ——考えてしまった。

 もしも断られたら、もしも迷惑がられたら、もしもこの関係が壊れてしまったら。

 そっと体を離し、大好きな少女を腕の中から解放する。


「……変なソラさんです。いつも変ですが、輪をかけて変ですよ?」


 不思議そうに小首をかしげるセリム。


「気にしないで、ホントになんでもないから。そうだ、そろそろお腹空く頃でしょ。何か買ってくるねっ」

「あっ、ソラさん……」


 どこか強張った不自然な笑顔を浮かべると、ソラは立ち並ぶ屋台の一つへ走って行ってしまう。

 なぜ彼女の様子が突然おかしくなったのか、セリムには見当もつかなかった。


「言えないって。いきなり言えるわけないよ。……セリムが好きだって、愛してるだなんて」


 あの日出会った小さな少女。

 冒険者になる夢をくれた、自分の人生を変えてくれた大切な存在。

 彼女がセリムだったと知った時から胸に芽生えた、正体不明の想い。

 それが恋なのだと、ソラは気付いた。

 気付きはしたが、とても伝えられそうにない。


「あたし、こんなに臆病だったっけ。らしくないわよ、こんなの……」


 モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、出店でサンドイッチ三人前と、フルーツジュースを購入。

 二人分の量を食べなければ、ソラの気は収まらなかった。

 ベンチに一人座るセリムの隣に、そっと腰を下ろす。


「お待たせ、サンドイッチで良かった?」

「はい、問題ありませ……多くないですか」

「にひひ、二人前食べたい気分なんだ」

「太りますよ……ってソラさんは太りそうにないですね。よく動いてますし、体温高いですし」


 会話は普通に交わせる。

 ちゃんとセリムの目も見られる。

 想いを自覚して変にぎこちなくなる、そんなパターンは避けられた。


「……こんなに考えるタイプだったかな、あたし」


 どうも恋をすると臆病になるタイプのようだ。

 余計なことを頭から吹き飛ばすため、サンドイッチに思いっきりかぶりつく。


「貴族のお嬢様が、そんな食べ方でいいんですか」

「問題無し! テーブルマナーさえしっかりしてればいいの。サンドイッチはかぶりつくのが正しい食べ方だしね」

「まあ、ソラさんにしては一理ありますね。あむっ」


 それからは取りとめもない会話を交わしながら、穏やかな昼食の時間。

 お互いに想い合っているとは露知らず、相手の笑顔に見惚れ、癒されながら。

 そんな優しい時間は、最後の一口を食べ終わったソラの一言によって崩れ去った。


「ところでさ、あの鐘のウワサ、セリムは知ってる?」

「ウワサ、ですか? いえ、私が知っているのは昔の戦争で活躍した英雄を讃える鐘だってことくらいでしょうか」

「実はね、鐘の下で愛を誓い合うと、永遠に結ばれるって言われてるんだ」

「あー、そうなんですか。道理でやたらとカップルが多いわけです」


 全体的に甘い雰囲気が飛び交う広場を、セリムは納得したように眺めていたが、


「あの、さ。あたしたちも誓い合ってみる? なーんて……」

「ぶーッ!!!」


 食後に飲んでいたジュースを、思いっきり噴き出してしまった。


「げっほげほっ、何をいきなり言い出すんですか! 意味分かって言ってるんですか! アホですね!」

「とうとう断定された……」


 セリムがどんな反応をするか、それによって脈アリかを探りたかったソラ。

 結果は顔を真っ赤にしての大慌て。

 これはアリなのか、ナシなのか。

 そもそもセリムは、事ある毎に自分の一言によって顔を真っ赤にしては、意地を張った言葉を大慌てでまくし立てる。

 イリヤーナでは、頬にキスまでされている。


「……アリ、なのかな。自惚れてもいいのかな」

「もう、もうっ! 意味分かんないですっ!」


 一つだけはっきりしたのは、照れながら両腕をバタバタさせるセリムが可愛すぎる、ただそれだけだった。




 ○○○




 それから二人は、昔ソラに連れ回された場所を中心に、一日をかけて王都の各所を回った。

 空は茜色、家々の白い壁が夕日を受けて赤く染め上がる。

 二人は今、名所の一つであるアルバの泉を後にするところだ。


「ソラさんの財布、無駄なお金は入っていないんじゃありませんでしたっけ」

「アレは無駄じゃないの! あそこに投げ入れれば、数千倍になって帰ってくるって言われてるんだから!」


 1G硬貨を投げ入れれば、御利益によって数千倍のお金が手元に入ってくる。

 そんな売り文句で、泉には連日多くの金が投げ入れられている。


「セリムこそずるくない? 水瓶に入れば御利益更に数万倍って聞くや否や、インぺカブるんだもん」

「なんですか、その略称。ズルじゃないですよ、あれはちゃんとした、私の能力なので」


 水瓶に対して放った絶対投擲インペカブル・シュートは、狙い違わず。

 周囲から巻き起こったどよめきに、セリムは密かにドヤ顔を浮かべていた。


「そもそもですよ、お金を投げ入れるなんて誰が言い出したんですか? あの泉の管理者は誰なんですか? 日夜投げ入れられるお金は当然誰かが回収してるんですよね、泉から溢れだす前に。もしかして管理者の方、寝ているだけで大金が転がり込んできてるんじゃないですか? 私達は楽してお金儲けするという企みにまんまと乗せられて——」

「やめよう、もうやめようセリム。みんな薄々気付いているから。分かっててやってるんだから。雰囲気や気持ちを1Gで買ってるの」

「そんなものですかね」


 誰かに聞かれてしまう前に、ソラは急いでその場を離れる。


「もう暗くなってきそうですね。そろそろ宿に帰りますか」

「待って、せっかくだからもう一か所回っておきたいの」

「……いいですけど、どこなんです? あの日回った場所はとっくに行き尽くしてますけど」

「思い出の場所じゃなくてね、あそこ」


 そう言ってソラが指さした先、鎮座するのは南区画のシンボル、闘技場。


「あたしは当日、客席には行かないからさ、観客席からの景色も見ておきたくって。ね、いいでしょ」

「構いませんよ。時間も遅いですし、早く行きましょう」


 現在地は南区画にほど近い、西区画のはずれ。

 闘技場までは、歩いてもすぐの距離だ。

 人通りも少ない南区画の道を、二人は急ぎ足で歩く。


「ごめんね、わがままに付き合わせちゃって」

「なんの、アダマンタイト探しに付いて来いなんてとんでもないわがままに比べれば、ですよ」


 ソラのほっぺを人差し指でぷにっと突っつく。


「にゃっ! セリム、それ好きだよね」

「何となく可愛くありません? これ」

「可愛いよ。うん、可愛い」


 ——セリムは全部が可愛いけど。


「それにしても不気味な感じだね。殆ど人のいない通りって」


 夜でも人の途切れない西区画とは違い、人通りのまばらな南区画。

 まるで違う町、違う世界に迷い込んだかのような、奇妙な感覚。


「確かに、変な感じがしますね」


 どこか落ち着かない、不安を掻き立てられる。

 ソラと手を繋げば気も紛れるだろうか。


「あの、ソラさ——」

「お、狩猟大会のポスターだよ! 三週間後かー、なんだかワクワクしてきた。めっちゃ楽しみ!」


 勇気を出して手を繋ごうと持ちかけるも、狩猟大会のポスターにテンションが急上昇したソラに掻き消されてしまう。


「もう、私と大会どっちが大事……————ッ!?」


 その瞬間、セリムの全身が総毛立った。

 真横をすり抜けて歩いて行った、黒いマントとフードで全身を隠した人物。

 男か女かも不明瞭だが、背丈はセリムと変わらない。

 フードの影から僅かに覗いた赤色の瞳。

 一瞬だけこちらと目を合わせ、両の口角を上げてニヤリと笑った。

 異様な雰囲気とプレッシャー、訳も分からず感じるどうしようもない不安。

 まるで自分の存在が、根底から揺るがされるかのような。


「——っ、はっ、はあっ、はぁっ」


 胸元を掴んで荒い息を吐きながら後ろを振り返るも、もうどこにもその姿は無い。


「な、何だったんですか、今の……」


 指先が軽く震える。

 セリムは振り返ったまま、その場に呆然と立ち尽くす。


「あの顔、どこかで見覚えが……? どこで、どこで……」


 その答えを求めてはいけない、それ以上考えてはいけない。

 頭のどこかで激しく警鐘が鳴らされる。

 呼吸が乱れ、セリムはとうとうその場にしゃがみ込んだ。


「はぁ、はぁ……、はぁ……っ!」

「セリム? ちょっと、セリム!? 何があったの!?」


 異変を察したソラが駆け寄り、セリムの両肩をゆする。

 明らかに顔色が悪く、全身が震え、額からは大量の汗が滲み出ている。

 この様子は尋常ではない。


「あ……、ソラさん。私、私にもよく……っ」

「とにかく落ち着こう? ほら、息を大きく吸って、吐いて……」


 セリムを正面から抱きしめて背中をさすりながら、優しく言葉をかける。

 ソラの腕の中で深呼吸を繰り返すと、ようやくセリムは落ち着きを取り戻した。


「……ふぅ。ごめんなさい、取り乱したりして」

「平気だよ。それよりもさ、歩ける? 手、繋ごっか」

「はい、喜んで」


 差し伸べられたソラの温かい手を取ると、得体の知れない不安感は影を潜める。

 あれは何だったのか、あえて思考から外し、考えないようにする。


「……ありがとう、何も聞かないでいてくれて」


 その気遣いにひっそりと感謝しながら、セリムはソラと手を繋いで闘技場へと歩いていった。



「楽しみだねぇ、三週間後。ふふふふっ」


 赤い瞳が、路地裏の闇に消えた。

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