047 こんなの別に、デートでもなんでもないですから!
姿鏡の前で、くるくると三回転。
ふわりと舞うケープとミニスカート、セリムは鏡に映った美少女の姿に満足気。
「出来ました、久しぶりのこの格好。どうですか、ソラさん。可愛いですか?」
「可愛いわよ。とっても可愛い。だからもう行こうよー……」
本日の予定はソラとのデート。
セリムは朝から気合も十分に、自分の可愛さの限界点を目指して格闘していた。
さすがは大陸一の大都会、宿泊した宿には部屋ごとに姿鏡が置いてある。
久々に全身のチェックが可能な環境、その上愛しいソラとのデートと来ている。
彼女のファッションチェックは、それはもう壮絶なものだった。
一方のソラは、普段通りの紺色インナー。
いつでも出発できる状態で、一時間ほどベッドで寝転がっている。
「そんな訳にはいきません。妥協は許されないんです! なにせ今日はデー……こほん、ソラさんにオシャレな服を買いに行くんですから。私がだらしない格好をしていては、示しが付きません」
「んー、まあいいけど」
かつて憧れた世界一可愛い少女がダサいインナー姿でだらだらする中、セリムは熱心に前髪を整える。
小さな黒いリボンで髪型をツーサイドアップにまとめ、ケープの僅かなズレを修正。
「今度こそ完成、パーフェクトな美少女です!」
コロドの町の宿で、ソラが一番似合うと言ってくれた服装。
フリルの付いた長袖のブラウスの上からケープに、両サイドでちょうちょ結びのリボンが揺れるミニスカート、黒の二ーハイソックス。
セリムはこのデートに、最も自信のあるコーディネートで臨みたかった。
「んあー、やっと出来たの?」
「はい、って何だらけてるんですか。ほら、立ってください。行きますよ」
「んぅ、なんだか眠くなっちゃって」
セリムに引き起こされて、ソラは眠たそうな顔で立ち上がる。
「あなた、本当にあの時のソアラさんなんですか?」
「間違いなくソアラさんだよー……」
「私、どうにもあの子とソラさんが一致しないんですけど。なんでしょう、格好以外にも、オーラと言いますか」
「闘気?」
「違います」
可愛らしい格好以外に、あの時と違うもの。
引っ張っていってくれる頼もしさだろうか。
他には雰囲気や喋り方も。
「ソアラさんって、貴族のお嬢様の風格があったんですよね。喋りもはきはきしてて、今みたいに間延びしてませんし」
「んー、喋り方なら変えたよ。だわ、とか、わね、みたいなヤツでしょ。まだ抜け切ってないけど」
「確かに、時々出てますよね」
やはりあの時遊んだソアラは、目の前にいるソラ。
それは疑いようのない事実だが、セリムはやはり不思議な気持ちになる。
「なんだか妙な感じですね。まるでソラさんが二人いるような……」
「まさか、同じ人間が二人いる訳ないじゃん。そっくりさんならまだしも、さ」
「……そうですね。ピンク色の綺麗な服とミニスカートできっとソアラさんは呼び戻せます。では行きましょう!」
○○○
セリムとソラが宿泊している宿は、王都西区画に存在している。
王都アーカリアにおいて、商店が集まっているのは東区画と西区画。
その内東区画は、地元民向けの生活臭漂う店が立ち並んでいる。
都会らしさや華やかさを求めるならば、西区画をまわる以外に選択肢は無いだろう。
セリムにとって可愛さの象徴であり目標であった少女を、これ以上インナー姿でうろつかせるのは我慢ならない。
よって、宿を出た彼女たちは服飾店に一直線で向かう運びとなった。
入店したセリムは、早速猛烈な勢いで服をチョイスしていく。
「こんな大都会をそんな格好で出歩くなんて許せません。絶対にソアラさんを呼び戻すので、覚悟してください」
「覚悟が必要なの?」
熱心に様々な衣服を見繕いながらの、ソラへの宣戦布告。
しかし、あの時着ていた服は、召使いが勝手に置いていったものを何も考えずに着ただけ。
元来ソアラ嬢はお洒落への興味ゼロだった。
それは今も変わらず、ソラはぼんやりとセリムの動きを眺めている。
揺れてる髪が可愛いなー、フリルのケープが可愛いなー、そもそもセリム自体が可愛いなー。
そんなことを考えながら突っ立っていると、彼女のチョイスは終わったようだ。
「よし、こんなものでしょう。これでソアラさんが戻ってくるはず……!」
「どうだろうね」
セリムが選び抜いたピンク色の衣装を受け取りつつ、ソラは試着室へ。
衣擦れの音と揺れるカーテンを前に、自信満々に待つこと数分。
困り眉のソラが、カーテンの隙間からそっと顔だけを出した。
「ねえ、セリム。やっぱりこれはナシだって……。絶対似合ってないよ」
「アリです、間違いなくアリに決まってます。さあ、ソラさん。恥ずかしがらずに出て来なさい」
「はーい……」
カーテンが開き、渋々姿を見せたソラ。
彼女の姿を目にしたセリムは、思わず口元を両手で抑える。
「こ、これは……!」
セリムがソラに手渡したのは、リボンとフリルが大量に付いたピンク色の服に、同じくリボンが揺れるミニスカート。
頬を紅潮させ、今すぐ逃げ出したい気持ちを押し込めながら、ソラはセリムの感想を待つ。
「うぅ、どうなのさ。セリムはこれで満足……?」
「これは……、ち、致命的に似合ってません……!」
この世の終わりを見たが如き愕然とした顔で、セリムはがっくりと膝から崩れ落ちる。
「だから言ったのにぃ……。あたしにこんな格好似合わないって、絶対……」
「そんなはずは……。ソアラさんコーデのはずが、こんなに酷いなんて……! なんでこんな、見るも無残な……」
「うん、割と傷つくからその辺にしといて」
「おかしいです、やっぱり別人なのでは……? もしくは、あれは私の見た幻……」
両手で頭を抱えながら、とうとう妄言を吐き始めたセリムに、そっと語りかける。
「あのね、セリム。あの服が似合っていたのはきっと、あたしが小さな子供だったからなんだ。あの頃のあたしはもういない。今のあたしにはもう、これは似合わないんだよ」
「そんなことって……、ではもう、ソアラさんには会えないんですか……?」
「会えるよ、っていうかさ……」
セリムの細い体を、ソラはそっと抱きしめた。
「あたしはちゃんとここにいるわ。あの日あなたと遊んだソアラは、間違いなくここにいるから。だからそんな悲しい顔しないで」
「……そうですね。ソラさんは間違いなくソアラさんなんですから」
売り物の服を涙で汚さないように、セリムは体を離すと、あの頃の面影が残る少女の青い瞳をじっと見つめる。
「たとえピンクの服が致命的に似合わなくても、あなたであることに変わりはありませんよね」
「そうだよ、セリム。あと致命的に似合わないとか事実でも傷つくってば」
「落ち込んでなんていられません。あなたにインナーで街を歩かせたくないですから」
そうして彼女は再び立ち上がった。
己に課せられた使命を果たすために。
今度はちゃんと似合う服を、ソラに着せるために。
「頑張ってね、あたしはこの似合わない服を脱いで応援してるから」
散々似合わないと念を押され続けた服を一刻も早く脱ぎたい一心で、ソラは試着室の中へと引っ込んだ。
彼女が堂々と街を歩けるように、ずらりと並んだ衣服を前にセリムは考えを巡らせる。
今のソラは元気で活発、ならばミニスカートは似合わない。
そして、あの腐れ師匠もほざいていたがソラのチャームポイントの一つがお尻。
そこをアピールするには、ホットパンツがベストだろうか。
ならば上は——。
「選びました。ソラさん、今度こそ大丈夫です!」
鍛え上げたセンスによって、セリムは今のソラに似合うベストコーデを見事選び抜いた。
試着室のカーテンから顔を出したソラは、ピンクのファッションと交換に彼女の選んだ服を受け取る。
余談ではあるが、ソラのインナーは現在、時空のポーチの異空間に入っている。
つまり、今のソラは下着姿だ。
「信じていいんだよね、セリム」
「任せてください! 大船に乗ったつもりで、着替えてもらって結構ですよ」
先ほども自信満々だったが大丈夫だろうか。
ピンクのフリフリが若干トラウマになりつつも、試着室の奥に引っ込む。
やがてカーテンの向こう側から、おぉ〜、と感嘆の声が聞こえて来た。
「さすがはセリム。あたし、信じてたよ!」
「そうでしょう、そうでしょう。さあソラさん、姿を見せてください」
「あいよー」
カーテンが全開になり、ソラは堂々と姿を見せた。
「どう? どう? 似合ってる?」
「似合ってますよ。とってもソラさんらしいです」
彼女に身繕ったコーディネートは、肩が露出しているタイプの、青地に白のラインが入った長袖の服に、クリーム色のホットパンツ。
健康的に伸びた太ももを見せるために、靴下は膝下までのハイソックス。
イメージカラーとして思い浮かんだ青に、活発なイメージを乗せた自信作だ。
「これ気に入った! 着たままお金払って来るね!」
「良かったです……。さて、まだ私の仕事は終わっていません。あと数着、そして何よりインナーです」
会計へと向かったソラを尻目に、淡々と同じタイプの服を揃えていく。
鋭い観察眼で彼女に似合いそうな服を探し出し、目にも留まらぬ速さで手に取ってはデザインチェック。
購入を済ませたソラが戻った頃、セリムは両腕にどっさりと衣類を抱えていた。
ソラは思わず呆気に取られる。
「あの、まだ買うの? ってかそんなに?」
「当然でしょう。それ一着でずっと過ごすつもりですか。あと、新しいインナーも買うのでそのつもりで」
「昨日もそれ言ってたけどさ、別にインナーは変えなくても……」
「あんな全身タイツみたいな格好、たとえ戦闘時でも我慢できません……!」
彼女の格好については、今まで我慢に我慢を重ねて来たのだ。
せっかく可愛いのだから、可愛い服を着て然るべき。
確固たる信念の下、徹底的にやりつくす。
妥協は敵だ。
「んー、あの格好動きやすくて気に入ってるんだけどなー。そんなに嫌だったのか」
最後に数枚、下着やスパッツを取ると、セリムは鼻息荒く会計に向かう。
「完璧です。これでソラさんはますます可愛くなります! 今のあなたの良さを最大限に引き出せるはずです」
「ところでセリム、お金は?」
「……ん? これはソラさんの服ですから、当然ソラさんが払うんですよ?」
何を当たり前なことを、とでも言いたげな、きょとんとした顔で返される。
彼女が手にした山の中から、ソラは無言で上下数セットを引き抜いた。
「な、何をするんですか!」
「……これ、全部で何着あるのさ」
「確か——上下それぞれ23着だったと思います」
「多いよ!? せめて5着ぐらいにして? ソラ様の財布には一杯入ってるけど、無駄なお金は入ってないの」
「そんなぁ……、どの服も可愛いですよ? 買ってあげましょうよ……」
「めっ、元の場所に返して来なさい」
「うぅ……」
失意の中、セリムは渋々衣服を戻していく。
特に自信のあった数着と新しいインナーだけを残し、あとはこの店に残ってもらうことになってしまった。
「さようなら、可愛らしい服たち……。いい人に着られるんですよ」
名残惜しそうに棚を見つめるセリムは置いといて、厳選された服を購入する。
紙袋に詰まった服をセリムのポーチに詰め込むと、二人はようやく服飾店を後にするのだった。
「思ったより時間かかっちゃったね」
「ですが、非常にスッキリしました。溜まっていた何かを吐き出せたと言いますか」
大勢の人が行き交う西大通り、隣で歩くソラの姿を、セリムは改めて観察する。
ゆらゆらと揺れる金髪のポニーテールに、青い瞳と長いまつ毛。
汚れ一つ無い白い肩と、胸元に映える大聖堂で貰ったグリーンの首飾り。
肉付きの良い太ももに、良く締まったお尻。
「……ちょっと可愛すぎますね」
言うまでもなく、ソラは美少女であった。
今までダサいインナーを着たきりだったが故に見向きもされなかったが、もしかしたら悪い虫が寄ってくるのではないか。
虫は潰せばいいだけとして、ソラが変な目で見られるのは非常に面白くない。
「んぇ、どうしたの?」
「なんでもないです。あと、これから私がすることも、別になんでもありませんからお気になさらず」
おもむろにソラの右腕に両手を回して腕を絡め、ギュッと体を寄せた。
ソラは自分のモノだと周囲にアピールし、牽制するのが目的だったが、思った通りこれは恥ずかしい。
思いっきり密着したまま、セリムは何も言わずに淡々と歩き続ける。
あまりに突然で大胆なセリムの行動と、彼女から香るいい匂い、腕に押し付けられた柔らかな膨らみに、ソラの頭は沸騰寸前になった。
「ちょ、ちょ、いきなり何を……!」
「……なんでもないです」
頬を赤らめながらの素っ気ない返事。
しかし体はさらに深く寄せられる。
「えっと……デートだから?」
「そ、そんな理由じゃないですし、そもそもデートじゃありませんから! 変な勘違いしないでください!」
こんな状況で勘違いするな、とは無理な注文だ。
人生で初めて味わう胸の高鳴りに、ソラは平常心を保つことが出来なかった。