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046 運命の出会いじゃなくて、運命の再会だったんですね

 その少女との出会いで、セリムの世界は大きく変わった。

 師匠に従い、理由も分からぬままに強くなるだけの人生。

 生き延びるために魔物と戦い、ひたすらに己を鍛え上げる血と泥にまみれた日々に、あの子は鮮やかな色をくれた。

 あの子の——ソアラのように可愛い服が似合う、誰よりも可愛い女の子になりたい。

 初めて出来た夢、生きる希望——心の支え。

 彼女と出会わなければ、殺伐とした日々の中で人間性を失っていたかもしれない。

 もしかしたら、命を落としていたかもしれない。


「本当に、ソラさんが……? あの時の女の子、なんですか?」


 いつかまた会えたら。

 ずっと願っていた再会は、とうに果たされていた。


「そうだよ。ごめんね、黙ってて。聖地の前で話を聞いた時さ、すっごく嬉しかったよ。あの子もあの時のこと覚えてくれてて、しかもあの子がセリムだったんだもん」


 そうとは知らずに出会って、そうとは知らずに恋をしてしまった。

 あの時ソラの言った通り、本当に運命の赤い糸で結ばれているとしか思えなかった。


「——ソラさんっ!」


 胸が一杯になって、ソラに思いっきり抱きつく。

 再会したら伝えたかった様々な気持ち、言葉。

 その全てが無意味に思えるほど、溢れだしてくる愛しさは大きく、深い。


「わっと。にしし、あたしと一緒の反応だね」

「違います……! これは、これは全然違うんですぅ……っ!」

「一緒だよ、セリム泣いちゃってるし」

「だって、だって……!」


 嬉し涙が、一人でに零れる。

 ソラの背中に手を回しながら泣きじゃくると、彼女の手が優しく頭を撫でてくれた。

 彼女に身を委ねながら、セリムは何とか言葉を紡ぎ出す。

 言葉に出来ないこの気持ちを、ほんの少しでも彼女に伝えたくて。


「ソラさん……、ありがとう……」

「ん、なんでお礼?」

「私、あの辛かった日々の中で何度も挫けそうになりました。何度も折れそうになりました。でも、その度にあの思い出が、私の弱い心を支えてくれて。あの時あなたと出会えてなければ、今ここに私はいません。だから、あなたに会ったら真っ先にお礼がしたかったんです」

「——それならさ、あたしもありがとう、だよ」

「……ソラさんも?」


 思わぬ返しに、小首をかしげるセリム。

 計算ではなく天然でその可愛さを出せるならば、とっくに自分なんて越えている。

 心の中でひっそりと、世界一可愛い認定を出しつつ、ソラは答える。


「家のことで腐ってたあたしに、生きる希望と夢をくれたのはセリムなんだよ」

「ソラさんのおうち……。やっぱり、家出と何か関係があるんですね」

「下らない話かもしれないけどさ、聞いてくれる?」

「はい、ソラさんのことなら何でも知りたいですから」

「そっか、じゃあ話すね」


 セリムを抱きしめて優しく頭を撫でながら、彼女はずっと黙っていた秘密を明かす。


「あたしの家、ノーザンブルム家は代々騎士の家柄なの。小さな頃から剣の修業をして、十四歳で騎士団に入る。それが生まれた時から決められた道」

「お姉さんも、騎士さんでしたね」

「おねーちゃんとは、小さい頃から一緒に稽古してた。あの人がずっと努力してたの、あたしは知ってるよ。でもね……」


 ずっと穏やかだったソラの表情が、苦々しいものに変わっていく。


「いくら頑張っても、あたしたちは一番になれない」

「……? どういう意味ですか?」

「あのね、王城騎士団の主席と第二席——つまり騎士団長と副団長は、貴族の最高位である公爵家の人間にしかなれないんだ。どれだけ努力しても、どれだけ実力があっても、一番はおろか二番にすらなれないの」

「そんな……」


 遥かそびえる王城を恨めしげに見つめながら、ソラは自嘲する。


「笑っちゃうよね。あたしたちは決められた道を進むしかないのに、その道は三番目で途切れてて、決して一番にはなれない。その道を行く限り、どんなに努力しても光を浴びられない」


 姉が騎士団に入団した日、ソアラはその事実を姉から教えられた。

 飽くなき向上心のもとに騎士団長を目指して剣の修業に励んでいた幼い少女は、唐突にその夢を閉ざされたのだ。


「そのことを知ったあたしはそりゃもうショックを受けてね。そっからしばらくは、剣の稽古もサボって街を遊び歩いてた。使用人の目を盗んでこっそり抜け出してさ。そんな時に、セリムと出会ったの」

「私と……。でも私、ソラさんに王都を連れ回されただけで、何かしてあげた覚えは……」

「くれたよ。すっごくでっかいもの、あたしの人生を変えちゃうくらいのを貰ったの」


 憂いを帯びていたソラの顔は、すっかりいつもの明るい笑顔へ。

 ニッコリと笑いかけると、セリムも笑顔を返す。


「なんですか、それ。すっごく気になります」


 セリムのエメラルドグリーンに輝く瞳をまっすぐに見つめ、答える。


「——世界最強の冒険者。今のあたしを形作ってる、セリムがくれた最高の夢」

「……私が、ソラさんの夢のきっかけ?」


 セリムにとって、その答えは意外だった。

 あの時彼女にした自分の話なんて、殺伐とした日々への愚痴しか無かったのだから。


「そう。世界最強を目指す女の子が送る、とんでもない毎日。目が覚めたような気分だった。騎士の道を進まなくても、外にはこんな世界が広がってるんだって。そして強く思ったの。あたしも世界最強の冒険者になりたい、なるんだって」

「あんな話を聞いて、ですか!?」


 山のように大きな魔獣に一日中追い回された、ドラゴンに巣に持ち帰られてエサにされそうになった、彼女に話したのは、そんなロクでもない体験ばかり。


「それでも、あたしは憧れたの。剣一本を頼みに未開の地を進み、モンスターと大立ち回りを繰り広げる大冒険。騎士になってお城で王様を守るより、ずっとずっと面白そうじゃん!」

「当時の私は、面白くもなんともなかったですけど」


 勿論今も、冒険は好きじゃない。

 好きじゃないながらも、王都までの旅路が楽しかったのは、他ならぬソラのおかげだ。


「あの日からあたしは、サボってた剣の修業も再開した。もちろん騎士じゃなく、冒険者になるために」

「冒険者を目指す、ですか。当然おうちの人は……」

「猛反対。当たり前だよね、騎士の家系の貴族に生まれて、みんな騎士になった家だもん。それに貴族の冒険者なんて前例も無いみたいだし」

「いつ命を落としてもおかしくない職業ですしね。反対はまあ、当然かと。でもソラさんは、諦めないんですよね」

「当然! さっすがセリム、あたしのことはよーく分かってるね」


 彼女の諦めの悪さ、一度決めたことへ一直線に突き進むエネルギーが、セリムをここまで連れて来たのだ。

 セリムは誰よりも、そんな性格を熟知している。


「そんな訳であたしは絶対諦めなかったんだけど、家族も同じく諦めてくれなくて」

「それで、家出ですか」

「使い古した練習用の剣を一本と、財布に入る限りのお金を持って、夜中にこっそり出てっちゃった」


 いたずらっぽく、ぺロリと舌を出しつつ笑う。

 セリムが微笑み返すと、ソラは安心したように話の結びに入った。


「これがあたしの黙ってた全部。夢を追いかけたって言えば聞こえは良いけどさ、結局あたしは貴族の義務も、家の期待も責任も、何もかもを放り出したんだ。もしもセリムに逃げ出した、情けない奴だと思われて、嫌われたらって思うと言い出せなくて……」

「……もう、アホですか」


 セリムは人差し指で、だんだんと表情を曇らせるソラのやわらかほっぺをぷにっと突っつく。


「大好きなソラさんを、そんな簡単に嫌いになったりしません。それに、やっぱり尊敬します。自分の夢に向かって迷わず進むソラさん、かっこいいですよ」

「セリム……」


 胸のつかえが取れる思いがした。

 むやみに黙って傷つけるくらいなら、セリムの気持ちを信じてもっと早くに伝えれば良かった。


「それで、おうちの方達はその後……」

「わかんない。きっと探してると思うけど……」


 王都に入ってからの挙動不審極まる言動、全てに合点がいった。

 もしも捜索されていたら、尋ね人の張り紙が出ている可能性だってある。

 それに——。


「狩猟大会、本気で出るんですか? あんな大きな所で中継されたら、絶対にバレますよ?」

「うむぅぅ、バレるだろうさ。だろうけど、でも! アダマンタイトのためなら、あたしは出るよ!」

「そこまでの覚悟があるんですね。まあ、王様に謁見となったらお姉さんとも会わなきゃでしょうし」


 セリムはずっと抱き合っていた体を離し、足の先から頭のてっぺんまでソラをじっくりと眺める。


「それにしても……」

「んにゃ、なに、どしたの?」

「可愛らしさの欠片も見えない格好ですね」


 上下紺色の長袖長ズボンタイプのインナー。

 その上にライトアーマー、腰から紐で吊るした鋼鉄のガントレット。

 背中には大きなミスリルの大剣。

 かつて出会った可憐なミニスカートの少女の面影が残るのは、可愛らしい顔だけ。


「嫌いにはなりませんし、幻滅もしてません。ですがソラさん、あなたは私の憧れのあの子だったんです。私が可愛さの目標にしてきた女の子がそんな格好をしてるのは、我慢なりません」

「せ、セリム……? 我慢ならないって、仕方ないんじゃ……」

「仕方なくないです。今日はもう遅いですから明日、一緒に街に出ましょう。ソラさんにたっぷり可愛い格好をさせてあげますので、覚悟して下さいね」

「……それって、デート?」

「な……っ!」


 セリムの勢いに圧倒されたソラは、咄嗟に反撃の一手を打つ。

 こんな時、どうすればセリムが怯むか。

 ずっと一緒にいたソラは何となく理解している。

 案の定、セリムは顔を真っ赤にして言葉に詰まった。


「ち、違います! ソラさんのだっさいインナーを新調して、普段着る可愛い服も選んであげるだけです! 変な勘違いしないでください!!」

「うん、デート楽しみにしてるね」

「だから違いますって! あーもう!!」


 両腕をせわしなくバタバタさせるセリムが可愛すぎて、ソラはつい意地悪をしてしまう。

 だが、二度目にデートと口にした時、ソラの胸がドキリと高鳴った。


「……あれ?」


 首をかしげるが、ソラは何事も深くは考えない。

 軽く流して、ツンデレを披露するセリムを楽しげにからかうのだった。




 ○○○




 騎士団第三席・クリスティアナ率いる騎士たちに先導され、幌馬車隊は無事王城に辿り着いた。

 鍛冶師たちは早速城内の鍛冶場に案内され、作業に取り掛かる。

 一方魔王様とその臣下は、豪奢な客間へと通されると、予想通りの国賓扱いとなった。


「お嬢様、本当にこれで宜しかったのでしょうか。身軽に動けなくなったのではありませんこと?」

「こちらが強く希望すれば、先方も強くは出られぬだろう。会談が終了次第、予定通りにセリムたちと合流するとしよう」


 部屋に置かれていたティーセットで、優雅に紅茶を淹れるアウス。

 手慣れたポット捌きに魔王様も惚れ惚れしつつ、つくづく変態でさえなければ、と惜しまれた。


「しかし会談の日取りが明後日とはな。かなりの時間待たせおる」

「是非もありませんわ。国王なる身分の多忙さは、お嬢様自身よくご存じのはず。むしろ良く二日後に日取りを整えられたと、その手腕を称えられるべきかと」

「で、あるな」


 アイワムズでの多忙な日々を思い出す。

 全ては民のため、家臣のためと、殺人的な仕事の多さに耐えて来たが、たまには羽を伸ばしたい。

 こうして妹に国王代理を任せて旅に出たのも、そんな思いの表れだ。


「……突然妹が心配になってきたぞ」

「妹様もご立派な方。わずかな留守の間ならば、問題なく守ってくださっているでしょう」

「いや、心配はそこではなく……」


 城に帰った時、その苦労を先に捧げた二、三枚のぱんつ程度で帳消しにしてくれるだろうか。

 追加で凄まじい要求をされはしないか。

 純潔を寄越せなどと言われたら、果たして守りきれるのだろうか。


「なんだか気分が悪くなってきた……」

「丁度紅茶が入りましたわ。お好みで蜂蜜もどうぞ」

「そちはまこと気が利くな」


 マリエールは、腰掛けていたふかふかのソファーから小さな丸テーブルに移る。

 椅子にちょこんと座った彼女の前に、湯気を立てる紅茶が入ったティーカップとスプーン、蜂蜜の入った小皿がそっと置かれた。

 ティーカップを取り、まずは香りを楽しむ。


「ふむ、良き香りだ。王都の南方、ジャールの辺りで採れる種類だな」

「さすが、御慧眼に」

「味はどうだろうか」


 ティーカップに口を付け、音を立てずに少しだけすする。

 口の中に広がる絶妙な甘みと苦み、熱過ぎもせずぬるくも無い絶妙な温度に、マリエールの懸念はゆっくりと溶け出していく。


「はふぅ、アウスよ、完璧な仕事だ。これは温まる」


 再びカップに口を付けた瞬間、彼女の視界の端に、それはたまたま映り込んでしまった。

 僅かに口元を歪め、愉悦に震えるメイドの表情が。

 魔王様は、静かにカップを皿の上に戻す。


「……待て。お主、何か入れたのか」

「はて、入れたとは何を、で御座いましょう。わたくしはただ、紅茶を完璧に淹れただけにございますわ」

「本当か。変な体液とか混ぜておらぬだろうな」

「体液、で御座いますか。これは異なことを。まさかわたくしがそのような初歩的なミスをするとお思いとは」

「……良い。忘れよ」


 不安で仕方ないが、追及してもこの調子だ。

 実際においしいのだから、気にせず紅茶を飲み進めることにした。

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