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045 二年ぶりの師匠、悪い意味で変わってませんでした

 王都南区画、見晴らしの良い高台の一角。

 ベンチの背もたれにぐったりと体を預ける緑髪の幼女の姿があった。

 彼女の名はマーティナ・シンブロン。

 かつて世界最強のアルケミストとして名を馳せ、二年もの間行方不明となっていた伝説の冒険者だ。

 そして、彼女に気つけの往復ビンタを延々と繰り返しているのがその弟子のセリム、後ろで引いている少女がソラ。


「中々起きませんね。もっと強く叩いた方がいいのでしょうか」

「やめて、もっと強くしたら首の骨折れちゃう」


 マーティナの頬は真っ赤に腫れ上がっているが、セリムは一切構わず無表情のまま機械的にビンタを続ける。


「あの、癒しの丸薬を使うとかは……」

「勿体ないです。ドブに捨てた方がマシな用途です」

「そんなに」


 小さなダメージでも、蓄積したら死んでしまうのでは。

 彼女の安否はともかく、アダマンタイトの情報が途絶えるのはなんとか避けたい。


「と、ところで何でタイガさんに気付けた気配がセリムには分かんなかったんだろう。タイガさんの方がセリムよりも強いのかな」

「私としてもそちらの方がいいのですが、事実は逆でしょうね」

「逆って?」

「きっと、私の方が感覚が鋭かったんです。師匠、気配そのものはほぼ同じだったのですが、年齢がまるで違いましたからね。タイガさんは年齢の違いまで感じ取れなかったんだと思います」

「そうなんだ。セリムってタイガさんより強いんだね。……もしかしたら、ローザさんよりも?」


 薄々感付いてはいたが、もしそうならば、誇張抜きに世界最強はセリムだ。

 ローザよりも強い人間は、ソラが知る限りこの世にいないのだから。


「これ、まだ直りませんね。壊れちゃうかもしれませんが、思いっきりいきますか」


 無表情のまま、セリムは思いっきり腕を振りかぶる。


「ぐっほげほっ、お、お前、師匠をモノ扱いすんじゃねえ!」

「あ、起きた」

「チッ、起きやがりましたか」


 全力の一撃が振り抜かれる寸前、生存本能が彼女の意識を呼び醒ました。

 セリムは非常に残念そうに振り上げた手を下ろす。


「さて、質問は山とありますが、師匠と交わしたい言葉など私にはありません。質問には最低限の言葉で、的確に答えてください」

「薄情だなァ、お前。せっかくの師弟の再会だぜ、もっとこう感動的な……」

「寝言は寝てからほざいてくださいね」

「まあまあ、セリム。落ち着いて、ここは穏便にいこ。ね?」


 嫌悪感を剥き出しにするセリムをなだめつつ、ソラはマーティナと対話を試みる。

 話してみれば、案外悪い人じゃないかもしれない、そんな希望を抱きながら。


「初めまして、あたしはソレスティア・ライノウズ。セリムと一緒に旅をしてるんだ」

「なんだァ、いいケツした姉ちゃんじゃねえか。セリム、お前のコレか」


 一瞬でソラの背後を取った見た目だけ幼女。

 ソラのお尻を右手で撫でまわし、揉みしだきながら、左手で小指を立ててニヤケ面を浮かべる。


「…………——〜〜っ! なにすんのさ!」


 顔を真っ赤にしながら、回し蹴りを繰り出したソラ。

 それを軽々と回避したマーティナは、弟子の膝蹴りを腹に叩き込まれた。


「ぐっぼ、てめ、いきなり何を……」

「そっちこそ、ソラさんになにしやがってくれてんですか、あ?」


 いっそ殺処分してやろうか、このロクデナシ。


「あなたは大人しく質問に答えてくださればいいんです。あと汚い手でソラさんに触らないでください」

「……セリム、あたしもその人無理」


 とうとうソラからも見放され、ゴミを見るような目を向けられる。


「手短にお願いします。アダマンタイトの素材となる土色の鉱石、その在り処は」

「アダマンタイトォ? スミスの野郎から聞いたのか。あいつ今、こっちに来てんだってな」

「そうですね。手短にお願いします」

「つれねぇなぁ。——王様が知ってるぜ」


 要求通り手短に、彼女は核心を口にした。


「王様って、アーカリア王のこと?」

「詳しくお願いします」

「手短にっつったり詳しくっつったり、注文が多い弟子だぜ」


 肩を竦めながらも、話を続ける。


「あの鉱石は、アーカリア城の地下深くに存在する、とある場所で採れる。そこはアーカリア王か、王の許可を得た者でなければ立ち入れない。王家に伝わる秘密の場所だ」

「王家の、秘密……」

「俺も入れたのは一回きり、入れてくださいと頼んでも、ただでは通れないだろうな」

「そんなぁ……。場所がわかっても入れないんじゃ意味ないよ……」


 ソラはすっかり意気消沈。

 道は閉ざされたも同然、王の許可が必要な場所に、どうやって入ればいいのか。


「何か方法は無いんですか。そもそも何故、師匠は入れてもらえたんですか」

「そうだよ、この人入れてるじゃん」

「そりゃお前、世界最強の剣が欲しくないかって売り込みに行ったんだよ。大金がっぽり貰えると踏んでな、ケケケ」

「はい? じゃあ師匠、例の鉱石の詳細を最初から知ってたことに……」

「あ、やっべ……」


 うっかり口が滑ってしまった。

 そんな様子を見せると、マーティナは大慌てで軌道修正を図る。


「俺の話なんてどうでもいいだろ。お前らも興味無いよな、な」

「まあ、心底どうでもいいですね」

「あたしも、右に同じ」

「だよな、それより今は入る方法だよな」


 少々悲しい気分になるが、人望が皆無なおかげで何とか危機は脱した。

 まだこの事(・・・)をセリムに知られてはならない。

 まだその時期ではない。


「王様に信用してもらう、それが第一だろうな。いいケツの姉ちゃんが冒険者として名を上げるか、いっそ国家の危機を救うとか」

「国家の危機って、そんなのが転がってるほど世は乱れてません」

「そうだ、つまり名を上げろ。手始めに狩猟大会出たらどうだ。優勝すれば名前が上がるし、王様にも会えるかもしれねえぜ」

「おぉ、偶然にもあたしの目的と一致した」


 ソラの目下の目的は、狩猟大会に出場して優勝を飾ること。

 個人的な目標でしかなかったが、アダマンタイトへの近道と知るや俄然やる気が漲る。


「よっし、セリム。あたし絶対優勝するから!」

「応援してますね、ソラさん」


 師匠との会話で荒んだ心が、ソラの笑顔で浄化されていく。

 このまま彼女と触れ合って、手を繋いで、王都のオシャレな店で一緒にスイーツを召し上がりたいが、残念ながら今は師匠の相手をしなければ。


「アダマンタイトの情報についてはもういいでしょうか」

「いいと思うよ。例の鉱石の在りかはわかったんだし」

「用は済んだな。じゃ、今度は俺の——」

「待ってください、もう一つだけ質問があります」


 何か話を切り出そうとしたマーティナは、セリムの言葉に出鼻を挫かれてしまう。


「な、なんだよ。まだ何かあんのか」

「師匠、アルケミストを名乗ってたんですってね。何故アイテム使いを名乗らずに、嘘のクラスをでっち上げたんです?」

「なんだ、そんなことか。そりゃあお前、響きがかっこ悪い——」


 そこまで口にして、マーティナは口を噤んだ。

 何故なら、「かっこ悪い」までを口にした途端、セリムの緑色の瞳の奥に冷たい殺意の炎が灯ったから。

 響きがかっこ悪いし、せっかくなら架空の存在である錬金術師を名乗ってチヤホヤされたかった、こんな本音を言ってしまえば、間違いなく殺される。

 そういえば過去に、嘘八百を並べ立ててアイテム使いはかっこ悪くないと吹きこんだ覚えがある。

 ——あの言葉の中には、ほんの少しの真実も含まれていたが。

 そこまで思考を巡らせること、0.02秒。


「とかそんな馬鹿げた理由のはずないだろ、ははははは」

「そうですよね、良かった。もしもそんな理由だったりしたら——ふふふふふ」

「あ、あははははは」


 あのまま続けていれば、自分はどうなっていたのか。

 先の立ち合いで判明した実力差も考えると、背中に嫌な汗が流れる。


「実はアイテム使いの名を世に知らしめるわけにはいかない、とある深い理由があってだな。名乗りたくて仕方なかったが、やむなくアルケミストを名乗っていたんだ」

「そうだったんですか? 私、会う人みんなにアイテム使いを名乗ってますけど、ダメだったんですかね」

「いやいや、もうこの問題は解決済みだ。セリムは遠慮なく名乗っていいんだぜ」

「了解です。このドマイナーなクラスを世に広めるため、これからも頑張ります」


 始めて見せた、セリムの弟子らしい一面。

 敬礼と共に誇らしげに宣言する姿を感慨深く思う気持ちを、性根の腐った師は残念ながら持ち合わせていなかった。


「おう、頑張れ。で、もう話は終わりか」

「はい、もういいですよ」

「待って、セリムは心底どうでもいいだろうけどさ、あたしは会った時から気になってしょうがないんだけど。なんで子どもの姿なの?」


 セリムは完全にスルーしているが、ソラは非常に気になっていた。

 彼女の歳はおそらく、三十代から四十代だろう。

 しかし今のマーティナはどう見ても年齢一桁の幼女、なにがどうなっているのか、ソラには訳がわからない。


「そんなことか。いいぜ姉ちゃん、ナマでケツ揉ましてくれたら——」

「殺しますよ?」

「ごめんなさい、普通に教えます」


 飛びっきり純度の高い殺気を浴びせるセリム。

 ソラに手を出そうなど、万死に値する。

 絶対に許されるものではない。


「次元龍の素材で作られたアイテムの中に、自分に流れる時間を操作できる代物があってだな」

「私知りませんよ、そんなの」

「全部の素材をお前に渡した訳じゃねえから。半分くらい俺がちょろまかしといた」

「はあ、それで?」


 道理で、巨体を誇った次元龍の素材があんなに少なかった訳だ。

 ため息交じりに相槌を打つ。


「幼女の姿になってれば、色々と都合が良いんだよ。ちょっと泣きそうな声で甘えれば、知らねえ奴でも財布の紐緩めて食いもん買ってくれるし、優しくされるし。チヤホヤされて、食うにも寝るにも困らねえ。最高だと思わねえか?」

「クズですね」

「ロクでもないね」


 あまりにも下らなすぎる、ロクでもない理由。

 聞かなければ良かったと、心底後悔するソラであった。


「もういいよ、セリム。帰ってもらって」

「ですね。話は終わりです、師匠。何処へなりとも勝手に消えてください」


 心の底から呆れかえる二人。

 彼女たちからはもはや、一刻も早く視界の外に消えて欲しいとしか思われていない。


「待て待て待て、今度は俺の用事だっての。そもそも俺からお前たちに接触してきたんだぜ、俺にも用があるに決まってるだろ」

「私を嘲笑うためじゃなかったんですか」

「そこまで暇じゃねえよ」


 嘘である。

 彼女には暇しかない。


「俺の用事ってのは……これだ」


 彼女が下げた小さな茶色いポーチから取り出したのは、大きな卵だった。

 白地にピンク色のまだら模様、セリムの頭と同じくらいの大きさだ。


「その卵は? あとそのポーチ、時空のポーチだったんですね」

「この卵をかえせ。それがお前の役目だ」


 マーティナは卵をセリムに手渡した。

 中身が入っているのだろう、両手にズシリと重みが圧し掛かる。


「孵すって、それ生きてるんですか? 生き物は時空のポーチに入らないはずじゃ……」

「そいつだけは例外だ。卵は時空のポーチの中の異空間に納めとけ。いつか孵化して出てくるはずだぜ」

「そうですか……。一体何の卵なんです?」


 唯一異空間に出入りでき、そこで生まれるという生き物とは何なのか。

 セリムには見当も付かなかった。


「生まれてからのお楽しみだ。じゃあな、そいつが育った頃にまた会いにくるぜ」


 謎の卵を託すと、マーティナは去って行った。


「行っちゃったね、どうでもいいけど」

「そうですね、会いに来るとか抜かしてましたが、もう二度と会いたくないです」

「ところでセリム、その卵どうするの?」

「試しにポーチに入れてみますか」


 両手で抱えた卵をポーチに収納してみると、にゅるにゅると中に吸い込まれる。

 命あるものは絶対に受け入れない、ポーチに広がる異空間。

 そこに生きた卵が納まってしまった。


「本当に収納出来ました。一体なんなんでしょうか。厄介な怪物の卵だったりしませんよね……」

「何が生まれたって大丈夫だよ。セリムが勝てない相手なんていないだろうし、案外可愛い生き物が出てくるかもしれないしね」

「ポジティブですね、ソラさん」


 ソラの笑顔と前向きさに癒され、師匠によって荒んだ心が浄化されていく。

 先ほどまで目に入らなかったが、この高台の景色も素晴らしいものではないか。


「ちょっと休憩しましょう。疲れちゃいました」

「いいよ、あの展望台のベンチにでも座ろっか」


 ソラが指し示すのは、高台の先に突き出た展望台スペース。

 冒険者の多い南区画ということもあってか、人の姿も無く貸し切り状態となっている。


「いい景色ですね」

「そうだね。あそこ、ギルドが見えるよ」


 展望台のベンチに並んで座り、二人は目の前に広がる南区画のパノラマを楽しむ。


「あの大きな丸い施設は何でしょう」

「闘技場だね。狩猟大会の様子は、あそこの大型魔力ビジョンで中継されるんだ」

「大型魔力ビジョン、そんなものがあるんですか」

「凄いよね。……ねえ、セリム。あたしさ、全部話そうと思う」


 勇気を振り絞る。

 全てを打ち明けても、きっと何も変わらない。

 逃げ出したと思われても、情けないと思われても、彼女は自分を嫌いはしない、そう信じている。


「全部……。それって、ソラさんが隠してたことの全部、ですか?」

「うん、まずはあたしの本当の名前。自己紹介、こんなに遅れちゃったね。ゴメンね、セリム」

「ソラさんの名前……」


 今日の王都の天気は、雲が多めの晴れ。

 空を見上げながら、ソラは決意を固める。

 金色のポニーテールを風に揺らしながら、彼女はセリムの鮮やかな緑の光彩を見つめ、再会を告げる。


「あたしの名前は、ソアレスティ・ライナ・ノーザンブルム。長い名前だからさ、縮めてソアラって呼ばれてる」

「——ソアラ、さん?」

「うん、あたしはソアラ。あの時一緒に遊んだ、ソアラだよ。えへへ、久しぶりだね」


 あの時一緒に遊んだ、世界一可愛い少女。

 憧れの彼女との、実に五年ぶりの再会。

 セリムは呼吸も忘れ、彼女の青い瞳を見つめた。

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