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043 有名人が勢揃いって、ソラさんもですか?

 魔王と鍛冶師を乗せた馬車は、騎士団の警護のもと貴族街の坂を登っていった。

 今回の護衛の依頼料は、あらかじめ王都のギルドに手配されているとのこと。

 ゴドムは事前にフォージから依頼料を貰っていたらしく、早々に別れを告げるとどこかに去っていった。


「早くも私達だけになっちゃいましたね。さっきまであんなに賑やかだったのに、ちょっと寂しいです」

「あたしとしては、目立たない方がいいんだけど」

「はいはい、見つかりたくないんですよね。……ところで、先ほどの騎士さん。クリスティアナさん、でしたか」

「ぎくっ」


 軽く揺さぶりをかけると、またも分かりやすく口に出してくれた。


「やっぱり、あの人と何かあるんですね」

「どうしてわかったの!? ……いやいや、関係無い。あんな人知らない」


 もはやバレバレ、いい加減に観念して欲しいものだが、往生際の悪さは大したものだ。

 どんな逆境でも諦めない彼女の長所が、今回は悪い方に出てしまっている。


「いい加減に話してくれないと、ソラさんを嫌いになっちゃいますよ。話したくない理由、私に嫌われたくないから、でしたよね」


 もちろんこれは嘘、天地が引っくり返ってもソラを嫌いになるはずがない。

 このくらい強く出れば口を割ると見込んでのハッタリだ。


「そ、それは困る! 困るけど……うぅぅぅぅ」


 頭を抱えて唸ると、とうとう観念したのだろう。

 うなだれながらも話しはじめる。


「……さっきの人、あたしのおねーちゃん」

「なるほど、お姉さん。……お姉さん? えっと、あの騎士さん、貴族名でしたけど」

「はい、あたしも貴族です。ソレスティア・ライノウズは偽名です……」

「ソラさんが……貴族? 貴族の、お嬢様……?」


 確かに出会った当初、お嬢様ではないかと疑った時期があった。

 彼女のあまりのアホの子っぷりに、すぐに考えを改めたが。


「……嘘でしょう。だってソラさんですよ? アホのソラさんですよ?」

「アホですみません、こんなんですが貴族の端くれやってます……」


 信じがたい事実だが、どうやら本当らしい。

 彼女が嘘をついているかどうかくらい、セリムには一目で見分けがつく。

 ソラは今、間違いなく本当のことを話している。


「で、どうして貴族のお嬢様が家出して、名前変えて、辺鄙へんぴな森で熊に殺されかけてたんですか」

「それには海よりも深い事情がありまして、あの……路肩でこれ以上こんな話を続けるのは心苦しいのですが……」


 この場所は西大通りの終点、貴族街へと続く門の前。

 こんな場所で可憐な少女に詰め寄られ、体を小さくする冒険者の少女は大変目立つ。

 道すがら、二人にチラリと目を向ける通行人も少なくなかった。


「あ……そうですね。こんな場所では落ち着いて話も出来ませんし。まずは報酬を受け取りに冒険者ギルドへ、話はその後、どこか落ち着ける場所でしましょうか」

「はい……そうしていただけると助かります」

「さっきからソラさんまで敬語口調になってるの、やめてもらえます?」

「反省の念を表現してたんだけど」

「ふざけてるようにしか見えないです」

「マジか。じゃあ案内するね、ギルドはこっちだよ。ついてきて」


 セリムの手を取ると、ソラは先導して歩き出す。

 いつかと同じく、自分の手を引いて王都を駆け回るあの子の姿が彼女に重なった。


「貴族の女の子、金髪碧眼……。まさか、ですよね」



 王都アーカリアは、中心に王城、その周囲を囲む貴族街、さらにその外周を一般市民が暮らす街が囲んでいる。

 外周部には大きく分けて、東西南北四つの区画が存在している。

 セリムたちが最初に足を踏み入れた場所が西区画。

 観光客向けの商店や宿泊施設が立ち並ぶ、王都の玄関口だ。

 大陸の東寄りに位置する王都は、西から訪れる旅人が多い。

 アーカリアよりも東には、大きな港町が一つあるだけ。

 あとは小さな農村が点在するばかりの閑散とした土地が広がっている。


 北区画にはノルディン教の施設が立ち並び、東区画は住宅街や王都の住民向けの店舗が目立つ。

 そして、今ソラがセリムの手を引いて向かっているのが南区画。

 冒険者ギルドの本部、闘技場、武具の店など、冒険者向けの施設が集中した場所だ。

 一見すると治安は悪そうだが、強力な力を持った冒険者が行き交うため、最も安全な区画だったりする。


「あの、ソラさん。そろそろ手を離してもらえると……」

「どうして? あたしと手を繋ぐの、嫌じゃないでしょ?」

「そうなんですけど、その、恥ずかしい……」


 ただでさえソラのことを意識してしまうのに、こうも人通りが多くては。

 王都はこの国で一番の人口密集地帯。

 恥ずかしがりのセリムには、彼女と手を繋ぐ場面を多くの人の目に晒すなどハードルが高過ぎる行為だった。


「そんなに照れなくてもいいのに。可愛いけどさ」

「かわ……っ! もう、どうしてそうサラっと……!」


 当たり前のように相手を褒める、好意を伝える。

 簡単に素直な気持ちを口に出来るソラを、セリムは尊敬し、羨ましくも思う。

 自分には無理だ、照れが勝り、意地を張ってしまう。

 今だって、赤面しつつ口ごもるだけ。

 本当はとても嬉しいです、ソラさんも可愛いです、と伝えたい。


「とにかく、恥ずかしいんです……!」

「……どうしても嫌ならやめるけど。ホントにいい?」

「そんな聞き方、ずるいです。……ソラさんは、繋いでたいですか?」

「もちろん。ずっと繋いでたいくらいだよ」


 ずるいのはソラよりも、自分の方だ。

 こうして相手のせいにして、仕方なくとポーズを取ってしまう。


「ソラさんがそんなに言うなら、特別です。繋いでてあげます……」

「やったっ」


 いつか彼女のように、素直に好意をぶつけられたら。

 そうしたらこんな切ない想いも、モヤモヤした気持ちも消えるだろうか。

 今はまだ無理でも、いつの日か、この胸に秘めた想いと共に、素直な気持ちをぶつけたい。


「ソラさん、その——」

「なぁに? セリム」


 せめて感謝だけでも伝えようとする。

 が、彼女の前ではどうしても意地を張ってしまう。


「……なんでもありません。それよりも道、ちゃんと合ってますか?」

「任せといてよ、お忍びで何度も通った場所だから」


 南区画の入り組んだ道を、ソラはセリムの手を引いて迷わず進む。

 観光客の姿は減り、武具に身を固めた冒険者の姿が目立ってきた。


「そろそろ着くから。もう見えてくるはず……、ほら、あそこ」


 ソラが指をさした先、姿を見せた冒険者ギルドの本部。

 その外観は、他の町にあるギルドとは大きく異なっている。

 王都に建てられる建造物は、宗教施設を除く全ての建物が、景観保持のために白い壁とオレンジの屋根に統一されている。

 ギルドも例に漏れず、白い壁とオレンジの三角屋根。

 建物の形自体は、平たい一階建ての、横に広い構造だ。


「あぁ、なんか帰って来たって感じがする。食堂のおばちゃん元気かな、揚げまーるの味変わってないといいな」

「またアレ食べるつもりですか。というか、貴族のお嬢様が随分ジャンクなの好みますね」

「初めて食べた庶民の味が、忘れられなくて——」

「なんかムカつきます」

「にしし、冗談だって。昔っから屋敷抜け出して、町で色々食べ歩いてたから。その時にセリ……ッ」


 唐突に、あまりにも唐突に会話がストップした。

 突然黙ってしまったソラ、セリムは心配になって覗き込む。


「あの、舌噛んだりしてませんよね?」

「し、舌は無事だよ、ほら。ソレスティア様の舌は元気元気。見る?」

「見ません。ならどうしたんですか、急に黙ったりして。心配になるじゃないですか。せりって言いかけました?」

「えっと、セリ、セリっ、競り合いを制しましたー、……なんちゃって?」

「わけがわかりません。もういいです、行きましょう」


 力業で強引にごまかす。

 その時にセリムと出会ったと、うっかり口が滑りそうになってしまった。

 話す覚悟は出来ているが、こんな道端で感動の再会を果たしたくはない。


「そうだね、行こう行こう。ささ、こっちこっち」


 セリムをエスコートして、ソラは両開きの扉を勢い良く開ける。


「たのもーっ!」


 王都のギルドは、大勢の冒険者で溢れ返っている。

 外来モンスター対策本部もこの場所に設置され、様々な冒険者が各地に散らばっていた。

 この事件も彼らの活躍により一旦の収束を迎え、冒険者たちが戻り始めている。

 更に言うならば、狩猟大会の開催も近い。

 腕利きの冒険者が名を上げるために国中から集結しようとしているのだ。

 当然、騒々しく入ってきたソラの存在など気にも留められない、と思いきや。


「おい、あの子聖地で神子の護衛を務めたっていう……」

「あの歳でレベル23を叩き出したらしいぞ……」

「俺、あの場にいたんだよ。マジだぜ、期待の新星ってヤツだ」


 聖地での一件は、思った以上に広まっていたようだ。


「ふふっ、有名人ですね」

「うぅ、恥ずい……」

「照れてるソラさん、珍しいです」


 赤面するソラの頬を、ぷにっと突っつく。


「やめれー! と、とりあえずレベル測定。どれだけ上がったかチェックしなきゃ」


 すっかり注目を浴びながら、ソラは秤の輪が設置されたカウンターへ向かう。

 大聖堂で測定してから、新たに格上の強敵を二体倒した。

 レベルはまた、飛躍的に上がっているはずだ。

 モンスターを倒した際に撒き散らされる魔素は、レベル差が5以上ある場合効果を為さないため、弱いモンスターを倒し続けても無意味。

 強敵に挑み続けなければ、更なるレベルアップは不可能。

 一方で大きく自分の強さを上回る敵を倒した場合、その強化幅は絶大なものとなる。


「さて、どうなってるかなー」


 噂の少女のレベル測定に、ギルド中の注目が集まる。

 ギルドカードを通して祭具を起動させ、サークレットを頭へ。

 測定の結果、表示された数字は。


「マジか、38って。これマジか」


 ディスプレイに映しだされた数字に、ソラ自身も信じられない表情。

 上級冒険者でも、こんな数字は中々お目にかかれない。

 冒険者たちも、大きくざわめく。


「セリム、なんかすごい数字出た」

「驚きですね、あのソラさんが。パワーレベリング恐るべしです」


 ざわめきが収まらないギルド内。

 23という数字だけで驚愕に値するのに、なんと38。

 この短期間での大幅レベルアップに、機器の表示を操作しているのでは、などの不正を疑う声すら上がる。


「んー、なんか面倒事が起こりそうな、嫌な雰囲気……」

「ですね、一旦出直しましょうか」


 不穏な空気を感じ取りながらギルドカードを引き抜いたその時、一人の男が静かに席を立った。

 大勢の冒険者の中に埋もれていた彼の存在感が、急激にその大きさを増す。

 その男の名を知らぬ者はその場には——セリムを除いて、その場には居らず、皆彼に注目を集めた。


「へ? セリム、あの人ってまさか……」

「有名な方なんですか?」

「有名も有名……ってこのやり取りデジャブ」


 逞しい大柄の中年男性は、軽く拍手を送りながらこちらへ歩み寄る。

 その一挙手一投足を、冒険者たちは畏敬の念を込めて見守る。


「キミがソラ君だね、ローザから聞いている。危険度レベル45、アーメイズクイーンの討伐をローザに代わって成し遂げたこと、私からも礼を言わせてくれ」


 彼の一言で不穏な空気は消し飛び、再び賞賛の目がソラに向けられた。

 多くの冒険者から尊敬を集める人望厚い彼の言葉を、疑う者は一人たりともこの場にいない。


「ロ、ローザさん、あたしのこと話してたんですか!?」

「そして、キミがセリム君。なるほど、不思議な力を感じる」

「あの、あなたは……?」


 彼は穏やかに微笑むと、こう名乗った。


「私はテンブ・ショーブラング。しがない一介の冒険者さ。一応、ローザのパーティメンバー、その守りの要を任されている」

「テンブさん、ですか。……ソラさん、やっぱりこの人も、世界最強のなんかなのですか?」

「この人は世界最強の守護騎士ガーディアン。その守りはどんなモンスターも突破は適わず、その一撃は狙い澄まして敵を穿つ……らしいよ」


 失礼と思いつつも小声でソラに尋ね、ソラも小声で返す。

 しかしこのやり取り、テンブには筒抜け。

 短い黒髪を掻きながら、謙遜して笑う。


「いやはや、世界最強か。くすぐったいね、どうも」

「あの、テンブさん。どうしてここに? ローザさんたちは王都にいるんですか?」

「あぁ、その通り。彼女たちとは待ち合わせの真っ最中さ。そろそろ約束の時間だが——」


 懐中時計を取り出して時刻を確認したタイミングで、入り口のドアが開く。

 来訪した三人の冒険者、立て続けの有名人の登場に、ギルドの中は騒然となった。


「テンブさん、遅くなりました。コイツがマイペースに昼飯を貪るから……!」

「食事はタイガにとって至福の刻。邪魔をするなら拳が唸る」

「そんな下らん事で唸らんでいい」


 口喧嘩をしつつ、というよりはじゃれ合いながら現れたローザとタイガ。

 その一歩後ろを退屈そうに歩くのは、青い長髪の青年。


「ソラさん、あの人は……」

「ルード・ランスゴート、世界最強の魔法剣士。当然あの人も、ローザさんのパーティメンバーの一員だよ」


 顔にかかる前髪を鬱陶しげに掻き上げるルード。

 彼はどこか、他の朗らかなメンバーとは纏う空気が違った。


「ローザ、タイガ、ルード。こうして四人全員が揃うのは久しぶりだな。場違いモンスターの騒ぎが起きた時以来か」

「お久しぶりです。こうしてまた無事に四人揃ったこと、嬉しく思います」

「無事もなにも無いだろう、当然だ。僕達に敵うモンスターなどいるはずが無い」

「とにかくめでたい。めでたいのでタイガは揚げまーるを注文する」

「まだ食う気か、お前は……」


 バーカウンターへ注文に向かうタイガ。

 底無しの食欲に呆れつつ見送ると、ローザはもう一つの再会に微笑む。


「やあ、二人とも。早速会えたな」

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