042 とうとう王都に到着です
荷台から顔を出していた鍛冶師たちが、一斉に声を上げる。
小さな丘を一つ越えた時、まず目に飛び込むのは高く長い城壁。
そのはるか向こう側、高台にそびえ立つ王城の、天を衝くかの如き威容。
王城を中心に、半径十キロの広範囲を円状にグルリと城壁が取り囲むその広大な城塞都市こそが、アーカリア王国の都。
この旅の目的地、王都アーカリア。
「とうとう見えてしまった……」
「あらら、また落ち込んでしまいましたか」
なでなでされて機嫌を良くしていたソラは、王都が見えた途端にまたテンションを下げてしまう。
すると、クロエが幌からひょっこり顔を出した。
「おっ、とうとう見えたね。色々あったけど予定通り、王都到着だね」
「ホント、色々ありましたね」
「ところでソラはどうしたのさ、これ」
足取り重く進むソラの、あまりの豹変具合にクロエは目を丸くして尋ねる。
「実はソラさん、王都に帰りたくないそうなんです。話してくれないので、詳しい事情は知りませんが」
「そうなんだ。あのソラがここまでへこむなんて、何があるんだろう……」
「気にはなりますよね。ところでクロエさんは王都に到着したら、どうなさるんですか?」
「親方たちに付いて、仕事場に直行だね。しばらくは会えなくなるかもだけど、アダマンタイトを打つまでは王都から出る気は無いから」
調達したアダマンタイトを、世界最強の剣として鍛え上げる。
それまではイリヤーナには帰らない。
そう心に誓っている。
「頼みにしてますね。それにしてもこんなに鍛冶師を呼び寄せての大がかりな仕事、クロエさんは何かご存じですか?」
「あぁ、それね。言っちゃってもいいよね、親方」
「……構わねえ、大した理由じゃぁねえからな」
一旦幌の中に顔を引っ込めて、荷台の親方に確認をとると、すぐにまた顔を出した。
「実は今から三週間後、王都で狩猟大会が開かれるんだ」
「狩猟……大会……?」
どん底のテンションだったソラが、ピクリと反応する。
「狩猟大会って、なんです?」
「年に一度、国中から腕に覚えのある猛者が集まって開かれる腕試し大会。王都中がお祭り騒ぎになるらしいよ。王都から数キロ離れた危険地帯の山で、時間内に何匹のモンスターを狩れるか競うんだ」
「そんなお祭りがあったんですね、知りませんでした」
「で、武器の需要が高まるだろ。街中の武器屋に、王宮自ら臨時で出荷するんだってさ。太っ腹な話だね。——まあそれはついでで、本当の目的は兵士や騎士の武器の新調。出荷するのは使ってない武器や余った武器なんだけどね」
「なるほど、納得しました……あの、ソラさん?」
クロエが会話を交わす間も、隣で小刻みに震えるソラが気になって仕方なかった。
王都が近づいて、とうとう壊れてしまったのか。
心配になって声をかけたその時。
「うおぉぉぉっ! 狩猟大会っ! そうじゃん、丁度その時期じゃん!」
テンション急上昇。
いつものソラが戻って来た。
「セリム、あたし出るよ! そして優勝をかっさらって、冒険者として一旗上げるんだ!」
「反対はしませんけど、目立ちますよ? それはいいんですか? それに、ローザさんやタイガさんたちも出るんじゃ……。そしたら勝ち目ないですよ?」
「うぐぅ、目立つのは嫌だけど、目立たなきゃ有名になれない!」
「ごもっとも」
「あとね、ローザさんたちは出ないよ。一回優勝した人は出場出来ないルールだから」
英雄と呼ばれる四人のトップランカーは、いずれも歴代の優勝者。
ローザたちはこの大会の出場資格を失っているのだ。
「それならソラさんでも、優勝が狙えるかもしれませんね」
「でしょでしょ、あたしでも……ん?」
セリムの言葉に引っかかりを覚え、首をひねるソラ。
クロエは荷台から飛び下り、王都までのわずかな距離をセリムたちと並んで歩き出す。
クロエの予定は聞いた。
ソラの予定も決まった……のだろう。
残るは魔王主従。
アーカリア王と会談を開くとのことだが、このまま王城に直行するのだろうか。
「マリエールさん、アウスさん。到着後の予定は——」
幌の中に顔を突っ込んだセリムは、すぐさま後悔に苛まれる。
眠りこけたマリエールのローブの裾に頭を突っ込んで、鼻息荒くしているメイドの姿を見てしまったから。
スミスは向こう側に降りたのだろう、荷台の中は今、彼女たちだけ。
二人きりになった瞬間を狙っての、狙い澄ました犯行。
すぐさま顔を出すと、何も見なかったことにしてソラの隣を歩く。
「セリム、どうしたの? 顔色悪いけど」
「なんでもないですよ。さあソラさん、クロエさん。もうすぐ王都ですよー、楽しみですねー」
「ボ、ボク、こんなセリム初めて見たんだけど」
「あたしは察しが付くよ。きっと見ちゃったんだ、見てはいけないものを」
不気味なほどの空元気を発揮してスキップするセリム。
変態の蛮行を幌に覆い隠したまま、馬車は進む。
○○○
深く大きな掘に掛けられた跳ね橋。
見上げる程高く、巨大な城壁。
ガタガタと音を立てながら、木製の跳ね橋の上を幌馬車の列が進む。
西のイリヤーナへ続く街道が延びるここは、王都の西門だ。
「高いですね、この城壁。優に百メートルはあるでしょうか」
「しかもこの壁、王都全体をぐるりと取り囲んでるからね。こんなの余所では見られないよ」
「ついに……帰って来て……しまったぁ……」
どうせ話してくれないのだ、半死半生のソラは完全に放置。
間近に見る城壁の威容に、セリムは圧倒される。
以前師匠に連れられて来た時は、とても景色を楽しめる精神状態ではなかった。
城壁の前に掘られた掘は、幅二十メートル。
近隣を流れる川から水を引いた堀には、釣り人の姿も見える。
そして、衛兵が警護する門の向こう側。
そこに広がる光景は、まさしくあの日あの子と一緒に駆け回った——。
「王都の街並み——」
壁の向こう側に足を踏み入れると、そこは壁の外とは文字通りの別世界。
「懐かしいですね、あの頃の思い出のままです……」
思い出の舞台となった街並みは、今でも変わらない。
イリヤーナからの旅人をまず出迎えるのは、西区中央通り。
様々な商店が軒を連ねるこの場所は、王都有数の商店街となっている。
行き交う人の群れは、今まで訪れた町とは比較にもならない。
足下に敷き詰められた白い石畳。
商店や民家のオレンジ色に統一された屋根と白い壁が、王都特有の景観を作り出している。
そして通りの遥か向こう側。
貴族街へと続く門が豆粒のように小さく見える。
あの向こう、高台となっている貴族街の更に上にそびえ立つのがアーカリア城。
この国の王が鎮座する、セリムにとっては雲の上の場所。
「当たり前ですがお城も立派です。聖地の大聖堂がちっちゃく思えちゃいます」
「ホント、凄い場所だね。実はボク、来るの初めてなんだ。こんな近所に住んでるのに何でって思うかもだけど」
懐かしげに景色を楽しむセリムとは違い、見るもの全てが新鮮なクロエ。
おのぼりさんな空気を隠そうとしても、やはり浮かれてしまっている。
「やっぱり、鍛冶の修業ですか?」
「うん、小さい頃からあの町でハンマー握って、たまに危険地帯で戦って。王都に行く暇なんてありゃしない」
肩を竦めながら話すクロエだったが。
「でもそのおかげで一人前の鍛冶師って認めてもらえたし、セリムやソラとも出会えたんだから」
「クロエさん……。アダマンタイト、絶対に見つけますからね」
「見つけたら、安心して託してくれていいよ。絶対に世界最強の剣を作ってみせるからさ」
ニコリと笑うクロエ。
親友の笑顔を、セリムは頼もしく思う。
「はい、お任せします。……ねえソラさん、あなたの剣の話をしてるんですけど」
ソラはとうとう、馬車の荷台に隠れてしまった。
時々顔を出しては、何かを警戒している。
「何から隠れてるんですか、あなたは」
「追手が来ないかの確認を……」
「……犯罪でもやらかしたんですか?」
「違うけど、見つかったら連れ戻されるかもだし……」
どこに連れ戻されるのか。
彼女の今までの言動と照らし合わせて考える。
曰く、飛び出してきた。
しょうもない理由だとも聞いた。
そして、自分に嫌われるかも、と。
「あの、もしかして——家出少女なんですか? ソラさんって」
「ぎっくぅぅぅぅ!」
心情をご丁寧に口で表してくれた。
「正解みたいですね」
「ま、まだ半分しか当たってないし! ソラ様の事情はもっともっと深いし!」
「そうですか、早く教えてくださいね」
もはや話半分で流す。
面倒見のいいクロエも、かける言葉が見当たらない。
「えーっと……」
「良いんです、どうせ黙ってるつもりなんですし」
少々不機嫌なセリム。
やはりソラに隠し事をされるのは気にいらないようだ。
そのまま馬車隊は通りを四キロほど進み、とうとう貴族街へと続く門に到達した。
ここから先は上り坂、その頂上に王城がそびえる。
門は開け放たれているが番兵がおり、貴族街の中は騎士団が定期的に巡回警備をしている。
大きな屋敷が並ぶだけで店舗も無く、不用意に踏み入れれば不審者扱いされてしまいかねない。
貴族の屋敷に忍び込もうとする無謀なコソ泥以外、一般市民には用のない場所だ。
「セリムたちとはここでお別れだね」
馬車の列は一旦停車。
鍛冶師たちの到着を番兵が取り次ぎ、王城から迎えが来る手はずだ。
「ちょっと寂しいですけど、またすぐに会えますよね」
「もちろん。仕事が終わったらすぐに会いに行くよ」
「クロエ、達者でね。あと、あたしの無事を祈ってて……」
「あー……何の無事を祈ればいいのかな。見つからないように、とか?」
「まさにそれ!」
クロエとはしばしの別れ。
彼女はこれから鍛冶師たちと共に王城にこもり、ひたすら武器を鍛え上げるのだろう。
そして魔王主従。
彼女たちの予定も確認しなければ。
勇気を持って幌の中に顔を突っ込もうとした時、マリエールが顔を出してくれた。
「我らもこのまま王城に出向くとする。用件が済み次第、お前たちのところに戻るつもりだ」
「国賓待遇で王城から出られなくなるやもしれませぬが。それに、護衛の名目で騎士を監視に付けられるやも」
「で、あろうが。上手く立ち回り、現状の自由を死守してみせようぞ」
アーカリアとアイワムズは友好国だが、アーカリアの城下で魔王の身に万一が起これば、国際問題に発展するなど目に見えている。
果たして今まで通り身軽に動けるのか。
保証は無いが、少なくとも軟禁まがいの無理強いはしないだろう。
「では、集合場所を決めておかなければですね。……どこがいいでしょう、ソラさん」
「え? あたし? えーっと、冒険者ギルドはどうかな。入れ違いになっても、言伝を頼んでおけるし」
「私も、それでいいと思います。さすがソラさん、住んでただけありますね」
「あ、あはは……、ソーダネ」
含みを込めたセリムの言葉に、ソラは目線を逸らす。
そうこうしている内に、王城へと続く坂を下って騎士の一団がやってきた。
彼らを引き連れて先頭を行くのは金髪碧眼の女騎士。
白馬にまたがり、縛った長い後ろ髪が颯爽と風になびく。
「私、騎士の方を実際に見るのは初めてです。ソラさん、あの方は有名な方なんです……か……。あの、ソラさん?」
彼女の顔を見た途端、なぜかソラはセリムの後ろに隠れてしまった。
「あたしはここにいないから、透明人間だから。いいね、セリム」
小声でそんなことを言われても、訳がわからない。
まさか騎士の中に彼女の家族がいたのだろうか。
白馬から飛び下りた女騎士は、スミス以下五人の鍛冶師の前へ向かう。
「貴公らがスミス・スタンフィード以下、イリヤーナの鍛冶師に相違ないか」
「あぁ、間違いねえ……です」
馴れない敬語を使うスミス。
彼の隣に立つクロエは、思わず噴き出す。
「ぶっ……!」
「てめっ、笑うんじゃねえ」
「人別帳には記載がないな。こちらの少女は?」
手元の書類と照らし合わせ、女騎士は尋ねた。
不意に注目が集まり、クロエは緊張感に晒される。
「こいつぁ俺んとこで一番活きのいい鍛冶師でさぁ。役に立つんじゃねえかと連れて来た次第で」
「クロエ・スタンフィードです。よろしくお願いします。……あの、入れるよね?」
「スタンフィード……。スミス氏、貴公の娘か」
「いかにも、こいつにゃ俺の技術の全てを叩きこんである。足手まといにはならないはずでさぁ」
彼女はクロエの澄んだ茶色い瞳をじっと見つめると、やがて頷き、ペンを取り出して人別帳に筆を走らせた。
「入城を許可する」
無事に許可が下りた。
クロエはホッと一息。
「改めて、優秀なる鍛冶師の諸君。王都アーカリアへご足労頂き感謝する。我々王城騎士団は貴公らを歓迎しよう」
よく通る低めの声。
堂々たるその姿は、威厳に満ち溢れている。
騎士団長さんかな、とセリムが思っていると、幌の中から幼女を抱えたメイドが飛び出した。
メイドはつかつかと女騎士に近づき、彼女の前で主人を地面に下ろす。
怪訝な表情を浮かべていた騎士は、間近でその姿を見て顔色を変えた。
「あ、あなた様はまさか……」
「如何にも、余はマリエール・オルディス・マクドゥーガル。全ての魔族を統べる魔王である。急な来訪で済まぬが、国王に急ぎの用件があってな。こうして足を運んだ」
彼女はマリエールの言葉が終わるや、片膝をついて礼を尽くす。
「わざわざの長旅、御苦労に存じます。私は王城騎士団第三席、クリスティアナ・ダリア・ノーザンブルム。僭越ながら王城へのご案内をさせていただきたく」
「うむ、良きに計らえ」
旅に出て以来、初めて魔王らしく扱って貰えたマリエールは、満足感に満ち溢れていた。
一方、セリムの後ろに隠れたままのソラ。
女騎士の自己紹介が終わった時、彼女は確かに呟いた。
「三番目じゃん、何を偉そーに」と。