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041 依頼達成、現実味を帯びてきました

 歩みを止めてこちらに振り向いたスミスは、感慨深げに弟子の顔を見ると、続いてセリムへと目を向ける。


「このタイミングで嬢ちゃんが来たってのにも、不思議な縁を感じるな」

「私、ですか?」

「これからする話は——アダマンタイトの精製は、嬢ちゃんにとっても無関係じゃねえ」


 アダマンタイト。

 とうとうスミスの口から飛び出した、その単語。

 ソラとクロエに緊張が走る。


「私と関係があるって、それに精製ってどういう……?」

「そう焦るな、今話してやる。あれは——」


 遡ること十二年前、クロエを拾って三年が経った頃。

 スミスは王宮から直々の指名を受け、イリヤーナから王都に出向いた。

 当時若輩ながら一流の鍛冶師として名を知られていた彼に、とある依頼が極秘裏に舞い込んだのだ。

 極秘の依頼、それも王宮直々のもの。

 当然ながら他言無用、口外すればどうなるかなど、言うに及ばない。


「だから誰にも聞かれたくなかったんだ……」

「あの、本当に良いんですか? そんな話をしてしまっても」

「構いやしねえさ、お前らが黙ってりゃあどうってことねぇ」


 王の間での謁見にて、彼は呼び出された目的を聞かされる。

 当代随一の鍛冶師の腕を見込んで、剣を一振り打って欲しい。

 その剣は国の宝として納められるだろう大事な品、命を賭して、全力で鍛え上げるようにと。

 そうして通されたのは、城の中に設けられた鍛冶場。

 そこでスミスを待っていたのは、一人の女冒険者だった。

 当時、彼女の名を知らぬ者は誰もいなかった。

 世界最強の称号を、英雄としての名声を欲しいままにした、彼女の名は。


「マーティナ・シンブロン。嬢ちゃんの師匠だ」

「師匠が!?」


 彼女はスミスの前に、二つの鉱石を置く。

 一つはミスリル。

 希少な鉱石ながらも、当時のスミスは既に何度も鍛えていた。

 そしてもう一つ。

 スミスですら生まれて初めて目にする、土色の謎の鉱石。

 その二つに対し、マーティナはおもむろに魔力を注ぎ込み、創造術クリエイトを発動した。

 彼女の魔力により二つは一つとなり、その場に生み出されたもの。

 それが、伝説の金属アダマンタイトだった。


「アダマンタイトは、創造術クリエイトでしか作れない鉱石……?」

「あの黄金色の輝きは、今でも忘れられねえ」

「おぉぉぉぉっ! それでそれで?」


 アダマンタイトを鍛え上げる、それはスミスにとっても苦難の連続だった。

 融解する温度の調整、ハンマーを振り下ろす力加減、熱してもすぐに冷めて硬くなってしまう。

 悪戦苦闘する中、マーティナは人を喰ったような態度ながらも話相手になってくれた。

 今にして思えば、彼女も多忙な冒険者。

 そんな暇は無いはず。

 おそらくは、王から監視を命じられていたのだろうが。


 曰く、セリムという面白い子どもを拾った。

 鍛え上げれば自分をも越える逸材になる、と。

 スミスも釣られて、自分の拾い子について語った。

 自分の技術全てを叩き込み、いつか自分を越える鍛冶師に育って欲しい、と。

 ではこうしよう、マーティナは面白そうに提案する。

 自分の弟子とお前の娘で、もう一度アダマンタイトを鍛えるのはどうか。


「ってな具合だ、嬢ちゃん」

「師匠が、そんなことを……」

「ねえねえ親方さん、その後アダマンタイトの剣はどうなったの?」

「あぁん? 察しが付かねえか、剣士の嬢ちゃん。出来たてホヤホヤを王様に取り上げられて、はいさよならだ。今も城のどこかに眠ってるんじゃねえの」


 長い昔話を終えると、スミスは娘の肩を軽く叩く。


「お前はミスリルを完璧に鍛え上げた。あの出来栄え、腕前ならあの頃の俺と同等だ。アダマンタイトだって打てるだろうよ」

「親方……。へへっ、初めてだね。そんな素直に褒めてくれるなんてさ」

「もちろん、今の俺の腕前には遠く及ばねえがな」

「もう、一言多いんだよっ!」


 悪態を突きつつも、クロエはどこか嬉しそう。

 そんな彼女を鼻で笑うと、もう一度呑み直すのだろう。

 スミスは後ろ手をひらひらと振りながら酒場へと戻っていった。


「……ありがと、親方」


 彼の大きな背中を見送るクロエ。

 一方のソラは、感極まってセリムに抱きついた。


「セーリムっ。どう? どう? 実在したでしょ、アダマンタイト」


 スミスの話を頭の中で整理していたセリムは、途端に顔を赤くする。


「ひゃうっ、そうですね、実在しましたね、嬉しいのは分かりますが離れてください……っ」

「よかったよかった、けどこれからどうするの?」

「あ、あとで考えますから、今は何も考えられませんからぁ……」


 ソラの匂いと温もりに包まれていては、頭の中がソラだけで埋め尽くされてしまう。

 セリムはソラの腕から逃れ、胸のドキドキが収まるまで待つのだった。




 ○○○




 幸いにして、この宿の個室に備え付けられた浴室は少し大きめ。

 三人までならなんとか入れる広さだった。

 それでも、湯船に入れる人数は二人が限度。

 セリムが体を洗う間、ソラとクロエは湯船のへりでまったりしている。


「いいお湯だねぇ」

「ホントに。セリムも早くおいでよ、ソラ様の膝の上に乗れば入れるよー」

「結構です。お湯が溢れますよ」


 髪を下ろして、肩まで伸びた金髪が濡れて額に張り付いているソラ。

 縁にあごを乗せて表情をとろけさせていなければ、色気は感じられただろう。

 クロエは長い髪を後頭部にお団子で結んでいる。

 犬のような耳が濡れた重みでペタンと寝て、非常に可愛らしい。


「それにしてもさ。セリムの師匠、やっぱりあのマーティナだったんだね」

「クロエさん、知ってたんですか? でも今日、丘陵で聞いた時には……」


 確かに彼女は知らないと、はっきりそう答えたはずだ。


「だって、アイテム使いのマーティナなんてホントに知らなかったんだもん」

「うーん? あたし、さっぱりわかんないんだけど。どゆこと?」


 クロエの言わんとすることが、ソラには見当もつかない。

 もちろんセリムも。


「ボクが知ってるマーティナ・シンブロンのクラスはアイテム使いじゃないんだ」

「アイテム使いじゃない……? でも確かに、師匠のクラスはアイテム使いで……」


 クロエは首を横に振る。

 耳が高速で揺れて水しぶきが飛び、ソラが仰け反った。


「世界最強の冒険者、マーティナ。彼女のクラスは、この世界に彼女ただ一人と噂される——錬金術師アルケミスト

「あ、アルケミスト!? なんですか、それ!」


 そんなクラス、聞いたこともない。

 師匠の口からも、そんな名前は一度も出なかった。


「だから、マーティナのクラスだよ。彼女は自分でそう名乗ってたんだ。実際、マーティナの操る創造術クリエイトは、おとぎ話の中に出てくる錬金術みたいだったらしいからね」

「えぇ……!? どうなってるんですか、もう訳がわかりませんよ」


 師匠が本当に有名人だった。

 それだけでも驚きなのに、彼女のクラスとして名高いのはアイテム使いではなくアルケミスト。

 あまりのことに、セリムはもう思いっきり頭からお湯をかぶる。


「セリム、確かに師匠はアイテム使いだったんだよね」

「っぷはぁ。ええ、ソラさん。それだけは間違いありません。固有技能も私と一緒、彼女もアイテム使いであることに誇りを感じていました」

「そうなの?」


 長い髪をタオルで包みながら頷く。

 人格的にはどうしようもない腐れ人間だったが、その一点だけは尊敬している。


「クラスとは、知恵と共にノルディス神が人に与えた力。その中でもアイテム使いは、人の知恵——道具を作る・使うという点を、最も色濃く表したクラス。神が与えた力としては、最も純粋で強いもの。だからアイテム使いである自分を誇りに思え」


 かつて何度も、耳にタコが出来るほど聞かされた言葉。

 おかげでドマイナーな上に名前の響きもかっこ悪いこのクラスを誇りに思えた。

 今でも恥ずかしさを感じずに、堂々とアイテム使いを名乗れるのも、師匠のおかげだ。


「あの人の言葉です。ホント、唯一師匠らしい点ですよ」

「ほえぇ、ロクでもない話ばっかり聞いてたけど、いいトコあるんだね」

「そっか、じゃあなんでアルケミストとして名前が残ってるんだろ」

「それは分かりませんが、何か深い理由があるんだと思います」


 アイテム使いの名前が世間に知られては困る理由があった。

 きっとそうだ。

 間違っても、名前がかっこ悪いなんて理由で嘘のクラス名をでっち上げた、なんてクソみたいな理由ではないはずだ。

 もしそうなら今度こそ師弟の縁を切ってやるが、そんな理由ではないはずだ。

 この点だけは尊敬に値するのだ、あの師匠は。


「ところでソラさん、そろそろ交代ですよ。私も湯船に浸かりたいです」


 狭い湯船に入るため、彼女たちは代わる代わる体を洗っている。

 最初はクロエが洗い、今はセリム、最後がソラの順番だ。


「ほいほーい、やっとあたしの番が回って来たかー」


 大きな波と水しぶきを上げ、ソラは豪快に立ち上がる。

 クロエは頭からお湯をかぶり、ぽたぽたと髪から水滴が滴った。


「前を隠そうともしないなんてはしたないですよ。もう少し恥じらいというものを持って——」

「まあまあ、気にしない気にしない。それよりも、むふふ」


 妙な笑いを浮かべながら、セリムの体をジロジロと眺める。

 性的な知識はゼロのセリムも、これはさすがに恥ずかしい。

 胸を両手で隠しながら、頬を膨らませて抗議する。


「やめてください。なんですか、その目は。どこ見てるんですか」

「セリムってさ、胸大きくなった?」

「……そうですか? あんまり自覚は無いですが」


 彼女とは基本的には一緒に入浴しているが、胸についての言及は初めてだ。

 そこまで大きくなっただろうか、視線を下ろして見てみると、確かに。

 少し寄せれば谷間が出来るくらいには膨らんでいる。


「誰かに言われないと、気付かないものですね」

「やっぱりね、ソラ様の目は正しかったのだ」


 えっへん、と胸を張るソラ。

 腰に両手を当て、恥じらいは欠片も見当たらない。


「でもさ、ソラもわりと膨らんでると思うよ?」


 ここでクロエの横槍が入った。

 耳をピンと立て、口角を歪めつつソラの胸部に熱い視線を送る。


「んん? あたしの胸……」


 反らした体を戻して観察。

 そこそこはある。

 が、あくまでそこそこ。

 セリムよりは小さいし、ましてやクロエの持つ湯船に浮かぶ二つの小島、アレに比べれば。


「おやぁ、クロエ君。それは嫌味かな?」


 両手の指をうねうねと動かしながら、ソラは両目を光らせる。


「な、なんでそうなるかな。ちょっと、なにする気さ。やめなよ、その手でどうしようと……」

「問答無用、触らせろーっ!」


 クロエの胸を揉もうと襲いかかるソラと、必死に抵抗するクロエ。

 セリムのげんこつでソラが沈黙するまで、彼女たちの戦いは続いた。




 ○○○




 それから二日が経った。

 イリヤーナを出てから五日目の今日。

 宿場を発って五時間、馬車の列は目前に迫った王都に向けて、順調に進んでいる。

 王都アーカリアの荘厳な姿が、もうじき地平線の彼方に見えてくるはずだ。


「あぁ、憂鬱だぁ……」

「負のオーラを撒き散らすの、やめてくれませんか」


 長い旅路の果て、ついにセリムとソラは王都へ辿り着く。

 だというのに——もしくは案の定か、ソラは朝からテンションが異様に低い。

 先頭、ブラックスミスの馬車の横を並んで歩く二人。

 セリムと比べ、ソラの足取りの重さは、まるで絞首台までの十三階段を上るかの如く。

 結局最後まで、王都に何があるのか教えてはくれなかった。


「アダマンタイトの情報は分かったんだし、もういいんじゃないかな。王都へは情報収集が目的だったんでしょ? ならもう達成したじゃん……」

「ダメです」

「一蹴された……」


 嫌がる理由が命に関わるものなら考えなくもないが。


「アダマンタイトの材料となる鉱石——土色をした謎の鉱石ですね。それを見つけるのが、今の目標なんです」

「土色の石かー、それを見つければ、セリムの創造術クリエイトで……」

「はい、アダマンタイトの出来上がりです」


 希少な金属であるミスリルだが、幸いソラが背中に背負っている。

 土色の鉱石さえ見つけ出せば、アダマンタイトは手に入るのだ。


「で、セリムに心当たりは……」

「残念ながら」


 手がかりは土色の鉱石、あまりにも漠然としすぎている。

 セリムにもいくつか候補は思い浮かぶが、スミスですら一度目にしただけの鉱物、どれも違うだろう。

 知っている者がいるとはとても思えない——ただ一人を除いては。

 彼女・・を探す、それが王都での目標になりそうだ。

 出来れば二度と会いたくはなかったが。


「ソラさん、まだ手がかりは不十分なんです。目的は情報収集、そのために王都を目指す。この方針は変わってません」

「なるほどぉ〜、もう逃げられないのかぁ……」


 無駄な抵抗と悟り、とうとう観念した様子。

 いつも元気なソラのローテンションは、セリムまで調子が狂ってしまう。

 セリムの笑顔を見ていたいとソラは言ったが、セリムもソラには笑顔でいてほしい。


「元気出してください。あなたがそんな調子だと、こっちまで暗くなっちゃいます」

「でもね、こればかりは……」

「私に出来る範囲でなら手を貸しますから」

「……なんでもしてくれる?」

「なんでもしてあげます」


 好きな相手の苦しみが和らぐなら、なんでもしてあげたい。

 そう思って答えたのだが、続くソラの要求はセリムの想像を越えていた。


「じゃあさ、ほっぺにちゅーしてよ」

「お安いご用で……は!? な、な、何をいきなり言い出すんですかアホですか!」


 悩みの種を取り除く手伝いをしてあげる、そんな意味合いだったのに。

 セリムの頭は瞬時に沸騰した。


「前にちゅってされた時、すっごく幸せだったんだよね。だからセリムがちゅーしてくれれば、嫌な気持ちも吹き飛ぶかなって」

「しませんよ! こんな場所で出来ると思ってるんですか!」

「いいじゃん、減るもんじゃないし。この間はしてくれたじゃん」

「あれはその、嬉しくて舞い上がって……じゃなくて、どうかしてたんですっ!」


 部屋で二人きりだったあの時とは違い、今は街道のど真ん中。

 王都が地平線の彼方に姿を現すその瞬間を一目見ようと、鍛冶師たちも幌から顔を出している。

 そんな状況で、想い人の頬に口づけする度胸など、セリムは持ち合わせていない。


「アホなお願いしてないで、きっちり歩いて下さい。下ばっかり見てると頭ぶつけますよ」

「はぁーい。はぁ……、憂鬱だぁ」

「…………」


 突き放してはみたものの、やっぱりソラは気にかかる。

 なんとかキス以外で機嫌を直せないか。

 思案したセリムは、彼女の頭にそっと手を置いた。


「よしよし、これで機嫌直してください」

「お、おぉ? おぉぉぉぉっ」


 伝家の宝刀、なでなで。

 今までご褒美として使って来たが、慰めにも使えるのでは。

 試しにやってみると、ソラの顔はみるみる蕩けていく。


「あふぅ、これ好き、セリムぅ、もっとぉ」

「良い子良い子。良い子ですから、元気出してくださいねー」

「にゃぁぁぁ」


 ソラはなでなでされる気持ちよさに、セリムに頭を擦り寄せる。

 じゃれついてくる猫のような可愛らしさ。

 許されるものならずっと撫でててあげたい。

 ソラがほっぺを擦り合わせてくると、柔らかい感触と甘い匂いが広がる。

 一瞬で終わる頬へのキスよりもよっぽど恥ずかしい光景が広がっていたが、二人の世界に入ってしまったセリムには気付く由も無かった。

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