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040 ガチガチのソラさんなんて初めて見ました

 ゴトゴトと心地良く揺れる幌に覆われた荷台の上で、ソラは憧れの人を前に、柄にもなくガチガチに緊張していた。

 正座の姿勢で背筋をピンと伸ばし、膝の上に手をグーで置いている姿は、借りてきた猫のよう。


 イリヤーナと王都を繋ぐ街道が通る危険地帯、リーヤ丘陵。

 アーメイズクイーンの討伐によって、この地は平時の穏やかさを取り戻した。

 ローザの手により、巣に残っていたアリは成虫、幼虫共に全滅。

 丘陵中に散らばっていた働きアリは、その全てが強力なフェロモン漂う馬車に吸い寄せられ、タイガの拳を浴びて砕け散った。


 馬車隊は今、丘陵の只中を王都に向かって順調に進行中。

 荷台の中にいるのは、セリムとソラ、疲れ果てて眠るマリエールと主人を膝枕するアウス、そして世界最強の剣士ローザ。

 その傍らに『今回の件は全て自分の責任です』と書かれたボードを首から下げたタイガが正座させられている。

 クロエとスミスの親子は、二台目の馬車の荷台へと移動した。

 鍛冶師全員がそこに集まって、会議を開いているようだ。


「まずは謝らせてくれ。此度の失態、全てこちらの不手際によるものだ。一歩間違えれば誰かが命を落としていたかもしれない、謝って済む問題ではないが——」

「ちょ、ローザさん! 顔を上げて!」


 尊敬する相手に突然頭を下げられ、ソラは両手を振って大慌て。


「馬車も守ってくれたし、巣まで駆けつけてくれたし、第一ローザさんには何の責任も無いじゃん!」

「だが——」

「その通り。ローザは何も悪くない。もう少しユルく生きるべきだとタイガは思う」

「お前はお前で全く悪びれないな……」

「過ぎたことを悔やんでも仕方ない。健康に悪いだけ。……でも、悪いのは全部タイガ。だからローザがそこまで気に病む必要は無い」

「タイガ——ふっ、そうだな。お前のアホさを少しだけ見習うとするか」


 いいかげん、適当極まりない。

 タイガ・トライステッドは昔からこうだった。

 家が隣同士、幼馴染の間柄。

 六歳年上のローザは昔から彼女の面倒を任せられて、沢山の迷惑をかけられ、それ以上に沢山助けられてきた。

 一緒に遊んでいる内に冒険者となり、いつの間にか互いに世界最強となってしまったが、今でも関係は変わらぬまま。

 彼女の適当さが、堅苦しいローザにはむしろ心地良いのだ。


「謝罪はここまでとしよう。望まれない謝罪を押しつけるのも、却って迷惑だろうしな」

「ローザさん、タイガさんと仲が良いんですね」


 セリムは二人の間に流れる居心地の良さ、自然な空気感を感じ取る。

 幼馴染特有の気の置けなさ。

 きっと互いに遠慮なく言い合える、心から信頼し合う関係なのだろう。


「幼馴染の腐れ縁さ。まあ、大戦犯であるコイツの話は置いといて」


 握り拳を作り、タイガの脳天をぐりぐりする。


「痛い、今すぐ止めるべき。タイガの頭は今、悲鳴を上げている」

「アーメイズクイーンは危険度レベル45。無茶だと踏んで救援に向かったのだが、討伐して見せるとは見事」

「いやいや、それ程でも——あるけど!」


 体をくねくねさせながら、ソラは照れ笑いを浮かべる。

 憧れの存在に褒められ有頂天のソラに、セリムはすかさず釘をさす。


「ソラさん一人じゃ手も足も出てないでしょう。クロエさんと私の助けあってこそです」

「いや、それでも大したものだよ。たとえ手助けがあったとしても、その手で仕留めた事に変わりはない。もし良ければ、キミの名前を聞かせてはくれまいか」

「あ、あたしの名前……」


 ローザに名前を聞かれた、つまりは彼女に期待されている。

 口の中が渇き、頭が真っ白になってしまう。


「あたしは、ソアレスティ——じゃない!」


 セリムと初めて会った時、朦朧とした意識のせいで口走りそうになった名前。

 緊張のあまり、また口に出てしまった。

 今の自分はそうじゃない、その名前はもう捨てたのだ。


「あたしはソレスティア・ライノウズ。世界最強の剣士を……目指してましゅっ」


 本人を前にこの宣言。

 つまりはあなたを越えるという宣戦布告に等しい。

 いつもの決まり文句だが、さすがのソラもこの場で口にするには勇気が必要だった。

 最後に噛んだなど瑣末事さまつごと、背中から嫌な汗が流れ出る。


「世界最強の剣士……」


 冒険者を名乗った日からずっと掲げる、ソラの大目標。

 世界最強の剣士は、その言葉を噛み締めるように小さく呟いた。


「あ、あの……」


 どんな反応が返ってくるのか。

 心臓がバクバクと音を立て、ゴクリと喉が鳴る。


「なるほど、世界最強か。キミならきっとなれる、応援しているよ」


 ローザは微笑みと共に、ソラの肩を軽く叩く。

 硬く引きつっていた彼女の表情が、みるみる『らしさ』を取り戻した。


「————はいっ!」


 何を不安に思っていたのだろう。

 世界最強の剣士が、その程度で機嫌を損ねる器であるものか。

 緊張感など、もうどこかにすっ飛んで行った。


「うん、元気な返事だ。緊張も解けたようだな」

「そうです、ソラさんはゆるゆるのアホの子なんですから。無理にかしこまらなくていいんです」

「ちょっ、セリム! ローザさんの前でアホは無いよー!」


 完全にいつもの調子を取り戻したソラ。

 セリムと笑い合う彼女は、もうすっかり普段通りの自然体だ。


「ソレスティアさん、ソラと呼ばれているのか。私もそう呼んでいいかな」

「もっちろん! あたしももう、ローザさんって呼んでるしね」


 彼女の本名はローザンド、自分の本名——今の本名はソレスティア。

 既にローザと呼んでいるのだから、これでおあいこだ。


「ではソラ、これからよろしく。いずれはキミともパーティを組んでみたいものだな」

「おぉ、ローザさんとパーティを……!」

「ローザのパーティに入りたいなら覚えておくと良い。世界最強のパーティ、その重鎮がタイガ。努々(ゆめゆめ)忘れるなかれ」

「最年少のひよっこだろう、お前は」


 ローザが主に組むパーティメンバーは、他にタイガを入れて三人。

 彼女を入れての四人パーティは、数々の前人未到の危険地帯を陥落させてきた。

 いずれのメンバーも、そのクラスにおける世界最強の称号を有している。


「組みたい、パーティ組みたい!」

「いずれと言っている。その時まで精進を続けると良い。タイガは高みで待っているぞ」

「だから何でお前が偉そうなんだ」


 タイガの冒険者レベルは63。

 これでもパーティの中では最も低い。


「ところで先ほどから気になっていたのだが、そちらの少女はソラの連れだろう?」

「うん、この子はセリムだよ。冒険者じゃないんだけど、一緒に旅してるんだ」

「セリム・ティッチマーシュです。アイテム調達業を営んでいます」


 自己紹介と共に、ぺこりと頭を下げる。


「よろしく。……正直なところ、キミからは異質な力を感じる。今までに味わったことの無い、強大な力だ」

「あ、あの、私は見ての通り、しがないアイテム調達屋の町娘で……」


 まずい。

 彼女ほどの実力者なら、セリムの秘めたる力を見抜けてしまう。

 慌てて取り繕うが、疑惑の目は依然として向けられたまま。


「いや、しかしこれは……。それに先ほども言っていたな、『私のサポートで勝てた』と」

「あうあうあうあう……」

「えっと、ローザさん。そこまでにしといてあげて。セリム困ってるし」

「……そうだな。すまない、少々踏み込み過ぎてしまったようだ」


 涙目でパニック状態の可憐な少女に、これ以上追及は出来ない。

 ソラの取りなしで、ローザは大人しく引き下がった。


「セリム、大丈夫?」

「あうぅ……。ソラさん、ありがとうございます、好きです……」

「うん。……うん?」


 何か今、どさくさにまぎれてとんでもない発言が飛び出したような。

 聞き間違いだろうか、セリムも涙目であわあわしてるだけだし。

 ソラが考えを巡らせていると、危険地帯特有の重苦しい雰囲気が唐突に消え去った。


「お、境界を越えたね。幌馬車の中なのに、空気がおいしく感じるわ」

「本当に。この解放感、何度味わっても良いものです」


 馬車隊は無事、リーヤ丘陵を抜けた。

 これ以降の王都までの道中は、モンスターに襲われる心配とは無縁だ。


「もうそんな場所まで来たか。では私達は、これで失礼するよ」

「ローザさんたち、もう行っちゃうの?」

「緊急事態だったからな、王都から馬に乗って、大急ぎでここまで来たんだ。危険地帯の外、この近辺に馬を繋いである」

「タイガは馬に乗れない。足があぶみに届かない。なのでローザにお姫様だっこもぐぅ」


 タイガの口元を手で抑えつつ小さな体を抱え上げると、ローザは幌を捲る。


「ではこれで。王都に行くのなら、またすぐに会えるかもな」

「うん、また会おうねー!」

「大変お世話になりました。今度、お礼をさせてくださいね」

「うむ、では失礼する」

「もごっ」


 颯爽と荷台から飛び下り、世界最強の剣士は姿を消した。


「行っちゃった……」

「行っちゃいましたね」

「はぁー、かっこよかった。あれが世界最強、ローザンド・フェニキシアスだよ。神速だっていう剣さばきは見れなかったけど」


 まるで恋する乙女のように、うっとりとしながら話すソラ。


「憧れるよね、素敵だよね。いつかあたしもあんな風に……」


 彼女の気持ちは憧れだ。

 それは頭では分かっている。


「王都で会ったら剣術とか教えてって頼んじゃおうかな、教えてくれるかな……」


 それでも、何となく面白くない。

 嫉妬深い方だとは思っていたが、まさかこれほどとは。

 自分でも呆れてしまうが、それでもこの気持ちは止められない。


「ソラさん、私疲れました」

「へ、急にどうしたのさ」

「疲れたんです。だからあれ、して欲しいです」


 セリムが指さしたのは、すやすやと眠る魔王様と、食い入るように寝顔を見つめ続けるメイド。

 ソラはすっかり忘れていたが、彼女たちもこの荷台の中にいるのだ。


「あれって、膝枕? 別に良いよ、ほら。ソラ様の膝にどんと来ーい」

「では失礼します」


 正座の体勢のまま、ソラは自分の太ももをポンポンと叩く。

 彼女の紺色のインナーに包まれた、引き締まった足。

 その上に、セリムは頭をそっと乗せた。


「……思ったより寝心地いいですね」

「でしょ、なんせソラ様の膝枕だから!」


 何がなんせなのかは良く分からないが、実際に寝心地は良い。

 ほど良い柔らかさと温もり。

 そして何よりも、大好きなソラの匂い。

 さして疲れてはいなかったのだが、本当に眠たくなってしまう。


「ソラさん、少し寝ますね。足痺れたら、どかしていいですから……」


 重くなるまぶたが閉じる前に言い残し、セリムは眠りに着いた。




 ○○○




 その日の夕刻、鍛冶師の馬車隊は無事に宿場へ到着。

 宿と併設された酒場で夕食をとった後、中年鍛冶師たちは祝勝会と称して酒盛りを始める。

 アウスは眠そうなマリエールを連れて早々に宿へと戻ってしまった。


「酒盛り、盛り上がってますね」

「参っちゃうよね、おじさんたち。何かと理由を付けても、本音は呑んで騒ぎたいだけなのにさ」


 離れた席で固まったセリムたち三人。

 未成年のクロエはまだ酒が飲めず、酒盛りには参加出来ない。

 出来たとしてもあの仲間に入りたくないのが本音ではある。


「ところでクロエ、昼間に鍛冶師で集まってたけどなんかあったの?」

「大したことじゃないよ。壊れた道具が無いか、けが人はいないか、馬車に被害は出てないか。その確認さ。……あとは、あの人の自慢だね」


 クロエが指さす先、満面の笑みのフォージが仏頂面のゴドムと肩を組んで木製のジョッキを振り回している。


「自分が冒険者を追加で雇ったおかげで、被害が出なくて済んだんだーって」


 やれやれ、と肩を竦める。

 あの意地っ張りな中年は、スミスに認められたくて仕方ないのだろうか。

 もうとっくに認められているというのに。


「ともかくここは、ガールズトークって雰囲気じゃないね。続きは部屋で話そうよ」

「さんせーい。クロエ、一緒にお風呂入ろうよ。もう耳、隠す必要ないでしょ?」

「三人で入れる広さのお風呂、あるでしょうか」


 会話に花を咲かせながら宿に戻ろうとした時、酒盛りの輪から抜け出したスミスが、こちらへとやって来た。


「おう、クロエ。嬢ちゃんたちも、話がある。ちょっと来てくれるか」

「親方、どうしたの? 酒盛りは?」

「大勢で騒ぐなんざ、俺の性に合わねえ。それよりも、聞きてえんだろ。例のアレの話」


 例のアレ。

 その言葉に、クロエの目の色が変わる。


「まさか、アダマンタイト! 教えてくれるの!? ホントにいいの!?」

「詳しい話は後だ、こっちに来い」


 酒場を出ていくスミスに、クロエは小走りでついていく。

 セリムとソラも顔を見合わせると、急いでその後を追った。


 夜の街道沿いに静かに佇む、宿と酒場だけの小さな宿場。

 賑やかな声と漏れ出る光から離れ、スミスは月明かりに照らされた草原へと歩いていく。


「親方、一体どこまでいくつもりなのさ」

「誰にも聞かれたくねえ話なんでな、念には念を入れてだ。っと、この辺りでいいか」


 酒盛りのバカ騒ぎも聞こえない程離れた場所で、彼はようやく歩みを止めた。

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